さぎり様
「まぁ、ぬしも年を取ったという訳じゃな……」
すり……
目の前の狐の妖怪が、すっかりとシワの入ってしまった俺の手を愛おしそうに触りながら、目を細めて身を寄せてきた。
「……色んなものを手放して、何度もわしを撫でた手じゃ……シワの一つ一つに、思い入れがあるものよな…」
俺の手を頬に当て、これまでの記憶をゆっくりと思い出すかのように、彼女は目を閉じて、ただ静かに座っていた。
「……もう、行くのか?」
「……あぁ」
「そうか……そうか……」
指の最後の1本が腕から離れるその時まで……彼女はどこまでも悲しそうに、それでいて、まるで愛する息子を見つめる母親の様な顔で、俺の姿を眺めていた。
「達者で……とはいかないか」
「……そうだな」
「……さよなら。じゃな……」
背中に感じる、彼女の想いを分かっておきながらも、俺はただ黙って……黙って、彼女に背中を向け続けた。
「……のう。やはり……」
「……いつか。いつかきっと……またくるよ……」
「……そうか……そうか……またの……ずっと……まっておるからの……」
「……あぁ」
……それが、俺が死ぬ前に思い出すことの出来た、彼女との、最後の会話だった……
もっとかける言葉があったのでは無いだろうか?もっと良い別れがあったので無いだろうか?
…………せめて死ぬ最後くらい、彼女に会いに行くことが出来たのでは無いだろうか?一つ一つを思い返すほどに、止めどなく後悔が押し寄せる……
「どうか……どうかお願いします……彼女に……もう寂しい思いをさせずに……」
気付けば口からそんな祈りが溢れていた。
誰に向かって祈ったのかは、自分にも分からない。ただ、それでも……どうしてもこの願いだけは、誰かに叶えて欲しかった。俺にはどうする事も出来なかった、この願いだけは……
「……どうか……ゆるしてくれ………」
すり……
「……許すも何もない……ぬしは何も悪くない……」
何年ぶりかに感じた、柔らかな手のひらの感触。俺はこのこそばゆい感覚が、存外に好きだった。
「……あぁ……きてくれたのか……すまない………もう……目がよく見えないんだ…」
「もうよい……もうよいのじゃ……どうか目をつむっておくれ……」
「……ありがとう……さぎり……」
「……ゆっくり休んでおくれ……わしは最後まで……ここにおるからの……」
「………あぁ」
体の中から、力が抜けていくのをはっきりと感じた。
不思議と恐怖は無かった。自分が死ぬことよりも、彼女が一人になってしまう事の方がよっぽど怖かったからだ。
「のう……ぬしよ……」
チュ……
手の甲に口づけされた感覚があった。もはやそれすらもおぼろげではあったが、彼女が近くに居ることが分かれば、それだけで十分であった……
「……またの」
「……またな……」
それが俺なんかには勿体なさすぎる程の……幸せな最後だった。
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「~とまぁ以上が、俺のおじいちゃんが住んでいた村に伝わる『さぎり様』の話なんですが……」
「うーん……まぁ悪くはないんだけどねぇ……」
高校一年の夏休み。俺と先輩、それから幼馴染みの親友の3人だけで形成されていた『北山高校ミステリー研究会』は、新たなる研究目標を定めるべく、様々な案を持ち出していた。
「ちょっとパンチが弱いっていうか……もっとこう『呪いによって村が崩壊!』とか『祠を壊した罰によって山が爆散!』とか、そういうインパクトが欲しいのよねぇ~」
「…….たかたが片田舎の村の伝承に、どんなエンタメを期待しているんですが『羽車』先輩……」
北山高校二年『羽車 優』
文武両道。容姿端麗。知的な伊達メガネがよく似合う理想の先輩……に一見みえてしまう、学内一の『変人』である。
忘れもしない今年の4月……『ミス研』に部員を呼び込もうとして、どこぞの村の『本物の祠』を持ち出し、校門の前で堂々と工業用ハンマーでそれを破壊し出した先輩の『勇姿』は今でも鮮明に思い出せる……その後生活指導の先生にこっぴどく怒られている姿まで含めてだが。
「良い?『狐森』くん。これはミステリーに関係なく、この世の全てのエンタメに言えることなんだけど……『なにかが爆発しないエンタメ』なんて誰も見ないんだよ!」
「暴論が過ぎる……」
北山高校一年『狐森 楽』先輩の校門での『パフォーマンス』を見て興味が湧き、ただ少し見学するつもりで部室に足を踏み入れただけなのに、気付けば半強制的に部員へとカウントされた、あわれな人間……もとい『俺』の事である。
ただミス研に入ったことを後悔しているかと言われたらそんな事は決してなく、むしろ毎日この変人に振り回されるおかげで、中々に楽しい日々を送れている。
この間も『河童を捕まえよう狐森くん!』という先輩の鶴の一声によって、春のまだ冷たい川に飛び込んだ時は中々に楽しかった……風邪も引いた。
「で、どうするんですか羽車先輩。今すぐ『研究』に向かえそうなものなんて、今の『さぎり様』の話くらいしか無いですけど……」
「むぅ……ん?そういえば我らが『最終兵器』の君の親友くんはどこにいったのかな?」
「あぁ、あいつなら野球部とサッカー部とバスケ部と陸上部の助っ人で今日は忙しいみたいですよ」
我が親友ながら恐ろしいやつだとは思う。部活動に助っ人で呼ばれるだなんて、漫画の中だけの話だと思っていたが、まさか1日に5個もかけもちするなんて、時に現実は創作を越えると思い知らされたものだ。
「むぅ、まぁしょうがないか。夏休みは運動部は大会とかで大忙しだからねぇ。その点文化部はこうやってゆっくりと研究出来て、素晴らしいとは思わないかね狐森くん」
「……まぁ。楽ではありますね。新聞部とかと違って、夏休みのノルマとかも無いわけですから」
『あなたの奇行に付き合う方が運動部よりよっぽど大変だ』
などという言葉が胸につっかえたが、なんとか飲み込めた。危ない危ない……。
「……よし!最終兵器くんが居ないのは少々こころもとないが、さぎり様とやらの研究に行こうじゃないか!」
「了解です。いつ行きますか?」
「今日だよ!」
「今日……え?今日?」
「思い立ったら吉日!つまりそれ以外は吉日じゃない!計画は思い付いたその日にやるのが一番良いんだ。さぁ狐森くん。お姉さんと二人でデート行こうぜ!」
「えぇ……」
校内でも随一の美人に『デート行こうぜ!』と誘われているのに、1ミリも心が喜んでいないのは何故だろうか?
「おいおい。そんな露骨に嫌がられると、さすがの私も傷つくよぉ……」
「だって……先輩と二人で行くと、いつも絶対に『なにか』起こるじゃないですか……」
どうか信じて欲しいのだが、この先輩、実に『持って』いるのである。
心霊スポットに行けば、確実に霊現象は発生するし、ミュータントの目撃情報があった場所に行けば、毎回なにかしらの不思議な生物を目撃出来てしまう……
まるで世界そのものが『羽車先輩を楽しませようとしてくれている』とでも言わんばかりに、羽車先輩の周りでは常に『なにか』が起きるのだ。
そういった事に対処すべく、『最終兵器』と称された我が親友が居るのだが……今回は羽車先輩と二人きり、不安になるのも当然である。
「うーん。まぁ今回は話を聞く限り大丈夫そうじゃないかな?だってそのさぎり様って、人間との間で恋に落ちた友好的な存在なんだよね?」
「そうみたいですね。村の中だと『泣けるラブロマンス』みたいな感じで結構人気でしたよさぎり様のお話」
「なら平気だね。まぁいざとなったら狐森くんを生け贄に捧げよう!」
「絶対に止めてくださいね?」
かくして、俺はハイパートラブルメーカーの先輩と共に、おじいちゃんが住んでいた村へと向かうことになった。
……それが『彼女』との、数奇な運命の始まりになるとも知らずに。




