大縄跳び
りんりんりん
「さてと、これで残り41……間違いないかのぅ?楓よ」
「はい!そしてその扉を抜けて次の廊下に行けば、ちょうど残り40になります!」
哲の『だるま壊し』から更に9つの廊下を抜けて、残りの扉はついに41……流石にここまで来ると、見た目でも廊下が短くなっていることをはっきりと感じられる。
「ワシの予想が正しければ、たぶんこの40の節目で……次の『遊び』が発生する筈じゃ」
「……あぁ、なるほどな。そういう事か。お前の予想が俺にも分かったよ」
「うむ。ワシら以心伝心、心で繋がっておるからのぅぬしよ!」
「それは分からない」
さっき哲の『遊び』が始まる前に、さぎりが口走っていた事『人数は5人。残り階層は50』
あの時は頭が回っていなくて、よく理解出来なかったが……そんなに難しい話ではない。単純に『残りの階層で10の倍数ごとに、一人一回ずつ遊びが発生する』そんな簡単な予想であるだけだ。
つまりこの次の廊下……残り40階層の廊下で、また次の遊びが発生すると、さぎりはそう考えているのだ。
「あくまで単純な予想じゃから、そこまで信頼はせんで欲しいがの。まぁ警戒するに越したことはないのじゃ」
「だな。じゃあ早速……」
ぎぃぃ……
俺は扉を開けて、次の廊下へと歩みを進めた。
「……まだ何も起きないな」
「少し歩いてみるかの。行くぞぬしらよ」
たったった……
すっかり短くなってしまった廊下を、あえてさぎりの鈴を使わずに慎重に歩いていく。
と言うのも、『遊び』の開始が、さっきみたいに扉が開いて、丁寧に始まるとは限らないからだ。
これからなにかが起こるのだと予想出来ているのだから、慎重に進むのは当然のこと。ゆっくりゆっくり落ち着いて……
「『第2の遊び』!開始ィィィ!!」
……怪異の中で落ち着きを求めてはいけないと言う事だろうか……廊下の一番奥から、ピエールのしゃがれた声がよく響いて聞こえてきた。
「おや、今回は廊下で始まるんだね?それにさぎり様の予想通り、やっぱり残り10の倍数で遊びがスタートするルールなのかな?」
「ご明察!これからワガハイは10階層ごとに、貴様ら一人一人に楽しい一時を……」
「あー……それについて質問があるんだが、良いかピエール?」
「ん?なんだぁ?ワガハイの説明を邪魔しよってからにぃ……!」
150を越える廊下を超えて、残り50階層から遊びが始まる……まぁそれは良い。怪異の中にルールがある時点で珍しいことなのだから、それがどんなでたらめなルールであっても、とりわけ不思議ではない。
問題はルールの内容そのものではなく……そのルールを『ピエールの元々の目的』と合わせて考えた時だ。
「そのだな……俺たちは今、さぎりの鈴を使ってスムーズに100階層以上廊下を進めているから、それほど疲労困憊もしていないし、比較的早い時間でここまで移動出来たよな?」
「ふん!その様だな……すぐにズルをしよってからに……!」
「……でもさぁ、俺考えてみたんだよ……これもしも当初のお前の計画通り『俺一人』でこの廊下に閉じ込められてたらよぉ……『150階層以上の廊下を1人で黙々とマラソンする』って事になってた訳……だよなぁ……?」
「むぅ?無論そうだが、何か問題でも?」
ピエールはまるで悪びれずに、そう答えた。
「……過酷過ぎるだろうがぁぁぁぁぁ!!!?」
ずっとどうしても引っ掛かっていた事がある。それは……『前半の100階層くらい虚無過ぎないか?』である。
ただ何も起こらずに?100以上の廊下を?ただひたすら進むだけ?なんで?何のために?これのどこが遊びなんだ?
……そこで思い出した一つの事実『ピエールは元々、これを俺一人にやらせようとしていた』という事……
俺はそこで、ようやくこの疑問に合点がいった。そう、これはただの……『嫌がらせ』なのではないか、と。
今でこそあいつは遊びだなどと言っているが、元々これはピエールによる俺への『制裁』だった筈である。つまりそこには、何かしらの罰があった筈なのだ。
それがこれ……『虚無へと誘う無限廊下』……俺はすんでの所で、その虚無を奇跡的に回避していた訳である。
「嫌がらせのスケールがでかすぎんだろうがぁ!?こんな変な空間に閉じ込められるだけでも相当なストレスなのに、その上フルマラソンみたいな距離走らされるって頭おかしくなるわボケェ!!」
「貴様のような不埒者は、それくらいしないと反省しないではないかぁ!!己の成した罪を見つめ直すためには、廊下100本くらいの移動距離が必要なのである!!」
「だから冤罪だって言ってんだろうがぁ!!身に覚えの無い罪でストレスマッハ虚無マラソンやらされてたまるかぁ!!」
そう、そもそもの大前提として、ピエールの言う俺の罪は存在しないのである。
確か羽車先輩と良い仲だと思っていたのに、さぎりとイチャついてるのが許せないとかなんとか言っていたが……勘違いも甚だしい!俺なんかが羽車先輩のような『変超人』と釣り合うわけないだろ!
……さ、さぎりとも別にイチャついてなんかいないし!不埒者なんて言われる筋合いはこれっぽっちもない!なんともはた迷惑な兵隊オモチャ野郎である……
「話はもうよいか?これ以上貴様の言い分を聞く気は無いのでな!」
「あーそうかい……今に見てろよ……!」
絶対に、あの兵隊のオモチャをぎゃふんと言わせてやる……俺は密かな復讐を心に誓い、ひとまずこの場は首を引っ込めることにした。
「それで、第2の遊びはなにをやるんだ?また僕が出場しても良いのか?」
「貴様はもう出るなぁぁぁ!遊びは一人一回までである!また貴様に出られて、遊びを『破壊』されてはたまらんからなぁ……!」
さぎりと同じく、すっかり哲の事が『トラウマ』になってしまっているピエールが、顔を真っ青にして、また出場しようと息巻いている哲の事を拒絶した。
「今回の出場者は……そこの狐である!!」
「む、ワシか。意外じゃな、ワシみたいな大物は最後に呼ばれると思ってたんじゃが」
「最後はあの不埒者と決めておるのでな。あやつ以外は順番に出場して貰うぞ」
「なるほどの。まぁ何でも良いわ。はよう終わらせて、ワシはホットケーキが食べたいのじゃ」
ピエールに指名されて、さぎりが一歩前に出ていった。
廊下の端と端で、ピエールとさぎりが一対一で睨み合う……さて、今回の遊びは一体どんな内容なのだろうか。
「貴様にお届けする遊びは……『大縄跳び』である!!」
バリバリバリ!
いつものピエールの電流によって、廊下の中心に『長いしめ縄』が現れた。学校の体育倉庫でよく見かけたような、少し黒く汚れている縄跳び専用の縄である。
「ルールは至ってシンプル!連続して100回飛べたら貴様の勝ち!10分経っても成功しなければ貴様の負けだぁ!!どうだ?面白そうであろう?」
「……るーるってなんじゃ?しんぷる?前半はなに言っとるかよく分からんかったが……まぁ縄跳びを100回やれば良いんじゃろ?それならほれ、さっさと始めてくりゃれ」
さぎりはそう言うと特に警戒もせずに、大縄の中心部へと歩いていった。
「む?これ誰が縄を振ってくれるのじゃ?」
「そこは安心するが良い!それぇ!」
バリバリバリ! ふわ……
ピエールが直接縄に振れて電気を流すと、大縄はその場にまるで生きてるかの様にふわりと浮き出した。
「先に言っておくが、これはただの大縄跳びでは無いぞ?大縄の意思によって速度が変わったり、風が吹いたり床が濡れたりとギミック満載の『アトラクション大縄跳び』なのだ!せいぜいケガをせぬように頑張って……」
「良いからほれ、さっさと始めんか。ホットケーキを早く食べたいのもそうじゃが、これ以上ぬしが疲れてしまうのはかわいそうじゃ。早く終わらせて、ぬしを休ませてやらんとな」
「むぅ……!堪え性の無い奴らばかりであるな……よろしい!ではお望み通り……アトラクション大縄跳び!開始ィィ!!」
ぶん! ぴょん!
大縄の最初の一振りが始まって、さぎりはその場でぴょんと跳ねた。
ぶん! ぶん! ぶぉん! ぴちゃん! ぶん!
ピエールの言った通り、大縄はその気分によって突如縄の速度を変更したり、天井から雨を降らしたりと、やりたい放題な妨害をさぎりに行っていた。
ぶん! ぶぉん! ぴちゃん ぶん!……
……しかし、なぜかおかしな事に……『さぎりの跳ねる音』が、最初の一回目以降まるで聞こえなくなっていた。
「おぉ~。これは雨かや?暑かったからちょうど良いのぅ」
ふわふわ……
それもその筈、なぜならさぎりは……最初の一回目の飛び跳ね以降、ずっと空中に『浮いて』いたのだから。
「き、貴様ァァァ!?それはどう見たってズルではないかぁぁぁ!!?」
「お前のぅ……少しは学んだらどうじゃ?さっきあれだけ化け物に遊びを破壊されてたと言うのに、ワシの能力に制限をかけなかったのは、さすがに愚かではないか?」
ルールに書かれてない以上、何をやっても合法。さすがに二連続もこんなことされるのは、ピエールが少し気の毒に思えてくるが……さぎりの言った通り、少し詰めが甘かったのでは無いだろうか?
「ワシが空に浮けるのは見ておった筈じゃろうに。なぜよりによって、そんなワシに大縄跳びなんぞやらせたのじゃ?」
「仕方ないであろう!アトラクション大縄跳びなんて危険な遊び、貴様かあの化け物くらいにしかやらせられんではないか!!」
「……お前、変な所で心配性なんじゃな……元は幼子の玩具なだけあって、そこら辺はしっかりしとるんじゃのう……」
「当たり前である!!多生の怪我はしょうがないにしても、オモチャは安全に遊ばせるべきもの!危険な遊びは危険人物にしかやらせておらんわぁ!!」
それを安全対策と呼んで良いのかは疑問ではあるが、ピエールにはピエールなりのセーフティー思考があるようだ。
確かにさっきのだるま落としクエストなんかは、羽車先輩や楓なんかにはとても危険な遊びであった。遊び毎にきちんと、選ぶべき相手を選んで行っているという事だろう。
「だとしてもじゃ。もっと他の遊びをワシにやらせることも出来たのでは無いか?それこそ、浮いたり瞬間移動したりしても、不正が出来んような遊びが」
「……貴様、今自分で『不正』って言わんかったか?」
「ごほん!……さて、なんの事じゃか……」
相変わらず誤魔化すのが下手なさぎりは置いておくとして、確かにもっともな疑問だ。
例えばボードゲームだとか、それこそテレビゲームのような物理的な介入が不可能な遊びにしてしまえば、さぎりとてそこまでの不正は出来なかったはずだ。なにか大縄跳びに固執する理由でもあるのだろうか?
「……こやつがな、久々に遊びたいと申しておったのよ」
「こやつ……この『大縄』の事かえ?」
ピエールは目を細めて、元気にぶんぶんと体を振り回していた大縄をじっと見つめていた。
「貴様はオモチャにとって最大の喜びは何だと思う?」
「ふむ……そうじゃな。玩具に限らず、全ての物がきっとそうじゃが……『使われること』ではないかの?」
「うむ。その通りである。物は使われてなんぼ。壊れるまで使って貰えれば、それが何よりの幸せ。本望なのだ」
ピエールが天を仰いで、少し低めの声で語りを続けていった。
「もちろん。壊れるまで使って貰えなくても、大切に保管して貰えれば、それもまた幸せの一つではある。だがやはり……それでもワガハイ達は、やはり『遊んで』貰いたいのだ。ワガハイ達オモチャは、その為に生まれたのだからな」
「……なるほどの。それでワシにふせ……空中に浮かれると分かっていても、この大縄の願いを叶えるために、こうやってワシに大縄跳びをさせたと言うことか」
ぶん!ぶん!
こうやってさぎりとピエールが問答をしている間にも、大縄は懸命に、オモチャとしての役割を果たそうとしていた。
その姿はまるで、かつて誰かに使って貰えていた時の事を思い出しているかの様に、真剣で、とても力強いものだった。
「……はぁ。仕方ないのぅ……そんな話を聞かされては、無下に出来んでは無いか……やい大縄よ!ワシが100回飛ぶまで、力尽きてはくれぬなよ?」
ぴょん! ぶん! ぴょん! ぶん!
さぎりはやれやれと言った感じで地上に降りると、大縄の呼吸に合わせて、しっかりと一回一回飛び跳ね、真面目に大縄跳びをやり始めた。
「おぉ……おぉ!感謝するぞ狐の!こやつも喜んでおるわぁ!!」
「全く……ワシは何をやっとるんじゃ……こんな大縄なんぞに同情してしまうとは……不覚……」
きっとさぎりは、何年も遊んで貰えずに、羽車家で埃をかぶっていた大縄に、昔の自分の境遇を重ねてしまったのでは無いかと思った。
相手は物言わぬオモチャなれど、互いに待ちぼうけした同士、なにか思い通ずる所でもあったのだろう。やはりなんだかんだ、人情深い性格な奴である。
ぴょん! ぶぉん! ぴょん! ヒュゥゥ!
「急に早くしたり、風を吹かしたりしてして世話しない奴じゃの!ワシはこんな事では失敗せんからな!ふふふ……!」
「……なんだかさぎり様、とっても楽しそうだね」
「子供っぽい奴ですからね。きっと目的も忘れて、心の底から楽しんでいるんだと思いますよ」
まるで無邪気な子供のように、さぎりは笑みを溢して、アトラクション大縄跳びを存分に楽しんでいた。あれだけ楽しく遊ばれたなら、大縄もきっと大喜びだろう。
「残り10回ですさぎり様!頑張ってください!」
「ほ!は!サギリノカミの華麗な跳躍を見るが良いぞ!ふ!」
ぴょん! ぴょん!
能力なんぞ使わなくても、さすがは野生の獣。多少妨害の入る程度の大縄跳びなんぞ、少しの苦労もせずに終えられる様だ。
「これで……100回じゃ!」
ぶん! ぴょん!
遂に100回目の跳躍を終えて、大縄が静かにその場に停止した。
一方のさぎりはと言うと、相変わらず楽しそうな笑みを浮かべてはいたが、その顔には一切の汗をかいておらず、まだまだ余裕綽々と言った状態であった。あのまま放っておけば、1000回くらいは飛んでいたのではなかろうか?
「いやぁ、お見事!こやつも満足気にしておるわ!礼を言うぞ狐の」
「なに……ワシも楽しかったからの。やはりたまには、人の遊びをするのも良いもんじゃな」
このままピエールとさぎりが握手でも交わしそうなほどに、まるでスポーツ漫画の様に爽やかな空気を感じた。
「では次は残り30階層で待っておるぞ!さらばだぁ!」
バリバリバリ!
そう言うとピエールは、また電気と共に消えていった。
「お前も良いところあるじゃないかさぎり。ちょっと見直したよ」
「……まぁ、ちょっとの……さ、早く進むのじゃ!」
少し照れくささで赤くなった顔を隠しつつ、さぎりはまた意気揚々と鈴を鳴らして、廊下を淡々と突き進んでいった。




