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リンファイ

場面はぐんと割愛されて、残り30階層。


 廊下に入った時点で、通路の真ん中辺りの白い扉が既に開いていたので、俺たちは何の躊躇もなしにその中へと入っていった。


「『第三の遊び開始ィィィ!』」


 毎回ちゃんとああやって叫ぶなんて、ピエールも律儀なオモチャだな……


 状況から察するに、どうやら今回は第一回目と同様、部屋の中での遊びになるようだ。


「今回の出場者はそこの小さな狸である!さぁ前に出てこられよ!」

「ふ、楓ですか?はい!頑張ります!」

「ふふふ。行ってらっしゃい楓ちゃん!」


 羽車先輩の足元にしがみ付いていた楓が、意を決してピエールの前へと歩いていった。楓には悪いが……俺にはその姿が、まるでお遊戯会で出番が来てはしゃいでいる、園児の様に見えてしまった。


「狸の!貴様にやって貰う遊びは……」

「楓テレビゲームがやりたいです!」

「え……?」

「楓はテレビゲームが得意なんです!あれなら絶対負けません!だからテレビゲーム!テレビゲームが良いです!」

「あー……そ、そうか、分かった……ならばテレビゲームにしてやろう」


 さすがは楓だ。自分の要求を通すことに何の躊躇もない。見習うべきがめつさである。


「し、しかしテレビゲームか……羽車殿の子供部屋には古いゲームしかないが……」

「カセットを見せて貰えますか?楓が選びます!」

「え、遠慮が無いな狸の……まあよい、好きなのを選ぶがいい」


バリバリ! どさどさどさ!


 ピエールが電気を発すると、部家の中に懐かしいゲーム機達が数種類現れた。どれも今は店でも見かけなくなってしまった、いわゆる『レトロゲーム』というやつである。


「あー!ぴこぴこじゃ!昔よく見たぴこぴこじゃ!」


 そんなレトロなゲームに、文字通り日本の歴史の生き字引であるご長寿狐が、びっくりするぐらい食いついていた。


「むかーしこれで子供たちに勝負を挑まれてな、あの時はボコボコに負かされて悔しかったのぅ……」

「……昔ってお前、このゲーム機発売されたの40年前以上前なんだが……」

「なんと、40年前とな……意外と最近なんじゃな?」

「思い出の年数のスケールがデカ過ぎる……」


 やはり500年以上も生きてるとなると、40年くらいは『最近』という感覚になるのだろうか?


「むむ……これはプレミアの……こっちは高額販売されてる伝説の……」


 遊ぶゲームを吟味していた筈の楓が、なにやらぶつぶつと言いながら、明らかにゲームカセットの『値踏み』を始めていた。


「おーい楓?そんなに良いカセットでも見つかったのか?」

「はい!宝の山です!これなんかネットオークションに出したら10万は越えますよ!」

「じゅじゅじゅ10万とな!?10万あったら肉何枚食べられるんじゃ!?」


 大金に喜び驚く二頭の獣達。しかし10万のゲームカセットか……さすがは羽車家、カセット一つ取っても、驚くべき金額である。


「楓ちゃんよくそんな古いゲームの値段なんて知ってるね?」

「楓はゲームもネットも大好きなんです!ドット絵だった頃のゲームから、4K対応の3Dゲームまで何でもいけます!」

「なんと言うハイテク狸なんだ……それに比べてこっちは……」

「……ん?なんじゃ?ワシだってねっとくらいは分かるぞ!魚漁を手伝ったことだってあるからの!」

「それはネットワークじゃなくて魚を取る(あみ)の方のネットだろ……」


 しかしまぁ、それなら安心だ。そうまで楓がゲームに詳しいと言うなら、このテレビゲーム対決は勝ったも同然だろう。


「うーん……よし!このゲームにします!」


 全てのカセットを確認し、しばらく考え込んでいた楓が、一枚のカセットを天へと掲げた。


「えっとなになに……『リンクファイター』?」

「通称『リンファイ』です!20年くらい前のゲームなんですけど、いまだに続編が作られているくらいに大人気の『格闘ゲーム』です!」


 リンクファイターか、それなら俺も知っている。定期的に世界大会も開かれているような、非常に有名なタイトルだ。


「しかし初期リンクファイターか……楓も凄いの選んだな……」


 そう、有名なタイトルなのだ……特にあの初期リンクファイターは『別の意味』でも……


「ん?何かマズいゲームなのかい?あれ」

「まぁ……見てれば分かるかと」


 楓はリンファイのカセットを3世代ほど前のゲーム機にセットすると、うきうきとした表情でコントローラーを握り締めた。


「お相手は誰ですか?ピエールさんですか?」

「いや、ワガハイではないぞ。貴様の相手は……その『ゲーム機本体』である!」


ぴこん!


 楓がリンファイの画面をテレビに表示させたと同時に、コントローラーを差し込んでいない筈の2Pプレイヤーが突如として参戦してきた。きっとこれが、対戦相手のゲーム機本体なのだろうが……


「それ、ただのCPUではありませんか?」


 そう、これではただのコンピューター対決である。一人プレイとなんら変わらないのだ。


「いやそうではないぞ。ワガハイの力でゲーム機本体に意思を宿らせたからな。CPUではなく、一つの『個人』としてキャラを操っておるぞ」


ぴっぴっぴ! ぴこん!


 コントローラーの存在しない筈の2Pが、キャラの選択画面で自動的に操作キャラを選択し始めた。確かにこの動きは、とてもCPUとは思えない人間味のある動きである。


「……『やっぱり』そのキャラを選ぶんですね。このゲームをよく知っているみたいですねゲーム機さんは」

「あれは……『ハメ殺しジェイ』!」

「ハメ……なんだって?」

「ハメ殺しジェイです!リンファイの中でも特に悪名高い『クソキャラ』の一角です!」

「クソ……?あんまり汚い言葉使っちゃダメだよ狐森くん……」


 なぜ俺がここまで初期リンファイに詳しいかと言うと、それは俺が実際にあのゲームを持っていたからである。


 そう……『リンファイの始まりにして、シリーズ最強のクソゲー』として名高い、あの初期リンファイを……!


「今でこそ神格闘ゲームとして名高いリンファイですが、初期の出来はそれはもう酷い物でした!ハメ殺しループコンボなんて当たり前!見えない遠距離攻撃に、画面端まで吸い込むバグ投げ技!挙げ句の果てには全画面ガード不能の即死必殺三連発!『余すことなくクソ』という言葉まで生まれた伝説のクソゲーです!」

「ふ、楓ちゃんまでそんな汚い言葉を……そこまで酷いゲームがまさか我が家にあったなんて……小さい頃にやってたゲームって、意外と覚えてないものだねぇ……」


 あまりに『完璧なクソゲー』過ぎて、プレミア価格までついてるリンファイを、なぜ羽車先輩が持っているのかは確かに疑問ではあるが、同じくあのクソゲーの被害にあった身としてはこの勝負、見逃せないものになってしまった……!


「その中でも特に!このハメ殺しジェイは『三大格ゲークソキャラ』の一人にも選ばれている伝説的なクソキャラです!『全ての攻撃が即死コンボに繋がる』なんてキャラは、長い格ゲーの歴史の中でもこのハメ殺しジェイただ一人だけです!」

「それだけならまだしも!あのハメ殺しジェイには見えない遠距離攻撃と全画面即死必殺までありやがる!俺が何度じいちゃんにそれで殺されたか……!今になっても憎しみの炎が燃え上がる程だ!」

「そ、そうなんだ……二人ともゲームが絡むと性格変わるね……」


 どうするんだ楓!?あのハメ殺しジェイに対抗するには、やはりこちらもハメ殺しジェイを使うしか……


「……ならば楓は、このキャラを選びます」


ぴっぴっぴ!ぴこん!


「な!?そ、そいつは……『カスのゴンザレス』!カスのゴンザレスじゃないか!正気か!?楓!」

「か、カス?またそんな酷い言葉を……まともなキャラは居ないのかい?このゲームは……」


 リンファイが『余すことなくクソ』と呼ばれる所以には、そのキャラ性能の格差にもある。強いやつはどこまでも強く、逆に弱いキャラはとことん弱いのだ。


 その中でも特に……あのカスのゴンザレスは……『赤子相手にも勝てない』と呼ばれる程の弱さなのだ。


「まずあいつは全キャラで唯一『走れない』キャラなんです。歩くことしか出来ません。だから攻撃を避ける事は出来ないし、逃げる相手には追い付けません!」

「そして全ての攻撃がとっても遅いんです!一番出すのが早い弱攻撃が、ハメ殺しジェイの強攻撃より出るのが遅いです!つまり理論上ハメ殺しジェイがカスのゴンザレスの目の前で強攻撃連打してるだけで、カスのゴンザレスには逆転する方法が存在しなくなります!」

「んー?えっと……つまり?」

「「クソゲーです!!」」


 そう、カスのゴンザレスVSハメ殺しジェイの組み合わせは、格ゲー界隈の歴史の中でも『最低最悪』と評される代物だ。


 『チンパンジーが操作してもハメ殺しジェイが勝つ』そうとまで言われるレベルのこの対決……果たして楓は何をする気なんだ……?


「ではカラーは青にして操作タイプBにしますね!」

「………あ」


 その瞬間、俺は楓の手の内が読めてしまった……


「まあでも、それしかないよなぁ……そうだよなぁ……」

「? なになに?楓ちゃんなにか変なことしたの?」

「変なことって言うか……勝つために必要な事をしたと言いますか……」

「おお!凄いです楽おにいさん!楓のやった事が分かるなんて、相当ゲームお好きなんですね!」


『ゴンザレスVSジェイ』


 互いのキャラ選択が終わり、ゲームのナレーションが今回の対戦カードを読み上げ始めた。


『リンクバトル!レディー?』


ポチポチポチポチポチ!


「ABC下ABC下ABC下ABC下……!」

「な、なんか楓ちゃんがすっごい速度でコマンド入力してるけど……?」

「……ゴンザレスのカラー青の操作タイプB。これ去年見つかった『特別な』組み合わせ何ですけど……ゴンザレスはこの組み合わせで使うとですね……」


『ファイト!』


「仕上げにBC同時押し右ボタンです!」


ポチポチポチ!


『ゴゴゴゴゴゴゴンザレスダイナミックボボボボォム!!!!』  


ドガガガガガガガガガガガガガガガガ!!!


 対戦が始まり、楓が『仕上げのコマンド』を入力したその瞬間……ゴンザレスはその場で激しく虹色に発光したかと思うと、相手のジェイに向かってまるで『流星群』の如き数まで『増殖』して、空からボディープレスの嵐を浴びせ始めた。


「……『対戦前に入力した技を、開始した直後に一気に放つ』ようになるんです……通称『ゴンザレス流星群』……ゴンザレスダイナミックボムの入力一回ごとに、空からゴンザレスが一体降り注ぐようになるんですよ」

「……ぷっ!あっはっはっは!なんだいあれシュール過ぎないかい!空からゴンザレスがいっぱい降ってきてるよ!あはははは!」


 空から巨漢のゴンザレスが無数に降り注ぐ画面を見て、羽車先輩がお腹を抑えて大笑いを始めた。


 あれは笑う、誰だって笑う。俺も去年バグ紹介動画で初めて見た時は、呼吸が出来なくなるくらい笑った『面白バグ』なのだから。


 だが……その面白い見た目とは裏腹に、あれはとんでもない『凶悪バグ』でもあるのだ。


ドガガガガガガガガガガガガガガガガ!


『ぐあ!?ぐあ!?ぐあ!?ぐあ!?』


「あれ?なんで相手のジェイはガードしないでゴンザレスダイナミックボムを喰らい続けているんだい?」


 一切ガードせずに、ゴンザレスダイナミックボム流星群を喰らい続けて、情けない被弾ボイスを出し続けているジェイ。確かに妙である。


「実はこの流星群バグ……『技が全部出し終わるまでは互いに操作不可』になる仕様がありまして……ゴンザレス流星群が終わるまでは、ジェイはガードも移動も出来ないんですよ……」


 そう、つまりはこのバグは『使われた時点で相手は死ぬまでタコ殴りにされる』という、非常に極悪なバグなのだ。もしもこんなバグを友達に向かってやり出したら、縁を切られても仕方の無いほどに、理不尽な仕様なのである。


「えっとつまり……あのゴンザレス流星群が見えた時点で……」

「はい。この勝負……楓の勝ちです」

「なななな!?なにをやっとるんだ狸のぉぉぉ!?」


 本日三度目の、ピエールの悲しき悲鳴が聞こえてきた。やるたびやるたびに『不正』が行われるなんて、ピエールも気苦労が耐えないだろうに……


「ふ、不正はするなと言っているだろうに!?なぜ貴様らはいつも……」

「いいえ!今回は楓は悪くありません!だって……先に『ハメ殺しジェイ』を選んだのはそっちではありませんか!!」


 おぉ……いつもは気弱に見えていた楓が、大声を上げて抗議している。いいぞ、全国のハメ殺しジェイの被害者の声を、ピエールにぶつけてやれ!


「ハメ殺しジェイは大会でも使用禁止にされているキャラなんですよ!それを恥ずかしげも無く使ってくるなんて……先に『不正』を働いてきたのはそちらの方です!」

「し、しかし……」

「しかしもへったくれもありません!これはハメ殺しジェイという『悪魔』に打ち勝つための、楓の正当防衛なんです!」


 よくぞ言いきった楓!そうだこれは、あの悪魔に勝つための悪魔祓い……カスのゴンザレスと呼ばれた不遇キャラの、魂の復讐なのだ……!


「悪魔滅すべし……慈悲はない……!」

「な、なんか目が怖いよ狐森くん……?」

「わ、分かった狸の。今回はこちらが不正を先に働いたと認めよう……ならばせめて、普通のキャラを使ってもう一戦して貰えぬか?」


 ピエールはそう言うと意思の宿っているゲーム機に指示を出して、ゲームの画面をキャラ選択の場面まで戻していった。


「どうか頼む狸の……このゲーム機も久しぶりに人と遊べて楽しんでおるのだ。だからどうか普通の対戦を」

「リンファイに普通のキャラなんて居ませんよ?」

「……え?」

「カスのゴンザレス以外は全員即死コンボを持っていて、その中で一番弱いキャラを使っても対戦が10秒以内に終わります。普通の対戦なんてリンファイでは出来ません!」


 『余すことなくクソ』それがリンファイだ。このゲームで普通の対戦をしようなんて発想が、そもそもの間違いである。


 ……改めて、なんでこのゲーム続編を作る事が出来たんだ……?今や世界規模で人気のゲームだし……何が売れるかなんて、やっぱり分からないものだな……


「……こ……今回の遊びは……ここまでである……さらばだ……」


バリパリパリ……


 いつもより元気の無い電気を走らせて、悲しい目をしていたピエールがその場から消えていった。


 あぁピエール……なんてかわいそうに……昔じいちゃんに、リンファイでいじめられてた時の俺と同じ顔をして消えていくなんて……


「なんと悲しい勝利なのでしょう……楓がこんなクソゲーを選んだばかりに……しくしく」


 しくしくと目を塞いで悲しむ振りをしながらも、楓は右手でしっかりと初期リンファイのカセットを握りしめており、明らかにこのままネコババしようとしてるのが見え見えであった。


「ごめんね、カセットは返してあげてね……ちなみになんだけど、相手がジェイを選ばなかったら、楓ちゃんはどのキャラを選んでたの?やっぱりゴンザレスで流星群使おうとしたのかい?」

「いえ、普通にハメ殺しジェイを使おうと思ってました!楓は負けたくなかったので!」

「あ……そ、そうなんだ……」


 思えば楓は電車で初めて出会った時も、『絶対に負けない方法』で俺たちを襲おうとしていた。


 きっと勝てない試合はしない性分なのだろうが……やはり楓は、『見た目に惑わされてはいけない』という教訓を体現しているかの様な存在だ。無邪気な子供に見えるからといって、下手に楓を甘やかすのは控えた方が良いかもしれないな……


「うーん……むにゃむにゃ……ん、終わったのかえ?ふわぁ……」

「お前……妙に静かだと思ったら寝てたのかよ……」


 部家の隅っこで体を丸めて寝ていたさぎりが、ぐーんと背伸びをして立ち上がった。


「じゃって半分くらいなに言ってるか分からんかったし……ぴこぴこ音も妙に心地よくてのぅ……ふわぁ……さて、それじゃあまた廊下を進むかの……ふわぁ」


 眠気でふらふらと歩くさぎりに続いて、俺たちはまた廊下の奥へと消えていった。

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