だるま落とし
ぎぃぃぃ……
廊下の真ん中辺り、無数に並んでいる白い扉の一つが、軋むような嫌な音を立てて、ゆっくりと開いていった……まるで安っぽいホラー映画の様な、『いかにも』な演出である。
「さて、何が出てくるのかの」
「何だって良い。敵なら倒すまでだ」
こんな静かな所で、あんなにも不気味に扉が開かれたら、どんな豪胆な人物であろうと、多少は恐怖を覚えるはずだが……この二人の狂戦士達には、そんな繊細な心はこれっぽっちも搭載されていないようだ。
…………………
……扉が開き数秒が経ったが、いまだに辺りは静寂に包まれていた。
「ふむ……何も出てこんの?」
「……お前達から入ってこい、という事だろう。望むところだ、ここは僕が行こう」
そう言って、少しも怖がっている様子の無い哲が、開かれている白い扉へと近づいていった。
しかしこんなにも恐ろしい状況で、ああも堂々とされていると、もはや扉より哲の方が怖いくらいである……心臓に毛皮でも羽織ってるんじゃなかろうか?
「ふむ。時に楓よ、残りの扉はあといくつじゃ?」
「えっと……ちょうど50です」
瞬間移動酔いが収まって、少し顔色の戻った楓が、自身ありげにそう答えていた。あと50で終わりだというなら、最後までトラブル無しで行きたかったものだが、そううまくは行かないものだな……
「50か……ふむ……そしてワシらは5人……そういう趣向かのぅ……?」
「? 何か気になることでもあるのか?さぎり」
「まぁちょっとの……なに、時期に分かる事じゃ。あまり気にせんでもよいぞ。そんなに悪い話でも無いしの」
どうしてこう、物知りな人物は大事な所で言葉を濁すのだろうか?続きが気になるではないか……
「扉の中には特に何も無さそうだ。部屋に入ってみるから、誰か一人、ドアを支えてくれるか?」
「いや、誰か一人と言わずに、全員で向かうとしよう。下手に散らばった方が危ないからの」
「それもそうだね。今行くよ三原くん!」
さぎりの提案を受け取り、俺たちは全員で哲の待っている部屋の前へと移動した。
「確かに部屋の中には何も無いな……なんで開いたんだ?」
「十中八九、ピエールの仕業だろう。この部屋に入れと、僕達を誘っているんだ」
そう言うと哲は、少しの躊躇もなく、部屋の中へと一人で足を踏み入れていった。
「あ、おい!もうちょっと慎重に……」
「……やはり特に何も起きな」
「『第1の遊び』開始ぃぃ!!」
バリバリバリ!
突如聞こえてきたピエールのしゃがれた声と共に、部屋の中央でバリバリと電気が走った。
「な!? 大丈夫か哲!?電気で感電したりは……」
「いや大丈夫だ、問題ない。どうやら僕に直接電気を当てようとしている訳では無さそうだ」
「よくぞここまで来られたなお客人!このピエールめが素敵な一時をお届けいたそう!」
ひとまず親友が感電させられるという事は無さそうだが、あの突如出てきた電気には、きっと何か意図があるはずだ。さて、ピエールは一体何を仕掛けてくるんだ……?
バリバリ! ドン!
「なんだ?……これは……だるま落とし……か?」
電気の走る音が鳴り止み、その場に何か重い物が置かれる音がしたかと思うと、部屋の中央には、哲の身長よりも大きな『巨大だるま落とし』が、堂々とバランスよく立っていた。
「すっごーい!バラエティー番組でしか見ないようなサイズのだるま落としだね!見てるだけで、なんだかわくわくしてくるよ!」
「おぉ!あれならワシでも知っておるぞ!あれじゃろ?横からトンカチで叩いて、一段ずつ飛ばしていくやつじゃろ?」
「まぁ普通のだるま落としならそうなんだけど……あんな大きいだるま落とし、一体何に使うんだ?」
人間の事にはあまり詳しくないさぎりでも、さすがにだるま落としくらいは知っていたらしい。
子供の頃に、皆一回くらいは見たことあるであろうだるま落とし。
平たい丸型のだるまの顔を、4~10段くらい積み上げて、それを横からハンマーで叩き、一段ずつ横に飛ばしていくという、誰がやってもそこそこ盛り上がる最高のオモチャである。
巨大なだるま落としが出てきたこと、それ自体は別に問題ではない。俺が気になるのは、なぜそれが今このタイミングで、この部屋に現れたか、である。
それに、さっきのピエールの言葉も気になる……『第1の遊び』……第2第3の遊びもあると言うだろうか?
「……だめだ、あんまり頭が回んねぇ……」
急に二つも同時に謎が増えた事と、ここまで蓄積してきた疲れもあって、脳が少し混乱してきた気がする……
今日は一体、いつになったら心も体も脳も休めるのだろうか……
「ふらふらしとるが、大丈夫かえ?……まぁ、あの化け物なら、例えあの巨大なだるまが突然動き出して襲いかかっても、苦もなく返り討ちにするじゃろうし、そんなに深く考えなくても良いのではないかの?ぬしはただゆったりと、そこであの化け物を眺めてると良いぞ」
「……だな、そうさせて貰うよ。何をするかは分からんが、がんばれー哲」
「あぁ、お前のいち早い休息の為にも、早急に終わらせよう」
「おう。はぁ……ちょっとお行儀悪いけど、地べたに直座りさせて貰うとするか……」
哲に簡単なエールだけ送って、俺は扉の外で地べたに座り、軽く休ませて貰う事にした。
しかし立っているだけでも辛くなるなんて、じいちゃんの料理の仕込みを、みっちり手伝った時以来だなぁ……あの時も本当にしんどかったが、今のこの疲労具合は、あの時のしんどさにすら勝っている気がする。早いところ横になりたいものだ……
「それで、僕は何をしたら良いんだ?このだるま落としをやれば良いのか?」
「ふははは!そんなに単純な遊びではつまらぬではないか!貴様が今からやるのは……『だるま落としクエスト』だぁぁ!!」
バチバチバチ!
だるま落としクエスト……ピエールがそう言い放った瞬間に、巨大だるま落としに電流が走ったかと思うと、その表面に、『剣』やら『盾』やらのマークが刻まれていった。
「今から貴様には、そこの巨大なハンマーを使ってこのだるまを落としてもらう!そして落としただるまに刻まれていた『マーク』によって、貴様には様々な『バフ』が施されていくのだ!」
「マーク……バフ……まるでRPGゲームだな。それで、その後は?」
「ふっふっふ……決まっておろう……モンスター討伐だぁぁ!!」
ギロリ!
だるま落としの頂上。半楕円で唯一『顔』の描かれていたそのだるまの『目玉』がギロリと動き、哲を睨み付け始めた。
「バトルはターン制だ!貴様がバフマークの付いただるまを落とし!その次はこのだるまが貴様を思う存分攻撃する!なに安心するがいい、命までは取らん……だが、この大きさのだるまのたいあたりは、中々に痛いぞ?ぐふふふふ……!」
「……なるほど。そして僕が倒れる前に、その頂上の化け物を倒せば、僕の勝ちと言うことか。面白そうじゃないか」
これから全長200cmはありそうな、10段重ねのだるまに攻撃されるというのに、楽しいなどとは……やはり哲は恐ろしい。恐ろしい程に……戦いに飢えている。
哲には好きな人種が居る。それは自分に向かってきてくれる奴だ。戦いを挑んでくる相手だ。
哲曰く、自分に挑んでくる奴は、それだけで賞賛に値する人物だと。褒め称えるべき相手だと。そう思っているらしい。
故に哲は、敬意を持って敵に立ち向かう。それが狐の大妖怪であれ……巨大だるまおとしであれ、だ。
「僕が先に攻撃して良いんだな?」
「あぁ良いぞ!貴様のハンマーがだるまに当たる音が、遊びの始まりを告げるコングであるぅ!」
「そうか。それなら盛大に鳴らしてやろう。ただし鳴らすのは、始まりのコングではなく……」
哲が地面に置かれていた巨大なハンマーを持ち上げると、そのまま哲は体をその場で大きく捻り始めた。
鉄球投げのフォーム……それが一番近い構えだろう。大きく腰を下げ、体をねし切れんばかりに捻り、そしてハンマーを……これでもかと広く振りかぶっていた。
「なぁ哲……お前もしかして……?」
「……戦いの終わりを告げる、終了のコングだ!はぁぁぁぁ!!」
ブォォン!!
体の捻りを解放して、哲の体とハンマーが、凄まじい風切り音を鳴らして、巨大だるま落としへとぶっ飛んでいった。
ウサギ、カンガルー、カエル。それら跳躍力の申し子の様な動物達ですら、きっと今の哲には敵わない。そう確信させる程の力強さ。そう思えるほどの破壊力。
文句のつけようなんてあるわけが無い、その完璧な攻撃に、ただ一つ疑問を投げ掛けるとすれば……どう見たってハンマーの軌道が『縦振り』になっている事だろう。
「あぁ……やっぱりか……なんとも哲らしい……」
「おおお、お前!?だるま落としをやった事無いのかぁ!?ハンマーは横に振れぇぇ!?」
「鉄槌制ェェェ裁ッ!!はぁぁ!!」
ズダァァン!!! ベキバキベキィッッ!!!
哲の無慈悲な鉄槌が、目玉をギロギロと動かしていた頂上のだるまの『脳天』に、これでもかと深く突き刺さった。
まずは勢いのままに、頂上のだるまが粉々に『砕け散った』その程度ではもちろん哲のハンマーの勢いは止まらず、続いて二段目三段目も『破壊』した。
しかしそれでも、哲の力は弱まることを知らなかった。四段目、五段目、六段目、七段目……まるで正月に食べる鏡餅を割るかの様に、バキバキと小気味の良い音を立てて、だるまが粉々に砕け散っていく。
残るは三段……いや、もう二段か?なにせ八段目のだるまは、もう既に割れかけているのだから。
「これで終わりだ」
グンッ! バキバキバキ……
ハンマーの振り終わりに、哲がほんの少しだけ『追加』の力を加えると、残りのひびが入っていただるま達が、まるでせんべいの様に割れていった。
一撃必殺……これをだるま落としと名付けるのは、間違いなくだるま落としへの冒涜になるが、これが三原 哲という男の答えだ。暴の化身が見せつけた、圧倒的な『力』のやり方だ。
「なんという……なんという反則だこれはぁぁ!?ワガハイはだるまを落とせと言ったのだぞ!!誰が一撃で粉々にしろと言ったのだぁ!?」
「落ちてるじゃないか」
「はぁ?」
「だるまは全て、地面に落ちているだろう」
哲は指で地面に落ちているだるまの破片を指して、少しの恥ずかしげもなくそう答えた。答えきってしまった。
「……だ、だが……こんなものを認めるわけには……!」
「これはだるま落とし『クエスト』なんだろう?あくまでも目的はだるま落としをする事ではなく、頂上の化け物を倒すことだったはずだ。どうやらお前は知らない様だから、一つ大切な事を教えてやる」
哲は手に持っていたハンマーを床に落とし。まるで生徒に勉学を教える教師のような態度で、次の言葉を述べた。
「ルールに書いていないなら、なにをやっても合法だ」
「そ、そんな訳無いであろう!?倫理観とか精神的なストッパーとか……そういう物が貴様には無いのかぁ!?」
「それは親友の休息より大事な事なのか?そうでないなら、僕はどんな手段でもいくらでも用いる。怪異相手には、ルールも倫理観も無用だ……!」
「な……なんちゅう恐ろしい奴だ……!?座りきった目をしよってからに……!?」
きっとあれこそが、絶対強者と言う生き物なのだろう。自分の行いに絶対の自信を持ち、そして独自の理論を堂々と押し付けてくる。
ぱちぱち……
「うんうん。さすが三原くんだね。頼りになるなぁ。堂々と『変なこと』言ってて、思わず拍手しちゃったよ」
「それでこそだ哲。我が親友よ……感動すら覚える力技だ……!」
先輩と二人して、思わず感極まってしまった。さすがだ哲。すごいぞ哲。そのまま弁護士にでもなって、理不尽に無罪を勝ち取っていってくれ……
「……人間って怖いのぅ……」
「……楓、なんだがお山に帰りたくなってきました……」
人間の『ナニカ』に振れてしまった獣達がなにやら怯えだしてしまったが。とにかくこれで、第1の遊びとやらは無事(?)終了したと言う事で良いのだろうか?
「で、どうなんだピエール?これで終わりで良いのか?不服があるなら、僕はどんな挑戦でも受けるし、その全てを叩き潰すまでだ」
「あ、いや……はい……貴様の勝ちで良いです……部屋から出ていってくだされ……」
ガックリと項垂れたピエールが、元気なさげに敗北を認めていた。気の毒には思うが、今回ばかりは、哲をなめ腐っていたピエールの非である。あれは兵隊のオモチャなんぞには扱いきれぬ、暴力の武人なのだから。
「そうか。『だるま壊し』は中々楽しかったぞ。またやらせてくれ」
「二度とやらんわボケェ!さっさと出ていけぇ!」
ギィィ!バタン!
哲が部屋から出た瞬間に、扉が勢い良く閉まっていった。まるでピエールのやるせなさを表現しているかの様である。
「おつかれ哲。ひとまず無事に終わって良かった」
「ありがとう楽。お前の応援のおかげだ」
「応援?いや俺は座ってただけだが……」
「お前が側にいる……それだけで十分な応援だ」
「さ、さいですか……まぁ、お前がそれで頑張れると言うなら……」
そんな事で良いなら、お安いご用だ。いくらでも近くにいてやるさ親友よ。
「ワ、ワシもぬしが近くにいるだけで頑張れるぞ?だからもっと近くに……」
「お前はもっと離れろ。もふもふしてて暑いんだよ……」
「ぐぬぬ……おのれ猛暑め……!冬になったら見ておれよ!」
ついには季節に喧嘩を売り出したさぎりを放って、俺たちはまた、白い廊下を歩き始めた。




