瞬間移動酔い
りんりんりん
「ひとつ」
りんりんりん
「ふたつ」
さぎりが青い鈴を三度ならす度に、俺たち5人の体が、白い廊下の端にある、次の廊下へと続いている白い扉の前へと移動させられていく。
「一度鳴らして二人、二度鳴らして更に二人、三度鳴らして今度はワシ自身を……こうやって順番に瞬間移動させていけば、一切歩かずに廊下の端まで移動出来ると言う訳じゃ。どうじゃスゴかろう?褒めるのじゃ褒めるのじゃ!」
「いよ!さぎり様!日本一!」
「さぎり様は天下一の大妖怪です!」
「そうじゃろうそうじゃろう!はっはっはー!」
さぎりがまるで天狗のように鼻を伸ばして、これでもかとドヤ顔を晒していた。全く、どこまでも調子の良い奴だ。
しかしこれは便利だ。154回も扉を潜らなければならないと覚悟していたが、これならあっという間に終わってしまう。今ばかりは、サギリノカミ様々であると言えよう。
「ほぅれ!ぬしもワシを褒めるが良いぞ?」
「おう、さすがだなさぎり。その調子で頼むよ」
「なんと……本当に褒めてくれるとは……疲れすぎて、遂に熱でも出たのではないか?」
「なんで素直に褒めたら、それはそれで怪しまれないといけないんだよ……俺だってたまにはちゃんと褒めるさ」
「ぬし……!うむ!頑張るでの!それ!」
りんりんりん
さぎりが褒められて嬉しそうに、青い鈴を鳴らし続けていく。
しかし、ちょっと普通に褒めてみただけでこうも疑われるとは……俺、そんなに信用無いんだな……もう少しさぎりには、優しく接するとしよう……
「楓ちゃん。あと何回かな?」
「あと124回です!」
「んな……まだそんなにあるのかえ……いやいや!ここは踏ん張りどころじゃな!えいえい!」
りんりんりん
一度に鈴を鳴らす回数が3回。それが合計で154回必要な訳だから……さぎりは462回、鈴を鳴らす必要があるわけだ。
うん、ベル奏者かな?あの青い鈴、作りがしっかりしてるせいか、そこそこ重そうにも見えるし……
そういえば神社で俺たちを閉じ込めていた時も『あーもう堪忍してやぁ……腕が痛いわぁ……』などと言っていた気がする。やはり結構重い鈴なのだろう。
……ところで、今神社でのさぎりの事を思い出して、ふと一つどうでも良い疑問が生まれてきたのだが……
「……ごめんさぎり。絶対今質問する事じゃないんだけどさ。聞いても良いか?」
「ん?なんじゃ?何でも聞くが良いぞ」
「ふとな、昨日初めてお前と出会った時の、お前の『口調』を思い出してたんだが……お前、初期の頃と喋り方変わりすぎじゃないか?」
なんかこう……初めて出会った時のさぎりは『~やわぁ』とか『かんにんしてやぁ』とか、妙に『艶っぽい』喋り方だった気がするのだが……今のこいつに、そんな艶っぽさは一切感じられない。あれはなんだったと言うのだろうか……
「あ、あれはそのじゃな……新しいぬしに取り入ろうと、色々錯誤していたと言うか……なんというか……あはは……」
「つまり……猫被っていたと?」
「まぁ……そういうこと……じゃな……てへ☆」
「てへじゃないが」
狐なのに、猫被りとはこれいかに。
なんとも浅知恵の働く奴と言うか……必死な奴と言うか……
……まぁ、俺に気に入られようと努力して、無理していたのだと思うと、少し同情の気持ちが沸かなくもない。あれはあいつなりの、頑張りだったと言う事だろう。
そんな涙ぐましい努力を、これ以上問い詰めるのは酷と言うものだ。そっとしておいてやろう。
「なんかぬし、今ワシの事心の中でバカにしておらんかったか?」
「いや別にぃ?ほらほら、頑張って鈴を鳴らしてくれサギリノカミ様」
「なんじゃ、こういう時だけ神様扱いしよって。調子の良い事じゃの全く……それ!」
りんりんりん
鳴らす、移動、鳴らす、移動。
……ちょっと酔いそうになるな、これ。なにせまばたきの間に、ぐんっと景色が変わるのだから、脳の処理が点で追い付いていかない。
瞬間移動酔い?とでも言えば良いのだろうか。今回は仕方ないが、あまり連続しての瞬間移動は、控えておいた方が良さそうだな……
「ふぅ。結構回数いったんじゃないかな?楓ちゃん、あと何回くらいかな?」
「はい……あと93……うっぷ……」
俺と同じように、瞬間移動酔いになっていた楓が、俺なんかよりよっぽど気持ち悪そうに、ふらふらと立ち眩んでいた。大丈夫だろうか?
「だ、大丈夫楓ちゃん?」
「だい……じょうぶです……これも修行と思えばこそ……です……」
「これ、無理をするでないぞ楓よ。そうじゃな、羽車に抱き抱えて貰って、目を瞑っておくのじゃ。そうすれば多少はマシになろうて」
「だって楓ちゃん。ほらおいで」
「すいません……お願いしますぅ……」
楓がふらふらと羽車先輩の腕の中へと吸い込まれていき、しっかりとお腹の辺りで抱っこされた。こうして見ると、まるで本当の姉妹の様である。
「相変わらずふわふわだねぇ楓ちゃんは」
「ごめんなさい楓おねえさん……こんなふわふわしてる楓を抱っこなんかしたら、暑苦しいですよね……」
「ふふ、そんな事無いよ楓ちゃん。ほら、おめめつぶっててね。良いよさぎり様。鈴をお願い!」
「うむ。いくでの」
りんりんりん
楓の酔い対策をして、さぎりはひたすらに鈴を鳴らし続けた。
りんりんりん りんりんりん
「……なぁ、今さらなんだが楽」
「ん?どうした哲?」
「これ……本当に正攻法なのか?」
「? というと?」
「なんというか……この解き方は、美しくない気がするんだ」
「美しくない……とな?」
まさか哲の口から『美しくない』なんて言葉が出てくるとは思わず、少し驚いてしまったが……ふむ、一理あるかもしれない。
あのピエールとか言う兵隊のオモチャは、これを『遊び』だと言っていた、遊びと言うからには、それなりにルールや法則があっても良いはずである。
にも関わらず……今判明している事は、廊下を抜ける度に、白い扉がひとつずつ消えていくと言う、ただその一点だけ……本当に、それだけの事で、全ての謎が解けたと言っても良いのだろうか?
「ふむ。化け物の言いたい事も分からんではないが、今はこれ以外に出来ることも無いからのぅ……まぁ、警戒くらいはしておった方が良いかもしれんな」
「警戒?なんの警戒だ?」
「このまま瞬間移動し続けて、白い扉が全て無くなったとしても……それでこの遊びが終わらないという、そういった『不足の事態』に対しての警戒、じゃよ」
りんりんりん
さぎりが忠告を促しながらも、黙々と鈴を鳴らし続けた。
そうだ、何となく、もうこれで脱出できると思ってしまっていたが、まだそんな事は全くもって確定していないのだ。
白い扉が無くなったあとは?この短くなり続けている廊下が、そのまま跡形も無く消えてしまったら?もし途中で、白い扉が消えなくなってしまったら?
予想できる『不足の事態』はいくらでもある。怪異の事を甘く見てはいけない。警戒し過ぎて、困ることなんぞ何もないのだから。
今一度、冷静に、慎重に、時間をかけてゆっくりと……怪異対処の鉄則を忘れてはいけない。些細な事も見逃さないように、気を引き締めるのだ、狐森 楽よ。
りんりんりん
「………………」
りんりんりん
「……………いやしかし、本当に何も起こらんな……」
気を引き締めて……とは思ったが、こうも何も起こらないとなると、何に対して気を配れば良いのやら……
「じゃが見てみるのじゃ。確かにぬしの思った通り、廊下はどんどん短くなっておるようじゃぞ?」
扉の数が、残り80をきった辺りから、明らかに廊下の端が近づいてきているのを感じる。予想は的中していたという事だ。
……しかし、元々息の詰まるような場所ではあったが、距離まで狭くなって来ているとなると、今度は圧迫感も感じてしまう。ますます居心地の悪い所になってしまったものだな……
ガチャン!
「……何の音だ?」
何も起こらない時間に甘んじて、少し気を緩ませていると、不意に廊下のどこからか、ドアノブを捻る音が聞こえてきた……
「……不足の事態、という訳じゃな」
「下がっていろ皆。僕と女狐の後ろに隠れるんだ」
……どうやら、このまま一筋縄という訳には、行かないようだ。




