手がかり
「貴様と言う奴はぁ!!羽車殿というものがありながら、この狐の者といちゃこらいちゃこらしよってからにぃ!!恥を知れこの女たらしがぁぁぁ!!!」
「は?へ?は、話がまるで見えてこないんだが……?」
「ぬぅあぁなにをぉぉぉ!!?」
ピエールの怒りのボルテージが、目に見えて上昇していく。今にも血管がはち切れんばかりで……いや、オモチャに血管は無いか……
「ワガハイは全て見ておったぞ!外でのバーベキューで、羽車殿に『あーん』して貰っておった貴様の姿もなぁ!!」
「いやいやいや。あれは別にそんなんじゃなくて、両手が塞がってたから先輩が親切でやってくれただけで……ですよね?羽車先輩?」
「え!?あ!うん!もも、もちろんだよ……そんな、下心なんてこれっぽっちも……」
「羽車先輩……?そこは思いっきり否定してくれないとまた誤解が……」
「やはり貴様!羽車殿をたぶらかしておるではないかぁぁ!!」
羽車先輩の微妙な受け答えを目の当たりにして、何かを誤解して確信したピエールが、これでもかと怒りをぶちまけていた。
どうしてですか羽車先輩……なんで今日に限ってそんなにしおらしいんですか……!
「ごめん!さっきのお二人の膝枕とか見てたら、私の中の『乙女心』がずっとドキドキしてて……ついしどろもどろに……」
「うむうむ。羽車も年頃の少女と言う事じゃな。何も恥じることはないからの」
「うえーん!ありがとうさぎり様!私、この乙女心にしっかりと向き合っていくよ……!」
「その乙女心によって、俺があらぬ風評被害を受けているのですがそれは……」
さぎりが羽車先輩を慰めて、何か青春的な良い話風にまとめようとしているが、それでは俺が報われないのだ……乙女心は時に、人をも殺すと言うのか……?
「ふん!だから本来なら、羽車殿を誑かした貴様だけをこの世界に閉じ込める予定だったが、どうにも貴様には妙な印が『2つ』も付いておったのでな、それもとびきり強力なのが。故に仕方なく、周りの関係の無いお客人も巻き込んでの遊びになってしまった事だけは謝罪しよう。すまなかった」
2つの印……この手の甲の狐の落書きと、うつしさんに付けて貰った印の事だろう。
もしこれが無かったら、俺はこの空間に一人で立ち向かう事になっていた訳か……そんなの、考えただけでも恐ろしい事態だ。今回ばかりは、あの二人に感謝する他ない。
「もしお望みなら、この不埒者以外のお方は元の世界にお返し致すが、いかがしようか?」
「「断る!」」
俺の頼もしい救世主である哲と、そこそこ頼もしい守護神のさぎりが、二人揃って、ピエールの提案に拒絶の言葉を返した。
こういう時だけは、団結出来るんだなお前ら……普段からそうしてくれ。
「理由はどうであれ、お前は僕の親友を危険に晒した張本人だ。お前の提案など聞く義理はない」
「それに、何か勘違いしておるようじゃが、それらは全て『強者』が言って良い台詞じゃ。そしてこの場に置いて、強者はむしろワシらの方。地面に頭を下げて許しを乞い、へりくだって従うのは貴様の方であろうに。図に乗るなよ?玩具」
「な、なんだとぉ……!?」
味方ながら、何とも恐ろしい二人だ……まるで弱い者いじめでもしているかの様である。
ピエールはこれを遊びだと言っていたが、残念ながらこの二人には、そんな催しに付き合うつもりは一切無いらしい。
暴力の化身に、圧倒的な上位存在。そんな二人相手に、自分の都合を通せる存在なんぞ、この世にそうそう居るわけが無いのだ。さてピエール、どう出てくる……?
「……ふん!良かろう!貴様らがその気ならワガハイも……!」
「来い!」
「一捻りじゃ」
ズズズズズ……!
三人の気迫によって、辺りの空気がずっしりと重くなっていく……え、マジで今からここでやるのか?そんな事したら周りにどんな被害が……バトル漫画の世界でもあるまいし、もう少し穏便に……
「ストーップ!!そこまで!喧嘩はダメだよ!」
間に入るだけでも、潰されてしまいそうな圧のある三人の間に、羽車先輩はするりと入っていき、今にも殴り合いを始めそうな両陣営を、その大きな声でピタリと制止させた。
「どいてください羽車先輩。こんな奴かばう必要ありません」
「そうじゃ退くのじゃ羽車よ。なに安心せい、ぬしの手前、こやつの命までは取らんよ」
「……ふぅ。よし!皆良く聞いて!今から私、すっごいズルい事言うからね!」
すっごいズルい事?一体何を……
「今から暴力行為を働いた人には、もうホットケーキを食べさせてはあげません!」
「な、なんじゃとぉぉ!?」
「同時に、狐森くんとお喋りする事も許しません!」
「な、なにぃ!?」
さぎりと哲が、へなへなとその場に倒れていった。
ホットケーキはまぁ先輩のお金で買った物だから分かるとして、なぜ俺のお喋りの権利まで、羽車先輩の手にあるのだろうか……俺の人権っていったい……?
「私ね、そうピリピリしないで良いと思うんだ。ピエールはそんな、悪いオモチャじゃない筈だもん。ね?ピエール」
「は、羽車殿ぉ……!」
羽車先輩の言葉に打ちひしがれ、ピエールがわなわなと全身を震わせていた。
ピエールに敵意が見えないのもそうだが、やはり昔、自分が遊んでいたオモチャという思い入れもあるのだろう、羽車先輩がピエールを庇うのも、無理からぬ事だ。羽車先輩も存外に義理堅いところが……
「それにこんな『面白そう』な事!暴力で無理やり解決するなんて勿体ないよ!!」
よし、前言撤回だ。この人私利私欲でしか動いてない。
「ピエール!ここは脱出出来るように作られているお遊びの空間。その言葉に偽りは無いんだね?」
「もちろんですとも!このピエール、誠心誠意羽車殿に誓いましょうぞ!」
「うんうん!そうこなくっちゃ!じゃあ皆、休憩はここまでだよ!北山高校ミステリー研究会、脱出に向けて一致団結だぁ!!」
「おぉー!楓もお手伝いします!」
「ワシの……ホットケーキ……」
「楽と……喋れなくなるなんて……」
「……何も休憩出来なかった……疲れた……」
強欲人1名。狸一匹。轟沈2名。疲労困憊1名。
これで一体、何を一致団結すれば良いのかは分からないが……まぁとにかく、前に進めただけで、良しとするか……
「ではワガハイはこれで失礼しますぞ。存分に楽しまれよ」
バリバリ!
電気の走る音と共に、ピエールの姿が跡形も無くその場から消えた。さぎり達が白い煙で消えるのも風情があるが、電気でバリバリと豪快に消えるのも、中々に格好良い気がする。
「よし!それじゃあ……うーんと……どうしよっか?」
……相変わらず、何の手がかりも0のまま……困難極まりない探索劇が、また始まろうとしていた。
~数分後~
「ダメだ、何も分からん……」
俺は何度も何度も扉を開けたことで、すっかり赤くなってしまった手のひらを眺めながら、その場にごろりと倒れてしまった。
「廊下を進めど進めど変化無し。横の扉は全部行き止まりの白い部屋だし、これで何をどうしろって言うんだよ……」
「はぁ……ワシもちょっと疲れたのじゃ。ぬしの隣で横になろうかのぅ~……ふふふ」
さぎりがなに食わぬ顔で、倒れている俺の横に迫ってきた。しかし今の俺にはもう、それにツッコむ余力すら残っていなかった……もう好きにしてくれ……
「そうはさせるか女狐め!」
がし!
「ぐぬぬ!おのれ離すのじゃ化け物め!ぬしが弱っている今が!べったり甘え放題の好機なのじゃ!はーなーすーのーじゃー!」
じたばた!
「魚みたいだ……」
哲に片手で持ち上げられて、その場でじたばたしてるさぎりが、まるで獲れたての魚の様に見えてきた……相当疲れてるな、これは……
「13……14……15……16……」
「……ん何を数えているんだい?楓ちゃん」
騒がしくしている俺たち三人を余所に、楓がなにやら神妙な顔つきで、何かの数を一生懸命数えていた。
「……あ、やっぱりそうです!間違いありません!」
「お!なにか気づいた事があるみたいだね楓ちゃん!お姉さんに教えて貰えるかな?」
「……ホットケーキ」
「ん?」
「お教えしますので……楓のホットケーキ、大きいのをいっぱい作って貰えますか?」
この期に及んで、自らの取り分の提案とは……なんとも現金な性格である。狸とはやはり、強欲な生き物なのだろうか?
「うん!もちろんだよ!狐森くんがたっくさん作ってくれるからね!」
「わーい!それじゃあお教えしますね!」
「あ、俺が作ること前提なんですね……別に良いですけど……」
ここから脱出した後に、ホットケーキを大量に作る重労働が確定した所で、楓の話を聞いてみようじゃないか。
「楓は数字を覚えるのが得意なんです!お金の計算はとても大事な能力だって、嵐おじいさまにさんざん鍛えられてきましたから!」
「ほぅ、それはなんとも嵐らしい教えじゃな。あやつは確かに、金の計算だけは早かったからのぅ」
「はい!それで楓は昔から、周りの物の数を数えたりするのが好きなんですけど……それで気付いたんです、この扉……『廊下を進むごとに数か減っています』!」
数を数えるのが得意。それは確かに、現代社会においても重要なスキルのひとつだろう。
そう豪語している楓が言うのだから、きっと間違いない筈だ。辺り一面にびっしりと備え付けられているこの白い扉は、俺たちの気付かぬ内に、その数を少しずつ、減らしていっていたのだ。
「いやしかし、数が減っておるわりには、見た目があんまり変わってない気がするの?少なくとも、ここまでに10は扉が減っておる筈じゃし、そこまで減っておったら、数なんぞ数えなくても、見た目で気付きそうなもんじゃがの……?」
確かに、数が減っていると言う割に、廊下の景色はまるで変化していない。相変わらず、気持ちの悪いほどに白い扉が乱立されているのだから。
「……もしかして、変わっているのは扉の数だけじゃなくて……廊下の長さもなんじゃないのか?」
「それだ!白い扉の数が減るたび、見た目の違和感を無くすために、廊下の長さをその分短くしているって訳だね!」
扉が1つ消えて、その分空いてしまった空間を誤魔化すために、廊下を扉1つ分短くして、その違和感を跡形も無く消してしまう。
分かってしまえばなんという事は無い仕組みだが、これに気づいた楓は何とめざとい奴なんだろうか。狸の抜け目のなさには、恐れ入ったものである。
「つまり廊下を進み続けてさえいれば……」
「いつかは扉が無くなって、廊下も全て消えてなくなるかもしれない……と言う訳じゃな」
「だね!じゃあ早速……ところで楓ちゃん。今の白い扉の数はおいくつぐらいなのかな?」
「154です」
「…………え?」
「154です。何度も数えたから、間違いありません!」
「154……そ、そっか……それはまた……大層な数字で……」
154……つまり、この廊下の扉を全て消し去りたいなら、あと154回、この廊下を渡り続けないと行けないと言う事だ……
「謎解きの割には体力勝負過ぎるだろ……なんだ、154回って……シャトルランじゃないんだぞ……!」
「僕が背中で背負って走ろうか?楽。154回のシャトルラン程度、僕にはどうという事は無いからな」
「いや、歩くよ、歩けば良いんだろ……はぁ……」
まぁとにかく、解決策は見つかった訳だし、あとはゆっくりウイニングランでも……
「ふっふっふー!おぬしら、何かを忘れてはおらんか?そんな真面目に歩く必要なんぞどこにもないぞ?」
急に不敵な笑みを浮かべたさぎりが、懐から何かを取り出した。
りん……
「ここからはワシの出番じゃ。後でちゃーんと、褒めるが良いぞ?」




