ピエール
がちゃっ!
「ここも白い部屋!」
がちゃっ!
「ここもまた白い部屋!」
がちゃっ!
「そしてそしてここもまた!真っ白なお部屋!」
がちゃりがちゃりと世話しなく、羽車先輩がそれはもう嬉しそうに、次から次へと廊下に並んでいる白い扉を、これでもかと開けまくっていた。
「ふぅ。開けど開けど白い部屋が出てくるばかりだね。これじゃあ埒が開かないよ。扉だけに……ね!」
「? 今のはどういう意味なんだ?説明してくれ楽」
「はいはい。羽車先輩の言葉は、話半分に聞こうな哲」
「そうか、分かった」
「二人してひっどーい!私がこんなにも頑張って場を和ませようとしてるのに!」
相変わらず落ち着きの無い羽車先輩は放っておくとして、しかし困ったな……確かにこれでは、全くもって先に進めない。何か手立ては無いものか……
「やっぱり廊下の壁を壊してみるか?ここはまやかし世界だから、僕が法外な修繕費を支払う必要も無いのだろう?」
「いや、壊したところで、またあの白い部屋に戻るだけじゃないか?こんなにもぎっちり扉が並んでる訳だからな、どの壁を壊しても、白い部屋に入るだけだろうよ」
どういう構造になってるかは分からんが、この廊下は白い部屋に取り囲まれる様に作られている。これではどこの壁を壊そうとも、また白い部屋に逆戻りするだけだろう。
「それなら、廊下の壁てはなく、白い部屋の中の壁を壊すのはいかがでしょうか? 扉とは反対側の、廊下とは繋がっていない方の壁です!」
「あ、確かに。そっち側の壁は廊下とは無関係だからね。やれるかい?三原くん」
「問題ありません。扉だけは閉まらないように注意しておいて貰えますか?」
がちゃっ!
適当な扉の一つを開けて、白い部屋の中の壁の前に哲が立った。
「よし、扉は支えておくから、存分にやってくれ哲!」
「了解した……はぁぁ!!」
ドォォン! ガシャァァン!
哲が強烈な踏み込みと共に、拳を前へと突き出した。
哲の拳が壁に当たった瞬間に、とてつもない轟音が響いたかと思うと、壁は音を立てて、豪快にその場に崩れ去っていった。
「またまやかしを素手で……呆れた怪力じゃ……」
「どうだ哲? 壁の向こう側になんか見えるか?」
「……なんてことだ」
哲が壁の向こうの景色を見て、その場に固まってしまった。一体何が見えていると言うのだ?
「……扉だ、『白い部屋と扉』が見えている」
「えっと……つまり?」
「白い部屋の、扉とは反対側の壁を破壊しても……また『鏡合わせ』の様に、反対側に作られている白い部屋と繋がるだけ……という事だ」
それは確かに、哲でも絶句する事実だろう。
つまりこの空間は、『縦方向』だけでなく『横方向』にも、同じものがループしているという事だ。
「前後左右ループ空間って事か……厄介だな」
「ふむ。ならば『上下』はどうかの?」
そういうとさぎりは地面に手を当てて、集中するように目を閉じ始めた。
「化け物の様に力で壊すことは出来んが……ワシだってまやかしの力を使えば、このくらいは……ふ!」
ピキピキ……バン!
さぎりが地面にまやかしの力を流し込むと、さぎりの手を中心に地面に亀裂が走っていき、やがてなにかが割れた様な音が聞こえたかと思うと、地面はそのまま、バラバラに崩れ去っていった。
「どうじゃ!まやかしは所詮幻じゃからな、仕組みさえ分かっておれば、外部からの操作でこんな事も出来るのじゃ!ワシを褒め称えるが良いぞ?はっはっは!」
「す、凄いですさぎり様!こんな事、嵐おじいさま以外で出来る方なんて初めて見ました!」
楓が目をらんらんと輝かせて、さぎりをまるで神の様に褒め称えていた……いや、そういえば神様だったわ……
「へー、そんなに高等技術なのか、これ」
「そうとも。他者の作ったまやかしは、基本的にその本人しか弄れん代物じゃからな。しかしそこをどうにか出来てしまうのが、このワシという訳なんじゃなぁこれが!褒めるが良いぞ!褒めるが良いぞ!」
「あーはいはい。凄い凄い」
「やったー!ぬしに褒められたのじゃ!」
「こいつ、あまりに普段から俺に塩対応されてるから、ちょっとした事で喜べるようになってやがる……!」
よく分からんが、他人の組んだプログラムに無理やり介入できる、ハッカーみたいな感じなのだろうか?
こいつがそんなに頭脳明晰で、器用な奴にはそう見えないが……純粋無垢な楓の反応を見るに、さぎりが凄い技術を持っているのは間違いないのだろう。何にせよ、この力は存分に利用させて頂くことにしよう。
「あー、喜んでる所悪いんだけどねさぎり様……ちょっとこれは、喜べない結果かも……」
「ん?なんじゃ?……あー……なるほど、そう来たか……」
羽車先輩に指を指され、壊した地面の先を覗いたさぎりが見たのは……これまで何度も見てきた『真っ白な廊下』であった。
「下もダメか……なら上はどうじゃ?」
ふわ ピキピキ!バキ!
さぎりはその場でふわりと浮遊すると、今度は天井に手を当てて、先ほどと同じ要領で、天井に穴を開けて見せた。
「どう?上はどんな感じかな?」
「あー、こっちもダメじゃ。白い廊下が続いておるわ」
どうやら上も、ループする廊下になっているようだ。
つまり前後左右どころか、360度全方位ループ……こんなの、一体全体どうしろと言うのだ……
「……よし、ちょっと休憩しようか。一旦話し合いをしよう」
「そうですね。これはちょっと、手当たり次第のやり方ではどうしようも無さそうですし」
俺はその場にどさりと座り込んで、いまだに両手に握りしめていたホットケーキの材料を、潰さないようにそっと地面に置いた。
「早く食べたいのぅホットケーキ……」
「そうだな……俺もさっさと、こんな所抜け出したいよ……はぁ……」
「おつかれ気味だね狐森くん。まぁ無理もないか、1日にこう何回も怪異に遭遇してたら、体も心も休まらないもんね」
「全くです……はぁ、疲れた……」
今日だけでも十分疲れたが、昨日から何とも激動続きの日々である。これでは体がいくつあっても足りやしない……
ぽんぽん
「ほれぬし。疲れたのなら膝枕してやろう。ここに頭を乗っけるのじゃ」
さぎりが俺の隣に座り、膝を叩いて俺に頭を乗っける様に指示してきた。
「……そんな恥ずかしい事、出来るわけ……」
「ん?何を言っておるのじゃ?もう既に一回やった事でないか。何を今さら恥ずかしがっておるのじゃ?」
「ぶっ!」
「なにぃ!?」
「わぁお!」
こいつ!言わなくても良いことを……!
「ほ、本当なのか楽……? こんな女狐とそんないかがわしい事を……!?」
「い、いかがわしいって別に、そんな事は……」
「いやぁ、相変わらず凄いねお二人は……お姉さんよりお姉さんしてるじゃないか……」
「その含みのある言い方やめてくださいよ……そんな大層な事してませんってば……」
二人の目線が、とても痛い……おのれさぎり、恨んでやるからな……!
「相も変わらず強情じゃの……仕方ない。ほれぬし、ワシの目を見りゃれ……」
「あ! それ止めろって……言ってる……だろ……」
黒くて、丸くて、輝いて……一人占めしたくなってしまうその目が……また俺の視線を掴んで離さなくなった。
「ふふふ。さぁぬしよ、ワシの膝に横になるのじゃ……もうなにも、心配しなくて良いからの……ワシがぜぇんぶ……包み込んであげるのじゃ……」
「く……そ……おぼえとけ……よ……」
ぱたり……
頬に柔らかい感触を感じる。さぎりの目に惑わされて、俺はさぎりの膝に頭を乗せて横になってしまった。
すり……すり……
「どれ、頭を撫でてやろうかの。ぬしは今日よく頑張ったのじゃ。ゆっくり休んでて良いからの……」
「おい女狐……!楽に今なにを……」
「しー……騒ぐでない化け物。ぬしが起きてしまうじゃろ」
「くっ……楽を人質にするなんて……!」
もうあまりよく見えていないが、哲が悔しそうにしているのを感じる……
あぁちくしょう……普通に心地良いなこれ……とても抗えそうに無い……
「……ぐぅ……ぐぅ……」
「うむうむ、よく眠ると良いぞ……良い子良い子なのじゃ……」
すり……すり……
「はわわわ……!こ、これ、本当に私が見てても良いやつなのかなぁ……!?」
「羽車おねえさん。あのお二人はなにをやっておられるのですか?」
「わー!?楓ちゃんにはまだ早いよ!おめめチャックしようね!」
「わわ!どうして楓の目を隠すのですか!?楓も見たいですぅ~!」
薄れていく意識の遠くで、羽車先輩達の慌てた声が聞こえてきた気がする。
なにか異変でもあったのだろうか……しかしもう……意識が……
「なにをいちゃついとるんだお前らはぁぁぁぁぁ!!?」
バリバリバリバリ!
「は!? な、なんだ……!?」
失いかけていた意識をはっきりと取り戻すほどの叫び声、そして破裂音。
どうやら俺には、わずかな安眠すらも許されてはいないようだ……さて、声の主はどこに……
「おいこらどこを見ておる!ワガハイはここだぞ!!」
「ワガハイだぁ?……ん?なんだあれ……オモチャか?」
「あー!君は!?」
妙にしゃがれた、初老の軍人の様な声のする方向に顔を向けると、そこには丸みを帯びた『円柱形の兵隊のオモチャ』が立っていた。
「『ピエール』!君ピエールだよね!私が昔遊んでいたオモチャの!」
「おぉ羽車殿! まさかワガハイの事を覚えていてくださったとは……このピエール、光栄の至りにございますぞ!!」
「ぴ、ピエール?昔遊んでいたオモチャ? それは一体どういう……」
「……なるほどの。お前……『付喪神』じゃな?」
さぎりが何か合点が言ったかの様な顔で、ピエールと呼ばれていたオモチャの兵隊に近寄っていった。
「如何にも!ワガハイは百年前に製造され、めでたくこの館で付喪神へと昇華されたピエールである!」
付喪神……確か、100年間大切にされてきた物が、神様として新しく生まれ変わるっていう、民間伝承みたいなやつだったか?
狐の神様が近くに居るからあまり新鮮味は無いかもしれないが、これまたとんでもない神秘だ。1日に二度も違う神様に出会うなんて……神様のバーゲンセールでもやっているのだろうか?
「そりゃまた大層な事じゃな。しかし……よくもやってくれたの?ワシとぬしの至福の一時を邪魔するとは……タダで済むと思うでないぞ……!」
ギギギ……!
さぎりの毛が大きく逆立ち、その場の空間が音を立てて歪み始めた。どうやら相当お怒りの様だ。
やはり腐っても神。見ているだけで心がどこか萎縮するその姿は、正にサギリノカミの名に相応しい、威厳あるものであった。
「笑止! ここはワガハイの作り出した世界であるぞ! 貴様なんぞにそう簡単に捕まるわけが無かろう!」
「試してみるか?玩具風情が……!」
パキパキパキ……!
さぎりの立っている場所を中心に、空間のそこら中に亀裂が走っていった。このままさぎりを放っておいたら、全ての床と天井が破壊されてしまいそうだ。
「どんな性質を持っていようと所詮はまやかし。根本から全て壊してしまえば、相手がどんなまやかしだろうと関係ないわ。どれ、全部粉々にしてやろう」
たん! バキバキバキィ!
さぎりが足をその場でたんと鳴らしたかと思うと、そこからまるでガラスでも壊れるかの様に、床がボロボロに崩れ去っていった。
「ちょ!?これ床抜けるんじゃないのか!?さぎり!」
「安心せいぬしよ。これでもちゃんと加減はしておるでな。ぬしらの場所だけは安全を確保しておるよ」
たん! バキバキバキィ!
また再度、さぎりが足を鳴らす度に、床や壁がどんどん崩れていく。
これで加減してるっていうのか……?あいつの力は、一体どこまで……
「甘いわぁっ!!どりゃぁぁぁ!!」
バリバリバリバリ!
先ほどピエールの叫び声と共に聞こえた轟音……それはピエールの体から発せられていた、『電気』の走る音だった。
その電気はピエールを中心に広がっていき、さぎりに壊された壁や床に当たったかと思うと、当たった場所の傷を、瞬く間に修復してしまった。
「ほう?伊達に付喪『神』と名乗ってる訳ではなさそうじゃな。ならもう少し本気で……」
「まあ待て狐の者よ。ワガハイは別に貴様らと争いに来たのではないのだ。ただちょっと『ルール確認』をしに来ただけなのだ」
「……るーる確認?」
ピエールが手を前に差し出して『待て』のポーズを取ると、敵意が無いことを知らせるためか、体から発していた電気をピタリと止めて、こちらにじりじりと近寄ってきた。
「良いか?これは『遊び』であるぞ?正当な手段を踏んで、しっかりと向き合えば、いずれは脱出出来るように作られておるのだ!それを貴様らは……壁を壊すなり!床や天井を破壊するなり!挙げ句の果てにいちゃこらしよってからにぃ……!オモチャはもっと大切に扱わんかぁ!!乱暴者どもがぁ!!」
「最後のは完全にお前の私怨じゃろうが……」
つまりはこのピエールは、『これはオモチャなんだから壊さずにちゃんと遊べ』と、そう言いたいと言う事なのだろうか?
「なんか……怪異にしては、珍しく規律のある奴だな」
「ほとんどの怪異なんて、理不尽でルール無用で、ハチャメチャな奴らばっかりだもんね。ちゃんとルール説明してくれる怪異なんて、本当に珍しいよ」
例えば電車の怪異の時の楓の様に、始めから無事に帰す気なんぞこれっぽっちも無い怪異も存在する。
それに比べたら、ちゃんと脱出ルートも作ってくれているこのピエールは、怪異としてはかなり律儀な奴である。
「……ねぇピエール。なんでこんな事をしてくるんだい?私が君を、あの子供部屋に置いていってしまったから……それで私の事を恨んでいるのかい?」
羽車先輩が、かつて一緒に遊んでいたピエールに、まるで慈しむかの様な声色で、そう疑問を投げ掛けた。
「いえ!羽車殿を恨むなど滅相もございません!オモチャとは所詮子供の遊び道具。いつかは遊ばれなくなる事なんぞ覚悟の上です!たかだか数年部屋に置かれていただけで、羽車殿程の優しいお方を、一体誰が恨みましょうか!」
「ピエール……!」
「どぅわぁがしかぁぁぁし!!!貴様は別だ狐森 楽ぅぅぅぅ!!!!」
「………え?あ?お、俺?」
感動的な話だなぁと油断していたら、突然名指しで怒りをぶつけられてしまった……俺が一体、何をしたと言うのだ……




