真っ白な廊下
「あー……油断した……そうだよな、羽車先輩のホームだもんなここ……」
三人娘が出ていった扉を開けた瞬間に……俺と哲の二人は、『窓の無い真っ白な部屋』に閉じ込められた。そう、『怪異現象』である。
「ふむ……この壁はそんなに分厚くは無さそうだ。これならなんとかなるだろう」
哲が壁をコツコツと叩き、その強度を確認していた。流石は哲、こんな状況になっても、全く慌てる様子が無い
「お前はいつでも冷静だな哲……こっちは1日に三度も怪異に見舞われて、もう精神がヘトヘトだってのに……」
電車に、デパートに、今度はお屋敷……何が悲しくて、1日で怪異三連コンボなんぞ喰らわなくてはいけないのか……精魂疲れはてたとは、正にこの事である……
「お前は休んでて良いぞ楽。この程度の壁、僕が一撃で粉砕してみせよう」
「いや、今回ばかりはやめておいた方が良いぞ哲」
「? なぜだ?僕にかかればこのくらい別に……」
「……お前、この屋敷の壁の修繕費が、高校生なんぞに払える金額だと思うか?」
「……なるほど。確かにそれは……困ったな」
そう、例え怪異であろうと、ここはあの絢爛豪華なお屋敷の中だ。ぽんぽこマーケットの時のように、この空間自体が『まやかし世界』の可能性もあるかもしれないが……もし、万が一、そうでなかったとしたら……?考えるだけでも、ゾッとする……
故に、ここがどういった空間なのかはっきりするまでは、哲の怪力は封印である。心の親友が高校生にして破産するなど、俺だって嫌だからな。我慢してくれ親友よ。
「ふむ……しかしそうなると、唯一の脱出の手段はこの入ってきた扉になる訳だが……」
がちゃんがちゃん! ぐいぃ……
「ドアノブは回らないし、壊さない程度に加減した僕の力でも、押しても引いてもビクともしない。一体これで、どうやって外に出ろと言うんだ?」
この俺たちを閉じ込めている白い部屋には、文字通り本当に何もない。
あるのは入ってきた時に使用した、この真っ白な扉ただ一つだけ。これでは探索のしようもないし、脱出の手がかりすらも見つけられない。ほぼ詰みである。
「まぁたまには、ゆっくりと待つのも良いんじゃないか?」
「待つって……何を待つんだ?」
「外に居る姦し三人娘が、怪異の原因を突き止めて、俺たちをここから助け出してくれるのを、首を長くして待つんだよ」
俺はその場で床に横になって、しばらくのんびりと過ごす事にした。
肉を焼いて、腹ペコの猛獣たちに餌付けしていたのが、思ったより体に疲労を蓄積させていたらしい、目をつむってしまえば、このままここで寝てしまいそうな程だ。
「そういう事なら、僕も体力を温存させておこう。いつ怪異が現れて、お前を危険に晒すかも分からないからな」
そういって哲も、その場であぐらをかいてくつろぎだした。
今日はもう、精一杯働いた筈だ。後の事は、羽車先輩たちにおまかせするとしよう……
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「楽おにいさん達が付いてきていません」
最後尾を歩いていた楓ちゃんにそう指摘され、後ろを振り返ってみる。
確かに、そこには誰も居ない寂しい廊下が続いているだけで、あの仲むつまじい二人の後輩くん達は、跡形もなくその姿を消し去っていた。
「ありゃ。迷子になっちゃったのかな?この屋敷広いからねぇ~」
「すんすん……いや、これは迷子なんかではないかもしれんの……」
隣で歩いていたさぎり様が、鼻をすんすんと鳴らして、何かの痕跡を辿ろうとしていた。
「ぬしの手の甲に付けた印の気配が感じ取れぬ……」
「それってマズい事なのかい?」
「あぁ、なにせあれはワシの力と繋がっている印じゃからの。それが感じ取れぬと言う事は……『ワシと同等の力』で、阻害されていると言う事じゃ」
「つまり……まやかしの力ってことだね」
なるほど、確かにそれはマズそうだね……非常事態だ。
「ふむ。これは彼らが怪異現象に巻き込まれたと、そう考えて良いのかな?」
「十中八九の。しかし……ぬしも可哀想に。1日に三度もこんな事に巻き込まれるとはのぅ……」
確かに、今までも1日に二度怪異に遭遇した事はあったけど、三度というのは初めてかもしれない。おめでとう狐森くん!新記録達成だ!
「なんか嬉しそうですね?羽車おねえさん」
「ちょっとね。そりゃ狐森くん達は気の毒だとは思うけど……やっぱりワクワクしてしちゃうなぁ、怪異現象って!」
後輩くん達を危険に晒してしまったり、私自身が危ない目に合うことも当然ある。
それでもやっぱり、この心の情熱は燃え上がってしまう!あぁなんて、なんて世界は面白いんだろう!
「どんと来い!超常現象!」
「あ、なんかそれ聞いたことあるの……凄く古くに流行っていた様な気が……」
「さぁ二人とも!早速調査を始めよう!」
怪異の内容は?原因は?敵は?どうすれば怪異を収められる?
調べたいことは山ほどある!待っててミステリーこんにちは怪異!さぁさぁ!どこから調べようか!
「羽車は元気じゃのぅ……怪異が怖くは……いや、今さらそれは無粋な質問か。そうじゃな、はようぬし達を助けてやらんとな」
「まずはどうしますか?一旦後ろの通路を戻ってみますか?」
「そうだねぇ……」
確かに一旦戻ってみるのは無難な選択かもしれない。運が良ければ、あの二人と簡単に合流する事も出来るかもしれないからね。
「だけどここは、戻るのは止めた方が良いだろうね」
「そうじゃな。なんせあの化け物ですら消し去ってしまった怪異じゃ。戻ってワシらまで同じ目に合ってしまえば、それこそ助けるどころでは無くなってしまうかもしれん」
どんな怪異現象が起こったのか、気になるところではあるけど……ここは我慢だ!
冷静に慎重に、時間をかけれるなら存分にかけて……狐森くんがいつも口を酸っぱくして言っている、怪異への対処の鉄則だ。
この廊下の中へと戻るのは……我らが最終手段『力技』を行使する時だろう。それまでさようなら、我が愛しの怪異よ……
「それよりも行くべきは……すんすん……ふむ、あっちじゃな」
さぎり様が先ほどと同じく、また鼻をすんすんと鳴らして何かを嗅ぎ付けると、その人差し指でビシッと、屋敷の中のある方向を指し示した。
「あっちは……あ、私の子供部屋かな?」
私が生まれた時から、中学生になるまで使用していた子供部屋。
あそこはもう、今は思い出として残されているだけの、誰も出入りなんぞしていない、忘れ去られた部屋である筈なのだが……なぜそんな所に怪異が?気になるなぁ……
「くんくん……楓も感じます!あっちの方に、何か強い気配を……でも、何だか優しい感じもするような……?」
「優しい感じ?敵意は無さそうって事かな?」
「いや、これはなんと言うか……『遊ばれておる』感じがするの。襲うのが目的ではなく、ただ驚かして、けらけらと笑おうとしておる感じじゃ」
「へぇー。匂いだけでそこまで分かるんだね」
楓ちゃんもさぎり様もすんすんくんくんして、何かちょっとかわいいなぁ。こんな事態じゃなかったら、二人ともまとめて後ろからぎゅーって抱き締めたいくらいだよ!
しかし遊ばれているか……敵意が無い分マシには思えるけど、そういった愉快犯は、行動が読みづらいからねぇ、相手の動向には注意しておこうかな。
「じゃあ古い子供部屋に向かって出発だ!」
「あー待て待て。ワシが先頭を歩こう。その方が安全じゃ。楓は最後尾を任せても良いかの?」
「了解しました!お二人の背中は、楓が守って見せます!」
「うんうん。前後を妖怪と神様に守って貰えるなんて、世界で一番安全な場所だね、ここは」
かちゃっ!ぎぃぃ……
子供部屋へと続く扉を開いて、私たち三人は広い廊下の中へと入っていった。
確かにこの屋敷は広い。廊下もそこら中にたくさんある。
ただ……困ったことに、今私たちが立っているこの廊下を……私はまるで知らないのだ。
「え?なにここ……こんな真っ白な廊下、この屋敷には無い筈だよ?」
「羽車が知らぬとなると……この廊下はもう、まやかしと見て相違無いな」
どこまで果てしなく続いてる、真っ白な廊下。
奥へと細長く続いている廊下には、窓の一つも付いてなくて、代わりに左右の壁には、無数の『真っ白な扉』が、これでもかと並べられていた。
そしてなりより……とても静かだ。物音一つ聞こえない、真っ白で静かな廊下……ただそれだけなのに、どうしてこうも息が詰まるのだろう……
「何か……嫌な場所だね。空気が異質と言うか……」
「楓もなんだか……この場所嫌いです……」
「この空気感……『まやかし世界』かもしれんの」
まやかし世界……三原くんから説明だけは聞いている。
物だけでなく、その空間まるごとがまやかしで作られている『偽物の世界』なるほど……確かにこの嫌な感じは、楓ちゃんの電車の怪異の時も、うっすらと感じていた気がする。
楓ちゃんはこの空間を嫌いと言っていたが……私もこの寂しい感じは、どうにも好きにはなれそうにないかな。早く抜け出したいものだね……
「気をつけて進むのじゃ。この左右の扉から、何が飛び出してくるかもわからんからの」
「うーん!それはそれで楽しそうだね!どうせなら、私の方から扉を開けてしまおうかな……」
「だ、ダメですよ羽車おねえさん!楓は羽車おねえさんに危ない目に合ってほしくありません!」
「はは!冗談だよ。心配してくれてありがとう楓ちゃん。さすがの私も、ふざけて良い時とダメな時の見分けくらいついてるさ」
とは言いつつも、実はちょっとだけ、開けてみたいなぁなんて思ってたりして……うぅ、我慢我慢……私の好奇心で、かわいい獣達を危険に晒すわけにはいかないのだ……
ぴた
「ふむ、ここで行き止まりか」
どこまでも続いていそうな廊下に見えたが、どうやら行き止まり部分はきちんと作られていた様だ。
「また扉……だね」
廊下の一番奥、その行き止まりには、これまた真っ白な扉がポツンとただずんでいた。
「うーむ……これは、開けるしかないかのぅ……」
「やった!」
「ん?やった?」
「あ!?ごほんごほん……」
危ない危ない……つい扉を開けれることを喜んでしまった。気を引き締めるんだ私!
「し、慎重に開けようねさぎり様!どんな楽しい……んん!どんな危険が待ってるか分からないからね!」
「喜びが隠しきれておらんぞ……変人の名は、伊達ではないのぅ」
そんなに喜んでいる様に見えるのかな私……やはり好奇心というのは、押さえ込むのが難しいなぁ……
「ふぅ……よし。開けるからの」
「後ろは楓が警戒しておきますから、存分に開けてくださいさぎり様!」
「わくわく!」
かちゃっ!ぎぃぃ……
さぎり様が意を決して、ゆっくりと扉開けると、そこには……
「……また白い廊下?」
全くもって、今居る場所と景色の変わらない、真っ白な廊下が『また』広がっていた。
「これは一体どういうことなんじゃ……?後ろはどうなっておる?楓よ」
「特に変わりはありません。真っ白で静かです!」
「扉を開けても、元の廊下には変化無しか……先に進むしか無さそうだね、さぎり様」
「それはそうじゃが……どうにもこの怪異に、良いように動かされてる気がするのぅ……」
何も変化が無い以上、先に進むしか道は無い。ここは大人しく、この怪異現象さまのお望み通りに動こうじゃないか。
こつ……こつ……
静かな廊下に、私達の歩く音だけが響いていた。なんともまぁ、よく音の響く廊下である……
「む……また行き止まりに白い扉か……開けるぞ?」
かちゃっ!ぎぃぃ……
さぎり様が白い扉を開けると、そこには先ほどと同じように、また同じ白い廊下が続いていた。
「ま、予想通りって感じじゃな……この廊下、永遠に続くように作られておるわ」
「ループする廊下かぁ!ホラー映画とかでは定番の設定だね!まさか自分で本当に体験できる日が来るなんて思いもしなかったよ!わぁ、嬉しいなぁ!」
「さすが羽車おねえさん。恐怖や不安より喜びが勝るんですね……」
ホラー名物のループもの!作品によっては、条件を満たせば脱出できたり、理不尽に最後までループされ続けたり、多種多様な結末を迎える定番のやつだね!
ゲームやら映画やらでさんざん見てきたその空間に、こうやって立つことが出来るなんて……実に感無量だなぁ……
「恍惚としている所悪いが、状況は割と深刻じゃぞ。まるで脱出の手がかりが見えんからの」
「おっと……そうだね。ループしてるのが判明しても、いまだに状況には進展無し。となると次は……」
「廊下にある無数の扉……ですね」
行き止まりの扉に入っても、また次の廊下が始まるだけ……我々に残された次の道は、この無数にある白い扉になるだろう。
「ふふふ……扉開け放題だね……」
「なんでお前はずっと嬉しそうなんじゃ……」
っとよだれが……しかし困ったなぁ!こんなにたくさんの扉を開け放題だなんて、嬉しい……ごほん!大変だなぁ……ふふふ……!
「どこから開けたのか分かるように、入り口の扉から近いものから順に開けていくとしようかの。ほれ羽車よ、そこの扉を開けても良いぞ」
「え!?私が開けても良いのかい!?」
「じゃって、そんなキラキラとした目で扉を眺められては、咎めることは出来ぬわ……好きに開けるが良いぞ」
「わーい!ありがとうさぎり様!」
がちゃっ!ぎぃぃ……
一体この扉の奥には何があるのかなぁ?楽しみだなぁ!わくわくするなぁ!
ぎぃぃ……
「……ぐぅ……ぐぅ……」
「ん?思ったより早かったな。さすがは羽車先輩だ」
……なんと言うか、とっても見知った顔が、部屋の中に二つほど見えた。片方に関しては、ぐーすか気持ち良さそうに寝ているし……
「なんだ……後輩くんたちか……はぁ……」
「……なんで顔を見られただけで、そんなにがっかりされないといけないんですか……理不尽だ……」
「ぐぅ……ぐぅ……」
「ぬぅしぃ!?無事で良かったのじゃぁぁ!」
ぴょん! ドサァァ!
私の後ろに控えていたさぎり様が、狐森くんの顔を見るや否や、その場から一息で空中へと飛び出して行き、寝ている狐森くんのお腹の上へと、勢い良くボディープレスをかました。
「ぐはぁ!?な、なんだ急に!?敵かぁ!?」
「敵なんぞではないぞ。ぬしのかわいいかわいい取り憑き狐じゃ」
「敵よりタチが悪いのが来てるじゃねぇか……」
「心配したのじゃぬぅしぃ……もう一生離れないのじゃ……」
「暑いから即刻離れてくれ……」
どうやらさぎり様達の感動の包容は、10秒でその役目を終えてしまったようだ。
しかしさぎり様は、狐森くんへのスキンシップとなると遠慮が無いなぁ……見ているこっちまでドキドキしてしまうよ。
……私、意外と他人の恋愛事情見てるの好きなのかな……?ミステリー以外の事がこんなに気になるなんて……なんだか変な気分だ。
ぎぃぃ……
「っと!マズい!」
びゅん!バァン!
締まりそうになっていた白い扉を見た三原くんが、目にも止まらぬ猛ダッシュを繰り出し、扉を拳で叩いて再度開き直した。
「わ!?びっくりしたぁ……急にどうしたんだい?」
「この扉、内側からは開かないんです。常に開けっ放ししとかないと、次はいつ開くのか分からないですからね」
「そうなんだ……危なかったね。全員閉じ込められたら詰みになる所だったよ」
怪異というのはこういう所が実に恐ろしい。なんてこと無い一つの動作で、いとも簡単に詰みになってしまうのだから。
二人の顔を見て、少し安心し過ぎていたのかもしれない。ミス研部長として、再度気を引き締めないとね。
「じゃあここからは皆で行動しようか。北山高校ミステリー研究会!再出発だ!」
頼もしい後輩くん二人を新たに引き連れて、私達はまた、長い長い廊下の中へと戻っていった。




