羽車の屋敷
「ただいまなのじゃ!結局よく理解は出来なんだが、ホットケーキの粉やらなにやらを、ウツシノカミに言われるがままに、いっぱい買ってきたのじゃ!」
「お前絶対口車に乗せられて、怪しいツボとか買うタイプだな……」
あれからまだ十分も経っていないと言うのに、さぎりはもうぽんぽこマーケットから帰還して、両手いっぱいに、大きなレジ袋をぶら下げていた。
どっさり!
「……なんか量多くねぇか?」
「たくさん買ってきたのじゃ!」
「いや、だからってこれは……」
ぴろりん!
「ん?うつしさんからメールだ……なになに」
『ホットケーキの材料をご所望だったので、あれやこれやと助言していた所、10~20人前程の量を買われていきました……大変申し訳ございません。私の力では、サギリノカミ様を止めることは叶いませんでした……』
「うわぁ……申し訳ねぇ……」
うつしさんの苦労が透けて見えるような、そんな謝罪メールであった……
「まぁまぁ、良いじゃないか狐森くん!せっかくこんなに材料があるんだし、皆で食べようよ!」
「楓も食べてよろしいのですか?」
「もちろん!三原くんと狐森くんも食べるかい?」
「僕は出された料理は何でも食べますよ」
「俺もなんか甘いもの食べたくなったし、食べようかな」
かくして、さぎりの大量に買ってきたホットケーキの材料によって、バーベキューは急遽、ホットケーキ祭りへと変貌した。
「うむうむ!皆で食べた方がおいしいからの!たくさん買ってきた甲斐があったのじゃ!」
「どの口が……えっと、ボウルとかフライパンとかって、どこかでお借り出来ますか?」
「それなら家のキッチンを使うと良いよ。案内するね!」
そういうと羽車先輩は椅子から飛び上がり、庭の中央に堂々と佇んでいた、超豪華な『屋敷』へと先導して歩いていった。
「あ、あれに入るのか……なんか緊張してきたな」
「ワ、ワシもなんか、昔大名に捕まえられて、城に連れていかれた時の事を思い出して、緊張してきたのじゃ……!」
「戦国時代に、なにをやらかしたんだお前は……?」
こういう時には、哲が役立つ。あいつは緊張とは無縁の男だ。あいつを壁にして、後ろからこそこそと歩いていこう。
ぐいぃ……
「む?なぜ僕を押して歩くんだ?楽」
「うーん……緊張からくる防衛本能のせいかな……」
「なんだそれは?まあ別に僕は構わないが……しかし女狐、お前はダメだ」
ひょい ぽい!
「んにゃ!?」
俺と同じく、哲の後ろでこそこそと歩いていたさぎりが、哲に片手でつままれて、そのまま屋敷の入り口の前へと放り出されていた。
「な、なにするんじゃ!?仮にもカミをぶん投げるなんぞ、罰当たりにも程があろうに!」
「お前からの罰程度、いくらでも跳ねのけてみせよう」
「おい、その辺にしとけ。さすがに人の家で喧嘩はマズい」
さぎりを慰め、哲を落ち着かせる。それが俺の役割だ。
先輩の大きな屋敷に圧倒されている場合ではない。より一層気を引き締めて、しっかりとこの二つの首輪を握りしめなくては……
「おーい?何遊んでるのさー?早く入っておいでよー!」
羽車先輩と、その後ろにしっかりと付いていっていた楓の二人が、屋敷の大きな入り口で、こちらを手まねいていた。
「ほら行くぞ二人とも。屋敷の中でも仲良くな?」
「「むぅ……」」
「むぅじゃないが」
二人して同じ顔して膨れっ面しやがって……やっぱりこいつら、似た者同士だな。
カチャン!
「おお……中も広いな……」
入り口の大きな扉をきちんと閉めて、改めて屋敷の中を観察した。
正面には左右に広がっている大きな階段。天井には光り輝くシャンデリア。
右を見ても左を見ても扉があって、一体この玄関ホールだけで、何個の通路と部屋に続いているのか、想像も出来ない程のスケールだ。
「おぉ……!おお……!」
さぎりは見たことの無いものだらけが広がっていて物珍しいのか、世話しなく、玄関ホールのあちこちを見回っていた。
「あれはなんじゃ?これもなんじゃ?どれもキラキラと綺麗で、目移りしてしまうのじゃ……!」
「ふふふ。ここが気に入ったみたいだねさぎり様」
「うむ!見てるだけで楽しい場所なのじゃ!……して、なぜ羽車はこんな優雅な城を持っておるのじゃ?やはり大名なのかえ?」
少し失礼かもしれないが、羽車先輩からは『お嬢様』という空気が少しも感じられない。
故に初めて羽車先輩がとんでもない大金持ちのご令嬢だと聞かされた時、俺は心底その言葉を疑った。
確かに育ちの良い所の人なんだろうなとは思っていたが、まさかここまでのご令嬢だとは、にわかには信じられなかったからだ。
金持ち特有の嫌味もなく、他人を見下す傲慢さもない。そしてなにより、全くお金の匂いがしないのだ、羽車先輩は。
故にさぎりの質問はもっともだ、そんなご令嬢には見えない羽車先輩の資金は、一体どこから沸いてくるのか?当然の疑問である。
「まぁ両親が共働きでバリバリの仕事人でね。二人とも一年のほとんどを海外で過ごしているくらい、働き者なんだ。私はその二人のお金を使わせて貰ってるだけの、卑しい小娘って所かな?」
さぎりにも分かるように、だいぶ噛み砕いて答えてくれてはいるが、羽車先輩の両親は、それはそれは有名な某企業の社長夫妻なのだ。
時価がいくらだとか、純資産がいくらだとか、あんまりそういった細かいところまでは知らないが、とにかく俺みたいな庶民では一生かかってもたどり着けない程の売上を、毎年の様に出し続けている超敏腕夫妻……それが羽車先輩の両親だ。
「いやいや。そう自分を卑下するではないぞ?ご両親はお前を愛しておるからお金をくれるのじゃ。それならば堂々と使えば良い!そうした方が、ご両親も喜ぶじゃろうて」
「……ふふ。ありがとねさぎり様。別に自分を卑下してる訳では無いんだよ。ただ貰ってる額が凄すぎて、こんなものどう返したもんだかって……まぁ、そんな感じかな……」
「それだけ期待されておるってことじゃな。なに、お前ならきっとご両親をも越える名君主になれようぞ!このサギリノカミが保証してやろう!光栄に思うが良いぞ?はっはっは!」
なんだか絶妙に会話が噛み合ってない気がするが、あれはあれで、さぎりなりに元気付けているのだろう。
しかし弱気な羽車先輩とは、これまた意外な一面を覗き見てしまったものだ。
……悩みなんか一つも無い、底抜けに明るい人だと思っていたが、やはり先輩も親から生まれた人の子。悩みの一つや二つ、あって当然である。
「おぉ!まさか神様からお墨付きを貰えるなんて、ミステリー冥利に尽きるなぁ……なんだか少し、心が軽くなった気がするよ。改めてありがとう、さぎり様」
「ふふふ。礼は良いぞ。お前にもたくさん世話になっておるからの。ほんの恩返しじゃ」
かち! ごーん……ごーん……
「む?これは時計の音かの?」
「おっと、もうそんな時間なんだね。楽しい時間は過ぎるのが早いなぁ。さ、早くホットケーキを作ろうか!」
「わーい!ホットケーキホットケーキ!」
「楓もホットケーキ早く食べたいです!ホットケーキホットケーキ!」
あれはなんだ?子供の集団か?どうにも野生動物たちは、食事が絡むと精神年齢が低くなりがちらしい。
楓が跳び跳ねて喜ぶのはまだ幼いから分かるが……俺と背丈の変わらない見た目のさぎりが、ああも跳び跳ねて喜ぶのは、なにやら大人げない気が……
……そして、そんなはしゃいでいるさぎりを見て、愛くるしいと思ってしまっている俺の『心の違和感』もまた……大人げないものである。
「キッチンはこっちの通路だよ。女の子三人で、並んで歩いて行こうか」
「そうじゃな。羽車とは話したい事もたくさんあるしの。もちろん、楓ともお話したいのじゃ」
「わぁ!楓もさぎり様と仲良くなりたかったんです!昔のおじいさまのお話とか、たくさん聞かせてください!」
きゃっきゃ!
「あれがいわゆる『姦しい』というやつか。確かに賑やかだな」
「そうだな。ま、俺たち男二人は、あの楽しそうな三人を見守って、ゆっくりと付いていくとするかね」
騒がしい三人娘が扉を開けて、通路に入ったのを確認して、俺たち男二人組は、その後ろを静かに追従していった。




