親睦会
「ほれほれ!急いで羽車の家に向かうぞ!よぉく捕まっておれ!」
ゴォォォ!
全身を殴ってくるかの様な強風が、轟音と共に襲いかかって来る。息をするのもやっとなくらいだ。
ぽんぽこマーケットでの騒動で、すっかりと時間をくってしまった俺達は、大急ぎで羽車先輩の家に到着すべく、まるでハヤブサの如き速度で、大空を黒狐と共に存分に駆け巡っていた。
「大丈夫か楽?僕が支えているから安心してくれ」
「す、すまん哲……うぅ、安全装置の付いていないジェットコースターの、先頭に乗ってる気分だ……」
絶叫系アトラクションが特段苦手な訳ではないが、これは流石に恐怖を感じせざるを得ない……
さぎりの事だから、万が一俺が振り落とされてもどうにかはしてくれるとは思うが……いやはや、肉を目前にした獣というのは、やはり恐ろしいものだ……
「な、なんじゃあのバカみたいに大きい屋敷は……まさか、あれが羽車の家とか言わぬよな?」
「そのまさかだよ……あれこそが、我らが羽車先輩のおわす根城だ」
「なんと……羽車は城持ちの大名だったのかえ……?」
さぎりが驚くのも無理はない。あれは誰が見たって驚愕する代物だ。
しかし城か……確かに、あれは現代の城の様な物かもしれない。
見渡せる程に広大な庭。哲の背丈よりも高い頑丈な外壁。鋼鉄の巨大な門に……見たことも無いような高級車の羅列。
正に鉄壁の城……さすがの哲でも、この屋敷を一人で制圧することは出来ないだろう……たぶん。知らんけど。
「おーい!ここだよぉ!我が家にようこそ!」
広い庭の片隅から、聞き慣れた底抜けに明るい声が聞こえてきた、羽車先輩である。
いかんせん庭が広すぎるせいか、地上に見える羽車先輩の姿が、まるで豆粒の様だった。
先輩だって、それなりに身長はある方だというのに……羽車家の庭、恐るべし。
ぴゅーん……ぴたん!
「わわ!?落ちるなら言ってくれよ……」
「ん?あぁすまぬ。次からは言うでの」
さぎりが羽車先輩のすぐ近くへと急降下し、軽やかに地面に着地した。ジェットコースターの落ちる時みたいな感覚がするから、突然の降下は止めて欲しいものである……
ぼふん!
「ふぅ。おい化け物よ、お前見た目の割に重すぎやせんか?背中が折れ曲がるかと思うたわ……」
「むぅ……体の絞りが甘かったか……?」
「それ以上引き締まってどうする気なんだよ……哲は全身が筋肉だから、その分重くなってるだけだよ」
詳しくは知らないが、筋肉は脂肪よりも重いらしい。痩せようと筋トレした結果、筋肉の量が脂肪よりも増えて、逆に体重が増えてしまう事もあるそうだ。
哲の体はなんというか……ステンレス?タングステン?とにかく、まるで生きている彫刻の様な、固く、しなやかで、決して何者にも負けはしない、強靭という言葉がとてもよく似合う、人類の理想の様な肉体をしている。
しかしどうにも着痩せするタイプらしく、学生服の上からでは、あまりその驚異的な肉体は見て感じ取れない。
その結果さぎりの言った通り、『見た目の細さの割にはかなり重い』という、不思議な現象が起こるのだ。どこまで行っても、やはり哲は驚嘆に値する人間である。
「ほれ化け物よ。なにかワシに言うことがあるのではないか?」
「む?……抜け毛が酷かったぞ、とかか?」
「それは換毛期だからじゃ!決して抜け毛ではない!そうではなくて、ここまで乗せてきてやったんじゃから、お礼の一つでも言ったらどうなんじゃ?ほれほれ、頭を垂れて感謝の言葉を述べるが良いぞ!はっはっはー!」
分かりやすく、さぎりが調子に乗っていた。こいつはあと何回、痛い目を見れば気が済むのだろうか……
「あぁ、そうだな。ありがとう女狐。助かったよ」
「……あ?え?」
哲があまりにも普通に感謝を述べてきたので、さぎりは面を食らって、困惑半分、恐怖半分みたいな絶妙な表情を浮かべて、その場で固まってしまった。
「なんだ?何を固まっている。お前が僕に感謝を言えと命令してきたんだろう。素直に受け取ると良い」
「そ、そりゃそうじゃがお前……本当に意味の分からんやつじゃのう……?」
「その、哲はなんというか……こういう奴なんだよ」
不器用……それはきっと、哲の為に生まれた言葉に違いない。
どこまでも愚直で、真っ直ぐで、自分の気持ちや考えを決して曲げない頑固者。
……昔から哲は、そんな性格が災いして、なにかとトラブルに巻き込まれてきた。そしてその全てを、哲は有り余る力で、馬鹿みたいに真っ直ぐに解決してきた。
『例え相手が妖怪であろうと、良くされたのなら、感謝は述べるべきだ』
今回もきっと、そんな安直な考えで礼を言ったに違いない。本当に、気持ちの良いくらい『不器用』なやつである。
「おや?ちょっとは仲良くなれたみたいだね。良かった良かった!」
「「仲良くなんてない『わ』!!」」
うん。本当に不器用である。
「先輩。お金全額返しますね」
「え?全額?もしかして、私に悪いと思って自腹をきってくれたのかい?それこそ私の方が気を使ってしまうよ!ほらほら、せめて半分に折半して……」
「いや……それがその。どこから説明したものか……」
返した封筒から、見たこともない金額を取り出そうとしている羽車先輩を御して、俺はぽんぽこマーケットでのちょっとした騒動の事を、目を輝かせている羽車先輩に説明した。
「……なんだいなんだいそれは!さぎり様以外の新しい神様に、狸の店長!?くぅぅ!私も買い出しに同行すれば良かったよ!」
地団駄を踏んで、羽車先輩が分かりやすく悔しがっていた。自らあんな騒動に巻き込まれたいなんて、つくづく変わったお人である。
「それで、お詫びとして店長さんが全額返金してくれたんです。だから羽車先輩は、何も気にしないでください」
「うんうん。そういう事なら安心だね。かわいい後輩くん達に自腹をきらしてしまっては、頼れるお姉さん失格だからね!」
「「頼れるお姉さん……?」」
哲と顔を合わせて、羽車先輩の言葉に顔を傾けた。
頼れる……?暴れるの間違いでは無かろうか……
「のうのう?そろそろ……」
ぐぅぅ……
色々あったせいでお腹が空いているのか、さぎりがもう待ちきれないといわんばかりに、大きな腹の音を鳴らしていた。朝あれだけ食べたというのに、なんという底無しの胃袋であろうか。
「楓もお手伝いしてたら、お腹が空いてきてしまいました……」
「楓ちゃん物を運んだりして頑張ってたもんね。それじゃあ早速……北山高校ミステリー研究会!親睦会バーベキューのスタートだ!!」
「「「おおー!」」」
ジュゥゥゥ……
「うーん!肉の焼ける良い匂いじゃあ……もう食ってもよいかの?」
「まだ10秒も焼いてねぇよ……もう少し待ってろ」
「……ワシは別に生でも」
「お前が全部生で食ったら、俺達の分無くなるだろうが……」
今にも全ての食材を食い荒らしてしまいそうな凶暴な猛獣を抑えつつ、俺は先輩からトングを受け取って、せっせと肉と野菜を焼き始めた。
「なんだか手慣れてるね?家で料理とかするのかい?」
「俺はそこまでしないんですけど、じいちゃんが料理好きで、たまーお手伝いくらいは。あんまり料理部分は触らせては貰えないんで、そこまで出来るわけじゃないんですけど……」
じいちゃんは決して、他人に自分の料理を触らせない、こだわりの強い人だ。俺が手伝いを許されているのは、せいぜい焼くだとか切るだとかの簡単な作業だけである。
これでも焼くのを任される様になっただけ、出世した方だ。最初の頃は、食材に触らせても貰えなかったのだから。
いつかじいちゃんの料理の腕を、全て教えて貰う……それが俺の、ささやかな夢の一つだ。
「もう焼けたかの?まだかの?」
「もうちょいだな」
「うーん。じれったいの……!」
「女狐は堪え性の無い奴だな。僕は楽の焼いた肉を食えるなら、10年でも100年でも待てるぞ」
「……ふっ。その程度がなんじゃ?本当に数百年待ったこともない癖に」
「だったらこれくらい待つの、なんてこと無いだろう?」
「むぅ……それもそうじゃな」
さぎりにしては珍しく、素直に哲の言うことを聞いていた。
おそらく偶然だろうが、数百年待てるという言葉が、さぎりに深く刺さったのだろう。
こういう天然で人を動かすところが、なんとも哲らしいと言うかなんと言うか……世の中を動かす天才というのは、やはりこういった幸運も兼ね備えているという事なのだろうか?
ジュゥゥゥ!
「よし焼けたぞ。ほら、箸で好きなの持っていけ」
「おお!待ってましたなのじゃ!いっただきまーす!はむはむはむはむ!」
焼きたてで恐ろしく熱い筈の肉を、さぎりはこれっぽっちも冷まさずに、直に口の中へと放り込んでいた。さすがは妖怪、耐熱耐性も人とは違うようだ。
「僕も頂こう。あむ……」
……哲もさぎりと同じように、熱々の肉を冷まさずにそのまま食べていた。お前は本当に人間なんだよな?哲……?
「美味しいのじゃ!」
「うまい!」
「そりゃ良かった。ほら、どんどん食べろ。羽車先輩も食べてくださいね。楓もたくさん食べな」
二人して、なんと無邪気な笑顔だろうか。こんなにも喜んで貰えるなら、こちらとしても焼きがいがあるというものである。
「うーん!美味しい!良い焼き加減なのもそうだけど、下味がしっかり付いてるのが良いね!」
「じいちゃんが肉を焼くときに使ってる調味料を、見よう見まねで再現してみたんです。ちゃんと美味しく出来てるみたいで安心しました」
「とっても美味しいです楽おにいさん!もっとください!そこの特に美味しそうなやつが欲しいです!」
「はいよ。しかし遠慮無いね君……」
教えてくれないのなら勝手にレシピを盗むまで。それが俺の、じいちゃんから料理の腕を学ぶためのライフハックである。
……もしマズかったらどうしようかと思い、下味を付けていない肉を半分残しておいたが、美味しく出来ていて良かった……こんな高い肉、マズくしたら罰当たりものである。
「美味しいのぉ!美味しいのぉ!はむはむはむはむ!」
「む……!負けるものか……!あむあむあむあむ!」
「何を競っているんだお前らは……ご飯くらい仲良く食べろよ」
さぎりのあまりの食いっぷりを見て、哲の闘争心に火がついた様だ。確かに哲も、見た目の細さの割には良く食べるからな。もっと肉を焼くペースを上げなくては……
「肉を焼いてくれるのはありがたいけど、狐森くんも食べないとダメだよ?」
「それはそうなんですけど、ちょっと手がはなせそうになくて……」
「任せて!はい、あーん」
羽車先輩が箸で肉を掴み、俺の口の前まで持ってきてくれた。
「あ、ありがとうございます……」
ぱくり
少し恥ずかしいが、なに、相手はあの羽車先輩だ。そこに下心が無いのは明白である。
「おぉ……これは、本当に良い肉だな……」
「んな!?ななな!?い、いまなにを……!?」
羽車先輩に肉を食べさせて貰っていた所を目撃したさぎりが、なにやら大声で取り乱し始めた。なんとも愉快なやつである……
「ワ、ワシも!ワシもそのあーんってやつやるのじゃ!ほれぬし!あーん!」
ジュゥゥゥ!
「あっづ!!!!?なにすんじゃごらぁ!!」
さぎりが金網の上に乗っていた焼きたての肉を、そのまま直で俺の口に運んできやがった……今時テレビでも、ここまで過激な事やってこねぇぞ……
「はっはっは!いやぁ、人が増えると、やっぱり賑やかで良いねぇ。あっはっはっは!」
何は共あれ、北山高校ミステリー研究会親睦会は、とても賑やかに始まった。




