妖怪と神
「……つまり、話をまとめると……」
「ワシとこの化け物の二人が、ぬしを拐おうとしてる、悪しき者に見えておった……と?」
「はい……デパートの入り口で、この方を取り合って争っていた様に見えましたので……」
そんな俺を見かねて、何とか俺が二人から離れたタイミングを見計らい、お得意の『空間を移動させる』まやかしを使って、俺とさぎり達を引き離してくれたのが、今回の騒動の真相……という訳である。
「い、いやいや!?ワシらが仲良く店内で買い物してるのも見てたんじゃろ!?どうみてもぬしと仲睦まじくしておったではないか!」
「いえ、見るたびにこちらの背の大きい方と口喧嘩をして、こちらのかわいそうな方を困らせているだけの、悪しき妖怪にしか見えませんでしたが……」
「そ、そんな事は……ぐ……!ひ、否定出来んかもしれん……!」
事あるごとに哲と喧嘩をして、怒りをぶちまけていたさぎりの姿は、店員達からすれば『店内で暴れ回っている怪しい大妖怪』にしか見えていなかった様だ。
「入り口での穏やかな対応も、僕とさぎりを刺激しないように、大人しくしていただけだったと言うことか……」
「はい……争うまでもなく、お二人が私より格上の存在なのは明らかだったので……あの場は一旦、様子見させて頂きました」
素人の俺にはよく分からないが、ある程度の実力者からすると、さぎりと哲の二人は、近づくだけでも息が詰まる様な『圧』を発している、『生きた災害』の様に見えているらしい。
言われれば確かに、覚えがある。怪異の中には時おり、哲の姿を見ただけで逃げ出す者が居るのだ。あれはつまり、哲の放つ圧迫感に気圧されて、逃げ出していたと言う事か。
「本ッッ当ぉぉに!この度は大変申し訳ございませんでしたぽこぉ!」
俺の隣で姿勢よく正座をしていた、『人間サイズの狸』の店長が、地面に頭を叩きつける勢いで土下座をしていた。
いかんせん見た目が『デフォルメされた狸のマスコット』の様になっていたので、この場のピリッとした空気に似合わず、妙にコミカルな土下座になっていた。
「しかし……狸が店長だから『ぽんぽこ』って……安直過ぎんかの?」
「そのせいで僕もずっと、頭のどこかで『まさかこれは……狸の仕業か?』と思いながら行動していたが……何の捻りもなく、本当にその通りだったとはな」
山から降りて、小さな小売店から売り上げを伸ばし、遂には大型デパートを立ち上げた稀代の名経営者。その正体は、お客様への感謝とサービスをかかさない、人情溢れる『化け狸』だった訳だ。
「北山高校の生徒さん達には、いつもとっても良くして貰ってるぽこ!そんな北山高校の制服を着ている子が、大妖怪と背の高い男の人に襲われてると思って……心配で心配で、とんでもない早とちりをしてしまいましたぽこぉ!」
「私からも謝らせてください!いくら勘違いだったとは言え、お二人に危害をくわえてしまった事は紛れもない事実。この『うつし』いかなる処分も受けましょう!」
狸の店長と一緒に、うつしと名乗った見た目麗しい……男?女?とにかく綺麗な顔立ちをした店員さんが、深く頭を下げてお詫びをしていた。
「ふむ……ところで、こっちの店長は化け狸なのは分かるが……お前……さては『カミ』か?」
「……よ、よくお分かりになりましたね……今は廃れた神社の主ですが……『ウツシノカミキタヤマノヌシ』と申します」
ウツシノカミキタヤマノヌシ……さぎりの本名と似た様な形式なのを考えるに、さぎりと同じように、その土地の人々からの信仰で生まれた『地域のマイナーな神様』と言った所だろうか?
「うつしさんは元々この地にあった小さな神社に奉られていたぽこ。その神社の上にデパートを建てさせて貰ったから、代わりにうつしさんの神社はウチのデパートの地下で大切に保管させて頂いてるぽこ」
「なるほどの。あの不自然に広かった地下は、その為のものか」
神社と言っても、そう大きな建物では無いらしく、デパートの地下に小さくしまえるような、つつましいものらしい。
そうしてうつしさんと店長は持ちつ持たれつの関係を築き、うつしさんは日夜、デパートの店員として、北山市街の住民達を見守っていたそうな。
「ただの怪異にしては、妙に特異な力だと思っておったが、神ならば納得じゃ。神というだけで、そこらの妖怪よりかははるかに強い力を行使出来るからの」
「ふーん、そういうもんなのか……そもそも、妖怪と神って何が違うんだ?」
「うーん、まぁ人外という括りで言えば、どっちもそう変わらんのかもな。ワシが良い例じゃろ、なんせワシは妖怪であり神でもあるからの。それくらいこの二つは線引きが曖昧なんじゃよ」
言われれば確かに、さぎりは生まれながらの神ではなく、妖怪から神に転じた特殊な例だ。
妖怪でもあり、神でもある不思議な存在……良い機会だ、詳しく聞いておくとしようか。
「軽くで良いからさ、妖怪と神様の違いを教えてくれないか?さぎり」
「うむ。ぬしの望みなら、なんでも叶えようぞ。まずは妖怪。これはまぁただ『そういう生き物』ってだけじゃな。人となるべく交わらない様に生きてきた、人ならざる力を持った生物。だがいかんせん数が少ない生き物での。人の世に変わって、天下を取ったりは出来なかったようじゃな」
「まぁ、お前みたいなのがごろごろ居たら、人が敵うわけないもんな」
「そうか?僕はそうは思わない。例え人外が押し寄せようとも、人間は必ず負けはしない!」
「「そりゃお前はな『の』」」
このイレギュラーな人類には目をつむるとして、こいつら妖怪の数が少ないのは、人類にとっては幸運だったと言えよう。
こんなイタズラ好きで、妙に強い力を持った生物が、人類と張り合えるくらい存在している世界なんぞ……想像するだけで、ろくな事にならないのが目に浮かぶ。人類の繁栄様々である。
「で『カミ』じゃな。これは『人の防衛本能が作り出した存在』人はその無意識の防衛本能の事を『信仰心』や『祈り』と呼んでおるの。妖怪が内側から沸いてくる力でまやかしを行使しているとしたら、カミは『外部から送られてくる想いの力』でまやかしを行使する存在じゃ」
「うーんと……?」
うん、まるで分からない。と言うか妖怪の話と比べて、あまりにも話が『非現実的』である。
作り出した存在?信仰心?点で話が飲み込めない……もう少し聞いてみるか。
「えっと……じゃあつまり神様っていうのは……結局想像上の存在だってことか?」
「いやいや、そんな事はない。ほれ実際に……ワシの手はこんなにも暖かいじゃろ?」
すりすり……
「っ……急に手を握ってくるなよ……」
「ふふふ……こんなワシが、想像上の存在に思えるかえ?」
「女狐……!状況につけこんで楽を誑かすんじゃない!」
「ちぇ……ちょっとくらい良いじゃろ。本当に……心配してたんじゃからな……」
「……まぁ、それはありがとうな……二人とも」
「ふふ」
「ふっ……」
俺の感謝の言葉を受け取った二人が、なにやら誇らしげに鼻を鳴らしているが……こいつら、そもそも自分達が原因で俺が拐われた事を、忘れちゃいないだろうか?
「私も想像上の存在ではありませんよ。私はこの北山の地に住まう人々の『皆を戦乱から守って欲しい』という悲痛な願いから生まれた、実際に存在する『防衛システム』の様なもの……どうか、そう思っていただければと」
「防衛システム……そう言えば、北山地区って妙に治安が良いことで有名だけど……」
「はい。全てではありませんが、『時々』私自ら治安維持に勤めていることもごさいますよ」
何ともまぁ、善良な神様も居たものである。どこぞの狐の神様にも見習って頂きたいものだ……
「……なんじゃ、じっとこっちを見て……ワ、ワシだって、時々は神っぽい事しとったぞ!?村から野犬を追い払ったり……野犬を追い払ったり!」
「高性能な畑のカカシじゃねぇんだぞ……」
精一杯お供え物をして、毎日祈りを捧げて、その見返りが野犬を追い払う事……
まぁ実際、農家や畑からすればこの上なくありがたい事だとは思うのだが……こちらのうつしさんの話を聞いたあとだと、どうにもショボい感じがすると言うか……
「ご、ごほん!話を続けるのでの!それで、神と妖怪の力の差についてじゃが。これは単純に、使える力の量が『段違い』だからじゃな。やはり外部から涌き出てくる『信仰心の力』を使える分、神の方が、妖怪より何倍も強い力を行使できると言う事じゃ」
ふむ……分かった様な、分からない様な……
「なに、難しいことは覚えんでもよいぞ。要は『信仰されている神は、妖怪よりもずっと強い』と、それだけ覚えておけば十分じゃ」
「まぁ、さぎりがそう言うなら……あれ、でもその理屈で行くなら、妖怪で神様のさぎりはどういう扱いになるんだ?最強って事か?」
自分の力と、立花村の信仰心の力を両方兼ね備えている、妖怪であり神でもあるさぎり。そこら辺の扱いはどうなるのだろうか?
「ワシはほら、立花村という小さな田舎村でしか信仰されておらんかったからの。信仰心の力もそれなりじゃ。神の力2割、妖怪の力8割の、『なんちゃって神様』って感じじゃな」
「私もこの北山の地でしか信仰されていなかったので、力もそれなりです。ですがさぎり様は『無から生まれた私』と違って、あとから『信仰によって神になった存在』元々持っていた妖怪の力に、更に信仰心の力が加わっている訳ですから、私なんぞとは比べ物にならない力を持っておられるのです」
「あー……なるほど。要は強化された妖怪って感じなのか。さぎりは」
やっと少し理解出来た気がする。ここまで長い話が続いて、聞くのも大変だったが、ようやっと終われそうだ。
「……は!?いかんいかん!すっかり話こんでしまったが、肉は!肉は腐っておらんかの!?」
俺が無事なのを確認して安心しきっていたさぎりが、急にあたふたとし始めた。さぎりの中では、肉が腐ったかどうかは、俺の次に大切な事案だったらしい。
「……あ!そうだ買い物袋!拐われた時に落としたまんまじゃないか!あれ、どこに行ったんですか?」
「それならご安心くださいぽこ!ちゃんとこちらで、しっかりと冷やして保管させて頂いていましたぽこ」
狸の店長が、いつの間に持ってきていたのか、よく冷やされていた買い物袋を、短い両手にしっかりと握りしめていた。
「お詫びとして、こちらの商品の料金はお返しさせて頂きますぽこ」
「え、そんな。悪いですよ。額も額ですし……」
「どうかお気になさらないでくださいぽこ!今回は全てこちらの不手際が起こしてしまった事。どうか、返金をお受け取りくださいぽこ」
そういって店長は懐から、支払った分のお札が入った封筒を、申し訳なさそうに取り出してきた。
「う、受け取っておくのじゃぬし!病気と借金以外は貰っておけと良く言うじゃろ!?の!?」
「そ、そうだな……お前、金銭絡むと性格変わるんだな……」
がめついと言うか、しっかりしてると言うか……とにかく、折角のご厚意だ、ありがたく受け取るとしよう。
「では遠慮なく。こちらも誤解させる様な行動を取ってしまい、申し訳ありませんでした」
「お気になさらないで欲しいぽこ!これからも、ぽんぽこマーケットを末長くお願いしますぽこ!」
……絶対次からも、大きな買い物はぽんぽこマーケットでするとしよう……それがスジを通すというものである。
「あの……よければこちらも」
「これは……メールアドレス?」
うつしさんから手渡しで、誰かのメールアドレスの書かれた紙を受け取った。
「はい。私のメールアドレスです。何か困ったことがありましたらこのうつし、全力であなたさまをお助け致します」
「それは……ありがとうございます。神様に守って貰えるなんて、心強いです」
神様のメールアドレスを貰えるなんて、中々に名誉な事である。これは大事に、スマホの連絡先に登録しておこう。
「ぐぬぬ……めーるあどれすとやらが何なのかはよく分からんが、ぬしの貞操の危機を感じるのじゃ……!」
「楽……!俺という救世主が居ながら……!」
ゴゴゴゴゴ……!
……何か背中の方から熱気を感じるが、振り返らないでおこう……うん、そうしよう。
「そうだ。よければお手を拝借しても?」
「?こうですか?」
「はい。では失礼して……」
ちゅ……
「んな!?」
「むぅぅ!?」
右手にはさぎりの取り憑いた証である落書きがあったので、左手をうつしさんに差し出した所、かつてさぎりにやられたように、手の甲に軽く口付けをされてしまった。後ろから聞こえてきぎりの悲鳴が、耳によく響く……
「軽く印を付けさせて頂きました。これであなたさまの居場所を探しやすくなります」
「あー……それは……どうも?」
「おのれウツシノカミぃぃ!!ワシからぬしを奪おうたって、そうはいかぬからのぉぉ!!」
ガシィ!
片腕を、まるで万力の様な力でさぎりに握りつぶされた。そろそろ腕が無くなるのでは無かろうか……
「あぁ、これは失敬。お二人がまさか、『そういうご関係』だったとは露知らず……」
「いや、別にこいつとはそんな関係じゃ……」
「そうじゃそうじゃ!ワシとぬしはもう、それはそれは凄い関係なのじゃ!お前みたいな何人も女を泣かせてそうな美丈夫が入り込む余地なんぞ、これっぼっちもありはせんのじゃぁ!」
「な、何人も女を泣かせてそうな美丈夫……そ、そんな風に見えるのですか、私は……」
さぎりの心無い一言を聞いて、うつしさんがその場でへたりと座り込んでしまった。たぶん、自分でも少し気にしていたのだろう。
「失礼な事を聞くようなんですけど……うつしさんって、男なんですか?女なんですか?」
「ぬし、本当に失礼な事を聞くの……」
「お前よりマシだろ!だったらお前はうつしさんの性別分かるのかよ!」
「も、もちろんじゃ!……お、男……いや女……?やっぱり男……いやでも男にしては体が……うーん……?」
「その……あまりジロジロ見られると、恥ずかしいのですが……」
見目麗しいうつしさんの外見を、さぎりと二人して思わずまじまじと観察してしまった。
いやしかし、本当に整った見た目をしている。ミステリー研究会には、容姿端麗の羽車先輩と、校内にファンクラブが出来上がる程の優男である哲が居るが、その二人にも負けず劣らずのイケメンだ。
……最近は、これまた見た目は美少女のさぎりや、愛くるしい見た目の楓もミステリー研究会に加わったし、ますます俺の外見の普通さが際立ってきている……もう少し、見た目に気を使うとするか……
「で、実際の所どうなんじゃ?ウツシノカミよ」
「……どちらでもありませんよ。私は『北山の地を守る』そのためだけに生まれた存在。性別なんぞ、元より必要の無いものですからね」
つまり無性。そういえば、日本神話の中にも、そんな神様が居ると聞いたことある気がする。存外に、珍しいことでは無かったりするのだろうか?
「こういう事ってよくあるのか?さぎり」
「さての。カミなんて、生まれる事自体が奇跡のような曖昧な存在じゃ。何が起こっても不思議ではないし、何が起こるかも分からんからの」
「ふーん。そういうものなのか。妙に中性的な見た目をしている理由が、何となく分かった気がするな」
男性的にも見えるし、女性的にも見える。それは無性別だからこそ両立している事なのだ。宝塚とかに出演したら、かなり人気が出そうである。
「さて。それでは皆様を元の場所に送らせて頂きます」
「ふぅ、ようやっとこの『まやかし世界』から出られるのじゃな。ここは静かすぎて、あんまり好きじゃなかったからの……」
「なんだ?まやかし世界って?」
「まやかしで作られた、偽物の空間の事じゃよ。こことか、前に楓が作っておった偽物の電車の中とかの事じゃな。なに、ワシが勝手にそう呼んどるだけじゃから、気にせんでも良いぞ」
ふむ。まやかし世界か……言い得て妙だな。確かにここは静かすぎて……なんだか寂しい気分になってしまう。俺もあまり、好きではないな。
「いや、悪くないネーミングだ。今後も情報を統率する為に、まやかし世界と言う単語を、ミステリー研究会で共有しないか?楽」
「そうだな。その方が情報も伝えやすいだろうし。さぎり、まやかし世界という単語、採用だ」
「お、おう?まぁ、気に入ったんなら良かった……のじゃ?」
さぎりはよく飲み込めていない様だが、まぁ単語を作った本人なんだし、そんな詳しい説明をしなくても大丈夫である。伝われば万事OKなのだ。
「それでは皆様。またのお越しを、心よりお待ちしております」
「ばいばいぽこ~!」
ぼふん!
うつしさんが何やら手で印を結んだかと思うと、また白い煙が辺りを包み込み……気付けば俺たちは、ぽんぽこマーケットの入り口に立っていた。




