まやかし
こんこん……
とりあえず床や壁、そして周りに置かれている色々な物を叩いてみる。
……間違いない、これらは全て、まやかしで出来ておる。
以前あの狸の娘がやったのと同じことじゃ。空間全てをまやかしで再現した、この世とは別の異世界空間……『まやかし世界』とでも名付けるべきじゃろうか?
しかしぬしも運が悪い……こうも頻繁に怪異の被害に会うなんての……これもまた、羽車の影響なのじゃろうか?
「どうだ?何か分かったか?」
「あぁ。この空間、これ全てがまやかしよ。きっと消えたのは周りの人間ではなく、この世界へと移動させられたワシらの方じゃろうな」
「まやかし……これ全部がか?そんな大層な事も出来るのか?まやかしと言うのは」
「あぁ出来る。下準備に時間はかかるが……時さえあれば、この建物全体を覆う程のまやかしなんぞ、いくらでも作れようぞ」
なにせあんなに未熟な楓でさえ、電車ひとつくらいであれば、まやかしで再現できるのだ。
今回の様に、ワシとあの化け物の監視を掻い潜ってぬしを拐える様な『手慣れ』であれば、このぽんぽこマーケットとやらをまやかしで再現するくらい、造作もない事であろう。
「……だからこそ厄介じゃ。こんな巨大な建物のまやかし、一体どこから槍やら弓やら飛んでくるのか、点で分かった物ではないからな。なにせあれもこれも全て……偽物なのじゃから」
あの小さな台所が、爆発することがあるかもしれない。あの壁にかかった横断幕が、こちらに危害をくわえようと伺っている、敵の変化した姿なのかもしれない。
ここは敵の口の中も当然の場所。油断しすぎるなんて事は決してないのじゃ……
「とにかく慎重にの。下手な行動は取るでない。分かった……」
「はぁぁぁぁ!!」
ガァァァァァァン!!! ベキベキベキィ!!
「な、何をやっとるんじゃぁぁぁ!!?」
ワシのありがたーい警告を聞き入れる前に、化け物がまやかしの床を……拳一発でものの見事に粉砕してしもうた……
「い、いくら偽物と言えど、人間程度の力なんぞで、まやかしが壊れるわけが……!?」
「だが現に壊れているじゃないか。あまり人の力を見くびるなよ女狐」
「えぇ……絶対これ、お前にしか出来んと思うぞ……?」
この世に生まれて数百年……こやつの様な『特別な人間』は、いつも同じ名前で呼ばれておった。
『英雄』……気に食わんが確かに、こやつはきっと、歴史に名を残すような男なのかもしれんな。
「……間違いない。デパートの下から、楽の気配がする……女狐、お前はどうだ?」
「え?あ、あぁ確かに……地下からぬしの気配がするが……ほ、本当にぬしの居場所が分かるんじゃなお前……きもいの……」
「きもいとは心外だな。これは絆の力だ。僕と楽は、心で通じ合っているんだ」
世の中には、いまだによく分からぬ摩訶不思議な物で溢れておるが……こやつも大概、理解不能な生き物じゃの……
シュタッ……!
化け物の開けた床の穴を通って、ぽんぽこマーケットの地下へと着陸した。
そこはずいぶんと開けた場所で、天井には明かりもついておった。地下にしてはなんとも、快適な場所であるの。
「人と言うのは凄いの……地下にまでこの様な人工的な空間を作れるのじゃな」
「僕の記憶が正しければ、ぽんぽこに地下一階は存在しなかった筈だ。きっとここは、従業員専用の場所なんだろう」
こやつの説明曰く、ここはあの妙な感じがした『店員』ども専用の居場所らしい。確かにこうも隠れた場所であれば、妖しい術も仕掛け放題であろう。よく出来た場所じゃな全く……
「ふっふっふ……ここまでよく来ましたね」
「誰だ!?」
開けた地下広場のその奥。妙に丁寧な口調で語り掛けてきたその正体は……入り口で話しかけてきた、あの妖しい気配の店員であった。
「お前……人じゃないな?」
「えぇご明察です。私は人ではありません。あなた達をこの空間へと招き入れて、あの人の子から引き離した張本人……とでも言っておきましょうか」
ワシとこの化け物を目の前にして、この余裕綽々な態度……それほど自分の力に自信があるということか……
「……しかし、まさか床を拳で砕いてくるとは……逆に問いたいのですが……あなた、本当に人間ですか?」
「それに関してはワシも同意見じゃな……お前、本当に人間か?やはり化け物なのでは……」
「化け物ではない!僕の名前は三原 哲!れっきとした人間だ!」
これを人間として認めてしまうのは、どうにも府に落ちないところではあるが……とにかく、早い所この店員をとっちめて、ぬしの居場所を吐かせるとしようかの。
「やるぞ化け物よ!あやつをぼこぼこにしてやるのじゃ!」
「言われるまでもない!僕から楽を奪い去ったその罪……万死に値する!」
「いや、殺すでないぞ……本当にじゃぞ?振りじゃないからな?」
「ふっふっふ。愉快な方たちですね」
いまだに余裕の笑みを浮かべている店員へ、ワシと化け物がじりじりと距離を詰めていく……
これだけのまやかしを作れる怪異の事じゃ、なにをしてくるのか分かったものではない。少しずつ少しずつ……様子を見ながら近づくのじゃ……!
「そこだ!はぁぁぁぁ!!」
バビュン!
「あ!?ちょ!お前には様子見という言葉は無いのかぁ!?」
せっかくワシがあれこれ色々考えて、慎重に行動していたというのに、化け物のやつは、真正面から店員の前へと飛び出していきおった。
しかし早いの……狐の姿のワシより素早いのではないか?
それもあの巨体と、あの馬鹿力で近づいてくるのじゃから……まっこと、災害の様な男じゃな……
「鉄拳制ェェ裁!!」
ドォォン!!
けたたましい轟音と共に、化け物の拳が店員の腹に深く突き刺さった。見てるだけで痛そうなのじゃ……
「ふ……ふふ……ふっふっふっふ……!」
「な……!?あれをくらって、尚笑っていられると言うのか!?」
あ、ありえん……ワシでさえ、しばらく息が出来ぬ程に苦しんだと言うのに……!
やはりあやつ、ただ者では
「ふ……ふおろろろろろろ……」
「あ、吐いた」
店員の口から、虹色の光がキラキラと出ていった。うん、そうじゃよな。あれをくらって笑っていられるわけないものな……
「げほ……ごほ……!に、人間の早さと力じゃない……!?」
「哲はどこだ?言わなければ、次は手加減しない」
「い、今ので手加減……!?ごほ!げほ……!」
諦めろ店員よ。力でそやつに勝てるやつなんぞそうはおらん……近づかれた時点で、お前の負けじゃよ。
「ぐぅ……ま、負けません!子どもたちは……私が救ってみせる!」
ぼふん!
辺り一面を、白い煙が覆っていく。あやつめ、また懲りずにまやかしを使う気じゃな?
「もう一度別の空間に飛ばしてあげましょう!そうして何度も何度も、繰り返し別の空間へと飛ばされ続けて……永遠の月日を過ごしなさい!」
りん……
「永遠、のぉ……その言葉を、軽々しくワシの前で口にするでない……この三下怪異が……」
「な……!?いつの間に目の前に……!?」
鈴を鳴らして、ワシの体をやつの目の前へと移動させた。
……永遠の月日を過ごせ?そんなもの、ワシは当の昔に過ごしてきたわ……あの誰もいない、薄暗い神社の中で……の
……自分でも驚くくらい、その言葉に無性に腹が立っているのを感じる。さてこやつ、どうしてくれようか……
「そんなに永遠を味あわせたいなら……お前が代わりに、存分に味わうが良いぞ。さぁほれ、ワシの目をよぉく見りゃれ……」
「あ……あぁ……?」
命までは取らぬ。ぬしとの約束じゃからな。
だが……存分に苦しんで貰うとはしよう。こういったやからは、下手に許すとまたろくでもない事を仕返してくるからの。
もう二度と……ワシに逆らう気なんぞこれっぽっちも起こらぬように……夢うつつの中で『永遠』を過ごさせてやるとしよう……永遠に永遠に……夢の中へと溺れてくりゃれ。
「どうじゃ……夢の中は心地よいじゃろ……?もうずうっと……そこに居てよいからの……」
「私は……わたし……は……なにを……して……」
「おい女狐。なにをやっているんだ……?」
「気にするでない……ちょいと仕置きじゃ。あと5分くらいはこうしてやろうかの。もっとも……こいつにとっての5分が、夢の中では何年何百年になるかなんて……ワシには知り得ぬことじゃがの……ふふふ……」
あぁいかん……ぬしを怖がらせぬ為に、怪異としての自分は抑え込んで来たのに……やはりどうしても、『笑い』が込み上げてしまう……
「……程ほどにしてやったらどうだ?僕も確かに、こいつの事は許せないが……少しやりすぎだ」
「……むぅ……それもそうじゃな……ワシも熱くなりすぎた……ほれ、起きるが良いぞ」
パチン!
「は!?……今のは、一体……私は、どれだけ長い間眠って……?」
「なに、せいぜい1分くらいしか経っておらんよ。これで分かったかの?お前とワシの間には、どうしようもない程の差があることが……の」
もう少し骨があるやつかと思っていたが……思ったより大した事は無かったの。おおかた、空間の間を飛ばす能力にだけ特化した奴だったんじゃろうな。
あの余裕の笑みも、いざとなれば空間ごとワシらを飛ばしてしまえば良いと考えての事だったんじゃろうが……化け物は目にも見えぬ早さで突進してくるわ、ワシは鈴を使って目の前に瞬間移動してくるわで、空間を飛ばす暇すら無かったようじゃがの。
「ふむ……お前さっき、子供たちを守る云々言っておったが……点で話が見えてこんの。洗いざらい説明して貰おうか?」
「く……!断る!私の事はいくらでも好きにするが良い!だが絶対に……私は子供たちの事は決して裏切らないからな!」
「……驚いた。物腰柔らかそうな見た目とは裏腹に、根性のあるやつではないか。気に入ったぞ。ではお望み通り……好きにさせて貰うとするかの」
もう一度店員の顔を覗き込んで、また目の虜にしてやろうと、その綺麗に整った顔へと手を伸ばした……その時じゃった。
「待ってくれさぎり!そいつは悪いやつなんかじゃないんだ!」
「そ、そうですお客様!どうか勘弁してあげて欲しいぽこ!」
……聞いているだけで、ささくれだっていた心が安らいでいくような……とても安心する声が聞こえてきた。




