ぽんぽこマーケット
北山高校から徒歩10分。買い出しやら機材を買ったりやらで、北山高校の生徒達に大人気な複合施設型のデパート『ぽんぽこマーケット』通称『ぽんぽこ』である。
なにやらふざけた名前に聞こえるが、一部の生徒から『かわいい』と評判の店名。日用品から食材まで幅広く取り揃えられた豊富な品揃え。
そしてなにより……学生でも手が届きやすい超お手頃な価格設定。学生達にも地元民からも愛されている、大人気の老舗デパートだ。
そんなデパートの入り口で……高身長な優男と、長い黒髪をなびかせている、制服姿の黒狐が、なにやらごちゃごちゃと言い争っていた。
「離れるのじゃあ……!ぬしの横はワシの居場所なのじゃあ……!」
「お前こそ……離れろ……!楽の身は……僕が守るんだ……!」
ぐぃぃ……
「いだだだだ!?左右から馬鹿力で引っ張るんじゃない!?江戸時代の拷問じゃないんだぞ!?」
左をさぎりに、右を哲に引っ張られ、俺の体は今にでも真っ二つに引き裂かれそうになっていた。
やれ自分が隣を歩くだの、僕が側に付いていくなど……ここに来るまでの道中、この二人は常に言い争いをし続けていた。
それがついに、こんなデパートの入り口なんぞと言う目立つ場所で不満が爆発したものだから、周りの冷たい目線を集めてしまってしょうがない。なんとかせねば……
「あのお客様?どうかされましたか?」
デパートの入り口から、騒ぎを聞き立てた店員さんが現れた。お手数おかけします……
「す、すいません店員さん……今すぐ黙らせますから……」
「こやつが悪いのじゃ!こやつがワシをぬしから無理やりひっぺがそうとするから……」
「お前だって、僕をまやかしで騙して、置いていこうとしたじゃないか!あんな道端の木を楽の姿に変えるなんて……もう騙されないからな!」
どれだけなだめようとしても、二人の喧嘩はヒートアップしていく一方だ。
「その……他のお客様のご迷惑になりますので……」
「そうですよね!本当にごめんなさい!おいお前ら!いい加減にしないと……」
「「しないと……?」」
「今日1日、もう口を聞いてやらないからな」
「なに!?」
「なんと!?」
俺の無慈悲な提案を聞いて、二人がようやく俺の体を離してくれた。お帰り、右半身左半身……もう会えないかと思った……
「ご、ごめんなのじゃあ……そんな意地悪せんでおくれぇ……!」
「楽……頼む……僕を嫌いにならないでくれぇ……!」
……これはこれでうるさい気はするが、さっきよりは大分マシである。しばらく反省して貰うとしよう。
「ご迷惑おかけしました!本当に申し訳ありません!」
「いえいえ。どうか引き続き、ぽんぽこでのお買い物をお楽しみください。それでは」
店員さんはそれ以上俺たちを責めることなく、デパートの中へと消えていった。なんと優しい店員さんだろうか……
「……む?あやつ……」
さぎりが何かに反応して、ハッと顔をあげた。
「おい、まだ反省してないのか?これ以上やるようなら……」
「ちちち、違うのじゃ!?反省しておるのじゃ!ただ……今のやつ、何か……」
「良いかさぎり?哲もだ。お店の中では、暴れないでくれよ?」
「「…………はい」」
俺はしおらしくなった二人を連れて、そのままデパートの食品コーナーへと向かった。
「おぉ!肉がたくさん置いてあるのじゃ!どれも美味しそうじゃの!の!」
「はしゃぐな。お菓子買って貰う子供じゃないんだぞ……」
「ふむ……これが良いぞ楽。これにしよう」
どさ
肉を一つ一つ吟味していた哲が、その中でも特に真っ赤で美味しそうな肉を、俺の引いていたカートの中に放り込んだ。
「ほぅ確かに。これは特に旨そうな肉じゃ」
「分かるか?さすがは獣。肉を見る目は確かなようだな」
「無論じゃ。ほれ、これも良さそうではないか?」
どさ
続いてさぎりも、スジの綺麗な肉を選んで、カートの中へと放り込んできた。
「ほぅ、悪くない。やるじゃないか」
「お前も人にしては見る目があるの」
「……なんだお前ら、なんだかんだ悪くはないコンビじゃないか」
実際、似た者同士ではあると思うのだ。
それ故の同族嫌悪でいがみ合っているだけで、本来は気が合う筈……だとは思うのだ。
どうかこのまま、互いに認め合い、仲良く親交を深めて……
「まぁ僕の選んだ肉の方が上ではあるがな」
「なにをぉ!?野生で肉も喰らった事の無い若造がほざくでないわ!」
「生きてきた年数など関係ない。どれだけ真摯に食材に向き合ってきたかが重要なんだ。そんな事も分からないのか?」
「何を訳の分からぬことを……!綺麗事を並べようとも所詮この世は弱肉強食!食材に向き合うなど、人の傲慢な考えの一つに過ぎぬわ!」
「「言わせておけばぁ……!」」
……やはり無理かもしれない。
「はいはいそこまでだ!肉はもう良いから、他のコーナーに行くぞ」
このまま食肉コーナーに滞在しては、また二人が幼稚な喧嘩を始めかねない。こんな場所、さっさと退散である。
「次は野菜だな。バーベキューとなると……タマネギとかかな……あ」
ふと思い出した。そう言えば犬科の生き物は、タマネギを食べると食中毒になると聞いたことがある。さぎりと楓はその辺り大丈夫なのだろうか?
「さぎりってタマネギとか食べても平気なのか?チョコレートとかは?」
「ん?別に平気じゃよ?……あぁなるほど、なに安心せい。確かにワシは狐の妖怪ではあるが、食べれるものは人とそう変わらんよ。タマネギ一つ食べたところで、なんともない」
「なら良かった。タマネギ食べて倒れられても、妖怪相手に救急車なんて呼べないからな」
タマネギ、人参……ちょっとお高いが、キャベツとかのあっさりした物も買っておこうか。肉ばっかりは、個人的にキツいからな……
「このくらいで良いんじゃないか楽。あんまり買っても残ってしまうぞ」
「それもそうだな。後は飲み物と……お菓子でも買うか」
野菜と肉でそこそこ重たくなったカートを滑らせて、今度はお菓子コーナーへと向かう。
「おぉ菓子か!ワシは饅頭か食べたいのぉ」
「バーベキューで饅頭……まぁ、好きなら良いか……ん?」
そこでふと、お総菜コーナーであるものを見つけてしまった。
「……なぁさぎり。あれ欲しいか?」
「ん?どれじゃ……え、いなり寿司?」
酢飯を柔らかい油揚げで包んだ甘いいなり寿司。何となくだが日本人には、狐=いなり寿司のイメージが根付いている。
……ちょっとした好奇心であった。果たしてさぎりが、いなり寿司にどんな反応を示すのかと。
「いやまぁ、別に嫌いでは無いが……せっかくこんなに肉があるのにいなり寿司をわざわざ買わんでも良いのでは無いか?」
「あ……そうですか……」
……なんで俺は、ちょっとガッカリしているのだろうか……
「そ、そんなに落ち込まんでも良いじゃろ!?気を使ってくれた事は嬉しいが、別に狐だからって全員いなり寿司好きな訳じゃ無いからの?と言うか怖いじゃろ!全ての狐が平等にいなり寿司好きじゃったら!」
「まぁそうだけどさ……ほら、やっぱりイメージ通りの現象が起こってくれた方が、様式美っていうかさ……はぁ……」
「えぇ……これワシが悪いのか……?」
落ち込んだ気持ちを抱えながら、いなり寿司に別れを告げて、お菓子コーナーへと入り込んだ。
「ほぇぇ……菓子がこんなにもたくさん……目移りしてしまうの……!」
「あれ、意外だな。ポテチとか分かるのか?野生なのに」
「おぉ分かるぞ!じゃがいもの薄切り揚げじゃろ?昔町中で子どもたちに分けて貰ってのぉ、あれは旨かった……」
「……それ、どれくらい昔の話だ?」
「うーん……40……いや、50年前くらいかの……」
「ポテチってそんな前からあるのか……勉強になるなぁ……」
なんだかエグいジェネレーションギャップの様な物をノスタルジーに感じながら、適当に目に付いたお菓子をほいほいとカートに入れていく。とんだ大人買いである。
「このチョコのやつ買ってもいいかの?」
「良いぞ」
「わーい!」
「楽。このクッキーも買って良いか?」
「おう、良いぞ」
「よし……!」
……こうして見ると、二人ともまるで無邪気な子供の様である。菓子一つでここまで喜んで貰えるとなると、見ているこっちも微笑ましい気持ちになってくる。
……問題児二人を連れ歩く親というのは、こんな事を毎日やっているのだろうか……世の親たちの気苦労の一端が、この数時間でほんの少しだけ理解できた気がした。
「こんなもんかな……飲み物も買ったし。二人ももう欲しいものは無いよな?」
「うむ。しかしたくさん買ったのぉ……これ、おいくらになるのじゃ……?」
律儀な性格のさぎりが、奢って貰ってる立場とは言え、やはり支払われる金額が気になって仕方の無い様子だった。
「……後でたくさん、羽車先輩にお礼言おうな」
「え?そ、それは勿論じゃが……そ、そんなにどえらい金額なのかえ……!?」
支払いには俺一人で向かおう……こんな金額の衝撃は、俺一人で耐えて見せる……!
チャリーン!
無事に支払いを終えて、商品をさぎりと哲の三人で、レジ袋に詰め込んでいく。
……あんなに長いレシート、初めて見た……もう二度と、羽車先輩の家に足を向けて寝れないかもしれない……
「うーん?これどうやって詰めれば良いのじゃ?」
レジ袋に商品を詰めるという作業を、生まれて初めて行おうとしていたさぎりが、困惑した顔でこちらに助けを求めてきた。
「……良いだろう。僕が効率的なレジ袋の使い方を教えてやる」
「むぅ……少し癪じゃが、よろしく頼もうかの」
「よし。ではまず袋の広げ方からだ」
哲がさぎりの隣に立ち、手取り足取りレジ袋の使い方を教えてあげていた。
……遠目からみたら、まるで年の近い兄妹のようだ。こうやって物事に打ち込んでいる時は、大人しくしてくれるというのに、どうして普段はああも仲良くなれないのか……甚だ疑問である。
「なるほどの!どうじゃ、上手く出来ておるのではないか?」
「ほぅ。初めてにしては上出来だ。まぁ僕の足元にも及ばない出来ではあるがな」
「ぐぬぬ……お前はいつも一言余計なのじゃ!」
「真実を述べているまでだ」
「「ぐぬぬぬぬ……!」」
また始まった……商品をあのまま潰される前に、さっさとデパートを出るとするか。
「駅に向かうぞ。保冷剤とか氷とかも一応入れてあるけど、生肉を高温で放置するのは危険だからな。急いで先輩の家に行こう」
「ふふふ。それなら心配ご無用じゃ。なにせワシがおるのじゃからの。羽車の家までなんぞひとっ飛びで着いて見せようぞ」
「あ、そうか……その方が早そうだな。よろしく頼むよ」
なるべく食材を冷やしながら持っていけるように工夫していたが、確かにさぎりに空を飛んで運んで貰った方が、到着時間はぐっと早くなるだろう。
「ひとっ飛び?何の話だ?」
「ふっふっふ……所詮人であるお前には到底真似できぬ芸当よ。存分にワシに感謝してひれ伏すが良いわ!あっはっは!」
「……よく分からないが、とにかくバカにされている事は伝わるぞ女狐……!」
「はいはい。喧嘩しない!じゃあぽんぽこの外に出たら早速頼むよさぎ」
ぼふん!
楽が言葉を言いきる前に、その姿を白い煙が覆い隠した。
「な、なんじゃ!?」
「楽!?」
やがて白い煙が消えたかと思うと……さっきまでそこに立っていた楽の姿はおろか、周りでがやがやとお喋りしていた多くの人達すらも、綺麗さっぱり、その場から全て消え去ってしまった。
「僕たち以外、全員消えただと……!?おい女狐!これは貴様の仕業か!」
「いや、ワシでは無い!やはりそうか……!入り口で感じた店員への違和感は、間違いでは無かったという事じゃな……!」
「楽!返事をしてくれぇ!楽ぅ!!」
哲がどれだけ大声で呼んでも、楽の返事はどこからも帰っては来なかった。完全なる、『神隠し』である。
「落ち着け阿呆!ぬしに取り憑いておるワシには分かる。ぬしはそんなに遠くには拐われておらん!きっと、この建物のどこかに……」
「そんなの僕にだって分かっているさ!楽の居場所なら感じ取れるからな!」
「それは……普通にきもいのじゃ……」
ぽんぽこ神隠し怪異。開始の狼煙が切って落とされた。




