部室
「という訳で。改めて紹介します。今日から俺の家で一緒に住まうことになった」
「サギリノカミタチバナノヌシじゃ。敬意を込めてさぎり様と呼ぶが良いぞ。よろしくの」
哲とさぎりの争いを終えて、俺たちはようやく、北山高校ミステリー研究会の部室に到着する事が出来た。
家を出て、いつも通り駅の改札を通って来た筈なのに……今日の登校は、間違いなく人生で一番長い登校時間であった。
さぎりと同居する様になった初日からこんな事になるなんて……俺はこの夏休みを、乗り切る事が出来るのだろうか。
パチパチパチ!
「改めてよろしくねさぎり様!ミステリー研究会代表として、いくらでも歓迎するよ!」
大小合わせて3人と2匹しか居ない部室内に、羽車先輩の拍手の音が鳴り響いた。
ミス研の部室は、今はあまり使われていない旧校舎の3階にある。
旧校舎の中でも、ここは特に人が来ない場所なので、部外者のさぎりや、どう見ても狸な見た目の楓が居座っていても、そうそう騒ぎにはならない。便利な隠れ部屋である。
「……僕はまだ、お前の事を認めてなんかいないからな」
「ふん!それはお互い様じゃ……!」
バチバチバチィ!
哲とさぎりの目線の間で、バチバチと電気が走っていた。さぎりの目を直視しても、あの『目』の力が作用していない辺り、やはり効き目には個人差があるのだろう。哲にはまるで効果が無いようだ。
「ありゃ、なんか険悪な感じだね?これから一緒に活動する仲間なんだし、仲良くしないとダメだよ?」
「僕は別に、仲良くしないとは言っていません。ただあいつがこちらに歩み寄って来ないから、僕もそれ相応の対応をしているだけです」
「それはこちらのセリフじゃ。お前がそんな態度だから、ワシが歩み寄れないのではないか!」
「女狐ぇ……!」
「化け物ぉ……!」
元気の良い二人だ……見ているだけでこっちが疲れてきてしまう。
「ふむふむ。これはあれだね……『親睦会』をする必要がありそうだね!」
二人の険悪な空気を跳ねのけるか如く、羽車先輩が極めて楽しそうに発言した。
「さぎり様に楓ちゃん。一度に二人も……いや、2匹?の仲間が増えたんだ!親睦会をして、二人の事をもっとよく知るべきだと思うんだよね!そうは思わないかい?男子諸君よ!」
「まぁ、一理ありますね」
「……羽車先輩がそう言うのであれば、僕は従います」
哲は渋々と言った感じで、親睦会を了承していた。まぁ、あまり乗り気で無いことは確かだろう。
「よし、決まりだね!さぎり様と楓ちゃんも親睦会をやるって事に賛成で良いかな?」
「もちろんじゃ。賑やかな事は大好きじゃからな」
「はい!楓もお祭りごとは大好きです!」
「うんうん!二人にも満足して貰えるように、盛大にパーっとやろうじゃないか!」
「それで、具体的にはなにをする予定なんですか?ファミレス?それともお家パーティーとか?」
言ってて思ったが、公共の施設に狸の楓を連れていくのは難しいかもしれない。
まやかしで人に化けることも出来るかもしれないが、何かの拍子でまやかしが解けてしまったら、それこそ大事になりかねない。
やはりここは、不足の事態が起きても周りに迷惑のかからない、お家パーティーが無難だろうか?
「ふっふっふ……今は夏なんだよ狐森くん!夏と言えば……外でバーベキューに決まってるじゃないか!」
先輩は自信満々に、そう俺の鼻先に突きつけてきた。
「そ、そうですかね?夏なら海とか祭りとかいっぱい選択肢があるような……」
「……ごほん!とにかくバーベキューだよバーベキュー!肉と野菜を存分に食らおうじゃないか!」
「おお!肉とな!肉は好物じゃ!楽しみじゃのう!」
「楓もお肉大好きです!お菓子もたくさんありますか!?」
肉と言う単語に、2匹の獣が大いに喜んでいた。まるで飼い主に『ごはん』と囁かれた犬の様である。
「はぁ……えっとそれで、場所はどこでやるんですか?あんまり目立つ所でやると、周りの視線がありますし……」
外でバーベキューをやる事自体は大いに結構だが、問題は場所である。
学生達が、焼いた肉を野生の狐と狸に与えている光景なんぞ、悪目立ちしてしょうがないはずだ。どこか良い場所の目処でもあるのだろうか?
「私のお家の庭でやろうと思ってるよ」
「え……先輩のお家の庭で……?あのドデカイお屋敷の……?」
前に一度だけ、先輩の家を遠くから目撃した事があるが、あれはもはや家と言うより『ドーム』であった。
やろうと思えば、家の敷地内でサッカーでも出来そうな程に、大きな庭であったことをよく覚えている。なるほど、確かにあそこなら、周りの目を気にせずに、存分にバーベキューが……
「って、いやいや。先輩の家のお手伝いさん達にバレませんか?それ」
一つ見落としていた。先輩の家には、その広すぎる家を管理するためのお手伝いさんが居るのだ。
先輩の『体質』を知っているであろう家族なら露しらず、お手伝いさん達は一般人だ。喋る狸や化ける狐なんぞ見た日には、卒倒してしまうに違いない。
「大丈夫大丈夫!お手伝いさん達は皆一回は『私の体質』に巻き込まれてるからね!怪異の事は身を持ってよく知っているよ!」
「あ……な、なるほど……それはまた災難な……」
どうやら懸念だった様だ。考えてみれば、お手伝いさん達は必然的に先輩の近くに寄る事になるのだから、そりゃ怪異の一つや二つ、経験しているに決まっているのだ。
恐らく下手な霊能力者たちなんかより、よっぽど怪異体験をしているに違いない……羽車家のお手伝い、なんと過酷な労働環境なんだろうか……
「そうじゃないと、楓ちゃんみたいな妖怪を、お手伝いさんで雇ったりなんか出来ないからね。妖怪だろうと怪異だろうとウェルカム!アットホームな職場だよ!」
「下手なブラック企業より大変そうな職場だ……」
どうやって楓の事を誤魔化して、家に雇うつもりなのか気になっていたが……なるほど、そもそも隠す必要すらなかった訳か。
「ふむふむ。まだお昼まで時間はあるね。じゃあ今から買い出しに行こっか!」
「え?親睦会って今日やるんですか?」
「狐森くん!思い立ったが……?」
「き、吉日……なるほど。分かりました……」
行動力の化身。無限の気力。羽車先輩の辞書に、疲れたなどと言う文字は記載されていないのだろう。
「最終へ……ごほん!三原くんも今日は午後から予定とか無いかな?」
「はい。今日の助っ人はもうありませんから」
夏休みだろうとお構いなしに、哲は毎日の様に部活の助っ人に引っ張りだこである。
故にミス研でなにか催しをする時は、まず哲の予定に合わせるのが最優先なのだ。
そんな哲が、今日は珍しく午後からフリーな様だし、確かに、思い立ったが吉日なのかもしれない。
「じゃあ二手に別れようか、私と楓ちゃんは先に家に帰ってバーベキューの用意をするから、買い出しは君たち三人に任せても良いかな?」
「えぇ~!こやつと一緒に買い物に行けと言うのかぁ?ぬしとワシの二人っきりで十分では無いのかえ?」
「いいやそうは行くか!むしろお前が向こうの班に入って、僕が楽と二人で買い出しに行ってこよう」
「「ぐぬぬぬぬ……!」」
「いちいち喧嘩するなよ二人とも……」
こいつらは何かあるごとに争わないと気がすまないのだろうか?まるで縄張りの意識の強い獣同士のようである。
「いやぁ、ついに狐森くんにもモテ期が来たんだねぇ……」
「こんなモテ期嫌ですよ……」
「まぁ、ボディーガードとしては一流の二人なんだし、怪異まみれの日常を送っている君にとっては、そうそう悪いことでも無いんじゃないかな?」
「それはまぁ、そうかもしれませんけど……というかむしろ、怪異よりもあいつらの方が怖いって言うか」
考えるまでもなく、護衛の戦力としてはかなり過剰だろう。
物理最強の哲に、上位怪異で神のさぎり。どちらか片方でも、大抵の怪異を一方的に封殺できる実力の持ち主だ。それが二人して、俺の事を守ろうとしてくれているのだから、セ○ムもビックリなセキュリティである。
……だかまぁ問題は、そんな怪異よりも強い二人が争って、周りに怪異以上の被害を出してしまわないかの心配の方である。二人の手綱は、俺がしっかりと握らねばならんのだ……
「じゃ、またお昼に私のお家に集合って事で。はいこれ、買い出し用のお金。好きなだけお肉やらお野菜やらお菓子やら買ってきて良いからね!それじゃ、行こっか楓ちゃん。今度は迷子にならない様に、抱っこして行こうね」
ぎゅ
「わぁ!?楓は抱っこなんかされないでも歩けますよぉ!?」
「まぁまぁ。この方が人形って言い訳しやすいからね。いざというときは、まやかしでちょちょいとお願いするよ!ではしゅっぱーつ!」
ビューン!
なにやら不満を申していた楓を尻目に、羽車先輩は風のように去っていった。
「……うわ、凄い金額……何を買ってこいって言うんですか羽車先輩……」
羽車先輩から渡された封筒の中身を見て、思わず驚愕した。中古の車くらいなら買えそうな金額である……
「あー……じゃあいくぞ、二人とも」
「ふん……せいぜいワシとぬしの間を邪魔しないで付いてくるのじゃぞ」
「お前こそ、楽に変な事したらただじゃおかないからな……!」
「……頼むから、店の中では暴れないでくれよ……」
まるで暴れ馬の様な二人の手綱をしっかりと握りしめて、俺は北山高校近くのデパートへと向かった。




