化け物と女狐
~そして時は、現在に戻る~
「女狐ぇ……!よくもまた僕の親友を誑かしてくれたなぁ……!」
ゴゴゴゴゴ……!
心無しか、哲の周りの空間が歪んでいる気がする……そしてこの、耳の奥まで響くような地鳴りの音……もはや哲は、激情だけで地面を震わせることが出来るとでも言うのだろうか……?
「はわわわわ……!?だ、大地が怒っておる……!?そ、それに、なんと言う圧じゃ……!?これほどの圧は、ここ数百年は浴びた事はないぞ……!?」
がくがく……
しがみ付かれている腕から、さぎりの恐怖の震えが伝わってきた。まるで生まれたての小鹿の様である。
ざっ……!
「歯を食いしばれ女狐!せめて苦しまないように、一撃で屠ってやる……!」
拳を腰の所で深く構えて、哲の目線が、さぎりの胴体を正確に捉え始めた。どうやらまた、さぎりを星の彼方へと吹っ飛ばそうとしている様だ。
「にゃぁぁぁ!?ぬぬぬぬぬしよ!?頼むからあやつを止めておくれぇ!?後生じゃからぁぁ!?」
「すまんさぎり……ああなった哲は、もう俺でも止められない……大人しくお星様になってくれ」
「そんなぁぁ!?もう雲の上まで吹っ飛ばされて、あわや宇宙が見える所まで行くのは嫌なのじゃぁぁ!?お腹が痛いのも嫌なのじゃぁぁ!?」
前回はそんな所まで飛ばされていたのか……もしや哲がその気になれば、本当に大気圏までさぎりを打ち上げられるのではないだろうか?もはや人類には、打ち上げロケットなんて必要ないのかもしれないな……
「宇宙から見た地球がどんなだったのか、帰ってきたら教えてくれよな……」
「もうワシが吹っ飛ばされる事前提で話が進んでおる!?のう頼むぬしよ!せめて説得くらいは試みてくれてもよいではないかぁ!」
掴んでいる俺の腕をぶんぶんと振り回して、さぎりが涙ながらに懇願してきた。
まぁ確かに、今回に関してはさぎりは無実だ。やってた事と言えば、俺の純粋な心を、少しからかっていただけである。
個人的に腹こそ立ってはいるが……流石にそれだけで、哲の拳を食らうのは少々罪が重すぎるかもしれない。弁護くらいはしてやるのが、ここはスジと言うものだろう。
「しょうがないな……やるだけやってみるけど、期待はするなよ?」
「ありがとうなのじゃぁぁ!神様仏様ぬし様なのじゃぁぁぁ!!!」
「神様はお前だろ……」
恐怖で半ば正気を失っているさぎりを無視して、我が親友である哲との交渉を始めた。
「あー……哲?今回は本当に、さぎりは悪いことはしていないんだ。見逃してやってくれないか?」
「……くっ!なんという事だ……もうその女狐に『名前を呼び捨てで呼ぶ』まで誑かされてしまったんだな……安心しろ楽!今元に戻してやるからな!」
「よし。やるだけやってみたけど無理ださぎり。せめて息を思いっきり吐いて、腹に力を込めておくんだ」
「もっと粘ってくれてもよいではないかぁぁ!?愛する女が化け物に狙われているというのに、それでもぬしは男かえ!?」
「そりゃ助けてやりたいのは山々だが……相手がちょっとな……」
哲は昔から、こうと決めたことは何が何でも成し遂げる人間だった。
実際それがどんなに困難な事であっても、哲にはそれをやり遂げるだけの十分すぎる力があったし、それが結果的には良い方向に転ぶことの方が、悪い結果に繋がることよりも圧倒的に多かった。
それでも時々は、こうやって憐れな被害者が出てしまう事もある。しょうがない、哲がいくら神がかった能力の持ち主だったとして、あいつだって人の子。ミスする時だって当然あるさ……だから諦めろ、さぎりよ……宇宙でも元気でな……
「ぬぅしぃ~……」
うるうる……
「ぐっ……その涙目で上目使いするの止めろ……」
「お願いなのじゃ……ワシを救ってくりゃれ……ワシにはぬししかおらんのじゃ……お願い……」
ぎゅ……
「んん……?この感じは……お前また……」
こいつ……また『目』の力使ってやがるな……
哲は『俺がさぎりに誑かされてる』と思って助けようとしてるのに、本当に俺の事を誑かし始めたら、本末転倒じゃないか……
だが抗えない……きっとあの目の力は、俺には特に効くようになっているのだろう。
……しょうがない。半分操られているのは癪だが、もう一回だけ、弁護してやるか。
「哲……頼む……本当に今回は……こいつは悪くないんだ……」
「楽……?」
「……こいつはずっと……ひとりぼっちで……寂しい思いを……させたくなくて……だから……」
やはりあの目に操られている状態だと、思考がうまく回らない……これでは哲を説得なんてとても……
「……分かった。なら今回は見逃してやろう」
「?……良いのか……哲……?」
あの哲がこうもあっさり折れるなんて……信じられない。
「断片的な言葉だったが……お前が『本気でそう思ってる』かどうかなんて、僕にはすぐに分かる。お前は本当に……その女狐を……くっ……!」
哲が歯を食いしばって、何か悔しがっているように見えた。今日の哲は、なにか様子がおかしい。
「ほら……さぎり……説得したから……目を……」
「あぁぁぁ!ありがとうなのじゃぁぁぁ!!本当に本当に怖かったのじゃぁぁぁ!!うわぁぁぁん!!」
ぎゅぅぅ……!ぎりぎり……!
「いだだだだ!?」
さぎりが目の力を解除するまでもなく、腕が軋むほどの圧力をさぎりから受け止め、意識がはっきりと覚醒した。
「っ!?女狐ぇ!楽から離れろ!」
「ひいっ!?い、嫌なのじゃぁ!離れたくなんてないのじゃぁ!離れたらまたお前に殴られるに決まっておるのじゃぁぁ!!」
「女狐ぇぇ!!」
「いやぁぁ!?」
「落ち着けお前ら!!こんな白昼堂々男女が叫びあってたら、ご近所さんに通報されるわ!!」
しかもここは北山高校のすぐ近くの空き地で、俺たち三人は制服を着用してる。
こんな状態で警察なんぞ呼ばれたら、最悪停学もありえるだろう。それだけはなんとしても阻止せねばならない。
俺はそこから数分間、なんとか双方をなだめ続けて、その場を抑え込むことに成功した。
「くそ……!もう同居するまで話が進んでいるなんて……!女狐め!一体どんな手を使って僕の親友を唆したんだ!」
「唆してなんぞおらぬわ!人聞きの悪い……!」
(いや、唆してはいただろ……)
そう思ったが、口には出さないでおこう。これ以上哲を刺激するワードを言うわけにはいかないからな。
「分かっているとは思うが、また昨日みたいに楽を危険な目に合わせたら、こんどこそ手加減はしないからな!」
「あ、あれで手加減してたと言うのかえ……!?底無しの化け物め……!」
「僕は化け物なんて名前ではない!三原 哲だ!この女狐め!」
「ワシだって女狐なんて名前ではないわ!きちんと誠意をもって、さぎり様と呼び称えるのじゃ!」
「女狐!」
「化け物!」
「女狐ぇ!」
「化け物ぉ!」
「だーもう!うるさいうるさい!良いかお前らよぉく聞けぇ!!」
一度なだめたにも関わらず、また言い争いを始めた二人の間に立って、俺は説教を始めた。
「言うまでもなく、哲は俺の親友だ!だからこれからも長い時間を共に過ごすことになるだろうし、一緒に遊びに出掛けることだって大いにあるだろう!」
「楽……!あぁそうだ!僕とお前の絆は永遠に不滅だ!こんな女狐なんかに奪われるわけには……!」
「だがな哲!俺はさぎりも、お前と同じくらい大切にしたいと思って居るんだ!」
「な……!?」
「ぬしよ……!どうじゃ聞いたか化け物!ワシはぬしにこんなにも愛されておるのじゃ!お前みたいな化け物なんぞに、愛しいぬしを取られるわけには……」
「そんな同じくらい大切なお前らが、こんな醜い争いをしてるなんて……俺が喜ぶと思っているのかぁぁ!」
「「!?」」
……なんだか、自分の価値を思いっきり棚上げしてるみたいで、ひどく恥ずかしい気分になるが、きっとこいつらにはこの言い方が一番良く効くはずだ。
突っ切れ楽!勢いに身を任せろ!力では哲に勝てず、駆け引きではさぎりに勝てずとも、お前にはこの『勢い任せのはったり』があるでは無いか!
……言ってて悲しくなってきたなちくしょう!ええぃもう知ったことか!狐森 楽!参る!
「仲良くしろとまで言わない!喧嘩だって、時にはすることもあるだろう!だがな!ろくに相手の話も聞かずに、一方的に敵視して、歩み寄る素振りすらしないのは絶対にダメだ!お前ら二人とは、これからも良い関係を続けていきたいのに、その二人がこうも毎回争っていては、俺の心身が穏やかではない!だから寄り添え!話し合え!互いを理解し、良い落とし所を見つけろ!分かったかぁぁ!!」
「「は、はい……すいませんでした……」」
「はぁ……はぁ……分かれば良いんだ……」
思えば、昨日から俺はずっと叫びっぱなしである。そろそろ喉から血反吐でも出るのではないだろうか……
「……悪かったな。話も聞かずに、殴り飛ばそうとして……」
「……いや。ワシもお前の事、ろくに知りもせずに化け物呼ばわりしておったし、お互い様じゃ……すまんかったの……」
俺はこの二人の事をよく知っている。頑固で不器用で……だが心根は優しい。
話し合えさえすれば、そんなに相性の悪い二人では無い筈なのだ。こうやって穏やかに、そして平穏な関係を……
「だがこれだけははっきりとさせておく。楽の一番は僕だからな!あくまでも貴様は僕の下だ!そこだけは覚えておけ!」
「なにをぉ……!?お前こそワシの下じゃ!ぬしの一番愛しい人はワシなのじゃからな!」
「おのれぇ……!」
「こやつぅ……!」
……なぜこうなる。
「はぁ……まぁ、時間はある。ゆっくりと歩み寄ってくれればいいさ……」
「「ぐぬぬぬぬ……!」」
人生時には妥協が必要だ。青春漫画よろしく、殴り合いながら親睦を深めていってくれ、親友と取り憑き狐よ……




