三原 哲
~楽達が北山高校に到着する、ほんの少し前の事~
「フレー!フレー!」
打席からでも聞こえる程の歓声。この暑さの中、よくあそこまで大声を出せるものだと感心する。
それだけの熱意、それだけの気合い……それら全ての想いを背に受けて、僕はバットを構えた。
「お前が北山高校の『最終兵器』こと三原 哲か。思ったより細い優男だな」
気分を集中させていると、不意に後ろから、相手高校の柄の悪そうなキャッチャーに話しかけられた。
「話は聞いてるぜ。色んな部活を掛け持ちしてるんだってな?舐められたもんだぜ……そんな助っ人選手が、打順1番で出てくるなんてよ。俺たち相手には、助っ人で十分ってか?」
「……そんな事は無い。俺は皆に信頼されて、ここに立っているのだから」
この様な嫌味を言われることには、よく慣れている。
相手の気持ちはもっともだ、彼らは僕と違って、色んなスポーツには手を出さずに、野球一本にその人生をかけて打ち込んできているのだ。
そこに野球部にすら所属していない、部外者の僕が我が物顔で入り込んだとあっては、心中穏やかでは居られないだろう。
「は!信頼ねぇ……舐めてんじゃねぇぞ?お前みたいな半端者が、野球に真摯に向き合ってきた俺たちに、敵うもんかよ!」
「……結果は試合で示す。それだけだ」
「ちっ……いけすかねぇ奴だ……」
再び落ち着いて、呼吸を整える……いつしか外からの音は聞こえなくなり……僕はバットを構えて、投手のピッチングを待ち構えた。
(ど真ん中ストレートだ。全力で投げてやれ!)
(了解だ。爽やかイケメン野郎の余裕を崩してやるよ!)
キャッチャーからのサインを受け取り、相手投手が構えに入った。
「これでも……喰らえ!」
ビュン!
大降りな投球フォームから放たれた、真っ直ぐでブレの無い、理想的なストレートだった。
彼らのこれまでの努力が見て伺える様な、血と涙の結晶で出来上がっていたそのストレートを……
「……はぁぁ!」
グゥワキィィィン!!
僕はただ、己の持てる全ての力を持ってして、遥か彼方の、グラウンドの外の世界へと打ち返した。
「……は?」
「……良いストレートだった。次の打席も楽しみにしている」
放心しているキャッチャーを後にして、僕は一塁ベースへと向かった。
「さすが我らが最終兵器!次も頼んだぞ!」
「あぁ。任せてくれ」
「きゃー!哲ぅ!こっち向いて!」
「?これで良いか?」
「あーもう無理……ファンサえぐい……」
どさり……
?何か人が倒れるような音が聞こえた気がしたが……
僕は全てのベースを走りきって、ホームベースへと帰ってきた。
「お前……なんでそんな能力があるのに……野球だけに打ち込んで無いんだよ!こんなもん見せられたら……野球しかやってこなかった俺たちが……バカみてぇじゃねぇか……!」
「そんな事は決してない!!自分達の努力を卑下するな!!」
「!?お、お前……!」
そんな言葉は絶対に許さない!彼らのこれまでの努力を、バカになんぞさせるものか!
「僕はいつだって、どんな挑戦も受け入れる!いつか必ず、僕を倒しに来い!それまで決して、自分達の努力をバカになんてするんじゃないぞ!」
「……くそぉ!上等だごら!いつかなんて言わずに、次の打席でボコボコにしてやるから、覚悟しとけや優男がぁ!」
「ふ……その粋だ。楽しみにしているぞ」
彼はきっと、まだまだ強くなって、僕を倒しに向かって来るだろう……とても楽しみだ。
ピピピ!ピピピ!
「ん?すまない、緊急用の携帯に連絡が入った!悪いが今日の助っ人はここまでにして貰おう。僕はこれで失礼する」
バビュン!
個人のスマホとは別に、親しい人達からの緊急連絡用として常備している携帯。これはよほどの事では無い限り、鳴らないはずの携帯なのだ。
僕はいち早くその緊急事態に対応すべく、バットもユニフォームも脱ぎ捨てて、助けを求める人達の元へと走り去った。
「は?おい待てこら!まだ勝負はついてないぞ!?おい待てって!おい!三原 哲ぅぅぅ!!」
~~~
「連絡では確か、この辺りと……」
緊急連絡はメールで送られてきており、場所だけが記載されていた。それはつまり、大声の出せぬ状態で、僕に助けを求めたということだ。
僕はその意思を組んで、なるべく身を隠し、音を出さずに、助けを求めた人の探索を始めた。
「あ、こっちだよ哲」
「む……」
校舎裏の木々が生い茂っている茂みの中から、見知っている友の声が聞こえた。
「大丈夫か?怪我は無いか?」
「うん。私は大丈夫。大変なのは私じゃなくて……ほら、あれ」
「む?……なんだあれは……狸か?」
女学生の友が指を指す先を見ると、そこには高い木の上でうずくまっていた、小さな狸の姿があった。
「……僕はてっきり、声も出せないほどに、危機的状況に陥っていると、思っていたのだが……」
「ごめんね。声を出したらあの子が驚いて逃げちゃいそうだったから……」
まぁ合点はいった。確かにあの狸はひどく怯えているように見える。下手に声を出して刺激したら、そのまま木から落下しかねないだろう。
「僕に任せろ」
僕は狸を刺激しないように息を殺して、そのまま高い木を静かに登り始めた。
「凄い……まるで獲物を狙う蛇みたい……」
「…………そこだ!」
がし!
「んにゃぁぁぁぁぁぁ!?」
狸に気付かれないように背後まで近づき、一気にその丸いお腹を掴み上げた。
……気のせいか、今こいつ言葉を喋ったような……まさか怪異か……?
「お前……何者だ」
「……こ、こーん……」
「それは狐の鳴き声だ」
間違いない、こいつは怪異だ。
そうなると話は変わってくる。近くにいる女学生の友は怪異なんぞ知らない一般人だ。危険に巻き込む訳にはいかない。
「無事に捕まえられたみたいだね。その子野生に離してあげようよ」
「あぁ、もちろんだ。後は僕がやっておくから、君は戻っていると良い」
「そう?ありがとうね哲。また今度お礼持ってくるからね。ばいばい!」
なんとか女学生の友を遠くに行かせることに成功した。
さて……
「貴様は怪異だな?この学校で何をする気だったんだ?返答によっては……」
「ひぃぃ!?」
ぼふ!
両手で掴んでいた狸の怪異から爆発音がしたかと思うと、周りが白い煙に包まれ、狸の怪異がするりと手元から抜け出していった。
「く……!逃がすかぁ!」
ダァン!
僕は煙の中でかろうじて見えていた狸の姿に向かって、全力の力で飛び出した。
「グァァァ!」
「なんだ……?顔だけの化け物……?」
確かに煙越しに見えていた姿は狸の筈だったのに、いざ煙が晴れてくるとそこには、大きく口を開いた、巨大な顔の化け物が現れた。
「ガァァァ!」
がぶり!
顔の化け物はそのまま大きく開いた口を閉じて、僕の体に噛みついてきた。
ガッ!
「ギェェ!?」
「で……それだけか?」
片手で怪異の上顎を、片足で怪異の下顎を受け止めて、顔の化け物の動きを完全に制御した。
「見た目より軽いな……おそらく幻か何かなんだろう?この顔の化け物は。この程度の力では、僕には勝てないぞ」
「ひ、ひえぇぇぇ!?」
ぼふ!
爆発音が聞こえて、僕の目の前に、また小さな狸の怪異が現れた。
「ごめんなさいごめんなさいぃぃぃ!!迷子になっちゃっただけなんでずぅぅぅ!!」
「迷子だと?信用出来ないな」
「本当なんでずぅぅぅ!!羽車おねえさんを追いかけてたら、どこに行っちゃったのか分からなくなっでぇぇぇ!!うわぁぁぁぁん!!」
「羽車お姉さん……?お前、羽車先輩を知っているのか?」
なるほど……妙に納得した。羽車先輩と出会っても居ないのに、怪異と遭遇するなんて珍しいことだと思ったが……なんという事はない、結局今回も『いつもの』羽車先輩関係であったという、ただそれだけの話だ。
「はい……羽車おねえさんとは……一緒のお家で住む約束をしました……」
「……まぁ……あの人ならあり得るか……」
いつかはやると思っていたが……そうかついに、羽車先輩は、怪異を仲間にすることに成功したようだ……相変わらず、恐ろしい人だ。
「……分かった。信じてやる。羽車先輩の所まで連れていってやろう」
「ほ、本当ですか!?ありがとうございます!『化け物のおにいさん』!」
「化け物……」
心外である……僕はただ、僕に出来る最善の行動を取り続けていただけなのに、化け物などと……
「……僕の名前は三原 哲だ!決して化け物なんかではない!」
「そ、そうなんですね……ごめんなさい。哲おにいさん」
これで良い。満足だ。僕は決して、化け物なんぞという不名誉なあだ名は認めないからな。
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「ごめんねぇ楓ちゃん!まさか迷子にさせちゃうなんて……お姉さん失格だよ……」
「羽車おねえさんは悪くありません!勝手に迷子になった楓が悪いんです……」
狸を何とか隠し通しながら運び、俺はミステリー研究会の部室へと到着した。
「色々と聞きたいことはありますが……まぁとにかく、これからはその狸をちゃんと管理してください。羽車先輩」
「もちろんだよ最終兵器くん!」
「何度も言いますが、僕の名前は三原 哲です!決して最終兵器くんではありません!」
「おっと失敬。なんだかこの呼び方の方が慣れてしまってねぇ……」
化け物だとか最終兵器だとか……どうして皆、僕をあだ名で呼びたがるんだ?
僕を名前で呼んでくれるのは、親愛なる親友の楽くらいだ……やはり僕にはお前しか……
「……ん?そういえば楽はどこに?近くに気配だけは感じますが……」
「おぉ……さすが三原くん。狐森くんの事となると怖いくらい鋭いね……彼はたぶん、外の空き地でさぎり様と……」
「………………………は?」
さぎり様?あの女狐が?どうして楽と?なぜ?なぜだ?ありえない……許せない……!
「今行くぞ!楽ゥゥゥ!!」
バビュン!
「あー……ごめんさぎり様……私、やらかしてしまったかも……」
待っていろ楽!我が親友よ!僕はいつだって……お前の救世主だ……!




