狸の楓
「はぁ、やっぱりの。どうにも見覚えのある幻覚の造りだと思っておったが……まさか同郷だったとはの」
「同郷?知り合いの狸なのか?」
「いや、同郷というのは『まやかし』の方じゃよ。こやつとワシは、同じ手法のまやかしを使っておるのよ」
剣道で言うところの、流派みたいなものだろうか?まやかし一つを取っても、どうやら様々なやり方があるようだ。
「やい狸の」
「ひっ!?お願いしますぅ!目玉だけはご勘弁をぉ……!」
「これこれ、そう怯えるでないわ。もう取って食ったりなどせんから安心せい」
「ほ、本当ですかぁ……?」
「……まぁ、お前は丸々としていて、ちょっと美味しそうだとは思うがのぉ……ふふふ……!」
「ひ、ひぃぃ……!?」
狐の妖怪が、小さい狸をいじめている。まるでどこぞの日本昔ばなしのワンシーンの様だ。
「そのまやかしのやり方、どこで覚えたのじゃ?こんな古くさい手法のまやかし、ワシみたいな古株の妖怪でもない限りは、そうそう知りえぬはずじゃがの?」
「お、おじいさまに教えて頂いたんです!」
「おじいさま……まさかお前、『嵐』の孫かえ?」
「え?はい……そうですけど……おじいさまの事、ご存知なんですか?」
「ご存知も何も……ワシと嵐は、共に同じ師匠にまやかしを教わった、同郷の姉弟子と弟弟子よ。そうかあやつ……家族を持ったんじゃな……」
さぎりはどこか遠くを見つめて目を細めた……さぎりが昔の思い出に想いを馳せている時の顔だ。
どうやら嵐という狸は、さぎりにとって、よほど特別な同郷の仲間らしい。そんな仲間の孫と、こんな所で出会えるとは、神様も中々粋な事をするではないか。
「なぁさぎり。思い出に浸っているところ悪いんだが……そろそろ本題に入って貰っても良いか?」
「む?おぉすまんすまん……ごほん!して嵐の孫よ、なぜワシらを、こんな手の込んだやり方で襲ってきたのか、きっちりはっきりと答えて貰おうかの!」
「は、はい……」
あからさまに、小さな狸の妖怪が、しゅんと萎縮してさぎりの問いに応対した。なんだか小さい子供を問い詰めてるみたいで、少し心が痛むな……
「さぎり。もう少し優しく聞いても……」
「うわぁ!化け狸じゃないか!まさか2日続けて妖怪に出会えるなんて、これは正しく天運に違いないよ!初めまして私は羽車!どこから来たんだい?何をしに来たんだい?好きなものはあるかい?他にどんなまやかしが出来るんだい?名前は何て言うんだい?男の子?女の子?聞きたいことが山ほどあるんだよ!」
「あぁ……さぎりより止めるべきはこっちだったか……」
俺とさぎりの間を、そのスレンダーな体でするりと抜け、まるでマシンガンでも乱射するかの様な勢いで、羽車先輩が、いまだにさぎりへの恐怖で震えていた狸の妖怪に、これでもかと質問の嵐を浴びせていた。
「な、名前は『楓』と言います……女です……山からやって来ました……」
「そっかそっか!よろしくね楓ちゃん!まだ小さいのに、一匹で山を降りてくるなんて大変だったんじゃないかい?どうして山を降りたんだい?」
「その……おじいさまから、人間の町で、まやかしの腕を磨いてくるように言われて……」
「なるほど!は!?ということはもしや、今回のこの怪異も、その修行の一環だったと言うわけかい?」
「は、はい……そうなんです……あはは……」
先輩の尋問は、とにかく勢いで押し込んでいくスタイルだ。そして、その勢いに飲まれるがままに答えてしまえば、もはや羽車先輩相手に、隠し事なんぞ通用しない。根掘り葉掘り、全てを明かされるだけである。
「嘘じゃな」
ふと俺の隣で黙って羽車先輩の尋問現場を眺めていたさぎりが、ひどく冷たい口調で言葉を投げ掛けた。
「おや?どうしてそう思うんだい?さぎり様」
「目を見れば分かる。これは嘘つきの目じゃ。まやかしの修行なんぞは大義名分。本当の目的は別にあるのじゃろうよ」
「そ、そんなこと……」
「ふん。やい楓とやら。ワシの目をじっと見つめるのじゃ……」
「あ……あぁ……?」
楓と名乗った狸の女の子が、さぎりの目を視線に捉えた瞬間に、目を虚ろにして、ぐったりとしてしまった。
……俺はこれをよく知っている。さぎりの魔性の目の力だ。あの黒くて、大きな目を見つめてしまった者は、皆すべからずにして、その目の虜になってしまう……己の全てを、その目の中に溶かしてしまっても良いと思うほどに……
「……これぬし。ワシの目が好きなのは嬉しいが……今は覗き込むのは止めた方が良いぞ」
「っ……!悪い……油断してた……」
無意識に目がさぎりの方に吸い寄せられていた。どうやら俺は、よほどあの目に囚われているようだ……気を付けねば。
「ふふ……後で好きなだけ見せてやるから、我慢しておくれ……さて楓よ。本当の事を、洗いざらい話すが良いぞ?」
「はい……本当は……人間を驚かせて……」
虚ろな目の楓が、意識をさぎりに完全に掌握されて、今回の怪異の真実を語りだした。一体、どんな言葉が飛び出してくるのやら……
「……お財布を……盗んでいました……」
「ただの強盗じゃねぇか!」
何とも拍子抜けした答えだった……もっとなんかこう……どでかい陰謀みたいな答えを、心のどこかでひっそりと期待していたのに……なんて俗物な答えなんだ……
「お財布か……じゃあ別に、私たちをあの『顔の化け物』を使って、むしゃむしゃと食べたりする気は無かったってことかい?」
「はい……そもそもあれはまやかしなので……最初から化け物なんか……いませんでした……」
「運転席へと私たちを誘導していた理由は?」
「その方が……あなた達の驚いた顔を……長く楽しめるので……」
何というか……妖怪らしい答えである。人を化かしてバカにして、遠くからその様を見てケラケラと笑いこけるのが、やはりコイツらの性分なのだろうと、改めて思い知らされる。
「……なぁさぎり。お前達狐や狸の妖怪って言うのは、皆こんなに性格が悪いのか?」
「む?なんじゃ、そのワシまで性格が悪いみたいな言い方は!心外じゃな」
「お前自分が性格悪い自覚無いのかよ……」
「これは『お茶目』と言うやつじゃ!女というのは、ちょっと手が焼けるくらいの方が愛らしいのじゃぞ!」
ちょっと手が焼ける……?もはや手が業火で焼かれているくらいの間違いでは無いだろうか?
しかしまぁ、今のさぎりの返答で何となく察した。たぶん妖怪というのは、全員こんな感じなのだろう。この性分の部分に関しては、相互理解なんぞ、到底出来そうにはない。
「盗んだ財布はどうしてるんだい?」
「お金だけ抜いて……元に戻してます……」
「なぜそんなにお金が欲しいんだい?こうやって退治されるかもしれないリスクを冒してまで?」
「……ご飯……ゲーム……漫画……欲しいもの……たくさん」
「どんだけ俗世にまみれてるんだ、この元野生の狸……」
話をまとめると、おじいさんの嵐とやらに、下界で人に紛れてまやかしの修行をしてこいと言われた楓は、そこで人間の『サブカルチャー』に存分に触れてしまい、修行なんぞ放って、私利私欲を満たす為だけに、今回のような『化かし強盗』を繰り返していたらしい。
情状酌量の余地なし、真っ黒な罪人である。
「と、言う訳じゃがぬしよ。こやつどうする?本当に……ワシがここで食べてやっても良いが?」
……さぎりの言葉に、少しゾッとした。たぶん嘘じゃない、本当に食べる気なのだ。
おそらくその言葉に、悪意なんぞこれっぽっちも無い。ただ自然の摂理として、自身に歯向かってきた者を食べようと、ただそう言ってるだけなのだ。
「……ん。あぁすまぬ。今の人は、そう簡単に他者の命は取らぬのであったな……怖がらせてしまったかの……?」
俺の緊張を察したのか、さぎりが心配して、優しくゆっくりとした口調で、俺をなだめようとしてくれた。
……さぎりに気を使わせてしまうなんて、俺はさぎりの同居者失格である。もっとしっかりとせねば……
「……いや。謝らないでくれ。お前は今まで、ただそうやって生きてきただけなんだから、何も悪い所なんてない。俺がちょっと、怖がりなだけだよ……」
「……そうか……そうか……ただそれでも、ワシはぬしと共に『今』を生きると決めた身じゃ、それをはっきりされる為にも、今一度、謝らせておくれ……すまんかったの」
「……俺も、変に怖がって……悪かった。許してくれ……」
やはりさぎりは、律儀な奴だ。恩を作ったままだとか、仇を返さずにそのままだとか、そう言ったことが許せない性格なのだろう。
だからこそ……さぎりはきっと、あの寂しい神社で、一人で待ちぼうける事になったのだろう。死ぬ間際に、拒んでしまったぬしへの罪滅ぼしの為に……
……やはり俺が、しっかりしないといけない。もう二度と、この不器用で優しい狐に、気なんぞ使わせてなるものか。
「……さぎり。操るのを止めてあげてくれるか?楓と話がしたいんだ」
「ふむ。分かった。ほれ楓よ、正気に戻るが良い」
パチン!
「は!?……あれ……楓は何を……?」
さぎりが指で音を鳴らすと、楓の目に光が戻ってきた。
「さてと楓。改めて聞くが……今の話は全部本当なのか?財布を盗んで、お金を抜き取ったっていうのは?」
「……は、はい……本当です……ぐず……」
きっと、俺に罪を問い詰められて、本当に食べられるとでも思ったのだろう。目から涙をボタボタと溢しながら、楓が全身を震わせて怖がっていた。
「そ、そんなに怖がらないでくれよ……かわいそうになっちゃうだろ……」
やはり妹がいる兄としては、震えている女の子というのは、見ているだけで心が痛む……あぁ、かわいそうに……
「ごほん……ぬしよ、気持ちは分かるが、変に肩入れするでないぞ?幼子に見えても相手は妖怪、隙を見せれば、どこまでも付け込んで来るぞ?」
「わ、分かってるよ……楓。俺はお前の事を、このまま見逃すわけにはいかない。他人のお金を盗むだなんて、それは犯罪だ。許してはいけないことだ」
「うぅ……ひぐ……!」
より一層、楓の涙が強くなる。どれだけ泣かれても、俺の意志は変わらない。罪は償わせるべきだ。
「かと言って……お前を警察に連れていった所で、きっと人間の法律では裁けない」
「うぅ……だからやはり……楓を食べるのですね……ぐず……」
「……そこでだ楓。お前はこれから……奪った分のお金をしっかりと稼いで、元の持ち主達に返していって欲しいんだ」
「うぅ……う?」
思いもしなかった俺の提案を聞いて、楓の涙がピタリと止まった。




