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巨大な顔

「ガァァァァ!!」


バキ!ガチン!バキィ!


「あいつ……電車を後ろから食ってるのか……!?」


 顔の化け物が大きな口を閉じる度に、電車の床や壁が少しずつ化け物口の中へと吸い込まれていった。まるでソーセージを端からかじっているような光景である。


 そして問題は、そのソーセージの中に、まだ俺たちが取り残されているということだ……このままここに居ては、数分後にはあの顔の化け物の胃袋に納められてしまうだろう……顔だけのあいつに、胃袋が存在していればの話だが。


「走るよ狐森くん!早く次の車両に向かうんだ!」


 いつもなら率先して、怪異にぶつかって行く羽車先輩が、少しのおふざけもない、真剣な声で俺に避難を呼び掛けてくれた。つまりあいつは、それだけ危険なやつという事なのだろう。羽車先輩が、意志疎通は不可能だと、判断するほどに。


「はい!さぎりも早く走るんだ!」


ぐいぃ……!


 さぎりの白い腕を掴んで引っ張った……のだが、さぎりの体はまるでびくともしなかった。


「なにやってんだよさぎり!?食われるぞ!早く逃げろ!」

「んー?なぜじゃ?なぜ逃げる必要がある?どう見たってあれが、今回の怪異の本体ではないか。ならばあれを倒してしまえば、怪異は収まるはずじゃろ?」

「はぁ?倒すってお前……」


 相手は電車をまるごと飲み込めるほどの巨体な怪異だ。いくらさぎりが上位の怪異だとはいえ、俺よりも小柄なさぎりが、到底あんな化け物に敵うとは思えない。


 ……なにより、さぎりに危ない目にあって欲しくない。目の前で大怪我なんてされたら……俺はきっと、冷静では居られなくなってしまうだろう。


「逃げようさぎり……頼むから、危険なことはしないでくれ……お前が心配なんだ……」

「……ふふ。ぬしはやっぱり優しいのう……そういう所が、ワシは好きじゃよ。なに心配は要らん。ぬしは安心して、後ろで見守ってておくれ」


 そう言うとさぎりは俺の腕を軽く振り払い、後方目前まで迫ってきていた顔の化け物の前まで歩んでいった。


「さぎり!?くそ……!」


 さぎりの名前を叫びながらも、あの化け物の前までさぎりを追いかける勇気が無い自分に、心底腹が立った。結局俺は、口でどれだけさぎりの事を心配しても、我が身の方が大事なクソ野郎だ……


「グァァァァァ!!」

「そんな大声を出すでないわ!耳がキンキンするではないか……」


 目の前まで近づいてきたさぎりを捕捉して、顔の化け物が威嚇するかのように、より一層大きな叫びをあげた。


「ガァァァ!!」


バキィ!


「危ない!?さぎり!!」


 顔の化け物はさぎりの目の前で大きく口を開けて……そのままさぎりの体に向かって、その巨大な歯を降ろした。


りん!


カチィィン!


 顔の化け物の歯が、上顎と下顎とでかち合い、まるで鉄同士がぶつかり合ったかのような、鈍い高音を発生させた。


「今の音は……さぎりの鈴の……は!?さぎり!?無事なのか!?」

「ふっふっふ……もちろん無事じゃ」


 そこには顔の化け物の前で相変わらず、いたずらっぽい笑みを浮かべて笑っていた、さぎりの姿があった。


「ほれどうしたデカブツ?こんなか弱い小娘一匹もまともに食べれんのかえ?まずは箸の使い方からでも覚えたらどうじゃ?」

「ギガァァァ!」


バキィ!


 さぎりの言葉に怒りを覚えたのか、先ほどよりもより一層力強く、顔の化け物はさぎりの体に噛みつこうとした。


りん! カチィィン!


 またしても、さぎりの青い鈴の音が鳴ったかと思うと、顔の化け物の噛みつきは空を切り、歯同士がぶつかり合う、乾いた高音が響き渡った。


「どうした?ワシは一歩も動いておらんと言うのに……ふふふふふ……」

「グゥ……ガァァァ!!」


りん! カチィィン! りん! カチィィン!


 何度も何度も、顔の化け物はさぎりを噛み砕こうとするが、その度にさぎりは鈴を鳴らして、化け物を元の位置へと瞬間移動させてしまう。これではあと何百回やろうとも、顔の化け物がさぎりに触れることは叶わないだろう。


「ハァ……ハァ……!」

「いやぁ、ワシも鈴を鳴らすのに疲れたの……でも残念。ワシには左手もあるから、まだあと2倍は音を鳴らせるぞ!ほれほれ、もっと頑張らんか!あはははは!」

「ガァァ……!!」

「うわぁ……何てウザい戦法なんだ……」


 何というか……敵ながらあの化け物には同情する……


 何か攻撃されてる訳でも、相手の方が圧倒的に強いわけでも無いのに、ひたすら煽られて、気力と体力だけはガンガンに消費させられていく……何ともさぎりらしい、人を小馬鹿にしたやり方である。


「……で、どうするデカブツ?いつまでこんな事をするのかえ?」

「グゥ……!」


 流石の顔の化け物も疲れ果てたのか、もうさぎりの言葉に叫び返す元気も無いようだ。


「ふむ。では選択肢を二つやろう。一つはこのままワシに降参して、ぬし達と一緒にここからワシらを脱出させる提案。そしてもう一つは……ワシにこの『青い鈴』の、『正しい使い方』をさせるか、じゃな」


りん!


 またさぎりの鈴の音が響いたかと思うと、今度は化け物の方ではなく、さぎりの体が瞬間移動して、化け物の頭の上に足を組んで座り込むように着地していた。


「グガ……!?」

「まぁ今さら説明するまでもないが、この鈴は鳴らすと、お前くらいの大きさの物でも瞬時に移動させることが出来る……所でじゃ……ワシのこの鈴は一体……どこまで『細かいもの』を移動させることが出来ると思うかの?」

「ガァァァ……?」

「……………あ」


 そこまでさぎりに説明されて、俺はようやく、あの鈴の『正しい使い方』とやらを思い付くことが出来た。


「おぉ、ぬしはもう気付いたのかえ?ぬしは変なところは察しがよいのぉ……なんでその調子で、ワシの気持ちを汲んではくれぬのか……!ええい腹立たしい……!」


 なにやらまた、さぎりが訳の分からないことをぶつぶつと言っているがとにかく、俺の考えはおそらく間違っていない……あの便利な鈴はきっと……大変『恐ろしい』ものでもあるのだ。


「やいデカブツよ。お前にはピンと来ていないようだから説明してやろう……例えばそう……お前のその『大きな目』をお前の体の外に瞬間移動させたら……どうなると思うかの?」

「ガ……!?」


 『見える範囲の物を瞬間移動させる』その『物』というのにはつまり……目や歯と言った『生物のパーツ』だって含まれるのだ。


 あれは物を瞬時に移動させるだけの便利な鈴なんぞではない。さぎりが望みさえすれば『一度鳴らすだけで相手の目を二つとも奪うことの出来る』……そんな『サギリノカミタチバナノヌシ』という怪異にふさわしい、残虐的な側面もある鈴なのだ。


「まずは両目を頂こうかの。その次は歯を。鼻も貰って……はて、その次はなにを貰おうかのぅ……お前はどこから『貰われ』たい?デカブツ」

「カ……カ……!」

「か?」

「勘弁してくださいぃぃぃぃ!!!」


ぼふぅぅん!


「うわぁ!?何だこの煙!」

「狐森くん!?くっ!前がよく見えない……」


 突如聞き覚えのある爆発音が聞こえたかと思うと、俺と羽車先輩は大量の白い煙に包まれて、前後不覚に陥れられた。


「ごほ……ごほ……今の爆発音……さぎりの『まやかし』の音に似ていたような……?」

「似ている、というよりそのものみたいじゃな。ほれぬしよ、よく見とくりゃれ。あれが『怪異』の正体じゃ」


 さぎりを指をさされ、その先に視線を送ると、そこに居たのは……


「ごべんなざいぃぃ!!ゆるじでぇぇ!!」

「…………(たぬき)?」


 ………人間の声で泣きわめいている、丸いお腹の狸であった。

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