電車の怪異
「……うん。そうだね。これは中々……どうして」
俺がわざわざ言うまでもなく、羽車先輩も、俺と同じ違和感に感づいていたようだ。
「……人が瞬間移動したり、電車の中で鈴の音が鳴ったりしてるのに……他の乗客の方が、まるで俺たちに興味を向けて来ない……というかむしろ……『車両から俺たち以外の人が消えています』」
電車1両の、隅から隅まで見渡してみる。やはりそうだ……この車両には、俺たち以外、誰一人乗ってやしなかった。
「ふむ……それに、電車の走っている距離もおかしい……『織田駅』を出てから、この電車は一体、どれだけの距離を走っているんだろうね?全くもって、次の駅に到着する気配がしないよ」
先輩の言う通り、織田駅を出発してからもう10分は経とうと言うのに、まるで次の駅に到着しないのだ。
「むぅ。外の景色もさっきから同じ風景ばかり流れていて、ちっとも面白くないのじゃ。ほれ、あの木なんかこれで見るの5回目じゃぞ?」
言われて外を見てみると、確かにパッと見はまるで違和感の無い、朝日に照れされた田舎道に見えるのだが、定期的に風景がループする様になっており、同じ景色が永遠と続いていた。
「これってつまり……先輩」
「うん、間違いないね。これは……『怪異』だよ」
またしても、先輩の『ミステリー引き寄せ体質』によって、俺とさぎりと羽車先輩の三人は……永遠に続く、無限の電車内に閉じ込められてしまった。
「うーん。どうやって抜け出しましょうか先輩?」
「とりあえずドアでもこじ開けてみるかい?もしかしたらあっさりと開くかもしれないよ?」
怪異と認定するや否や、俺と羽車先輩はとても手際よく、怪異からの脱出方法を模索し始めた。
「……のう?ぬしら……神社に閉じ込めた時も思っておったのじゃが……怪異に慣れすぎではないかえ?」
ふと遠くの方で席に座ってこちらを眺めていたさぎりが、そんな疑問を俺たちに投げ掛けてきた。
「もっとこう……慌てふためくじゃとか……泣きじゃくるじゃとか……普通そんな反応じゃないかの……?」
「まぁ、最初の頃はそんな反応もしてたんだけどな……これが『ほぼ毎日』起こるってなると、嫌でも慣れてしまうもんなんだよ……」
「……は?ほ、ほぼ毎日……?ほぼ毎日怪異と出会ってると言うのか?ぬしらは?」
さぎりが驚くのも無理はない。俺だっていまだに信じられない。
怪異吸い寄せ率、ほぼ100%。もはや羽車先輩自身が『そういう怪異』なんじゃないかと疑いたくなるほどに、俺は日夜、こういった『トラブル』に対応し続けてきたのだ。
今さら電車に閉じこめられたくらい、もはやどうという事は無い。むしろ明確にこちらを襲ってくる『敵』がいない分、安心感すら覚えているレベルである。
「ワ、ワシも全国を巡っておる時に、それなりに怪異には遭遇したが……それでも一月に一度出会うか否かであったぞ……?ほぼ毎日って……一体どんな確率なんじゃ……?」
なるほど……どうやら羽車先輩の怪異体質は、数百年生きているさぎりの『それ』すらも大きく凌駕している様だ。
そんな奇跡の様な体質を、世界はピンポイントで羽車先輩に渡してくれたのだから、まだまだ世の中も捨てたものじゃない。もしこれが一般の感性の人間の手に渡っていたかもしれないと思うと、酷くゾッとする……本当に、羽車先輩で良かったぁ……
ぐぐぐぐ……!
「ダメだ、全然開きそうにない……」
電車のドアの隙間に指を入れて左右に引っ張ってみたが、まるでびくともしない。
「うーん。最終兵器くんが居てくれたら、これくらいのドア、いくらでも開けてくれそうなのになぁ……」
「全くです……あいつが今、ここに居てくれたらなぁ……」
もちろん、多忙な親友の事を責める気は一切ない。あいつはあいつで、日夜怪異以外の事で非常に忙しくしているのだ。それを邪魔するなんてとんでもない事である。
だがやはり……どうしても思ってしまう。ここに哲が居てくれたら、どれだけ心強かったかと……それだけ俺は、あいつの事を頼りにしているのだろうと、怪異が起こるたびに、毎回改めて認識させられてしまう。あぁ哲、我が親愛なる親友……
「おいおいぬしよ。あんな『化け物』なんぞに頼らずとも、ぬしにはこのサギリノカミタチバナノヌシが取り憑いておるではないか。どれ、ちょっと貸してみよ……ふん!」
べきべき!ばん!
さぎりがなにやら得意気な顔で横から入ってきたかと思うと、俺の代わりにドアの隙間に指を入れて……そのまま豪快に、ドアを左右にバキバキに引き裂いてしまった。
「わぁお!見た目によらず凄い怪力なんだね!さぎり様は」
「ふっふっふ。こう見えても体の強さには自信があるでの。まぁ、さすがにあの化け物には劣るがの……あいつは規格外じゃ……」
さぎりが哲の事を思いだし、体を震わせた……どんだけ哲の事がトラウマになっているんだ……
ガタンゴトン……ガタンゴトン……!
「うーん。しかし外へのドアが開いたは良いものの……この速度の電車の外に飛び出すのは、さすがに無理かなぁ……?」
ドアの外では、相変わらずループしている偽物の風景が見えてはいたが……その速度と感じる風は、あまりにもリアルであった。
「もしかしたら、飛び出した瞬間に脱出できる可能性もありますけど……まぁ、それは最終手段でしょうね」
出来る限りのリスクは冒さない。それが怪異対処の鉄則である。ここで一か八かで外に飛び出すよりも、時間をかけて、他の選択肢を探す方が、はるかに生存率は高まるのだ。
「ふむ。では次の行動の選択肢はなにがあるかな?狐森くん」
「個人的には、二択だと考えています。電車の一番後ろに向かうか、電車の前の運転席に向かうか、です。個人的には運転席に向かう方が、何かしら事態は好転しやすいかと思います」
「うん。私もその考えに賛成かな。じゃあ運転席に向かって出発しようか」
羽車先輩との簡単な状況整理と、今後の行動についての会議を終え、俺たちは颯爽と、車両と車両の間に設置されているドアの前へと向かった。
「ほ、本当にてきぱきと対応しとる……一体今まで、どれだけの怪異を相手取って来たと言うのじゃ……?」
「心霊動画を見た時に『俺たちが対処した怪異の方がよっぽど恐ろしかったな』って、軽く冷笑出来る程度には……」
さぎりの感嘆の声に適当な生返事を返しながら、先ほどと同じく、連結部分のドアの開閉を試みてみる。
シャー!
「あれ、このドアは普通にスライドして開けるんだな……」
「ふむ……そうなると、どうにもこの怪異に、『さっさと運転席まで歩いてこい』と、誘われている気がするね」
確かに……外へのドアはきっちりとロックされていたというのに、運転席へと繋がっているドアは開いているとなると、何かしらの意図を感じる気がする……ここから先は少し、慎重になった方が良いかもしれない。
「……ま、たぶん大丈夫だよ!なんたって私たちには、立花村が誇る狐の神様の『サギリノカミタチバナノヌシ』様が付いているんだからね!最悪いざとなったら、さぎり様に電車ごと破壊して貰う事にしよう!」
「おお!それは面白そうじゃの!スカッとしそうじゃの!何なら今すぐにでも……」
「壊すな壊すな!くそ、仲間内に脳筋が多すぎる……!」
というかそんな事まで出来るのかよさぎり……下手に刺激して、あんまりに怒らせるのは控えるか……。
ガタンゴトン……
何とか電車を破壊しようとする二人を止めて、次の車両の中へと移動した。
「えっと……運転席まであと何個の車両がありましたっけ?」
「この次の車両が運転席のある車両だよ。さっき電車に乗り込む時に見えたからね」
意外と近くで助かった。もしあと2両ほど先と言われていたら、俺にはそれまで、この二人の暴走をなだめられる自信がなかったからな……
「しかし、やっぱりこの車両にも、人っ子一人居なさそうだね」
「そうみたいですね……人の居ない電車って、それだけで結構不気味なんだな……」
普段は北山高校へと向かう学生で溢れている早朝の電車内が、今はただ線路を走る車輪の音が響くだけの、寂しい空間と化していた。
これが普通の電車なら、どの席にも座り放題の天国なのだが……この無限の電車の中では、ただ不気味なだけの異質な空間でしかない。こんな所、さっさと抜け出したいものである……
「確かに不気味に感じるけど、まぁそれだけだと言うならとってもイージーだね!早く次の車両に向かうとしようか」
「ですね。危険の無い怪異は、気楽に対処出来て助かります」
なにかタイムリミットがあるわけでも無ければ、危害をくわえられる訳でもない。さぎりの神社の時と同じく、こういった怪異は落ち着いて対処が出来るので、事件の難易度としては非常に楽な部類である。
油断こそしないものの、ゆっくり冷静に対応していく事にしよう。
バキ……バキ……
「…………ん?後ろから何か音が……?」
ふと先ほどまで俺たちが居座っていた車両の方から、何か固いものがバキバキと砕かれていくような音が聞こえてきた……非常に嫌な予感がする。
バキ……バキ……バキバキバキィ!
「アァァァァァァ!!!」
バキバキバキィ!
「な!?なんだあのでっかい顔の化け物!?」
突然、ひときわ大きな破壊音が聞こえたかと思うと、後方車両の後ろ側のドアが壁ごと破壊され、その中から『大きく口を広げた、巨大な顔だけの化け物』が現れた。




