青い鈴
「ふむふむ……なるほどなるほど……」
カキカキ……
羽車先輩が、俺の説明を一言一句、自身の秘蔵のメモ帳に書き写していく。
その字はまるで、定規でも使ったかのように真っ直ぐびっしりと描かれており、羽車先輩の『才女』な一面が垣間見えていた。
「それでその……狐森くんはさぎり様になんて……?」
「……『俺と一緒に暮らしてください』って……そう言いました……くそ、改めて説明するの恥ずかしいなこれ……」
「あ、え?あ、ふーん……な、なるほど……なるほどねぇ……」
珍しく。本当に珍しく、羽車先輩の筆先がぶれていた。何かに酷く動揺した様だ。
「いやぁ……なんと言うか……やるねぇ、狐森くん。お姉さん、聞いててちょっと恥ずかしくなって来ちゃったよ……」
「あの羽車先輩が……恥ずかしい……だと……?」
俺はそんなに凄い事をしでかしたのか?俺はそんなにヤバい黒歴史を作り出してしまったのか?あの羽車先輩が『聞いてて恥ずかしい』だなんてそんなの……そんなのって……!
「で、さぎり様もその『プロポーズ』を甘んじて受け止めてくれたと?」
「プロポーズじゃないです!ただ家で一緒に暮らそうと提案しただけです!」
「……それ、ほぼプロポーズな気がするんだけどなぁ……まあいいや。そしてその話題のさぎり様が……なぜか今はふくれっ面で、そっぽを向いてると?」
「はぁ……まぁ、そんな感じです」
羽車先輩の後ろで、席に座ってそっぽ向いているさぎりを見て、俺は深くため息をついた……。なにせ、かれこれ5分はああしているのだから。
「さぎり様伝説の詳しい話に、立花村の成り立ち……神社の作られた経緯に……そして、『魂の形が同じぬし』か……うん!実に面白いじゃないか!」
どうやら俺の説明した『真さぎり様伝説』のお話は、先輩のお眼鏡にかなったらしく、先輩は鼻息を荒くして、より一層、俺の方に身を乗り出してきた。
「それでそれで!魂の形というのは何なんだい!それがこのミステリーの一番の謎だよね!」
「いや、それが俺にもよく分からなくて……さぎりに聞いてもふんわりとした答えしか返ってこなくて……」
「ふんふん!それでそれで!」
ぐいぃ……
「ち、近いです羽車先輩……暑苦しい……」
昨日から妙に、他人に密着されている気がする……もう夏も本番の暑さだ、勘弁してほしい……。
「むぅ!むぅぅぅ!」
俺と羽車先輩の距離が近づいたのを察知して、さぎりがまるで牛の様な声をあげていた。
「ええい!ぬしから離れるのじゃ羽車先輩とやら!ぬしは……ぬしはワシのぬしなんじゃからぁぁ!」
りん……
神社と村で度々聞こえていた、あの「鈴の音」がしたかと思うと、なぜか目の前にさぎりの顔が現れた。
「!?ち、近いのじゃ……!」
ぐい
さぎりに胸を押されて距離を離された。相変わらず、凄い力である。
「……おや?ここはさっきさぎり様が座っていた場所だね……なるほど!その鈴は物体を瞬間移動させる事が出来るんだね!」
羽車先輩の声が、目の前のさぎりの後ろから聞こえてきた。なるほど、確かに先輩の言うとおり、鈴の音が聞こえた瞬間に、さぎりと羽車先輩の場所が入れ替わっていたようだった。
「……ふん。そうじゃ。この鈴はワシの見えている範囲の物を、鳴らす度に好きな場所へと移動させれるのじゃ。神社の時は鳥居の中で音を鳴らして、外に行こうとしていたぬしらを、神社の中へと瞬間移動させてた訳じゃよ」
さぎりの説明を聞く限りだと、なんとも便利そうな鈴である。今後家具や冷蔵庫なんかを購入した時には、是非ともさぎりに頼んで、瞬間移動で部屋の中に設置して貰う事にしよう。
「それ、何かデメリット……えっと、何か制約はあるのかい?」
先輩がさぎりには英語がよく分からないと踏んで、デメリットを『制約』という言葉に変換し、このあまりにも便利すぎる鈴の事を根掘り葉掘り聞き始めた。
「そうさな。さすがに神社まるごとだとか、あまりに大きすぎるものは移動させれん。一度鳴らすごとに移動させれるのは2つの物体までじゃし、見える範囲の中でしか移動させれんから、壁の向こうまで瞬間移動、とかは出来んの」
さっきまであんなに不機嫌だったさぎりが、よっぽど自身のお宝を説明できるのが嬉しいのか、とても饒舌に、羽車先輩の質問に答えてくれていた。
「へー!それでも全然便利そうな鈴だね!それって、さぎり様以外でも使えるのかな?」
「もちろん使えるぞ。じゃが少し慣れが必要での。最初は1つの物体しか動かせんじゃろうし、狙ったところに瞬間移動させるのも難しいじゃろうな」
「そうなんだ!ねぇねぇ、それ……お姉さんも一回使ってみたいなぁ~!ダメかな?ね、お願い!」
「うーん……仕方ないのぉ。ちょっとだけじゃぞ?」
「やったぁ!ありがとうさぎり様!」
時に礼儀正しく、時に厚かましく。羽車先輩はその辺りのバランスが非常に上手だ。気付けば誰しもが……羽車先輩の要求を、断れなくなっている。
りん……
「うわぁ!?」
羽車先輩がさぎりから受け取った『青い鈴』を鳴らすと、その瞬間に、俺の体は電車の向かい側の席へと瞬間移動させられた。
特に心の準備もしていない時に、何の告知も無しに飛ばされたものだから、俺は口から心臓が飛び出しそうな程に、すっとんきょんな声を上げて驚愕してしまった。
「おぉ!やるのぉ!一発でこんなにうまく瞬間移動させるなんて、まやかしの才能があるぞ、羽車先輩とやら」
「本当に?嬉しいなぁ!もし良かったら、他のまやかしのやり方も今度教えてくれないかな?」
「……あの……なんでうまく出来るかも分からない瞬間移動を……俺の体で試したんですか……?」
たまたまうまく行ったから良かったものを、もし俺が電車の天井付近とかに瞬間移動して落下したら、どうするつもりだったのだろうか?
「まあまあ!狐森くん細身の割には頑丈だからね!これくらいの電車の天井から落ちても、きっと平気だったよ!」
「なんですかその、あまりにも怖すぎる信頼は……」
羽車先輩の事は尊敬しているし、信頼もしているが……時々俺は、羽車先輩の『こういう所』が恐ろしくてしょうがない。果たして俺は無事に、高校生活を終えることが出来るのだろうか……
「羽車先輩とやら、鈴を返して貰っても良いかの?」
「もちろん!ありがとうさぎり様。それとさぎり様。私の事は『羽車』って呼び捨てにして良いからね!」
「そうか。では羽車よ、これからぬし共々、よろしくの」
どうやらすっかり羽車先輩と打ち解けたさぎりは、腕を差し出して、羽車先輩と握手を交わそうとしていた。
「こちらこそよろしくね!さぎり様!怪異と友好的に握手する日が来るなんて、ミステリー冥利に尽きると言うものだよ!」
がし!
羽車先輩はしっかりとさぎりと握手を交わし、その喜びに打ちひしがれている様子だった。
ガタンゴトン……ガタンゴトン……
「……なんか、さっきからおかしくないですか?」
そこで俺はふと、薄々感じていた違和感を口にした。




