新しい1日
ブーン……
小さな住宅街の道路を、真っ黒な車が走り抜けていった。
今は夏休み。もちろん、学校での授業の予定なんぞこれっぽっちも無い日ではあるのだが、北山高校ミステリー研究会に所属している俺にとって、夏休みというのはある意味、授業のある普通の日よりも忙しい日々となりえるのだ。
なにせ我らが部長……羽車先輩と、毎日『これでもか』と、ミステリーな状況に遭遇することになるのだから。
そんなこんなで、今日もそんな羽車先輩とミステリーな研究を行うべく、俺はこうも真面目に、学校への道を突き進んでいたのであった。
「何を一人でぶつぶつ言っているのじゃ?暑さで頭が沸いてしまったのかの?」
……真っ暗な狐という、あまりにもイレギュラーなお供を後ろに付けながら、ではあったが。
「はぁ……本当に付いてくるのか?」
「もちろんじゃ。ぬしがおるところにワシがおり、そしてワシがおるところにぬしがおるのじゃ。それに……ぬし言ったじゃろ?」
「ん?」
「ワシに『寂しい思いをさせたくない!』って……あの言葉は嘘だったのかえ?しくしく……」
こいつ……自分に都合の良い言葉だけはしっかりと切り取って覚えてやがる……
「あーもう。分かった分かった。嘘泣き止めろ」
「ふふ。ぬしとお出かけ出来るなんて……ほんに久しぶりじゃのぉ」
一体どこから調達したのか。真っ白なワンピースと麦わら帽子に着替えていたさぎりが、俺の後ろで嬉しそうにスキップを踏んでいた。
しかしまた……麦わら帽子がムカつくくらいよく似合うものである。きっと誰が見ても、あのワンピースの少女は美人だと褒め称えるであろう似合いっぷりだ。
「その服。どこから持ってきたんだ?」
「ん?これか?これはワシがほれ、こうやって……」
ぼふ!
さぎりの手元から小さな爆発音が発生し、煙が立ち込めたかと思うと、さぎりの手には、まるで手品の様に色とりどりな洋服が握られていた。
「なに、初歩的なまやかしじゃよ。ワシは一度見た物ならなんでも再現出来るんじゃ」
「……ん?てことはそれ、正確には服じゃないのか?」
「そうじゃな。分かる言葉で言うなら……幻覚?が近いかの。まぁ実際触れる様に作ってはあるが……つまりはまぁ、ワシは幻覚を身に纏ってるだけの素っ裸という訳じゃな」
「…………はい?」
何やら聞き捨てなら無い言葉が聞こえた気がする……どうか気のせいであって欲しい……
「そんな不思議な事でも無いじゃろ?野生の獣は皆裸じゃ。ならワシだって裸に決まっておろう?」
「……いやいやいや!それは野生動物の話であって、人間の形態を取っているお前にその言い訳は適用されねぇよ!?」
「……うん、まぁ……実際前に全裸で町をうろついておったら、赤い光とけたたましい音を出してくる、白黒の鉄の塊に追いかけられた事があっての……それ以来怖くて、ちゃんと幻覚を身に纏う様にしておるのじゃ……あれは一体、どんな怪異だったんじゃろうな……?」
ありがとう警察。流石だぜパトカー。あなた達のおかげで、この世から一匹露出狂が消え去りました。
ガタンゴトン……
さぎりと話して歩いている内に、『羽柴駅』へと到着した。
「はしば……はしば……はて、なにやら聞き覚えが……?」
「……それ、一応日本の天下取った人の名字なんだけど……知り合いなのか?」
「天下……あぁ!あの『猿』の事かえ!そうかそうか。あんなちんちくりんだったやつが、有名になったもんじゃなぁ……」
「……なんか、世界中の歴史を研究している人がお前の話を聞いたら、全員ぶっ倒れそうだな」
少なくとも、推定500歳は越えているさぎりの事だ。ありとあらゆる日本の歴史的な瞬間を、リアルタイムで目撃している可能性も無くは無い。貴重な生き字引きというやつだ。
ガタンゴトン……
「……列車も見た目が随分と変わったものよな。今はもう煙も出さずに走るのじゃから」
「そっか……昔は石炭燃やして走ってたんだっけ?」
「そうじゃそうじゃ。何か真っ黒い石みたいなのを燃やして、ぽっぽーって鳴らしながら走ってたのじゃ」
「ぽっぽーってお前……ふふ」
やっぱり、さぎりはどこか子供っぽい。愛らしいと言っても良いだろう。本当に、昔の茅にそっくりである。
「むぅ。笑わんでも良いじゃろ!ぽっぽーはぽっぽーなのじゃ!」
「ふふ、分かった分かった。ほら、お前の分の切符買うぞ」
さぎりを連れて、駅の無人販売機に歩いていった。
「切符か。実はの……昨日は無賃乗車してしまってな?昨日の分も一緒に支払ってくれぬか……?」
「うーん……昨日の分も一緒に、か……」
おおかた、お得意の『まやかし』とやらで姿でも消して、こっそりと電車に乗車していたのだろう。
ちょろまかした分も誤魔化さずに支払おうという気概は買うが……さて、駅員さんになんと説明しようか?
「あ、おーいそこのお兄さんや!ちょっと良いかのぉ?」
「はい?なにか困り事でしょうか?」
俺が駅員への言い訳を考える前に、さぎりが職員さんを呼んできてしまった……なんて落ち着きのないやつなんだ……
「実は昨日、切符を買うのを忘れて列車に乗ってしまっての……その分の料金を改めて支払いたいのじゃが……」
「なるほど……えっとちなみになんですが、改札口はどのように越えられたのでしょうか?」
「それはもちろん!まやかしで浮遊して……」
「あー!違うんです駅員さん!こいつの言っている切符を買うのを忘れたというのは、乗り過ごして料金外の駅まで行ってしまった事を言っているんです!」
危ない危ない……『空に浮いて改札口を飛び越えました』などと、そんな事を真面目に言っていては、駅員さんにますます怪しまれてしまう!
ここは『寝落ちしてしまって目的の駅を通りすぎてしまった』といううっかりエピソードに差し替えて、どうにか穏便に済ませる事にしよう……
「それでその、余分に乗ってしまった駅の分の料金をお支払いさせていただきたいのですが……」
「なるほど……分かりました!正直に申し出をしていただき、まことにありがとうございます!」
うっ……なんて良い駅員さんなんだ……乗り過ごしたことを怒るどころか、真面目に申し出たことに感謝をしてくれるなんて……こんな人に嘘をついてしまったのか、俺は……
「さぎり……俺の顔を思いっきりひっぱたいてくれ……俺は最低な人間なんだ……」
「ど、どうしたんじゃ急に……?」
「では料金の確認をいたしますので、どちらからどちらまで乗り過ごしたのか教えてくださいね」
俺は聖人の様な駅員さんに、昨日さぎりが乗ってきたであろう駅の名前を告げて、その分の料金を支払った。話を親身になって聞いてくれていた駅員さんの笑顔が、妙に眩しかった……
「はい。では確かに受け取りました。またなにか困り事がありましたら、なんでも私にお申し付けください!それでは、良い1日を!」
最後までとっても爽やかで、まるで春風の様な気持ちの良い人であった……だからこそなおさら……俺の邪悪さが際立つのだ……
「俺は……俺はなんてことを……!」
「いやぁ、気持ちの良いお兄さんじゃったの。ああいう人には、幸せになって貰いたいもんじゃな、ぬしよ」
「本当に……本当になぁ……!」
「な、泣くほど他人の幸せを願うとは……聖人君子にでもなったのかえ?」
少しおかしくなってしまった情緒をなんとか正し、俺とさぎりは無事に、羽柴駅から電車に乗って出発する事が出来た。
「おぉ……昨日はぬしらを追いかけるのに必死であまり見れなんだが……本当に早いのぉ……人というのは知恵されあれば、どんな物でも作り出してしまうんじゃなぁ……凄いのぉ、楽しいのぉ……!」
さぎりが無邪気に席の上に膝座りで乗り上げながら、窓の外の景色にかじり付く様に夢中になっていた。
「あー、さぎり?ちょっとはしゃぐのはそこまでに……」
「んー?何でじゃ?ワシはもっと外を眺めていたいのに……」
「いや……その……お前くらいの大きさの人が、席に乗って身を乗り出すのは目立つって言うか……」
「ダメかえ……?」
うるうる
「う……」
反則だぞ……涙目で上目使いなんかしやがって……
「……せめて普通に座って、顔だけ横に向けて窓の景色を眺めてくれないか」
「むぅ、しょうがないの……おぉ、横から見ても早いのじゃ!凄いのぉ凄いのぉ!」
結局、普通に座らせた所で、さぎりがはしゃぎ回るのは変わらなかった。
少々周りの目が痛いが……まぁ……周りの人に迷惑かけずに、こんだけ楽しんでくれているなら……悪くはないか。
「あんまりうるさくするなよ?お前だけの電車じゃ無いんだからな?」
「もちろん分かっておるのじゃ。和を乱すやつは、野生でも生き残ってはいけぬからの」
そう言いつつも、さぎりは時々「おぉ……」という言葉をあげながら、目を丸くしてはしゃぎ続けていた。
「……あれ。というかお前、日本全国を巡ってたんだよな?それなのに電車に乗ったことないのか?」
「そりゃぬし、ワシはお金なんて持ってないからの。無賃電車はいけない事なんじゃぞ?昨日はその……緊急性があったので仕方なく無賃乗車してしまったが……ワシは誓って、人様の物に勝手にタダ乗りしたりなんてしてないからの!」
なるほど、昨日の分の料金を支払ってくれなんて、妙に律儀なやつだとは思っていたが、その辺の金銭的な感覚は思ったよりしっかりしている様だ。
思い返してみれば、昨日もじいちゃんに酒を振る舞って、晩飯のお返しをしたいとか言ってたな……案外そう言った損得勘定にはうるさいタチなのかもしれない。
「……ん?酒……そうだ、お前金持ってないなら、あの高そうな酒はどうやって手に入れたんだ?」
何となく、昨日から疑問に思っていたことだ。野生に暮らしているはずのさぎりが、なぜあんな高そうな酒を保有していたのか?
ここまでの話を聞いた限りでは、酒を盗むような真似はしなさそうだし……一体どうやって?
「ふふふ、気になるかえ?ワシがどうやって、あれほどの名酒を手に入れたのか……それはもちろん……」
「もちろん……?」
「めっっっっっっちゃ頑張って労働したのじゃ!」
……思ったよりも、普通の答えが返ってきた。
「酒屋の店主がな?『この酒が欲しくば相応の見返りを寄越せ!』と言うものじゃから、来る日も来る日も狩りをして、捕った獲物は全て酒屋の店主に持っていかれ……なんともひもじい思いをしながら、ようやっとの思いで手に入れたのじゃ!いやぁ、あの時は本当に、空腹で死ぬかと思うたわ……」
「……もしかして、その酒屋の店主とやらも、人間じゃないのか?」
「お、よく分かったの?そうじゃ、酒屋の店主は『狸じじい』じゃったのじゃ。これがまた、一癖も二癖もある食えぬやつでのぉ……」
野生の狐が取ってきた獲物なんぞを欲しがるなんて、同じ野生の生き物に決まっている。どうやら俺の知らない所で、野生の生き物たち固有のコミュニティーがあるようだ。
『次は 織田駅 織田駅です』
「織田……あぁ、あの暴れん坊か。まぁあいつは猿と違って、有名になるじゃろうと思っておったよ」
「やっぱり、さぎりから見ても凄かったのか?織田なにがしは」
「凄いなんてもんじゃなかったぞ……ありゃきっと、人のフリをした妖魔に違いない。どこまでも苛烈で……そして燃えきって逝ったのじゃ」
なんとも興味深い話ではあるが……どうせさぎりの事だ、細かい事を聞いた所で、覚えていないに違いない。
『ドアが開きます、ご注意ください』
プシュー
電車のドアが開いて、外の熱気が一気に車内へと押し寄せてきた。今日も外は暑そうだ……
「やっほー狐森くん!」
と、その熱気を放っていたドアの中から、夏の日差しに負けないくらいに、底抜けに元気な顔をした女性が現れた。羽車先輩である。
「おはようございます羽車先輩。今日も朝から元気ですね……」
「もっちろん!人間の基本は活力!活力無くしてミステリー研究はありえないんだよ!ところで……隣のお嬢さんはお友達かい?」
羽車先輩が、俺の隣で突然黙りこくってしまったさぎりを指差して問いかけてきた。目の前で立っている先輩からの目線だと、麦わら帽子が邪魔で顔がよく見えていないのだろう。
「あ、えっと……説明すると長くなるんですがこいつは……」
「ふふ……ふふふ……!」
俺がこいつはさぎりだと説明しようとした瞬間に、さぎりは突然、不気味な笑いを起こし始めた。
「おや?何かおかしな事でもあったのかい?そんな含み笑いなんかして……」
「ふふふ……だって……見てくりゃれ……ワシの顔には……何もないのじゃからぁぁ!」
バッ!
さぎりは顔を勢いよく上げて、麦わら帽子の中身を羽車先輩に見せつけた。
そこにはまるで、何の顔のパーツも存在しなかった。きっとまやかしで、さぎりは自身の顔のパーツを見えないように隠したのだ。所謂『のっぺらぼう』である。
……これが相手が一般女性であれば『きゃー!』だとか『いやぁー!』だとか叫ぶのだろうが……さぎりよ……羽車先輩相手に、そりゃ悪手だろうよ……
「わお!のっぺらぼうだね!凄い!どうやって声を出しているんだい?呼吸は出来ているのかい?どうやって私の居場所を認識しているのかな?どうやって?なぜ?どうして?ほわい?」
「……お、驚きはしないのかえ……?の、のっぺらぼうじゃぞぉ!がおー!」
おそらく、さぎりはいたずら心が働いて、羽車先輩を怖がらせようとしたのだろうが……そんなもの、羽車先輩にとってはむしろご褒美でしか無いだろう。
「他にも仲間は居るのかい?どうして電車に乗ってるんだい?ワンピース似合ってるね!」
「わ、わわ……!ぬ、ぬしよ!?これは一体どういう……!」
「……あのなぁさぎり。羽車先輩はな、恐怖心や羞恥心、それら全てをばっさりと飲み込んで消し去ってしまう程の……絶大な『好奇心』で構成されてる人なんだぞ?例えこの電車の全ての人間がのっぺらぼうに変わったとしても、羽車先輩は意気揚々と、それら全員にインタビューするに決まってる。そういうお人なんだよ、先輩は」
俺には尊敬している人間が二人いる。一人はじいちゃん、そしてもう一人が……この羽車先輩である。
相手がどんな怪異であろうと、まるで臆さず、まるで恥ずかしからず、堂々とインタビューするために突撃していく羽車先輩のその勇姿は、もはや一周回って、俺に尊敬の念を抱かせていた。
「今回も突然ののっぺらぼうに、悲鳴の一つもあげずに爛々(らんらん)と目を輝かせているその貫禄。流石です羽車先輩……!」
俺はガッツポーズをしながら、羽車先輩に尊敬の眼差しを向けていた。
「む……!」
俺が先輩に対して尊敬の眼差しを送っているのを見て、さぎりがなにやらむっとした声をあげた。
「……ふん!やめじゃやめじゃ!驚かぬ人を化かしてもつまらんからの!」
ぼふ!
煙と共に、さぎりの顔が元に戻った。
「じぃぃぃ……!」
……はて?さぎりがなにやら、不満気な顔でこちらを睨んでいる気がするが……
「な、なんだよ……」
「べっつにー?ぬしが『他の女』に目を輝かせておっても、ワシは別にこれっっぽっちも気にしておらぬからの……お!ら!ぬ!か!ら!の!」
?……相変わらず、こいつの気持ちはよく分からん。
「おやおや!これまたビックリだ!さぎり様じゃないか!まさかまた会えるなんて思ってもみなかったよ!」
例えのっぺらぼうから元に戻ったとしても、さぎりは元から狐の怪異である。当然、それは羽車先輩にとっては、二度目のサプライズとも言える僥倖であった。
「……しかし驚いたね。まさか狐森くん、怪異とお友達になってしまうだなんて……なんと言うミステリーなんだ!詳しく話を聞かせておくれよ!」
「いやぁ……友達と言いますか、なんと言いますか……」
「ふんじゃ……そうやって仲良くお話しておれば良いのじゃ!この浮気者!べー!」
「さぁ!詳しい話を!さぁ!さぁ!!」
「あははは……はぁ……」
……よく分からんが、さぎりはそっぽ向いて不機嫌だし、羽車先輩は興奮しすぎて若干暴走気味だし……
「今日も朝から大変だ……」
俺の1日は、まだ始まったばかりである……




