#2 病床
感電し学院の保健室に運ばれたサチは、シェーヴォラの処置と彼女に協力するヴェルナの魔法薬のおかげで、一日ほどで後遺症もなく完全に回復した。だがクローディアのほうはそうもいかなかった。
モニカの放った水流が、内臓に達していたのだ。怪我をしたのが校内だったお陰で一命は取り留めたものの、クローディアは当分ベッドから動けなくなってしまった。
「こんなとき、『葬送曲』があったらね」
モニカの事件から三日。見舞いに訪れたサチに、クローディアは冗談めかして言った。
傷は塞がり、会話はできるようになっている。だが、シェーヴォラはまだ安静を強いており、クローディアは病床から出られない。
「自殺でもすれば、すぐに治ったのに」
「滅多なこと言わないでくださいよぅ」
クローディアの魔奏器『葬送曲』は、モニカによって破壊されてしまっている。その死者を復活させる能力もすでになく、クローディアは不死能力を失ってしまっていた。
「……サチ。なんでお見舞いになんか来るの。」
「え、来ちゃダメでしたか? 迷惑でしたか?」
「いや、そういうわけじゃなくて。もっと友達とか……もう、そんな顔しないの。
嬉しい。もちろん嬉しいわよ。毎日貴女に会えて、私は幸せ」
「よかったー」
サチはクローディアに、今校内で起きていることを色々と話した。
ムツミはかなり重傷だった。人間よりも過電流に敏感なムツミの内蔵機構は酷いダメージを受けていて、火器の大部分が使用不能になっている。とはいえ、意識はもう回復していて、ユーレンがつきっきりで修理を急いでくれている。サチはクローディアとムツミのお見舞いを行き来する毎日だ。
瓜花はあれ以来姿を見せていない。通信機で呼びかければちゃんと答えてはくれるものの、ギルドハウスはおろか寮にすら戻ってこない。「実験したいことがある」といって、図書館最深部にライラとともに籠ってしまっている。
だが、実験の進み具合は順調なようで、もうすぐセレブラントから『因子』を取り除く―――つまり、『臓物』への変異を防ぐ理論を構築できそうだと通信では語っていた。
一方、校内の様子といえば。ヘレナが生徒会長として戻ってきて、モニカは厳重に処分された。だが学院からの追放には至らなかった。
彼女の画策した、学院からのセレブラント排除。モニカが失脚した今でもそれに賛同する生徒は多く、モニカに重大な処分を下すことは、学院により大きな混乱をもたらすと考えられたからだ。
今はどうにか容認派も排除派も大人しく均衡を保っているが、何かの切欠があれば、二つの意見の対立は取り返しのつかない事態を招きかねないという判断である。
「……そう。結局、根本的な解決はしなかったのね」
「ええ。しょうがないです」
サチはベッドの縁に椅子を寄せて、クローディアの左手を両手で包むように握った。
「クローディアさん。もうあんな無茶なこと、しちゃダメですよ」
「ええ、分かってる。もう『葬送曲』はないんだもの。死んだらもう復活できない」
「ならどうして」
「言ったでしょう。私は貴女が好きなの。だから守りたかった。それだけ」
普段のクローディアなら目を反らしながら言いそうな言葉。今のクローディアは、まっすぐサチを見つめて喋っている。
その言葉に嘘や偽りは一切ない。あまりに熱い視線を向けてくるので、サチのほうが恥ずかしくなってしまう。
「守るつもりが、こんなに貴女に心配をかけさせてしまったんだけどね」
「クローディアさん」サチは自分の両手で、クローディアの左手をこねながら語り掛けた。「あの。あの時、『返事はいい』って言ってましたけど……。でも、ちゃんとお返事したほうがいいと思うんです」
サチはクローディアの手をぎゅっと握った。
手の甲にミミズ腫れがいくつも走っている。こんなになるまで―――それを思うと、サチはクローディアの気持ちをないがしろにしてはいけないと思った。
「さっき『なんでお見舞いに』って言ってましたよね。
そんなの決まってます。わたしも、クローディアさんのことがとっても大切で、とっても大好きだからです」
「え……」
「あの、わたし。この三日、ずっと考えてて。
これまではずっと、いつもクローディアさんが側にいてくれて、いつでも会えて、なんでも相談できて。わたしずっと、それが変わらないんじゃないかって思ってたんです。どんなことが起きても、クローディアさんと一緒にいられるって。
でも、そうじゃなかった。そうじゃなかったんです」
サチはクローディアの手を両手で握りながら、ゆっくりとさすった。
手を伸ばせば触れるこの白くて繊細で、滑らかな手も、クローディアがいなくなれば二度と触れることは叶わなくなる。
セナも。ユリーカも。ルイスも。
リーゼロッテも。リンも。当たり前にそこにあるはずだった命も、いつまでもそこにあるわけではない。
変わらないものはない。失われないものはない……だからこそ、一歩踏み出さなければ。一歩踏み出して、その手を掴めるうちに。
「今はこうやって、保健室に来れば会えるし、手も繋げますけど。もし……もしも、のことがあったら。もうクローディアさんに会えなくなっちゃうって考えたら、すっごく寂しくて辛くて、悲しくて。耐えられなくって。
だから……わたし、クローディアさんとずっと一緒がいいです。ずっと、ずっと一緒。離れたくないです。わたし、クローディアさんとお付き合い、したいです」
「え、えぇ⁉ でも、えっと、あの……私、もうすぐ卒業しちゃうんだけど」
「わたしも付いていきます。ロアノールは退学します」
「え、いや……それはいけないわ。立派な魔奏士になるのが、貴女の夢だったでしょう?」
「ロアノールにいなくたって、夢は叶えられます。わたしがしたかったのは、学院で勉強することじゃなくて、魔奏士になってみんなを守ることなんですから」
「いや、でも……ああ、分かった。分かったから。そんな目を向けないで。
実は、生徒会から卒業後も学院に残って欲しいって言われていたの。『葬送曲』を使える人なんてそうそう現れないからって。『葬送曲』がなくなった今、その話もご破算になったかなと思うんだけど……どうにか学院に残れないか、交渉してみるわ。
そうすれば、貴女もロアノールを辞めずに済むでしょう」
「それってつまり?」
「OKってことよ。これからもよろしくね、サチ」
クローディアに飛びつき、覆いかぶさるようにサチが抱き着くと。クローディアはサチの頬に優しくキスをし、耳元で囁いた。
「……退院したら、あの日の続きもしましょうね」
「続き」―――クローディアの言葉に、サチはドキドキ胸が高鳴った。




