#6 終撃
「遅くなってごめんなさい」
すたすた、ヘレナはモニカを無視してサチたちに歩み寄ってくる。
「まったく。どこ行ってたのよ」
「ちょっと、ね」
ヘレナは手をサチの額にかざし、そっと触れてきた。
冷たい手に、サチは驚いた。
「……怪我は浅いわね。意識もハッキリしてる。痺れて動けなくなっているだけ」
「分かるの?」
「ええ。少しくらいなら、医術の心得もあるもの」
おそらく、リリアのためだ。サチはそう思った。
ヘレナは不調が起きても訴えることすらできないリリアの世話を長年続けている。そのために、医療技術も少し齧っているのだ。
「かい……ちょ」サチはやっとのことで声を絞り出した。「リリア……ちゃんは?」
「リリア?」コーディが首を傾げている。「誰だよ、それ?」
「あなたは少し黙ってて」クローディアがコーディを黙らせた。
「リリアなら無事よ。相変わらず眠ったままだけれど」
「よかっ……」
「会長!」
モニカが憤怒の表情をサチに向け、会話に割り込んできた。
「会長っ! どういうことですか! ソイツと、何の話をしているんです!」
「リリアはね、私の妹よ」
「い、妹……?」モニカの目が泳いでいる。「会長に、妹さんが……?」
「知らないのも仕方ないわ、モニカ。だって教えていないものね」
「じゃ、じゃあ! どうしてソイツはそれを知ってたんです! どうして私も知らないことを、その女が知ってるんですか!」
「教える必要があったからよ」
「ひっ、ひつ……。つまり、私には教える必要がなかった、だから教えなかった。そういうことですか!」
「ええ、そうなるわね」
「どう、どうして……私は、会長のお役に立とうと、ずっと……!」
「ええ。今までありがとう、モニカ」
どうやらこのヘレナ・ロアノールというのは人付き合いが恐ろしくヘタクソなようである。こんな言い方をすれば、モニカがどれだけ傷つくか。二人の関係をよく知らないサチでも、そのくらいは分かる。
平時ならサチも止めに入れたが、今は満足に動けない。
「私は……私は、頼りないんですか」
さっきまでの憤怒の表情を解き、モニカは神妙な声で、呟くように語り掛けてきた。
「私は、会長のお役に立てないんですか……?」
「そんなことはないわ。今まで貴女はずっとロアノール家に尽くしてくれた。貴女のその、類稀なる魔奏の才能は、学院の運営に大いに役立ってくれたわ。
でもね、モニカ。魔奏でリリアは救えないの。
リリアは生まれつき、人生の大半の時間を夢の世界で過ごしている―――それも、酷い悪夢の世界をね」
「『生まれつき』……?」
モニカの表情が心痛から驚愕、そして絶望へとくるくる変わっていく。
気づいたのだ。ヘレナがセレブラントを差別しない理由を。それはリーゼロッテと親密だったからなどではない。ヘレナの妹が、セレブラントだからであるということに。
「ロアノール家が集めた様々な魔奏器……それをもってしても、リリアを無間の悪夢から救うことはできなかった」
モニカはわなわな震え出した。
ロアノールにあるすべての魔奏器を、モニカの『アマデウス』はいくらでもコピーできる。そのことが、モニカの誇りだった。
だがそれらではリリアを救うことはできない。
ロアノール家が所蔵する魔奏器で、リリアを救う実験をしていないはずがない。今でもリリアが眠り続けているということは、つまりどの実験も上手くいかなかった、ということを意味している。
モニカの自慢の才能では、ヘレナの真の願いを叶えることはできない。
「あらゆる手は尽くした……私も、もうリリアのことは諦めるしかないとも思った。
でも―――知っているでしょう、モニカ。この子、サチ・ホシノを。
魔法が使える人間なら誰しも持っている、何かしらの魔奏適性を何一つ持っていない特異体質。最初は『剣の舞』を振るっているのも形だけを真似ているんだと思っていたけれど。今じゃ貴女を脅かすほどの魔奏士になりつつある。
これは奇跡としかいいようがない。だから私も賭けてみたくなったの。この子と、その仲間たちが起こす『奇跡』とやらに」
「うぅ……」
モニカが泣き崩れた。コーディも警戒を解き、『くるみ割り人形』はふっと蒸発して姿を消す。
「サチ・ホシノ。貴女にかけられている嫌疑は、ロアノール生徒会が責任を持って払拭すると誓いましょう。
身内の起こした不始末だものね。最後まで責任は持ちます」
「ありが……ます」
「まずはゆっくり休んで頂戴」
「…………サチ・ホシノぉッ!」
泣き崩れていたモニカが突然叫ぶ。
「お前、お前は……私から何もかも奪うつもりか!」
「え……?」
「才能も! 血統も! 私はお前なんかよりずっと上なのに! なんで才能のないお前がちやほやされてる! なんで私がみじめな思いをしなきゃいけないんだ!
その上ヘレナの信頼も、心まで! 私がどれだけ欲しくても! 我慢するしかなかったものを! お前は! 横からかっさらっていくのか!」
ひどい逆恨みだ。そう思ったが、サチを含めて誰も、モニカに反論できなかった。
それほどの気迫を、モニカは放っていた。
「生かしてはおかない……!」
むくり、と起き上がったモニカは、ポケットに手を入れて金色の指輪――――『ラインの黄金』を取り出し、人差し指にはめた。
モニカはもう魔奏器を持っていない。『ライトニング・ストライクス』の時間制限が切れた今、他に隠し持っていたとしても、とうに制限時間をオーバーして、同じように消滅している。その場の誰もがそう思っていた。
今モニカが指に通した『ラインの黄金』はモニカの作ったコピーなどではない。正真正銘、リーゼロッテの使っていた本物だ。ゆえに、時間制限で消滅しない。
モニカがそれを所持しているのを知っていたのは、この場ではサチとクローディア、そして魔導プラズマキャノンでエネルギーを使い果たし、機能停止してしまったムツミだけである。
残りの二人―――特にヘレナには。『ラインの黄金』の存在は、彼女の思考を凍結するのに、十分な衝撃だった。
「モニカ⁉ どうして、あなたがそれを……!」
「死ね! サチ・ホシノぉ!」
『ラインの黄金』は水流の鞭を放出し、その先端はモニカを守るように、その体の周りを一回りする。
ヘビのように鎌首をもたげたかと思った瞬間。その先端部は、鋭い槍になってサチに向かってきた。
「モニカ!」
「やべぇ!」
ヘレナは剣を抜き、コーディは『くるみ割り人形』を呼び戻そうとする。
しかし間に合わない。空中を走る水の槍はまっすぐサチの心臓に狙いを定め――――
「サチ!」
突然、サチは地面に投げ出された。
さっきまで側にいたクローディアが、サチの前に立ち、両手を広げて守っている。
そんな……。
サチは手を伸ばしたが、間に合わなかった。
水の槍が、クローディアの腹部に突き刺さる。
「モニカぁッ!」
ヘレナのレイピア『壊れたクラリネット』が水の鞭に触れると、魔奏の力が解けて槍ごと霧散した。
そのままヘレナはモニカに距離を詰め、さらに一閃。切っ先の触れた『ラインの黄金』が静かにその振動を止め、魔奏の力を停止した。
「なっ……!」
「返して!」
ヘレナはよろけたモニカの手首を掴み、その指から『ラインの黄金』を無理やりに奪い取った。
今度こそ攻撃手段を失い、モニカは脱力してその場に崩れ落ちた。




