#5 復帰
「うぅ……うん……」
「サチ」
コーディの操る『くるみ割り人形』は、十数枚の金属板で構成された魔奏器だ。それを空中に浮かんだ盾にし、コーディはモニカに対峙している。
その後ろで、クローディアがサチに回復魔法をかけていた。サチはなんとか意識を取り戻したが、体はまだ痺れたまま、こわばったままで満足に動けなかった。
「コーディ、先輩……?」
「おう、ホシノ。俺も助太刀するぜ」
「その魔奏器……『くるみ割り人形』ね」モニカが呟く。「五年生のコーディ・エルメート。いまロアノールに在籍している中では最年少の上級魔奏士」
「生徒会長さんにも知られてるなんてな。俺ってもしかして有名人?」
「違うわ」クローディアがコーディの言葉を即否定する。「モニカは学院が貸与している魔奏器を覚えているだけよ。それを使う生徒のことはついで」
「マジっすか。ちょっと期待しちゃったのに」
「何のつもりかしら。私はその二人を排除しなければいけないんだけど」
「言わなかったかい、生徒会長さんよ。俺は助太刀に来たんだよ」
モニカはコーディの顔を見て鼻で笑う。
「あなた、その二人に味方するのがどういうことか、分かっているのかしら。
因子持ちはこのロアノールの学び舎から排除しなければいけない。そう思うわよね? だったらあなたも私の側につきなさい。ごの学院でこれからも暮らしていきたいなら、立ち位置には注意すべきよ」
「すんません、俺馬鹿なんで。先輩やホシノを痛めつけなきゃいけない理由とか、わかんねぇッす。今までずっと魔奏士として『臓物』とか『血球』とかと戦ってきて、元が人間だとか、セレブラントだとか……俺の頭じゃ分かんねぇコトばっかりだ。
会長の言ってることも、間違ってないと思う。けど、やりすぎだ。いくらセレブラントが憎いからって、ホシノや先輩をこんなに痛めつけていいはずねぇだろ。
どっちかって言われたら、俺は断然クランフィールド先輩の側につく」
「愚かね。でもいいわ、あなたがそのつもりなら、私もそのつもりで聞きましょう。
コーディ・エルメート。あなたもロアノールから排除します」
加速して急接近したモニカが槍を振るう。コーディは『くるみ割り人形』を素早く呼び寄せ、サチとクローディア、そして自身を覆い隠すように周囲全面に展開した。
木製の『葬送曲』と異なり、金属製の『くるみ割り人形』は頑丈で、モニカの一撃を受けても簡単には破壊されない。
ガキン、ガキンと金属のぶつかり合う音がする。モニカがなんとか『くるみ割り人形』を破壊しようとするのを、サチたち三人は鉄の箱の中、縮こまって耐えていた。
あと少し。あと少しだ。
モニカのコピーされた魔奏器が消失するまで、あと少し。
『くるみ割智人形』に凹みが出来る。もう限界か―――三人が諦めかけた、その瞬間だった。
金属板にできた小さな隙間から、大きな光が漏れ入ってきた。
「くそっ」
光の奥から、モニカの悔しがる声が聞こえる。
さっきまでドンドンと叩かれていた『くるみ割り人形』も静かになり、コーディがそっと防御を解くと。モニカはすぐ近くに佇み、じっと睨みつけていた。
その手からは『ライトニング・ストライクス』が消えている。時間切れで、コピーが消失したのだ。
「仕方ないわね。一旦戻らないと」サチたちに背中を見せるモニカ。
「コーディ!」クローディアが叫んだ。「モニカを中庭から出さないで!」
「任せてください、先輩っ!」コーディが『くるみ割り人形』を飛ばす。
中庭から校舎に続く玄関が、何枚もの鉄板で封鎖された。
「行かせねーぞっ!」
「言ったはずだけど。立ち位置には注意すべきよ、コーディ・エルメート。私に敵対するということは、ロアノールすべてと敵対するってこと。私を妨害したらどうなるのか、まだ分かっていないようね」
―――それはどうかしら。
突如、『くるみ割り人形』が制御を離れ、中庭に飛び散る。
モニカの仕業ではない。校舎側、サチたちのいる中庭とは反対側、玄関の向こうから、弾き飛ばされたのだ。
「ヘレナ……さん?」
クローディアに抱きかかえながら、サチは中庭に歩み出たヘレナを見た。
手には細身のレイピア―――魔奏器『壊れたクラリネット』が握られている。
「会長っ! 今までどちらに⁉」
モニカがヘレナに駆け寄る。だがヘレナはモニカを迎えるどころか、鋭く光るレイピアの先端をモニカの喉に向けて制止した。
「か、会長……?」
「モニカ。私のいない間に、随分好き放題してくれたみたいね」
「わ、私は……会長のお留守の間に、ロアノールの平和を守ろうと」
「……して、セレブラントを排除しようとした?」
「そうですっ! ロアノールの学び舎に、バケモノの入る隙があってはいけませんから!」
ヘレナの眉がぎゅっと寄るのを、サチは見た。
セレブラントの排除。そんなものをヘレナが望むはずがない。なにせ、彼女の愛する妹もセレブラントなのだから。
モニカはそんな理由を、知る由もないだろうが。
「モニカ。あなたが排除したかったのはセレブラントじゃない。リーゼロッテでしょう」
「り、リーゼロッテは……もう死にましたよ」
「……ええ、そうね」
構えを解くヘレナ。
許されたと思ったのか、モニカはヘレナを背にサチたちに向き直る。
「ヘレナ会長がお戻りになったわ。潔く降参なさい!」
「降参するのは貴女のほうよ、モニカ」
しゅっ、とレイピアが振られる。
モニカの制服、左腕の部分が裂け、腕章が千切れて落ちる。だが、モニカの肌には傷一つついていない。『壊れたクラリネット』で人を傷つけることはできない。そんなことを、以前ヘレナはサチに語っていた。
「モニカ・ウェーバ。ロアノール生徒会長顕現で、貴女を評議会から追放します」
「へ、え? な、なんで……?」
「貴女のやったことは、全部聞かせてもらったわ。セレブラント排除の支持を増すために、一人の女子生徒になりすまして校内で傷害事件を起こした。
その上罪をなすりつけた女子生徒を監禁して自白を強要、果てに怪我をさせ、反省の色も見られない」
「そんな! 会長はあんなヤツの言うことを信じるっていうんですか!」
「証拠ならあるわ!」クローディアがポケットから紙片を取り出す。「瓜花が探し出してくれたの。犯行のとき、モニカが映った窓の光景を!」
「……っ! でたらめよ! そんなの、捏造された証拠に決まってる!」
「望月瓜花は」ヘレナは静かに語り、モニカを黙らせた。「たとえ友人のためでも、証拠を捏造したりはしないわ。瓜花に限らず、ロアノールの学友にそんなことをする人はいない……と、思いたかったのだけれど」
「会長!」ヘレナに縋りつくモニカ。「会長。私は何年も、人生のすべてを貴女に尽くしてきました。その私より、あんなのを信用するっていうんですか!」
「信用はしているわ、モニカ。貴女がセレブラントを毛嫌いしているってところは、特にね。
だから貴女が今回のような凶行に及んだと言われても、何も不思議じゃない」
すがりついていた手を離し、モニカはよろけてその場に尻もちをついた。




