#1 癒心
サチはムツミに肩を貸してなんとか立ち上がらせた。
ムツミはなんとか機能停止から復旧したようだが、体はほとんど動かせないらしく、小声で喋るのが精一杯だった。動かない魔導人形の体は重く、サチの肩にずしりと響く。
「そんなポンコツをどうしようっていうの?」
それを見てモニカはへらへら笑っている。
どうやら彼女は気づいていないようだ。サチがムツミに肩を貸しているのは、ただ立ち上がらせるためだけではない。
腕を自分では動かせず照準のつけられないムツミのために、プラズマキャノンが格納されている腕を持ち上げてやり、扉に向けさせるためだ。
「あの、先輩」
サチの首の後ろ、回したムツミの腕の中で駆動音が響く。
魔導プラズマキャノンのチャージを始める音がする。その音を聞き慣れているサチならすぐに感づくが、微かな高周波音にモニカは全く気が付いていない様子である。
扉を破る威力のプラズマキャノンなら、普段はチャージに数秒もかからないが。機能低下している今のムツミでは時間がかかる。サチはモニカと話して時間稼ぎをすることにした。
「どうして学院にセレブラントがいっぱいいるのか、知ってますか」
「は?」モニカはやれやれ、とため息を吐く。「因子持ちは『臓物』に対抗しうる戦力だったから、でしょう。目論見は大外れだったのだけれどね」
「違いますよ。サー・ロアノールは意図的に学院にセレブラントを集めていたんです。研究のために」
「はぁ。だから言ってるじゃない。因子持ちを研究して、『臓物』との戦いに活かしていたっていうんでしょう?」
「いいえ。研究していたのはセレブラントの戦闘力ではなく、その力を制御する方法です。先輩は知らないんじゃないですか。ヘレナ会長に、妹さんがいること。
その妹さんがセレブラントだってこと」
「会長に……妹?」
やはりか。サチは表情に出さないように、内心ほくそ笑んだ。モニカはヘレナの妹、リリアのことを知らない。
ヘレナは誰より何より妹を大事に想っている。予言の魔法のせいで人間らしい生活が送れず、今もきっと悪夢に犯されている、セレブラントのリリアのことを。
リリアのことを知っていたら、ヘレナを敬愛するモニカがセレブラント排除を掲げるはずがない。
「そんな話、聞いたこともないわ。ブラフを言うなら、もう少し凝ったウソにしなさいよ」
「私は知ってますよ。学院の地下に、会長の妹さん、リリアちゃんの部屋があるんです。
リリアちゃんはセレブラントで、予言の魔法のせいで今も悪夢にうなされています」
「そんなウソに騙されると思うの?
私の家はね、ロアノールの家とは家族ぐるみの付き合いなの。ヘレナがずっと小さいころから、私は彼女の一番の親友だった。
その私が知らない、ヘレナの妹なんて存在するはずがない」
「じゃあ聞いてみればいいんじゃないですか。会長に、直接」
「バカね。会長は今――――」
「行方不明」
モニカの言葉を、サチが奪った。
「そうです。会長は行方不明なんです。どこに行ったんでしょうね」
「どこって……」
「校内で会長に会った人はいない。では学院の外に? それもないでしょう。学院の外にはユーレンさんの張った警戒網が敷かれています。ヘレナ会長でも、そこから抜け出すなんて簡単にはできません。
ロアノールの校内には、誰も知らない、誰も入れない空間がある。そこに、ヘレナ会長は隠れている」
「そんなわけ……」
「ありますよ。会長は今、深く傷ついている……そんなとき、きっと会長ならリリアちゃんに会いに行くはずです。
これ以上絶望の未来を見ないために。そしてリーゼロッテさんを、家族のように大切にしていた人を喪った、心の傷を癒すために」
「また、あの女の名前を……! アンタに会長の何が分かるのよ!」
「分かりますよ。私だって、お姉ちゃんですから。辛いときは、誰よりも妹に会いたくなるんです」
「知った口を……ッ!」
モニカが自分の前に右手をかざすと、部屋の天井から一本の槍が降ってきて彼女の前の床に突き刺さった。
1メートルほどの柄が、先端の刃の辺りに浮いている二つの同心円リングを貫くように配置されている。リングは電撃を纏っていて、バチバチと不快な音を立てて、青白く淡い発光をしていた。
あれが雷の発生源だ。理由はないが、サチはそう確信した。
「ムツミ!」
「はい!」
サチの肩で、ムツミの手が砲口に変形した。
モニカが反応するより早く発射されたプラズマキャノンが、部屋の壁に大穴を開ける。




