#4 合流
クローディアは、無響音室の前で足が止まってしまっていた。
部屋に入り、サチと言葉を交わしたのはライラだけだ。クローディアは、部屋に入ろうとしても、どうしても体が動かなかった。サチを見ると、体が強張ってしまう。
以前なら、我先にと部屋に飛び込んでサチのことを抱きしめていただろう。彼女の不安に寄り添い、年長者として、励ましの言葉をかけていただろう。
だが、それが出来なくなっていた。
以前は、サチのことを妹のように思っていた。妹になら、近づいて抱きしめてやることに、何の負い目を感じることがあろうか。
しかし今は違う。クローディアにとって、サチは妹からまた異なる関係になりつつある。
気軽に抱きしめてやることができない―――それに特別な意味があるような、トクベツな関係に。
とにかく、無響音室でライラの起こした騒ぎによって、クローディアは真犯人の存在を認めることができた。今、クローディアがサチのためにすべきことは側にいてやることではなく、真犯人を捕まえて彼女の容疑を晴らすことだ。
サチの側にいて彼女の不安を晴らしてやる役目は、ムツミが十分に果たしてくれる。私はその間に……。そう頭では分かっているのに、クローディアはどうにも胸が締め付けられた。
「クロちゃん」
ライラに話しかけられて、クローディアは我に帰る。
ロアノールの校舎、渡り廊下を進み、二人はバラ棟に向かっている。
「どうやって犯人を捕まえよう」
「実は、真犯人に心当たりがあるの」
「えっ」
「モニカよ。さっきの無響音室にいた、自称生徒会長代理。
サチに向けるあの敵意……間違いないわ。モニカが犯人よ」
「あの人が?」
「ええ。彼女の魔奏器『アマデウス』なら、犯行をサチの仕業に見せかけることが可能なの」
「あまでうす?」
「『全能の魔奏器』、そう呼ばれてる。今ロアノールにある魔奏器の中で、文句なしに最強の魔奏器よ。
アマデウスは、古今東西あらゆる魔奏器のレプリカを作り出す能力を持っているの。その能力なら、『剣の舞』のコピーを作り出すことだって出来るわ」
図書館に安置された『魔王』があらゆる知識を収集する魔奏器ならば、『アマデウス』はあらゆる才能を集める魔奏器である。作り出されるレプリカは本物と寸分違わない能力を持ち、特性も劣化することなく発揮できる。
「そんな魔奏器があったんね」
「でも、完璧じゃないわ。弱点もいくつかある。
例えばそう、いくら魔奏器を完璧に再現したとしても、その使い手の技術までは真似できないのよ。モニカは魔奏の才能なら、校内でもずば抜けているけれど、剣術のほうはからきしでしょうしね。サチ以上に加速の魔奏を使えても、サチと同じ太刀筋で敵を斬ることはできないの」
ライラが証拠映像の中のサチの太刀筋が本物とは異なることを見抜いたように、『アマデウス』では魔奏器をコピーできても、使う魔奏士の技術まではコピーできないのだ。
「何か、アイツがぐぅの音も出ないような決定的な証拠を掴まないとね。
こっちが追及したところで、どうせシラを切られるに決まってるから」
「そんなの、ウチがぶっとばしちゃる」
「その意気込みは認めるけど、一人で暴走しないでね、ライラ。
モニカが貴女の『竜の詞』までマネできるとは思えないけど、あの女のことだから、貴女への対策も絶対に講じているはずよ」
モニカを抑える一番いい方法も、クローディアは知っている。ヘレナだ。
理由は不明だが(知りたくもないが)、モニカはヘレナに心酔している。かつて生徒会評議員の一人であったモニカを抑えていたのは、いつもヘレナの存在であった。
モニカがロアノールの実権を握って暴走している理由の一つは、間違いなくヘレナの不在だろう。ヘレナが健在なら、モニカがクーデターのようなことを仕出かすはずがないのだ。
だが、肝心のヘレナがどこにいるのか分からない。
瓜花が作って彼女に渡している通信機は、ヘレナの生命反応は拾ってくれるものの、何度呼びかけても彼女からの返事がない。
「……余計なときだけ出てきて、肝心なときにいないんだから。あの生徒会長」
「うーちゃんに手伝ってもらえんかな……あ、ウワサをすれば」
クローディアとライラは、バラ棟の入口で瓜花を発見した。
ずっと図書館に籠って研究を続けていた瓜花は、制服もよれよれで髪もぼさぼさ、目はどろんと濁っている。二人が名前を読んでもしばらく返事をせず、呆然と天井を見上げて突っ立っていた。
「瓜花……なんか疲れてない? 大丈夫?」
「……大丈夫、だよ。それより、サチが大変なんだろう、ボクも手を貸すよ」
「うーちゃん。うーちゃんの『魔王』で、『けってーてきなしょーこ』とか見つからんかね」
「それが出来たら既にやっているさ。
キミも知っているだろうが、『魔王』は紙に書かれた情報しか集めることができない。つまり、犯人が犯行計画をノートや日記にでも書いていない限り、『魔王』がその情報を拾ってくることはないんだ」
無限の知識を持つ『魔王』だが、万能ではない。
『魔王』が収集する知識は、あくまで本、つまり紙、あるいはそれに準じる、ものを記しておくための平面に記されたものだけである。ゆえに、そこに人間のすべてが記されているわけではない。
現に、サチやクローディアが最初に出会ったとき、瓜花はライラの素性や彼女の使う『竜の詞』についての知識を何も持っていなかった。ライラが育った魔界には戸籍などというものはないし、『竜の詞』は彼女が育ての母親から口伝されたもので、魔導書の類に記されたものではなかったからだ。
瓜花の『魔王』でも、モニカの犯行を裏付ける決定的な証拠は集められない。
「じゃあ、ロアノールの魔奏器管理記録なんてどうかしら。それなら紙に書かれているものでしょう?」
「お安い御用だけど……。記録を全部調べるには数が多すぎる。もう少し絞り込んでくれ」
「じゃあ『Guten Tag』で」
「ぐーてん……? なんね、それ」
「サチから聞いたの」手元に召喚した『魔王』をめくって調べ始めた瓜花を見ながら、クローディアが答えた。「夏休みの間、その魔奏器を使う魔奏士に襲われたって。なんでも、自由に操れる悪夢を見せる魔奏器だとか」
しばらくページをぱらぱら捲っていた瓜花が、なぞっていた指をぴたりと止めた。
「あった。『Guten Tag』……状態、破損。修復依頼中。現管理者、モニカ・ウェーバ……。
どうやらこのモニカって人が持ち出しているみたいだね」
「やっぱりね」
「でもクローディア。この『Guten Tag』って魔奏器は壊れているんだろう。モニカって人が持っていたらどうだっていうんだ」
「モニカの魔奏器『アマデウス』は、あらゆる魔奏器のレプリカを生み出せる最強の魔奏器。でも、弱点がないわけじゃない」
「さっき言うとったね」ライラが言葉を繋ぐ。「使い手の技術まではコピーできんて」
「それが一つね。それと他にももう一つ。コピーの完成度は、モニカがその魔奏器をどこまで詳しく知っているかに依存するの。おぼろげな記憶で作ったコピーは不完全になってしまうし、逆に実物を見ながら作ったレプリカは見た目も能力も寸分違わないものになる」
「……つまり、この『GutenTag』の破損していない状態のレプリカを作るために、壊れている本物を持ち出したってことかい?」
「私はそう考えるわ」
サチが犯人でないのなら、犯人はサチに罪を擦り付けるために、何らかの方法で被害者にサチの姿を見せたことになる。それを可能にするのが『Guten Tag』だ。
だが、これだけでは「決定的な証拠」とはいえない。あくまで「モニカには犯行が可能だった」ということを示しているのに過ぎないからだ。
「もう少しだけ知恵を貸してもらえるかしら、瓜花」
「構わないよ。何を調べるんだい」
「何を調べるのかを、現場で探すのよ」
瓜花を含めた三人は、バラ棟の件の事件現場、そびえる塔の中階付近へ向かった。




