#3 手練
上段から打ち込んでくると思い、サチは頭上に刀を水平に構えた。
しかしライラは振りかぶった大剣をサチたちの前の床に突き刺し、それを軸にして回し蹴りを繰り出す。それを受けたムツミはあえなくふっ飛ばされて、無響音室の壁に打ち付けられた。
「サッちゃんっ!!」
床から大剣を引き抜き、下段から切り上げてくるライラ。
サチはそれを刀で受けた。凄まじく重い一撃に、伝わった震動だけで腕が痺れそうになる。
本来なら、『万物劈開』は『剣の舞』を容易く両断してしまうはずだ。いくら魔奏器といっても、『剣の舞』は魔奏を奏でる力を持っているだけの刀でしかない。あらゆる物体を分解する魔奏を纏う『万物劈開』の一撃を防ぐだけの力はないのだ。
しかし、ここは無響音室である。ゆえに『万物劈開』の破壊能力も弱まっている。打ち合いが出来るとはいえ、サチ自身も「加速」の魔奏が使えないのでは単純に剣の腕のみの勝負になってしまうのだが。
そうなれば、サチの不利は明確だ。
いくら練習を積み重ねてきたとて、サチの腕ではライラに敵わない。たかだか一年足らず、しかも我流の剣術を齧った程度のサチでは、ライラには遠く及ばない。
ゆえに、サチの戦略はライラの攻撃を極力避け、避けられないものはなんとか受ける。これしかない。
ライラは馬鹿力で大剣を振るうが、得物が大きい以上どうしても必ず隙は出来る。サチの勝機はそこにしかない。
何度か刀身を互いに打ち合い、鍔迫り合いに持ち込む。
部屋の隅まで押し込められたが、サチは壁に足を突いてなんとかとどまった。
「……なんで打ってこんの、サッちゃん」
「ライラは敵じゃないから」
「それを、いうなら……ッ」
はっ、とライラはサチを押し込めながら振り向いた。
ライラの背後から、ふっ飛ばされていたムツミが飛び掛かる。ライラはサチに押し付けていた大剣を後ろのムツミのところまで横薙ぎに振るい、剣の風圧でムツミの勢いを殺す。
続くハイキックで、ライラはムツミを迎撃した。
「ムツミ!」
今度は背を向けたライラにサチが襲い掛かる。手の中で刀を返して水平斬りに刀身を打ち付けると、ライラはそれを腕で容易くガードした。
峰打ち―――刃の研がれていない側での攻撃とはいえ、その速さで打てば、普通は皮膚の痺れくらい起きるものだが。ライラの着ているコートのせいか、あるいは彼女の骨格が人並み外れて頑丈なためか。サチにはまるで打ち込んでいる感覚がなかった。
「サッちゃん」
「何?」
「サッちゃんは優しい。こんな状況でも、ウチを斬ろうとしない」
「言ったでしょ。ライラは敵じゃない」
動かないライラ。彼女から殺気が消えるのを感じて、サチも刀を握りしめていた手の力を抜く。ライラの背後でムツミはまだ戦闘態勢だったが、ライラがサチに背を向け、床に転がっている鞘を拾って『万物劈開』に付け直すのを見て、展開していた武器を格納した。
「……ちょっと。どういうこと?」見ていたモニカが不満げに問いかける。「ちょっと留学生。アンタこいつを斬りにきたんじゃないの?」
「サッちゃんは犯人じゃない」
モニカには視線を向けず、ライラは鞘に納めた『万物劈開』を背負い直した。
「犯人じゃない? そんなわけないわ。だって、こんなに証拠があるんだもの。
まさか、その子があなたを傷つけなかったから、傷害事件なんて起こせるわけないとでも言うつもり?」
「違う。全然違う。太刀筋が」
「太刀筋?」
「サッちゃんは最初に仕掛けるとき、大体いつも水平斬りじゃけ。でもさっきの映像じゃ、打ち下ろしから仕掛けとうた。あれはサッちゃんの構えと違う」
サチが水平斬りを癖にしているのには理由がある。
加速の魔奏を使うとき、縦に斬ろうとすると対象の前で立ち止まらなければならないからだ。その点横一文字の水平斬りならば、相手の横をすり抜ける一瞬に一太刀を浴びせられる。そのため、サチは水平に刀を振るう技術を主に磨いている。
「では」ムツミがライラの背中に問いかける。「先ほどの証拠映像は、サチの姿を真似た何者かの仕業なのですか?」
「そうよ」無響音室の入口で、ライラはサチに振り返って微笑んだ。「サッちゃん、ウチが絶対、真犯人捕まえちゃるけぇの。もうちょっと待っとってな」
「うん。待ってる」
鞘に収めた『剣の舞』をムツミに返し、サチは無響音室の椅子に座り直した。
目の前には、むすっとした顔のモニカが座っている。腕を組み、足をぱたぱた、明らかに苛立っている。サチが傷害事件の犯人でないことが、そんなに不愉快なのだろうか。




