#2 抜剣
クローディアとライラが向かっているそのころ、生徒会の塔、無響音室に閉じ込められたサチは、完全に疲れ切っていた。
尋問を担当するモニカはとてもしつこく、犯行が行われた日の行動について1分1秒単位でアリバイを求めてくる。普通の人間は、そこまで細かく日々の状況を覚えているはずがない。
モニカは言葉の刃でちくちく、致命傷になるまで抉ってくる、まるで暗器のような女である。
その点、サチはムツミが同室になってくれていたことを心から感謝しなければならなかった。ムツミはモニカの求める1分1秒単位のアリバイを証明してみせ、さらにはモニカの推論の矛盾を即座に否定してくれる。
いわば、ムツミはモニカに対する最強の盾である。
「ではこの日、午後9時37分16秒、あなたはどこで何を?」
「その時間なら、サチは私と部屋で勉強をしていましたよ。次の日が基礎魔法動力学の小テストの日でしたので」
「内容は?」
「属性複合呪文の共鳴反応です」
「勉強は何時から?」
「午後8時14分12秒からです」
モニカの質問には専らムツミが答えている。
「時間かかりすぎじゃない? 基礎魔法動力学に1時間以上もかけるなんておかしいわ。
こっそり抜け出して、バラ棟7階の廊下に行ったんじゃないの?」
「サチは数学が苦手なのです。時間がかかっても仕方ありません。
三角関数の重ね合わせを、根本から理解できていないのです」
ムツミに勉強の苦手なところまで赤裸々に語られてしまうのは、恥ずかしくてたまらなかったが。
「でも、ほんの少しの時間だけ、部屋から抜け出すことくらい出来たでしょ?」
「サチの部屋はユリ棟ですよ」ムツミがモニカの発言を指摘する。「バラ棟と行き来するには20分はかかります」
元々バラ棟は男子寮だった。ゆえに、元女子寮のユリ棟との間に連絡通路のようなものは一切存在しない。二つの寮の間を行き来するには、一度大広間と食堂のあるロアノールの校舎まで戻る必要があるのだ。
「だからあんたが犯人なのよ」モニカは一歩も引かずに言い返す。「あんたの『加速』を使えば、その距離の移動も数秒なんじゃないの」
「わたしはそんなことしませんって!」サチは疲れた顔で必死に訴える。
「サチは途中何度か離席したことはありますが、魔奏器はずっと部屋の中にありました」ムツミも援護する。「ウェーバ様の仰ったような方法での犯行は不可能です」
「でも、目撃証言があるのよ? 襲われた人はあんたの顔を見たって。それに犯行の記録映像だってある」
「何度も申し上げていますが」すかさずムツミが反論する。「見間違えの可能性は否定できません。それに、姿形を変えて見せる魔奏器が関わっている可能性もあります」
「そんなものは存在しないわ」きっぱりと言い放つモニカ。
「なぜそう言い切れるんです?」サチも加勢する。
「だって、私はロアノール家が集めた、学院が所蔵するあらゆる魔奏器のことを、すべて覚えているもの。その中に、姿を変えて見せるような魔奏器は存在しないわ。
生徒が個人所有していて学院に持ち込んだ魔奏器も、当然全部調べたわ。その中にも姿を変えられる魔奏器は存在しない」
「では、本来の機能から発展して、姿を変えて見せる力に進化している可能性は?」
ムツミが言っている『進化』した魔奏器を、サチも一つ知っている。
『Totentanz』――――聞いた相手を眠らせる魔奏を放つ魔奏器だったものが、使用者の意のままに夢の世界を操り、夢から現実に物を持ち出し使役する能力を持った魔奏器だ。
それと同じように、近しい能力から偽装能力に「進化」した魔奏器を、何者かが所持している可能性だってある。
「そこまで言うんだったら、真犯人を連れてきなさいよ」モニカは下らない、といった態度で足を組んだ。「あんたの犯行に偽装できるような力を持った魔奏士が、どこかに本当にいるのならね。それがいないんじゃ、こっちはあんたを疑わざるを得ない。
じゃあ次の事件だけど――――」
かれこれ8時間、この繰り返しである。
サチもいい加減にしろ、と刀を抜きたくなったことが何度かある。だがその度にムツミに押さえつけられてしまう。
ムツミはいつでも冷静だ。モニカの狙いが、刀を抜かせて「正当防衛」の名のもとに刀を抜いたサチを制圧することであるのに、気づいているのだ。
「それじゃあ……え、何?」尋問の最中、後ろからひそひそ、耳打ちをしてくる男子生徒にモニカは気だるげに答えた。「面会? コイツに?」
男子生徒の腕には「生徒会評議員」の腕章が光っている。
意識を集中して、サチも聞き耳を立てた。
「どうしましょうか」男子生徒が問う。
「追い返して。今は大事な尋問の最中よ」モニカは男子生徒の提案を一蹴した。
「ですが……。『もし断れば、扉をブチ破る』と言っています」
「はぁ……。じゃあいいわ。通して」
男子生徒の合図で、無響音室の扉が開く。
扉の外に仁王立ちしていたのは、ライラであった。大剣を背にのしのし入ってくるライラを、入口を守っていた男子二人が制止しようと立ちはだかったが。ライラはほぼ同じ体格の彼ら二人の肩にぶつかっても全く怯むことなく、逆に押し退けて部屋の中央まで入ってきたのだった。
「サッちゃん」
「ライラ! 助けに来てくれたの?」サチは思わず立ち上がった。
「アンタ……留学生よね」モニカは座ったまま、憮然と言った。「確か、トロイライト・カルミナリア・ベルーシュ。魔奏器は『万物劈開』」
「クロちゃんもおるよ」
ライラが振り向くと、クローディアは入口の外に立っていた。
うつむいてサチから視線を反らし、部屋に入ってこようとはしない。
「何よ。力づくでコイツを取り戻そうってわけ? そんなことしたら――――」
「違う」ライラはきっぱりと、そして冷たい声で言った。「ウチは『正しいこと』のために来た」
「『正しいこと』?」
「もし本当にサッちゃんが犯人なら……。ウチはサッちゃんを斬る」
「きっ……⁉」
怯んだサチの前に、すかさずムツミが割って入った。
「トロイライト様。サチは無実です。私がウソを言わないことは、貴女もよくご存知ですね?」
「知ってる。でも、本当のことが何なのかは、ウチがウチの目で見て判断する。
それがウチの正義じゃ」
「ハッハッハッハッハ! こいつは傑作だわ!」部屋の中の緊張した空気に、モニカは大笑いだ。「楽団のメンバーが、自ら犯人を粛清に来るなんてね!」
「でも」ライラは高笑いするモニカを、眼力だけで威圧した。「もしおたくがサッちゃんをあることないこと吹っ掛けて断罪しよういうんなら、ウチはおたくを絶対許さない」
「ふん、いいわ。なら見せてあげる」
モニカは再度『ラインの黄金』の力で泡を作り出す。
4人の頭上で板状になったそこに映されるのは、サチとムツミが見せられた、犯行現場の記録映像だ。
ライラはその様子をじっと立ち止まったまま、目を見開いて凝視している。サチに向けている背中には、妙に威圧感があった。
「……どう? 確かにこの子でしょう」モニカは映像が終わった泡を消し去って、ライラに語り掛ける。「さっきからそこの魔導人形が屁理屈ばっかり並べて、話が進まないのよ。貴女もコイツを罰するのに、協力してくれるわね?」
「……サッちゃん」
ライラはベルトを外し、背中の大剣を背中から下ろした。
いつもはドスンと響く音も、無響音室ではかき消されてしまう。
「『剣の舞』、抜いてつかぁさい」
ライラは大剣『万物劈開』を鞘から外すと、正眼に構えて切先をサチに向けた。
ムツミはすかさずサチを背にかばうが、ライラはムツミなど見えないかのように、サチに刺すような視線を真っすぐ向けていた。
「えっ。ライラ、一体どうしたの」
「口答えせんといてな。早う抜いてつかぁさい」
「サチ」ムツミは後ろ手にサチに鞘を渡した。「これを」
「でも、ムツミ。わたしは……」
「あのトロイライトさまが相手では、私もサチを守り切れる自信がありません。
彼女が本気で来るのなら、二人がかりでなければ駄目です」
サチはライラを見た。大剣を構え、今にも襲い掛かってきそうである。
竜剣士を自称するライラ。彼女はいつでも曲がったことが嫌いだった。初めて出会ったとき、サチたちがライラを仲間に出来たのは、セナの遺品である『剣の舞』を渡したくない、彼女の遺志を継ぎたいと必死に願っていたからだ。ライラはその思いを尊重してくれて、味方になってくれたのだ。
ライラは相手が生徒会であっても、権力に屈するような女でないことは、サチも良く知っている。それなら、ライラがサチに刃を向けているのは、つまりライラ自身がそうすべきだと―――本当にサチが犯人だと信じているからだ。
「ライラ……ごめん」サチはムツミから『剣の舞』を受け取った。「わたしは無実だよ。だからわたしは……ライラに斬られるわけにはいかない」
サチは鞘から『剣の舞』を抜いた。
ムツミも、腕から単分子カッターを展開して構える。
「わたしを斬ったら、ライラは無実の人を斬ったことになっちゃうもんね」
「いくよ……サッちゃんッ!」
ライラが大きく大剣を振りかぶり、サチとムツミに向かってくる。




