#4 嫌疑
「サチ・ホシノ。あなたを拘束します」
魔奏器で武装した生徒会評議員たちがサチの寮室に現れたのは、四月に入った最初の日曜日の朝だった。
先頭に立つのはあのモニカ・ウェーバである。見せつけるようにサチに突き付ける羊皮紙には「拘束令状」と書かれていた。何かの間違いではないかと、寝間着姿のサチは目を円くする。
「どうかしましたか、サチ」
部屋の奥から、朝食の準備をしていたムツミが出てきた。物々しい雰囲気に、ムツミはサチを押し退けてモニカとの間に割って入る。
「一体何事でしょうか」
「サチ・ホシノには校内で起きた傷害事件の容疑がかかっているの。容疑が晴れるまで、行動は全て生徒会の監視下に置かれます」
「障害事件?」
首を傾げ、虚空を見つめるムツミ。それは、校内のデータベースにアクセスしている時にムツミが決まってする癖である。
「……なるほど」
「ムツミ、どういうこと?」
「三月の末から昨日の夜まで、校内で魔奏器を使用した傷害事件が7件発生しています。
うち6件は襲撃を受けた生徒が魔奏器で犯人を撃退していますが、1件……昨晩の事件では、犯人が被害者を切りつけ、重傷を負わせています」
「え、初耳」
「白々しいわね。被害者の傷口の形状が、校内のデータベースにあった『剣の舞』のそれと一致したのよ。つまり、あんたが犯人ってわけ」
「そんな! わたし、そんなことしてません!」
「抵抗してもいいけど、これ以上罪を重ねないほうがいいんじゃないかしら」
寮の戸を前に、生徒会役員が魔奏器を構える。形状はそれぞれ異なるが、どれも武具の形状をしたものだ。
騒ぎを聞きつけたのか、寮の廊下に生徒の顔がぞろぞろ飛び出してくる。
「……わかりました。サチ、ここは大人しく従ったほうがいいでしょう」
「ムツミ⁉」
「モニカ会長代理。サチの強さはあなたもご存知のはず。ここで戦闘になれば、貴女にサチを止めることはできません。
サチが『加速』の魔奏を使えば、そこにいる生徒会評議員を瞬きする合間になぎ倒すことなど造作もないでしょう」
「何よ、脅す気?」
「いいえ。サチを拘束するのなら、私が必要です。
私はサチの『加速』の魔奏を熟知していますし、彼女のそれに対抗する手段もあります。彼女を連行するというのなら、私も同行します」
少し逡巡したが、モニカは「いいでしょう」と言ってムツミの提案を承諾した。
振り向いたムツミはサチに「剣の舞」を渡すように言った。サチがそれを差し出すと、モニカに取られるより前にムツミが奪い取る。
「魔奏器は私が保護します」
「それ、重要な証拠物品なのだけど」
「だからです。もし『NIGHTMARE RAVENS』のメンバーが『剣の舞』を奪還するために襲撃してきたとして、皆さんだけでこれを守り切れますか?
私なら戦う前に彼女らを説得できます。私が捜査に協力することには、大いに意義があると思いますが」
「……いいでしょう。ではあなたもついてきなさい」
寝間着姿のまま部屋から連れ出されるサチは、すぐ隣を歩くムツミを見た。
いつもの通り無表情なムツミ。まさか、モニカの側に寝返ったのではないかと不安を覚えてしまう。
「ムツミ……」
「安心してください、サチ。私はサチが無実であることを知っています。昨晩も、ずっと部屋で一緒にいましたからね」
「じゃあどうして『大人しく従ったほうがいい』なんて」
「生徒会がサチにひどいことをしないように、私が守るためです。楽団のメンバーには先ほど連絡を入れました。すぐに容疑も晴れるでしょう」
ロアノールの校舎には、4本の塔がある。一本は図書館、もう一本はバラ棟の寮室である。残る2本のうち一本は理事長であるサー・ロアノールの私邸、もう一本は生徒会によって管理されている。サチは中庭を抜け、その生徒会が管理する塔、17階へと連行された。
ここは魔奏を研究するための実験施設も兼ねている。サチが入れられたのは、壁に奇妙な多面体がいくつも埋め込まれた、窓のない奇妙な部屋だった。広さは寮室のおおよそ二倍、部屋の中央には向かい合わされた椅子が二つ置かれているが、それ以外は何もない。
「無響音室よ」
前を歩いていたモニカが振り返り、サチを椅子の一つに座るよう命じた。
「この部屋の中では、魔奏の力が弱まるの。こっちにこれだけ人数がいれば、魔奏のないあなたを制圧することなんて簡単なことよ。変な気を起こさないほうがいいわ」
「変な気って。わたしは無実です。抵抗する理由がないじゃないですか」
「どうかしらね」
サチが椅子に腰を下ろすと、ムツミはサチの隣に立った。肩にそっと手を置き、向かいの椅子に腰を下ろすモニカをじっと見つめている。
無響音室のせいだろうか、サチは自分の心臓の音がいつもより大きく聞こえた。ずきずき、緊張で締め上げられるように痛む。傷害容疑なんて、何かの間違いに決まっている―――サチはそう信じているが、ムツミがいなければ、ここに来る前に心細さで早々に音を上げていたかもしれない。
モニカは胸ポケットから金色の指輪を取り出した。
サチはモニカが嵌めたそれにそれに見覚えがあった。リーゼロッテの使っていた魔奏器、『ラインの黄金』だ。
「この魔奏器が何なのかは知っているわね」
「……はい。リーゼロッテさんの」
「アイツの死体は欠片も残らなかったのよね。魔奏器だけは回収できて本当に良かった。
あのバケモノと一緒に消えていたら、ロアノールにとって大きな損失だったわ」
サチは思わず立ち上がりそうになったが、肩を掴むムツミに片手で押さえつけられた。
モニカは見せつけるようにサチの前で指を遊ばせている。まるで、それが自分のものであるかのように。
「この魔奏器は水を自在に操ることができる。攻撃には使うにはちょっと貧弱だけどね。
でもこんな風に」
モニカが指輪をはめ、サチに向かって突き出した拳を開くと、その中からぼわっと、拳大の泡が浮かび上がった。泡はしばらく空中をふよふよ浮いていたが、形を変えて、大きな板状になる。
そこには何かの映像が映されていた。サチが目を凝らしてみると、それは夜の廊下であった。
ランタンを持った生徒が一人、手前から奥に向かって歩いていく様子を映したものだ。
「水を操って、映像を映すこともできるの」
映像の中で、生徒が廊下の真ん中あたりまで進むと。突然背後から黒い影が生徒に襲い掛かり、振りかぶった鈍く光る金属の棒、否、刀で斬りかかった。
肩から背中をざっくりと斬りつけられ、倒れる生徒。刃を振り下ろした犯人は、追撃を加えることもなく、すっと振り返った。
映る顔は、自分―――
それは、サチが傷害事件の被害者を廊下で襲う、決定的な証拠となる映像に他ならなかった。




