#2 輪舞
三月末の放課後のある日、サチがムツミと共に図書館を訪ねると、二人の生徒が入口を封鎖していた。
「招待状はお持ちですか」
サチとムツミが、自室に届いた2通の招待状――――深紅の封筒に納められた、古めかしい羊皮紙を警備の生徒に見せると、その生徒は胸元にぶら下げたペンダントを羊皮紙に翳した。
ペンダントに納められた宝石の光を当てると、紙から光る文字が浮かび上がる。偽造防止の魔法が掛けられているのだ。
「やはりただのパーティではなさそうですね」図書館の扉を押し開きながら、ムツミは後ろを歩くサチに語り掛ける。「警備が厳重すぎます」
「うん」
サチは適当に答えた。
パーティの招待状、差出人はマハーレだった。
マハーレの率いる楽団、『Lapis:philosophicus』が開催するダンスパーティ。図書館を完全封鎖して行われるパーティには、ロアノールの全楽団のリーダーが招待されていた。名目上は、昨今のきな臭い状況を鑑みた、レクリエーションというが……。
注意事項が妙である。「楽団のリーダー、そして最も信頼できるパートナーを1名まで連れてくること」、「パーティへの参加は学院のカリキュラムより優先されること」、「不参加の場合は必ずマハーレ・ハイヤーンに申し出ること」の3点。
サチはパーティなどに浮かれている場合ではないと思ったので、参加を断るつもりだった。だが何故か招待状が届いたことを瓜花に見抜かれており、「必ず参加するように」と釘を刺されてしまった。
最も信頼できるパートナー。サチはクローディアに声をかけようと思ったが、あの日―――リーゼロッテとリンの葬儀の日以来、クローディアはサチを避けているようで、誘っても「卒業試験準備で忙しいから」と言われてにべもなく断られてしまった。クローディアから代わりにムツミを連れていくように言われて、今に至るというわけである。
図書館1階の閲覧室の中は、いつもの勉強机がすべて撤去されて、背もたれのない椅子が、一段上がった演説台の前にずらりと並べられていた。
ダンスパーティというより、これではオペラ鑑賞会である。
「サチじゃねーか」
後ろから声をかけてきたのはコーディだった。半歩後ろに控えている気弱そうな男子生徒は、彼の楽団メンバーだろうか。
「この前は助けに来てくれて、ありがとうな。色々あって……なかなか礼が言えなくて。すまねぇ」
サチは目を伏せた。
リンとリーゼロッテの死。二人の喪失から、サチはようやく立ち直ったばかりであった。
そんなサチの様子を察したのか、コーディは握手のために差し出した手をすぐに引っ込めた。
「ところで、クランフィールド先輩は?」
「断られちゃいました」
「珍しいな。先輩ならこういうときは絶対出てきそうなのに」
コーディは目当てのクローディアが不在で当てが外れたらしい。目を細め、いつになく真面目そうな顔をしたコーディは後ろの生徒、彼の楽団のサブリーダーをサチたちに紹介した。
「それよりサチ、何かこの会おかしくねーか?」
「確かに……ダンスパーティって感じじゃないですよね」
見回せば、見知った顔も多い。『Leviathan』のアレクシアは末妹のドロテアを連れている。他にも対戦経験のある楽団が、いくつも顔を出していた。
「現在ロアノールで生徒会の承認を受けている、すべての魔奏楽団のリーダーが、この部屋に待機しています」ムツミが周囲を見回して言った。
「そりゃ、学院のカリキュラムより優先だっていわれちゃあな」
「そういえばヘレナ会長がいないね」辺りを見回すサチが言った。「生徒会は関係ないのかな」
パーティの意図を測りかねていると、マハーレが現れて壇の上で鈴を鳴らした。
がやがやしていた会場内が静かになり、みな近くの椅子に腰を下ろす。サチたちも4人並んで、近くの椅子に腰を下ろした。
「お忙しい中お集まり頂きありがとうございます」マハーレは拡声魔法で眼下の楽団代表たちに語り掛けた。「ダンスパーティを期待していた方は申し訳ありません。今日お集まりいただいたのは、パーティのためではありません。ごれからの学院の防衛計画と、わたしたちが発見した、恐るべき真実についてお話するためです」
集会の目的がパーティでないのは皆薄々感づいていたようで、大きな反応はなかったが。マハーレの「恐るべき」の言葉に、会場はざわつく。
「先日、生徒会評議員の一人、わたしたちの学友でもあったリーゼロッテ・カールスルーエさんが亡くなりました。
彼女はその特異な力で学院の周囲に出現する『血球』を感知し、討伐作戦の指揮をとってくれていました。彼女亡き今、わたしたちは『目』を失ったのです。学院に迫ってくる、『血球』たちを、危険を察知するための『目』を」
マハーレの後ろから、演説台の横にいそいそとユーレン・ハルクススが歩み出た。
「ご存知の方も多いと思いますが、彼女はユーレン・ハルクススさん。ハルクスス社のご令嬢にして、楽団『ヘルメス・ワルキューレ』の団長でもあります」
「ご紹介に預かりました、ユーレン・ハルクススと申します」壇上で、ユーレンは恭しく頭を下げた。
「『ヘルメス』にはリーゼロッテさんの代わりに、学院周囲の哨戒任務に当たってもらうことになりました。これからはユーレンさんから『血球』の出現情報がもたらされることになります」
サチの前の列、少し離れたところに座っている一人の女子生徒が手を挙げ、質問する。
「生徒会はどうしたんですか?」
「生徒会は」マハーレは一瞬俯き、言葉に詰まった。「……生徒会は今、機能停止しています」
「機能停止……?」
「ヘレナ会長が、部屋に籠ったまま出てきません」
会場はいっそうざわついた。
「お元気ではあるようです」マハーレが付け加える。「でも、学院に出てきて仕事ができる状態ではない、と。ごく親しい者以外と、ヘレナ会長はお会いにならないそうです」
思えば、サチが見たヘレナはほとんどの時間でリーゼロッテと行動を共にしていた。寮の部屋も同室で――――あの、リーゼロッテの献身ぶり。二人の仲が、ただの知り合い、あるいはただの友達というだけのようには思えない。
ごく親しい者とは一体? そんな人間が、このロアノールにどれだけいるのだろうか。
「……そういうわけで、これからは生徒会からの依頼ではなく、私達が自ら学院を守らなければいけません。楽団同士協力して、連携を強めていかないと」
最初はぱらぱら起きた拍手が、閲覧室を包む大きなうねりになる。サチたちも拍手をし、マハーレに同調する意志を示した。
ひとしきり拍手を浴びたマハーレは、手を挙げて観衆を制止する。
「ありがとうございます。では、次の話に。わたしたちが発見した、恐るべき事実について」
マハーレが体を引くと、演説台がどこどこぼこぼこ、足音を響かせる。サチのいる場所からは何も見えない――――透明人間でもいるのか?と考えたサチだったが、からくりはすぐに分かった。
演説台の前で足音が止まると、ふわりと瓜花が空中に浮かんで演説台に現れた。背が低くて、演説台の陰に入って見えていなかったらしい。
瓜花が必ず出席するように言っていたのは自分も登壇するからか、とサチは合点する。
「ボクは『NIGHTMARE RAVENS』所属の、望月瓜花といいます。ここからの話はボクから。
マハーレさんとは一緒に図書館に収蔵されている文献や資料の捜索、解析をさせてもらっています」
幼いながらも堂に入った瓜花の声に、皆聞き入っていた。
「これまで、ボクら魔奏士は『魔女の血球』、及び『魔女の臓物』と戦ってきました。
ボクらの戦いは、自衛のためだけでした。だから彼らがどこから来て、何を目的としているのか―――何も調べようとはしてこなかった。ただ一つ、分かっているのは『血球』は魔力のより強い人間を狙って活動している、ということだけ。これまでそれは、『血球』が何かしらの目的を達するために、人間から魔力を集めているのだと考えられていました。
でも……でも、その真相は、もっと恐ろしいことだったんです」
真相? 血球が人を襲い、食べることに何か目的があったということ?
サチは背筋を冷たい指でなぞられるような、不快な感覚に襲われた。
「……『黒き煌きの魔女』シャリオ。彼女は討伐される寸前に、自らの魔力を世界にばら撒いた。これまでそれは自分の命を奪った世界への、人類への報復だろうとみんな信じて疑わなかった。
でも本当は違います。何らかの方法で自分の死を悟った魔女シャリオは、自身の復活を目指していた。そのために彼女は死の間際、世界へ瘴気を、『血球』を、そして『因子』をばらまいた」
「因子?」聴衆の一人が声を上げる。
「はい。そうです。世界に散らばって希釈された魔女シャリオの魂、それが再集合するための目印となるもの。この文献に書かれています」
瓜花は抱えていた『魔王』を開き、サチたち聴衆に見せつけた。
すごく小さい字で、文章と数式がごちゃごちゃ書かれている。サチにはまったく読めず、また読めたとしても意味は分からなそうだったが、ムツミは上半身を乗り出して瓜花の示す文献に見入っている。
「これは魔女シャリオが遺した、自身の魂を物質化する魔法術式の一部です。彼女はこれを使って、自らの魂を瘴気として世界にばら撒いた。
そしてこうもあります。『新たなる肉体に必要なもの。不滅の魂。不磨の血。そして不朽の骨肉』。『魂』とは彼女自身の魂を変換した瘴気のこと。『血』とはそこから生み出される『魔女の血球』のこと。そして『骨肉』とは『臓物』のことを指すと考えられます」
「それがどうしたというんです」ムツミが発言した。「魔女シャリオの研究は現代の研究水準より数百年先を行っていたといいます。死の克服の研究程度、行っていたところで驚くことではないと思いますが」
「いい質問だ。だが、この先を聞いても無関係だと思えるかな」
瓜花は『魔王』のページをめくる。
「こっちのメモはその『骨肉』の作り方が書かれています。『魔法や魔術で組み上げられた肉体は貧弱で、すぐに崩壊してしまう。不朽の骨肉を作るには、命あるものを使うのが最も効率が良い』――――奇しくも、ボクら『NIGHTMARE RAVENS』は先日、『臓物』が生まれる瞬間に立ち会いました。
リーゼロッテ・カールスルーエ。彼女が『臓物』に変異する、その瞬間に」
閲覧室は、凍り付いたかのように静かになった。
リーゼロッテが『目』に変異し、それをサチたちが討伐したことは、まだ公にはされていない。人間が『臓物』に変異する――――その事実は、魔奏士たちを酷いパニックに陥れるだろうからだ。
だからこそ、各楽団のリーダーたちだけがここに集められている。恐るべき真実を、きちんと受け止めて、みだりに外部に漏らさないであろう者たちだけが。だから誰もパニックを起こさず、瓜花の話に驚愕しつつも淡々と聞いていられる。
「……つまり、オレたちも『臓物』になるかもってことか?」静まり返った閲覧室に耐えられなくなったのか、コーディが口を開いた。
「ゼロではない……けれど、その可能性は低いと思います」瓜花が答えた。「これだけ魔奏士がたくさんいる学院の中で、『臓物』に変異した例が、まだこの一例しか見つかっていないのがその証拠です。おそらく人間が『臓物』に変異するのには、何か条件がある」
「……『因子』、ですね」ムツミが手を挙げた。「それが先ほど仰っていた、魔女が死の間際にばら撒いたという『因子』」
「そう、ボクらは考えています。その人間に植え付けられた『因子』は、世界中に拡散されたシャリオの魂……『瘴気』が集まり、再結集する目印になる。集められた瘴気は、『因子』を植え込まれた人間に、特別な力を与えたはずです。
ボクらの知る魔法とは異なる体系の、出自を異にする魔法の力を」
リーゼロッテの持っていた特異な力――――「遠隔視」の能力。
セレブラントの力だ。
魔女シャリオは、自分の復活を意図して世界に因子をばら撒いた。
子供たちは、その因子とそこからもたらされる異能力を『祝福』として受け取った。それが、いずれ自分が魔女の骨肉にされる、死刑宣告であるとも知らずに。
「この学院には、ひそかにそういった『特異的な力』――――彼ら彼女らが『祝福』と呼んでいるものを持った子供が、意図的に集められていたそうです。
『血球』との戦いの、力とするために」
その力は、いずれ『臓物』となる運命だったとも知らずに。
閲覧室にどよめきが走る。皆恐れている。仲間が、友が、隣に座った者が。あるいは、自分自身が。『臓物』となって人を襲うかもしれない。
セレブラントの存在は公にはされていない。一体この学院に、どれだけのセレブラントがいるのか。
「でも……。でもボクは、信じています。 人間は、そんなにちっぽけな生き物じゃない―――魔女が望んだ復活のための、生贄にされるようなものじゃない。
これからもボクは研究を続けるつもりです。人間が『臓物』になる、それを防ぐ手立てを見つけてみせます。疑心暗鬼になってはいけません。正しいことを知り、正しく恐れる。今はそれが大事なんです。
今は仲間を信じあうときです。どうか、協力をお願いします」
頭を下げる瓜花。だが、返された拍手はぱらぱらとまばらであった。
生徒会機能の麻痺。セレブラントの真実。そして、日常の崩壊――――絶望と悪夢と破滅のロンドは、その音圧を上げながらサチたちの背後に、一歩一歩と迫ってきている。




