↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
NIGHTMARE RAVENS  作者: 96500C/mol
Chapter 16. 嫌疑 -The AMADEUS-
82/104

#1 落涙

 その日、『NIGHTMARE RAVENS』のギルドハウスには陰鬱な影が落ちていた。

 リーゼロッテ・カールスルーエと玲(リン)雙虎(シャンフー)。二人の空の棺を並べた葬儀を抜け出したクローディアは、ギルドハウスに閉じこもったサチを見舞いに行った。

 灯りは落とされていて、暖炉の消えない魔法の炎だけが室内を照らしている。のっそりと入口のドアを押し開いたクローディアは、暖炉の前の床にうずくまり、ただ茫然と火を見ているサチをすぐに見つけることができた。


「サチ」


 呼びかけても、サチは何も答えない。振り向きもしない。

 クローディアはそっと、サチの隣に腰を下ろした。


「サチ」

「……どうしてですか」


 クローディアは隣に座って、ようやくサチの呟く声が聞こえた。


「どうして、先輩たちが、あんな……」

「私たちは今まで、『臓物』がどうやって生まれるのかまで考えたことがなかった……まさか、人間が『臓物』に変異してたなんてね。

 そのことは今、瓜花が調べてくれているわ」

「そういうんじゃ、なくて……!」


 サチは急に立ち上がった。

 クローディアを見下ろし、歯を食いしばり。拳を握りしめて、怒りを全身に漲らせている。その瞳は、いつものキラキラした輝きを宿していない。

 虚ろで、暗くて。クローディアが今までたくさん目にしてきた、死人の目にも似ていた。


「平気なんですか! 先輩が、先輩たちが、あんな風に……!」

「……私が平気に見えるかしら、サチ」


 クローディアはサチを睨み返した。

 思えば、サチとは長い付き合いになる。クローディアがサチと初めて会ったのは去年の五月、まだ肌寒い時期のことだった。魔奏士になるための才能が一切ないことを突き付けられ、自殺を図ったサチと、それを救おうとした旧『NIGHT RAVEN』のメンバー。

 それ以来、クローディアとサチは同じ楽団の先輩と後輩というより、何でも話せる姉と妹のような関係であった。だからこそ、クローディアにはサチの痛みも苦しみも手に取るように分かるし、クローディアが平静を装った仮面の下で泣いていることも、サチには伝わっている。

 クローディアは何かを言いかけて口を噤んだサチの両手を握り、その場に座らせる。


「サチ。みんな貴女と同じ気持ちよ。一緒に笑いあった仲間に、もう二度と会えない。もっと自分に、できたことがあるんじゃないか――――みんなそう思ってる。親しい人の死は、何度経験しても慣れるものじゃないわ」

「はい……」

「『死んだ人間のことなんか忘れろ』なんて言えない。『後悔なんかするな』なんて言えない。『リーダーなんだから、気をしっかり持て』なんて言えない。全部、私が貴女に押し付けたんだもの。そんなの、私が言える立場じゃない。

 でも、これだけは言えるわ。私は、貴女に泣き暮らして欲しくないのよ、サチ」

「クローディアさん……」

「大切な人、大好きな人に泣いていてほしくないっていうのは、おかしなことかしら」

「えっ……?」


 クローディアはサチを引き寄せ、そっとその唇に自分の唇を重ねた。


「んっ……」


 一度は諦めた気持ちのはずだった。

 サチにそれを求めることは、彼女にセナの身代わりをさせることだから。


 でも……。


 でも、クローディアは求めてしまった。

 サチの体温。命。今、そこに確かに存在しているという、事実。

 その確証が欲しかった。感じたかったのだ。


 今日まで楽しく話していた友人が、明日にはもういなくなっているかもしれない―――頭では分かっていた。何度も経験したことだ。

 だから欲しかった。

 実感を伴う、サチの存在。ここに生きているという確証が―――


「くふっ」


 いや。違う。違う、違う。私が求めていたのは、これじゃない。

 クローディアは触れていたサチの唇を離した。


「……はぁ」


 暖炉の火に照らされて、二人の顔が熱くなっていた。

 クローディアが両肩を掴んでいるサチの体は、思っている以上に小さくて、細くて。少し力を込めたら、折れてしまいそうだった。

 まるで硝子細工のよう。熱っぽいサチの視線から、クローディアは目線を反らす。


「……ごめんなさい」


 半ば突き飛ばすようにして、クローディアはその場から逃げ出した。


 ギルドハウスを飛び出し、ユリ棟に向かう道をずかずか歩く。もう三月。きっと今年最後になる雪が積もっていた。

 積もった雪に足を取られ、その場に倒れ込む。


 目尻から零れて雪を融かしたクローディアの涙は、きっと倒れたときの痛みによるものだ。クローディアはそう思った。



 違う―――違う。私は、そういうことを求めていたんじゃない。

 私が欲しかったのは―――。クローディアは自答する。クローディアが欲しかったのは、サチの心だ。セナの代わりになって、自分を愛してくれる人じゃない。サチ本人の、偽らない本当の愛。


 クローディアが求めれば、サチはそれに応えてくれるだろうという打算があった。そしてサチは実際に、応えてくれた。でも、それでは駄目なのだ。


「私って――――」


 クローディアは仰向けに転がった。

 空は淀んでいた。雪はもう降りそうもない。けれど、今にも降り出しそうに、雲はどんより、空に低く佇んでいる。


 私って。

 こぼれた涙を、両腕で隠す。


 弱ったサチに、付け込んでしまった。

 仲間を喪って、喪失感に苦しむサチに。ただそっと、側にいて支えてあげなきゃいけない、その時に。

先輩として。姉代わりとして。サチの支えにならなきゃいけなかったのに。

 そうしよう、そうあろうって、決めたのに。

 このキモチは墓まで持って行こうって、決めたのに。


 笑顔でいてほしいなんて。気障なことを。

 本当は、自分がサチの愛を欲していただけだ。弱った今のサチなら、自分のものに出来るんじゃないか―――そんな風に、考えてしまった。


 私はサチに、ウソをついた。

 泣いていて欲しくないのは、ウソじゃない。

 あんな風にキスをしたのは、ウソだった。あれは、サチを励ますためじゃなかった。


 自分の欲望を満たしたかっただけだ。


「―――イヤな女」


 自己嫌悪で、死にたくなる。

 だが、すぐ側にずしんと落ちた『葬送曲』は、クローディアの死、それによる罪悪感からの解放を、絶対に許さない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。