#4 救援
きぃん、きぃんと深い森の奥から音がする。
自然の物ではない。風が木々を揺らす音でも、枝葉が擦れる音でもない。金属の音。人工物の音―――魔奏の音だ。
「この魔奏の音は……『くるみ割り人形』ですね」ムツミが分析する。「楽団『ニグロフェル・カストルム』のリーダー、コーディ・エルメートの所有する魔奏器です」
「音がするってことは、戦闘中なのかな。早く助けに行こう」
音を頼りに、サチたちは深い茂みを突っ切って走る。
『血球』たちは触れた木々も枯らすので、その道筋はすぐにつかめた。
サチたちが森の中に出来た何本もの細い道をたどっていくと、今まさに一人の魔奏士が『血球』と戦闘を繰り広げているところだった。
「ここは……通さねぇ、よッ!」
両手にバチを持ち、周囲にふわふわ浮かぶ金属のプレートを、ドラムセットかのように次々叩く一人の男子生徒。長さは1メートルほど、短冊形で上下二列、二十枚並んだ金属製のプレートは、まるでかみ合わせた歯のようである。
これこそ魔奏器『くるみ割り人形』。振動した金属プレートが発する音色が、『血球』を弾き飛ばした。
操る魔奏士はコーディ・エルメート。学院の五年生で、前髪が垂れないようにヘアバンドで留め、ダウンタウン風に制服を着崩している。
サチは茂みから飛び出し、コーディに襲いかかる『血球』を切り裂いて倒した。
「『NIGHTMARE RAVENS』です! 助けに来ました!」
「おぉ! ありがてぇ!」
演奏の手を止めることなく、コーディは間合いに飛び込んできたサチたちに笑顔を向けた。
サチ、リン、そしてムツミが『血球』とコーディの間に割って入り、襲ってくる『血球』と戦い始める。
コーディの背後には、三人の生徒が身を寄せ合って固まっていた。一人は肩から血を流しているが、全員意識は保っている。
「怪我人がいるんだ。治癒魔法が使えるヤツはいないか?」
「魔法はないけど、シャンなら治せるよ」戦闘を中止し、リンはコーディの後ろへ回る。
「助かる。確かそちらさんは9人の楽団って聞いてたが?」
「あと2人、後から合流します。それから、4人が合流ポイントへ向かっています。そこまで急ぎましょう」
「ああ、そうだな」
『天国と地獄』の左手、癒しの力を備える魔奏で負傷者の手当をするリン。傷はみるみる塞がったが、どうやら骨が折れているらしい。
その場にいた『血球』を殲滅し終えた一行は、怪我人を背負ったリンを先頭に、サチたちは後方を警戒しつつ合流ポイントへ歩いて移動し始めた。
合流ポイントへ向かう道すがら、コーディがサチに話しかけてきた。
「話には聞いてたが。『NIGHTMARE RAVENS』はカワイコちゃんの集まりだって。
想像以上だったな」
どうやらコーディは大分軟派な性格のようである。
「前のセナ先輩がいたころも好きだったけど。今のも悪くねぇ」
「ありがとうございます」
「そいえば、あの人はいないのか、あの……クランフィールド先輩」
「え? ああ、クローディアさんですか。クローディアさんなら、船で合流ポイントに向かうチームに入ってるんです」
「合流ポイントに行けば、先輩に会えるんだな⁉」
興奮の余り、大きな声を出すコーディ。
クローディアのことを「死神」と呼ばない学院生は極めて珍しい。サチはその時点で、察するべきだったのだが。
「どうしよ……汗臭くねぇかな、俺。えへへ」
「体温の上昇を検知しました」ムツミがコーディの顔を覗き込む。「それは恋、ですか?」
「ち、違ぇーし! 俺のこれは、そういうんじゃなくて……」
「人は『恋』をすると、最初はその感情を否定するものだといいます」追撃をかけるムツミ。
「本当に違ぇんだって! 俺、昔あの人に助けてもらったことがあって……その、お礼がずっと、言えてなくて。
『NIGHT RAVEN』が壊滅したって聞いたときも、いてもたってもいられなくて……。先輩のために、新しい楽団を立ち上げたんだ。それが今の『ニグロフェル・カストルム』なんだよ」
以前、クローディアは『NIGHT RAVEN』が壊滅した後、別の楽団に入る予定だった。その入る予定だった楽団というのが、コーディ率いる『ニグロフェル・カストルム』だったのだ。
サチは彼からクローディアを「横取り」したのである。
「アイツらも全員そうなんだ。セナ先輩たちに命を救われたり、友達や家族を救ってもらったりしたヤツら」
数メートル前、リンに連れられて森を進む学院生の背を、コーディは見つめていた。
「ホシノ……とか言ったっけ。お前もそうなのか、セナ先輩たちに助けられた」
「はい」
サチが『NIGHT RAVEN』に拾われた細かい経緯については、公にはされていない。クローディアが周囲に「セナが最後に救った子」としてサチを紹介しているだけである。
自殺を図ったサチが喪いかけた命を繋がれた――――サチはその真実を、ヴェルナくらいにしか明かしていない。
「俺たちもあの人たちみたいに……って思ったんだけどな。
上手くいかねーもんだ。人に助けられるばっかりじゃなくて、人を助けるために一人前の魔奏士になりてぇって、ずっと思ってたんだけど」
「クローディアさんに言われたんです、わたし」サチは伏し目になったコーディに語り掛ける。「『誰かみたいになりたいなんて、思うもんじゃない』って」
「どういう意味だ?」
「誰も誰かの代わりにはなれない、みたいな感じですかね。
先輩は十分強いと思いますよ。たった一人で、『血球』からみんなを守ったんですから」
「そうかな? 俺、カッコいいかな?」
「いえ、そこまでは言ってないです」
クローディアからの連絡が入ったのは、ちょうどその時だった。
『サチ、聞こえる? こっちは合流ポイントに付いたわ。まだ血球は近づいてないみたい』
「あ、クローディアさん。こっちは要救助の楽団と合流して、合流ポイントに向かっているところです」
『よかった。待ってるわね』
「『カストルム』のリーダーさんなんですけど。クローディアさんのファンらしいんですよ」
『まさか。私のファンなんて、いるわけないじゃない。どうせセナかルイスからの鞍替えでしょ』
「そんなことないと思いますよ。すっごく会うのを楽しみにされてるので、あとでご紹介しますね」
サチが通信を切ると、コーディは緊張した面持ちでびくびくしながらサチのほうに視線だけを向けた。
「も、もしかして今の、クランフィールド先輩?」
「はい」
「ほ、ホントに会えん、のか……。緊張する。手汗がやべぇ」
「やはり恋、のようですね」ムツミは興味深々だ。
「うんうん。分かります。仕方ないですよね」サチは腕を組んで、首を縦に振った。「クローディアさん、素敵な人だもん」
「分かるか、ホシノ」
「まず顔がいい。包容力もあって」「うんうん」
「お姉ちゃん、それかお母さんって感じ」「わかる」
「でもちょっと抜けてるところがあって、放っとけないっていうか」「だよな」
「それに手料理が美味しい」
「て、手料理⁉」コーディが素っ頓狂な声を上げた。「お前、クランフィールド先輩の手料理、食べたことあんの⁉」
「ありますよ。お菓子作りも上手なんです、クローディアさん」
「ぐぬぬ。羨ましい……!」
サチがコーディとクローディアトークで盛り上がっていると、ムツミがサチの腕を掴んで話に割り込んできた。
「サチ。料理なら私も負けていませんよ」
「ん? うん、そうだね。ムツミのご飯もおいしいよ」
一流のシェフの腕を学習しているというムツミの料理は、彩も味も栄養も完璧だ。
ただの兵器として製造されたはずのムツミに料理機能が搭載されていることを、サチはユーレンに深く感謝しなければならない。
☆ ☆ ☆
合流ポイントは、湖畔の木が少なくなって浜のようになった場所にあった。
自然に出来た浜には、救難船は接岸できない。手漕ぎのボートが二艘浜辺まで来ており、クローディアとヘレナが、それを漕ぐ大人二人と共に合流ポイントでサチたちを待ち構えていた。
「サチ、無事でよかったわ」
「はい!」
向かい合ったクローディアに肩を叩かれ、サチはようやく緊張の糸がほぐれた。
今回の任務は、普段よりも危険が多かった。新しい形態の『血球』も出てきたし、チームを途中で分ける必要もあった。
だが、なんとか二つの楽団いずれにも、被害を出さずに終われそうである。
「あ、あのっ! く、クランフィールド、先輩!」
サチの背後で、コーディはがちがちに震えていた。
「お、覚えてないかも、ですが。俺、先輩に助けてもらうの、二回目なんです!」
「そうだったの。大変ね」
「コーディ先輩、クローディアさんのファンらしいんですよ」
そういいながら、サチはクローディアに抱き着いた。
脇の下に潜り込み、腰に手を回して体を密着させる。クローディアと距離が近いことを、コーディの前で見せつけるために。
「ほ、ホシノお前……ッ!」
「どうしたのサチ。今日は随分と甘えてくるわね」
「ダメですか?」
「ダメじゃない。いいわよ、別に。たまには甘えても」
「じゃあ私も」今度は反対側に、ムツミが抱き着いた。「甘えてもよろしいですか。私も、一応製造年換算では年下のはずですので」
「あらら。妹が増えちゃったわ」
「ず、ずりぃーぞ! ホシノ、お前なぁ……!」顔がみるみる、赤と青に交互に変わるコーディ。
「先輩も抱き着きたいんですかぁ? クローディアさんに」煽るサチ。
「そ、それは……!」
「ダメでーす。クローディアさんの妹は、わたしの専用席でーす」
「くっそぉーっ!」
「クローディアさん。わたしから一つ、お願いしてもいいですか」クローディアの顔を、上目遣いで見上げるサチ。
「かわいい妹のためなら何でも……といいたいとこだけど。一応聞いてから判断するわ」
「コーディ先輩、たった一人で楽団のみんなを守ってたんです。何かご褒美があってもいいと思うんですよね」
「そうなの。何がいいかしら」
「あ、握手とか……。してもらっても、いいっすか」汗をだらだらかきながら、コーディが右手を差し出して腰を折った。
「ヘタレたね」「ヘタレですね」サチとムツミが顔を見合わせる。
「人間は、死地から生還したときハグで生存を喜び合うといいます」ムツミが淡々と語る。「クランフィールド様。ご褒美にはハグが適当かと」
「そうかしら」
ぱっ、と同時にサチとムツミがクローディアから離れ、クローディアはすたすた、コーディのところまで近づいた。
握手のために差し出された手を掴み、ぐいと引き寄せてコーディにハグするクローディア。
「よく楽団のメンバーを守ったわね。偉いわ」
「ほ、ほワああぁァアっ!」
悲鳴とも歓喜ともとれない絶叫を発するコーディ。
「お、俺……! もう、今日死んでもいいっす!」
「滅多なこと言わないの」
コーディを離したクローディアは、彼の頭を優しく小突いた。
その様子を、少し離れた位置から見守るサチとムツミは、また顔を見合わせてにこにこ笑っていた。サチがムツミにサムズアップで「ナイスアシスト!」というと、ムツミも同じポーズで「当然です」と答え、拳を突き合わせた。
その時であった。
森に続く茂みが、がさがさ、不穏な揺れ方をしたのは。
「敵⁉」
身構えた一行を、「ちがう」と聞きなれた声が制止した。
がさがさ、低木の茂みをかきわけて現れたのはライラと瓜花だった。二人とも怪我はしていないが、制服が葉っぱや枝だらけである。
「ライラが『近道しよう』とか言うからこんなになっちゃったじゃないか。まったく」
「でも、近道にゃぁ違いなかったやん?」
サチたちもほっと、緊張の糸を解く。
「さあ、早く撤収しましょ」
この場にいるサチとムツミ、クローディアとコーディ、ライラと瓜花、それにボートを漕ぐために残っている救助隊員2人以外の全員は、すでに手漕ぎボートで浜を出て、救難艇に向かっていた。ボートの舳先にはリンが立ち、後ろに座っているヘレナは『カストルム』の残りのメンバー3人に囲まれている。
一方の救難艇では、舳先にリーゼロッテが立っていた。だが、様子がどうもおかしい。
船酔いでもしたのか、水面に顔を向けて背中を丸めるリーゼロッテと、それを介助するように背中に手を載せるヴェルナが見える。
リーゼロッテの顔を覗き込むヴェルナ。何かに驚いたのか、ヴェルナがリーゼロッテの側からおろおろ後ずさる。
「リゼ、どうかした?」
通信機でクローディアが問いかける。
が、返ってきたのは「グオオオォォ」という獣の咆哮のような声だけだった。
「ヴェルナ、どうしたの」
今度はサチが呼びかけてみた。
『みんな……みんな逃げて!』
通信機から聞こえたヴェルナの叫びに、一堂が何事かと顔を見合わせた瞬間だった。
ぐっ、と顔を上げたリーゼロッテ。
異常に巨大化したリーゼロッテの眼球から、光が漏れ出す。
リーゼロッテが、異形の怪物――――『臓物』に、変化し始めていた。




