#3 湖畔
夜の湖岸を、サチたちは慎重に進んでいた。
普段は日中にしか来ない出撃依頼が、珍しく夜に舞い込んだ。昼間でも見通しの悪い鬱蒼とした森の中で、しかも月明かりも頼りにならない下弦の月の夜とくれば、普通の楽団ならば間違いなく依頼を断っているだろう。
だが、『NIGHTMARE RAVENS』は違った。
楽団新入部員のための野外活動訓練中に血球と遭遇。撤退を試みたものの、あっという間に囲まれてしまった―――SOSの緊急性と仲間の危機を前に、依頼を黙って見過ごせるメンバーは一人もいなかった。
さらに、『NIGHTMARE RAVENS』には夜目の利くメンバーが多い。野生児のライラ、暗視機能を持つムツミ、魔力や気の流れを感じ取れる瓜花とリン、そして遠隔視能力を持つリーゼロッテだ。今は、リーゼロッテを除く4人にサチを加えた5人で、湖岸沿いを進み救助ポイントを目指している。
あとの4人、クローディア、ヴェルナ、ヘレナ、そしてリーゼロッテは別動隊として、湖を救難艇で横断している。サチたち5人が『血球』に陽動をかけて合流ポイントまで誘導し、クローディア含む救難艇のチームが、対象を回収する作戦だ。
『ばっちり見えてるよー』
通信機からのリーゼロッテの声に、サチはほっと安心する。
『まだ『血球』は動いてないね。でも、すごい数』
「ボクのほうでも見えているよ」瓜花が付け加える。「大きな反応はない……『臓物』はいないようだ」
「でも、安心できないよ」リンも地面を撫でながら呟く。「シャンもこの前、『臓物』の気配は感じられなかったし」
この前、とは魔奏士試験のときのことだろう。
リンは魔奏士試験の際に、気を探ろうとして『骨髄』に逆探知され、目の前でマウレンを喪っている。話している三人の中では、もっとも慎重だ。
「『臓物』が出てきたって、ウチがどがーんっ!とやっつけたるけ。安心しーよ」
『調子に乗らないの、ライラ』ライラがクローディアに叱られた。『サチ、貴女は大丈夫?』
「はい、大丈夫です」
大丈夫も何も、サチは今のこの遊撃メンバーで唯一夜目が利かない。そのせいでライラの背中におんぶされて運ばれているという、なんともしまらない状況なのだ。今の状況に対する不安と同じくらい、サチには気恥ずかしさが浮かぶ。
「取り残された楽団のみんなは大丈夫でしょうか」サチの問いに、ヘレナが答えた。
『逐一連絡を取ってるけど、今のところ大丈夫よ。怪我はしているけれど、重傷ではないって。救助が来るって聞いて元気を取り戻したみたい』
「早く助けてあげたいですね」
森林の中に取り残された楽団『ニグロフェル・カストルム』はサチの一つ上、五年生の上級魔奏士コーディ・エルメートが中心になって活動している楽団である。
メンバー、つまり要救助者は全部で四人。女子比率の高いロアノールでは珍しく、男女比は2対2だ。
「サチ、そろそろ敵に近づいたよ」瓜花がサチの肩に手を置いた。
「ありがとう、ライラ」ライラの背から下りるサチ。「ムツミ、先頭をお願い。一番後ろはライラ。周囲を警戒しておいて。わたしと瓜花ちゃん、それにシャン先輩は側面の警戒」
「おっけー」「分かった」「まっかせといてー!」
「じゃあみんな、行くよ!」
サチは鞘から『剣の舞』を抜き、刀身の背を擦って加速の魔奏を発動させた。周囲のメンバーも各々魔奏を発動し、合奏を始める。
これが、サチが夜目が利かないにも関わらず遊撃チームに入っている理由だ。加速の魔奏を重ねる合奏による補助は、救難艇に乗っているより前線にいたほうが役に立つ。
『血球』は進路上にすぐ現れた。加速の魔奏で近づいたサチたちに気づいていないのか、ふにふにしたスライム状のままを保っていて、攻撃してこない。
戦いの火蓋を切ったのは瓜花だった。浮遊魔法でふわりと宙に舞い上がると、背後に展開した魔法陣から無数の火球を放つ。後光のように降り注ぐそれらは夜の森を昼のように照らし、木々の間をすり抜けながら誘導され、『血球』を素早く正確に殲滅していった。
「地面の下にもいるよ! みんな跳んで!」リンの警告に、サチたちはジャンプしてその場を離れる。「震、脚ッ!」
どすん、と大地を踏むリン。地面が、空気が震え、その下に潜んでいた『血球』が、たまらず飛び出して来た。
それは確かに『血球』に相違なかったが、通常のものより倍ほど大きい。口のような器官が生成しているそれは、普通の『血球』が赤血球を模しているのならば、こちらは白血球に似た形態ともいえる。
赤血球は酸素や二酸化炭素を運ぶ。対して、白血球の役割は外敵――ここでは『血球』を狩る、サチたち魔奏士――を喰らうこと。
「バケモンがぁ!」
臆せず向かっていったのはライラだった。大きく開いた『白血球』の口の中へ敢えて飛び込み、それが閉じられる前に、内側から素早い剣技で切り裂く。
目にも留まらないライラの剣に、表皮を切り裂かれ体液をまろびださせる『白血球』。そこにライラの後ろから瓜花の魔法弾の追撃が入り、『白血球』は内部から爆破された。
「サチ、作戦の変更を進言します」ムツミがサチに話しかけた。「新種の『血球』……。脱出は想像より困難になっているかもしれません。
陽動よりもまず、救助を優先したほうがよろしいかと」
「そうだね。でも全員で救助にいったら、もっとたくさんの『血球』に囲まれちゃうかも。瓜花ちゃん、ライラ。二人に陽動を任せてもいいかな」
「ええよ」「いいよ」
「ムツミと先輩、それからわたしの三人で先行するから、二人は『血球』を倒しながら追いかけてきてね」
先行するメンバーは、いつもの突入チーム三人だ。サチ、ムツミ、そしてリン。幾度かの出撃で、連携もよく取れるようになっている。サチは暗い森の中を足早に進み、要救助者の待つポイントへ急いだ。




