#5 恐怖
クローディアは言葉を失った。思わず悲鳴を上げそうになる口を手で覆う。
さっきまで生きていた少女が。クローディアに微笑みかけていた少女が。異形の『血球』に体内から貪り喰われ、その体を「袋」にされている。少女の変貌はその場にいた生存者たちをも恐怖に陥れる。
悲鳴を上げて、生存者たちはホールの中を蜘蛛の子を散らすように散り散りになって逃げていった。
「この……っ!」
檻を操るための魔法陣を両手に展開した瓜花は、『血球』を押しつぶそうと両手を向かい合わせる。
だが『血球』も抵抗しており、簡単には押しつぶせなかった。
「オネエチャン……オネエチャン……!」
「ひっ」
「耳を貸しちゃダメだ、クローディア! アイツらは、ただ人間の声を模倣しているのに過ぎない!」
「で、でも」
「ライラっ!」「おうよっ!」
瓜花の呼びかけに、ライラが答える。
大剣を抜き放って壁を蹴り、大ジャンプしたライラは、空中に浮かんだ檻に己の魔奏器『万物劈開』を構えて突撃する。
ぐるるる、と低く唸るライラ。『万物劈開』の刀身が光を纏う。
「竜の詞」である。それも、とびきり威力を抑えたもの。
ライラの「万物劈開」は、あらゆる物質をばらばらに分解する力を持つ。それは魔法陣とて例外ではない。並の魔法使いのそれよりも数段頑丈な瓜花の魔法陣だが、「万物劈開」の前では薄い障子紙も同然である。
刀身は容易く檻の壁を貫き、ライラの放つ「竜の詞」、その研ぎ澄まされた魔力の奔流が、『血球』の蠢く檻の内部へと流し込まれた。
少女だったものは光の濁流に融けていく。その口から零れだした悲鳴は、すでに人間のそれではない。
パアン、と風船の弾けるような音を立て、魔法陣の檻が爆裂した。
砕け散った『血球』の破片が降りそそぐ。ぐにぐにと動くそれを、瓜花は自分の周りに召喚した5つの魔法陣から連射する無数の火魔法で次々迎撃していった。
「……ボクの末路も、あれと同じだ」
魔法を放ちながら、瓜花は小さく呟いた。
とても小さな声だった。隣にいるクローディアしか、その心の叫びを聞くことはできなかった。
ヒトではない異形の怪物が、ヒトの皮を被っている――――『血球』が少女の声を使ってクローディアに近づこうとしたのと同じように、瓜花もまた人間のフリをして人の社会に紛れている。
人を騙る怪物の末路は、大体同じだ。
人の世界は、異物を認めない。共存を許さない。その残酷さを、クローディアも知っている。不死の力を得た怪物、死を招く厄介者として扱われていたクローディア。それでも人を恨むことができなかったせいで、余計な苦しみを背負うことになる――――
瓜花がどんな人生を送ってきたのか、クローディアには思索をめぐらすことしかできない。だが、今瓜花が恐れているのが、せっかく得た大切な仲間を喪うことであるのは痛いほど分かった。
大切な人と触れ合えない苦しみよりも、大切な人を永遠に失う苦しみのほうが、ずっと大きいからだ。
☆ ☆ ☆
すべてが終わった後で。クローディアは消沈する瓜花を背後からぎゅっと抱きしめた。
「クローディア……?」
「大丈夫。私たちは貴女を捨てたりなんかしないわ。
あなたがどんな存在であっても関係ない。もう、家族みたいなものですもの」
「ありがとう、クローディア。
でも、ボクはやっぱりまだ、怖いんだ。さっきキミに話したことは、他の誰にも話さないでほしい……話すときは、ボクが自分の口で、みんなに話したいんだ」
「ええ、そうするといいわ。待ってるから」
抱えてみると、クローディアには瓜花が信じられないくらいに小さく思えた。
その背中に、かつて瓜花が語っていた言葉を思い出す。「死」を調べた―――。リリア・ロアノールの予言の言葉が、魔女の復活を予言したものではないかと集まって相談したあの日。瓜花はさらりとそう言った。
あの時はただの学術的興味だろうとしか思わなかったが。瓜花が自身の存在について悩んでいたと考えると、違った理由が見えてくる。
瓜花は、バケモノである自分が、人を傷つけることを恐れている。「死」について調べていたのはきっと、「もしも」のとき―――自分がヒトを傷つけそうになったときに、自ら「死」を選択するためなのではないか。
図書館で、サチとクローディアが瓜花を引き留めたとき。瓜花は何の迷いもなく、自ら孤独を選ぼうとした。瓜花は、必要があれば自分を切り捨てること、命を投げうつことも躊躇しないだろう。
そんなことは、させたくない。クローディアはそう思った。
『NIGHTMARE RAVENS』の面々が、クローディアにそう思っているのと同じように。




