#3 連鎖
サチから『血球』の討伐完了報告が上がったのは、それから30分と少しが経った後だった。クローディアは楽団メンバー全員の安否を確認し、ほっと胸を撫でおろす。
『NIGHT RAVEN』のころから、今の『NIGHTMARE RAVENS』になってからも。何度も何度も戦地を経験しているクローディアだが、皆が無事に帰ってくる瞬間が一番心の落ち着く瞬間だ。
『このまま突入チームは船内の『血球』の残りを捜索しようと思います』通信機がサチの声を伝える。
「分かったわ。まずはヘレナたちと合流して。リゼ、突入チームの仕事を手伝ってほしいんだけど」
『まったく、もう』リーゼロッテの不満そうな声が通信機から聞こえてきた。『人使いの荒い副団長さんだなぁ』
文句をいいつつも、リーゼロッテはクローディアの指示に従った。
「クローディア」瓜花が近づいてきて、クローディアの袖を摘まんで引っ張った。「ちょっと手を貸してくれないか。ボクの手には負えない患者がいる」
「ええ、いいけど」
クローディアは首を傾げながらも、瓜花の案内に続いて負傷者たちの隙間を縫って歩いた。
反射的に受け入れてしまったが、あの瓜花の手に負えない患者とは、いかなる症状なのだろうか。回復魔法が使えるといっても、クローディアの使えるそれは学校で習う初歩的な、傷を塞いだりする程度のものしかないのだが。
瓜花に案内された先にあったのは、魔法で空中に固定されたカーテンで四方を囲まれた空間だった。近づいてみると、それはカーテンではなく、ぼろぼろのベッドシーツを転用したものである。
瓜花が即席カーテンの前で指を左右に振ると、カーテンはひとりでに左右に開いて入口を作った。瓜花に続いてクローディアがおそるおそる中に入ると、そこにはソファベッドに寝かせられた一人の女性がいた。
歳は20代後半から30歳くらいだろうか、意識はあるようだが顔じゅうに脂汗が浮いていて、うぅうぅ唸って苦しそうである。その理由は、医学の心得など全くないクローディアにもひと目で分かった。
「……なるほどね」
クローディアは瓜花が助けを求めに来た理由を察した。
大きく膨らんだ女性の腹部――――妊婦である。しかも、産気づいている。これは回復魔法ではどうにもならない。
「産湯はいるのかな」
「ウブユ? そんなことよりタオルを用意しないと。肌ざわりがよくて清潔なのを、大量に」
瓜花が通信機でライラに助けを求めている間、クローディアは女性を観察した。
戦場ならいくらでも経験があるクローディアだったが、助産の経験は一度もない。一体何をすればいいのか……困惑したクローディアは、ただ女性の手を握るくらいしかできなかった。
「破水はまだしていない」瓜花がベッドの傍らに戻ってきた。「だが、いつ来てもおかしくない状況だ」
「詳しそうね、瓜花」
「『魔王』で調べたからね。だけど、知識を持っていることと実践できることとは別だ。だからクローディアの知恵を借りたかったんだよ」
「私も助産の経験はないけど……。何よその顔」
「いや、言われてみればそうだったなと思って。助産どころか、クローディアはもう3人くらい産んでるような印象だったから」
「だァれがお母さんか!」
瓜花とクローディアの痴話喧嘩は、目の前の女性のうめき声に中断される。
「……瓜花、指示して。私より貴女のほうが知識はあるだろうし」
「産道が十分に開くまで、子供は出てこられない。だからそれまでは我慢してもらわないと」
「大丈夫ですよ」女性の手を握り、クローディアが語り掛ける。「でも、もう少し、もう少しだけ我慢してくださいね」
「は、ハァ、ハァ……はい……んくっ」
物々しい気配を感じてか、ヴェルナも即席カーテンを翻して現れた。寝転んだ女性、手を握るクローディアと立ち尽くす瓜花に状況を察したヴェルナ。
「ウルカ、何か必要な薬ある?」
「麻酔剤がいい。とびきり弱いの」
「難しい注文だなぁ」
ヴェルナが魔法薬の調合を始めた直後にカーテンを割って顔を出したのは、ライラだった。ヴェルナとは対照的に「タオルなんて何に使うん?」と状況が分かっていないらしいライラは、すぐに瓜花に追い出されてしまった。
「うッ、ふぅぅ……くあッ!」
「瓜花、なんとかできないの?」クローディアが女性の手を握りながら必死に訴える。「とっても苦しそう」
「できない。人間が人間である限り、出産の苦しみからは逃れられないからね」瓜花は冷静に分析する。
自分が産まれたときもこうだったのだろうか。クローディアは自問する。あの豪快極まる母親も、こんな風に顔をぐにゃぐにゃに歪めて、ひんひん泣きわめいて、痛みに耐えていたのだろうか。あるいは、いつか自分も――――
「始まるぞ」
瓜花の合図とともに、女性の表情にも変化が現れる。痛みに耐えていた顔から、歯を食いしばり力む顔になる。
新たな命が、産まれ落ちようとしている。
「頑張って! せーのっ」断片的な記憶を頼りに、女性と呼吸を合わせるクローディア。
「うわ、頭見えてきた」どこか冷めた感想を言うヴェルナ。
「生まれてくる赤ん坊は産道の中で回転しながら出てくるんだ。まるでライフリングだね」もっと冷めた感想を言う瓜花。
「ちょっと! 二人ともそんなところに突っ立ってないで! 手伝いなさい!」
檄を飛ばしたクローディアに、ヴェルナは反対側へ回って女性の右手を取った。
瓜花は相変わらず少し離れた位置にいる。タオルを片手に、動かないでいた。あまり感情を表に出さない瓜花だが、クローディアには分かった。視線が他所を向いている。動揺しているのだ。
魔奏器『魔王』のおかげで知識だけは十分にある瓜花。だが、彼女がクローディアに助けを求めたのは、何も人手が欲しかったばかりではないらしい。
怖がっている。
瓜花は、何かを怖がっている。クローディアは直感的にそう思った。何を、どうして怖がっているのかは分からないが。今この場で、何かが起きるか、あるいは何かが現れるのを怖がっている。
「瓜花!」クローディアは瓜花を叱りつけた。「何突っ立ってるの! 貴女が取り上げて!」
「で、でも……」うろたえる瓜花。
「貴女ができないならライラにやってもらうわ!」
「それはいけない!」瓜花は声を荒げた。「あんなヤツに赤ん坊を抱かせたら大変なことになるぞ!」
「じゃあ貴女がやるのよ!」
「ん……う、わかったよ」
タオルを手に、瓜花は赤ん坊を受け取る位置についた。
それが難産だったのか、安産だったのか。クローディアには判断できない。なにせ、出産に立ち会ったことなど、人生でこれが初めてだったからだ。
産まれたばかりの、泣き叫ぶだけの赤ん坊と、それを抱きかかえておろおろしている瓜花。クローディアが代わりに赤ん坊を拭いてやり、瓜花の背を押してタオルに包んだ赤ん坊を母親の元へ返す。
へとへと、けれどやり切った顔。産まれたばかりの赤ん坊を抱き、疲労感を幸福で上塗りしたような母親の顔に、クローディアも思わず顔が綻んだ。




