#6 最高の仲間
「……わたしも本音をいいます」
サチは魔法薬入りのハーブティを一口、啜ってから口を開いた。
「正直、ヘレナ会長とリゼ先輩をうちの楽団に入れるの、イヤです」
「……っ!」
「だってお二人は、クローディアさんからみんなの遺品を取り上げようとしましたし。リゼ先輩はクローディアさんのこと今でも『死神』っていうし。
『NIGHT RAVEN』は、セナさんがクローディアさんのために作った楽団なんです。クローディアさんに生き返りの力を使わせない、クローディアさんを犠牲にしないための最高の仲間が集う場所。そこに、お二人を入れることなんかできません」
新生『NIGHT RAVEN』は、あくまでサチがセナのやり遺したことを引き継いで生まれた楽団である。
それはサチなりのセナへの手向けであった。魔奏士としての才能がなく、生きる目的を失ったサチに「生きて」と言ってくれたセナへの。彼女の仕事を引き継ぐのは、サチの感謝、謝罪、贖罪――――生き残ってしまった者の義務だとか、希望を失ったものに唯一宿る信念だとか、いろいろに混ざった感情の発露であった。
だからこそ、ヘレナとリーゼロッテは『NIGHT RAVEN』には相応しくない。クローディアに『葬送曲』の使用を無理強いしていた彼女たちが、クローディアのために結成された楽団に入ることなどあり得ない。それは、当のクローディア自身が加入を許可しても変わらない。
「お二人がどんなに強くて、どんなに頼りになって。どんなに助けを求めていても、それは変わりません」
「そう……だよね」リーゼロッテは目を伏せた。「わかるよ。ワタシだって、雛鳥ちゃんの立場ならそう言うと思う」
「でも」
サチは腰に差したままの『剣の舞』を見下ろした。
セナの遺品。セナの遺志を継いだ、サチの象徴。自分が振るうことを畏れ多いとすら思っていた日本刀型の魔奏器は、今はサチの手にしっくりよくなじむ。
今はもう、サチはセナの代替品ではない。
サチはセナのようにはなれない―――彼女の代わりなんて、どこにもいないのだから。
「……でも、ヘレナ会長が苦しんでいると聞いたら、助けないわけにはいきません」
「え……」
「夏休みのとき……わたしがムツミと『笛吹き』に襲われたとき、会長が助けてくれたんです。
それはリリアちゃんを狙っていた『笛吹き』を倒すために、わたしの力を必要としていただけだったんですけど。わたしはそれでも、嬉しかったんです。会長に助けてもらえなかったら、わたしは死んでたかもしれません。その恩は返したい」
「じゃあ、ヘレナには協力してくれる……?」
「いいえ。リゼ先輩、あなたもです」
サチは椅子から立ち上がってテーブルから身を乗り出し、リーゼロッテの手を取った。
「リゼ先輩。うちの楽団に入ってください」
「いいの……?」
「もちろんです。
わたしは今までずっと『NIGHT RAVEN』をクローディアさんのためにやろうと思ってました。クローディアさんの居場所を守って、最高の仲間を集めるんだって。
でも、セナさんの望んだ『NIGHT RAVEN』って、それだけじゃない気がするんです。きっと、居場所がない人が集まって、お互いを支え合いながら活動できる楽団。それが『NIGHT RAVEN』だったんじゃないかって。
そうじゃなかったら、わたしが勧誘されるはずがないですから」
『剣の舞』を手にする前のサチは、決して戦力と呼べるようなものではなかった。
魔奏が使えない劣等生。それでも、セナはサチに楽団の仲間になってくれと言った。セナはサチに、戦力としての活躍を期待していたのではないはずだ。
ルイスを楽団に誘ったセナはユーレンに言った。ルイスは大切な友だちだ、と。
セナはルイスの戦闘力に目を付けて楽団に入れたのではなかった。ルイスが、一緒に活動する最高の仲間、友達になりうるから勧誘したのだ。
『NIGHT RAVEN』に集うのは、最高の仲間だ。最強の仲間ではない。
「この半年、たくさんの人たちと出会って、戦って。わたしの中で、セナさんの遺志を継ぐって、『剣の舞』を手にするってどういうことなのか、変わってきた気がするんです。
クローディアさん、ライラ、瓜花ちゃん、ヴェルナ、ムツミ、それにシャン先輩。これからは、楽団みんながクローディアさん一人のためでも、セナさんの遺志を継ぐためでもない、わたしたちが、わたしたちの楽団を作っていこうって思うんです。
誰も見捨てない、誰も諦めない。みんなの居場所。『NIGHT RAVEN』がそんな楽団になればいいなって。そこにヘレナ会長とかリゼ先輩が入っていても、わたしはいいかなって思うんです」
「雛鳥ちゃん……」
「ね、いいよね。ヴェルナ」
「ん。ま、いいんじゃない?」ヴェルナは腕を組んで、椅子の背に体を預けていた。「また誤魔化そうとしたら許さないって思ったけど、正直に話したみたいだし?」
「ほんと……?」
「サチがいいなら、あたしは何も言わない。マウレンのこと許せないのは変わらないけど……一旦は、先輩の話、信じてあげます」
ヴェルナは組んだ腕を指でとんとん、何か不満げな表情をサチに向けている。
「……それよりサチ、リリアって誰? セレブラントって何?」
サチとリーゼロッテは椅子に座り直した。
ヘレナが加入すれば、遠からず皆に知れ渡ることだ。サチはリーゼロッテと少し相談し、ヴェルナにも夏休みの一件と、リーゼロッテの語った「セレブラント」についてヴェルナにも教えた。
予言の魔法―――その存在に顔をしかめたヴェルナだったが、リリアが負うことになった祝福の力の代償を聞くと、表情は憐憫の色になった。
「なるほどね……その『セレブラント』ってのも万能じゃないってこと」
「セレブラントがどうして生まれたのか、どうやって覚醒するのかはまだ分かってないんだよね」リーゼロッテが語る。「見つかり出したのは20年くらい前からって聞いた。魔女の暗黒時代による淘汰圧が生んだ、人類の進化の一つなんじゃないかって理事長は考えてるみたいだけど」
「進化、ねぇ」
ヴェルナがティーカップに口を付けた。
「でも、良かったです」サチはティーカップの前に縮こまっていた。「こうしてリゼ先輩と話せて。先輩の本音も聞けたし。
ヴェルナのお陰だよ。ありがと」
「どういたしまして」ヴェルナはカップを煽って中身を飲み干した。「ま、あたしは何にもしてないけどねー」
「……え? だって、魔法薬入れて……」
「ワタシも見てたよ、遠隔視で。キノコちゃんが自白剤作って、ハーブティに入れてるとこ」
「自白剤なんて、あたしの技術で作れるわけないじゃん。これはただのハーブティ。入れたのは発酵を速める薬」
サチとリーゼロッテは驚いてカップの中身とヴェルナの顔を交互に見た。
その動きもタイミングも、表情さえも完全に一致しているのを見て、ヴェルナはぷふっと噴き出した。
「あはははっ! やっぱ、セレブラントっていっても万能じゃないんだね!
遠隔視があったって、あたしが作ってたのがただの発酵促進剤だってのが見抜けないんだもん!」
「うぐぐ……」
悔しそうな顔をするリーゼロッテ。ヴェルナはひとしきり笑い終えると、流した笑い涙をぬぐった。
「予言が何よ。そんなの、あたしたちがぶち壊しにしてやればいいじゃない。どんな魔法も、祝福も、才能だって万能じゃない。今見せた通りにね。
だったらどんな絶望的な予言だって、ひっくり返す方法は絶対にある。そうよね、サチ?」
「うん。だから一緒に戦いましょう! リゼ先輩!」
「……やっぱ、思った以上の楽団だね、『NIGHT RAVEN』は。ワタシもヘレナも、受け入れちゃうなんてさ。
これからもよろしくね、雛鳥ちゃん」
改めて、サチはリーゼロッテと握手を交わした。えへへ、と笑うリーゼロッテ。サチが彼女の嫌味のない笑顔を見たのは、初めてかもしれないと思った。
その笑顔は、セレブラントの少女ではない―――ただの一人の、人間の女の子の笑顔であった。




