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NIGHTMARE RAVENS  作者: 96500C/mol
Chapter 13. 祝福 -NIGHTMARE RAVENS-
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#4 盗聞

 サチがヴェルナを追って入った温室は相変わらず湿気ていて、ただよう正体不明の花の香りが重くたちこめている。きっとこの中には、ヴェルナが育てているキノコの胞子も含まれているのだろう。

 さっそく鉢植えの土に指を突っ込み、水分量を調べ始めたヴェルナの背にサチは問いかけた。


「ヴェルナ、魔法薬の調合をお願いしたいんだけど」

「いいわよ。どんなのが欲しいの」

「集中できるようなやつがいいんだけど。考えがまとまりそうな。

 わたしと、ヴェルナに」


 愛おしそうに鉢植えの幼葉を撫でていたヴェルナの手が、ぴたりと止まる。


「あたし? なんであたしに?」

「何か、言いたいことがあるんじゃないかなって思ったから」


 振り返ったヴェルナ。彼女がそれを自覚していたかはサチには分からないが、その瞳はいつも以上に潤んでいた。


「ん……そうね、サチにだけは、ちょっと話してもいいかな。

 ちょっと手伝って。準備するから」


 ヴェルナはサチに温室の植物から葉を集めるよう指示した。サチがそれを集めてテーブルまで持っていくと、彼女が用意した湯の中に、瑞々しく色鮮やかな葉が浸されていく。

 ハーブティと呼ぶには熟成が足りず、ただの葉っぱの煮出しに過ぎない。しかし、ヴェルナが奏でる『新世界より』で合成された魔法薬が加わると、湯の色と香りがむわっと一気に際立ち、サチの鼻腔をくすぐった。

 魔法薬の効果はたちまち現れた。蒸気を吸い込んだだけなのに、サチはヴェルナの顔を見ていると、なぜか何でも話したくなってしまうのだ。ただの集中力を高める魔法薬のはずなのに……。もしかして、ヴェルナは魔法薬の調合を間違えたのだろうか?

 二人は早速席につき、ハーブティをカップに注いで同時に一口、喉を潤した。


「……あたしは、認める気になれない」沈黙を先に破ったヴェルナが語り始める。「あの二人、特に、リズ先輩のほうは」

「どうして?」

「遠隔視の魔法の力って……何それ。

 じゃあ、あの人はあの時―――魔奏士試験の日、あの場所に『臓物』がいるって、知ってたってこと?

 それが分かってたなら、危険だって知ってたなら。どうして試験を中止しなかったの。もし試験を中止してたら、マウレンは……!」


 震える手で、ヴェルナはティーカップを置く。

 リーゼロッテのもつ遠隔視の魔法。彼女はそれを使って『血球』の出現を察知し、対処しているというが。

 それなら、下級魔奏士試験の日、あの場に『臓物』がいることを、どうして察知できなかったのだろうか。その合理的な説明に、ヴェルナは最悪の仮説を立てている。


 リーゼロッテは、森の中に『臓物』がいることを知りながら試験を強行した―――下級生が死の危険に陥ることを是認し、マウレンを見殺しにしたのではないだろうか。


「ヴェルナ……」

「分かってる。サチのいいそうなことくらい。『誰も悪くない』……そうでしょ。

 『臓物』がいることを察知できたとしても、リズ先輩がそれをどうにかできたかは分からない。リズ先輩が悪かったかどうかなんて、まだ分からないんだって。

 でも、疑うには十分でしょ。あの事件がなかったら、マウレンは死ななかった。マウレンは先輩のせいで死んだようなもんでしょ」

「……そう、なのかな」


 サチもハーブティを口にした。

 ヴェルナに、どんな言葉をかけていいのか分からない。ヴェルナにとってマウレンの存在は、サチが想像している以上のはずだ。その死の原因を招いたのはリーゼロッテだったかもしれない――――愛する人を喪えば、人は誰かを恨まずにはいられない。リーゼロッテ本人がこの場にいない以上、サチたちには彼女にマウレンを見殺しにする意図があったのかなかったのか、想像を巡らせるしかない。

 温室の扉が、きぃと微かな音を立てて開いたのは、そのときであった。


「……もしかしてワタシの話、してた?」


 温室のシュロの葉の陰からぬっと顔を出したのは、リーゼロッテだった。

 完璧すぎるタイミングでの登場。まさか、遠隔視の魔法で二人の会話を盗み聞きしていたとでもいうのだろうか。

 いつものへらへら顔、しかし少しだけ青みがかった顔色で、リーゼロッテは二人に近づいてきた。


「へへ、その顔は図星って感じだね。

 ワタシも一席、もらっていいかな」


 ヴェルナとサチに了承を得る前に、リーゼロッテはテーブルの空いていた席に座った。

 サチはティーカップを持ってきて、リーゼロッテに差し出す。ヴェルナは不服そうだったが、サチは目配せで訴えた。

 リーゼロッテにも魔法薬を飲ませれば、彼女の真意を聞き出すことができるかもしれない。リーゼロッテは特に警戒する様子もなく、出された茶に口をつけた。


「……んはぁ。おいしいね、コレ」

「ありがとうございます」不満そうに答えるヴェルナ。

「で、何が聞きたいのかな」テーブルに肘をついたリーゼロッテ。「いま、ワタシ何でも話してあげたい気分なんだけど」

「じゃ、じゃあ」サチが身を乗り出す。「遠隔視の力、について。下級魔奏士試験の日、リズ先輩は『臓物』が潜んでいることを知っていましたか」

「知らなかったよ。信じてもらえないと思うけどね」


 リーゼロッテは淡々と答えた。


「遠隔視の能力って、無敵じゃないんだ。自分より魔力が弱い相手、『血球』とかは簡単に見つけられるけど、『臓物』は無理。

 あの森、なんか『血球』が多いなぁとは思ってたよ。だから上級魔奏士には下級魔奏士試験のついでに、『血球』を討伐する任務を出してたんだから。でもまさか、『血球』を生み出せる『臓物』が隠れてたなんて、ワタシは知らなかった。

 ま、信じられないだろうけどね、ワタシの言葉なんて」

「信じます、わたしは」


 普段ならサチもリーゼロッテの言葉を信じなかったかもしれないが。

 今日はヴェルナの魔法薬がある。きっとこの言葉に嘘偽りはないのだろう。


「ダメだよ、『雛鳥』ちゃん。そう簡単に、人の言うこと信じちゃ。

 人間なんて、みんなみんないつもいつも、ウソついてばっかだもんね」


 リーゼロッテはもう一口、魔法薬を啜る。


「……ワタシね、両親いないんだ。

 ううん、違うよ。魔女にやられたのでも、『血球』とか『臓物』に襲われたわけでもないよ。セレブラントの能力を持っててもさ、守れないものくらいあるんだって」


 ティーカップを煽り、中身を飲み干す。

 はぁ、と大きくため息をついた後で、リーゼロッテは絞り出すように呟いた。



「……自殺したんだ。ワタシのせいで」


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