#2 新入
新年。新たな年を迎えると同時に、サチたちの状況にも変化が生じ始めた。
決闘勝利の副賞として『ヘルメス・ワルキューレ』から譲り受けたギルドハウスが、今日から『NIGHT RAVEN』の居城となる。建屋内の半分は魔導人形の整備工廠となっているため、サチたちが自由に使えるのは残り半分であるが。かつて機密室があったその「半分」は、二重壁の機密室が撤去され、高級感あふれる家具が並び、温かみのある談話室へと改装されていた。
魔法の火を灯した、薪要らず煙突要らずの暖炉。ふわふわのソファ。十人以上は並んで席につける大きなテーブル。壁際には仮眠用の簡易ベッドまで備え付けられている。内装は明るく、以前サチたちが訪れたときと同じ場所とは思えないほどだ。
「会長から、予算を頂きましたの」
ギルドハウスの改装費用の出どころを、ユーレンはすぐに白状した。
『NIGHT RAVEN』の居城を快適にすることに、まさかあのヘレナ・ロアノールが協力しているとは。サチもクローディアも、ローテーブルを一緒に囲み紅茶を啜るユーレンを、驚きと共に問い詰める。
「なんでですか⁉ 会長が、どうしてうちの楽団に⁉」
「さあ? 理由なんて知りません。私には、どうでもいいことですもの」サチとクローディアの前にもティーカップが置かれ、ムツミが紅茶を淹れた。「予算を出してくださるのでしたら、私はその注文に従うだけですわ」
「……それは」
突然聞こえた声に、サチとクローディアが入口に振り向く。
ドアをバンと開け放って、リーゼロッテが立っていた。
「それは、ワタシから説明するよー」
「リゼ、何の用?」怪訝そうな顔でクローディアが問いかける。「勝利祝いってわけじゃなさそうね」
「ひどいなあ、『死神』ちゃんは。別に用がなくたって遊びに来てもいいじゃん。やっほー、雛鳥ちゃん。元気?」
「はい、おかげさまで」
サチはソファをずれて、リーゼロッテの座るスペースを開けた。
「外寒ぅー。あ、ワタシも紅茶欲しい。あとついでにお菓子か何かあると嬉しいな。
クッキー、残ってるんでしょ?」
「……相変わらず図々しいわね」
しぶしぶではあるが。立ち上がって簡易キッチンに向かったクローディアは、ユリーカのクッキーの再現品と、空のティーカップをトレイに載せて戻ってきた。
わーい、とすかさず横を通り過ぎるトレイからクッキーを強奪し頬張るリーゼロッテ。ムツミが注いだ紅茶に舌鼓をうち、ソファに大の字になって横たわる。
まるで我が家のような寛ぎようである。
「あの、会長がギルドハウスの改装に予算を出したって」
「ん、あー。その話ね」背もたれに預けていた体を、ひょいと起こすリーゼロッテ。「ヘレナとワタシも、『NIGHT RAVEN』に入ろうと思って。前金だよ」
「「えッ⁉」」
リーゼロッテを挟んで、サチとクローディアは全く同じリアクションをした。
「お断りよ。どうしてアイツとあんたなんかを」
「まーまー、そうカッカしないで。ほら、『NIGHT RAVEN』は『ヘルメス』をやっつけちゃったでしょ。
そのせいでさ、今『血球』の討伐に学外活動できる楽団が、いなくなっちゃってるんだよねー」
「そうですね」ユーレンはティーカップをそっと置いた。「先日の決闘で、うちの魔導人形は物理的な損傷こそ受けていませんが。どんな影響があるか、一応全機を検査しませんと」
「と、ゆーわけで。『ヘルメス』に勝った『NIGHT RAVEN』には、校外活動をしてもらいたいんだよね」
「校外、活動……」
クローディアがうつむく。
言葉にせずとも、クローディアが何を考えているのか、サチには何となく分かった。現状「NIGHT RAVEN」の上級魔奏士はクローディアのみ、下級魔奏士はサチとヴェルナだけである。魔導人形であり、魔奏士資格なしに校外活動できるムツミを入れても、校外に出て『血球』の討伐任務に当たれるメンバーは4人しかない。
最大戦力であるライラと瓜花が同行できないのは、大きな不安材料だ。果たして、この二人を欠いた四人だけで、本物の戦場を切り抜けられるだろうか。
「……せ、せめてライラと瓜花ちゃんが、下級魔奏士試験に受かるまでは」
「そんな悠長なことは言ってられないって、雛鳥ちゃんも分かるよね?」
リーゼロッテの言う通りである。
最近、『血球』の出現頻度が増加している。ロアノールや他の魔奏学園、そして各地で活動する魔奏士たちの活躍によって被害は抑えられているものの、『血球』の活動が日ごとに活発化しているのは間違いない。
「そ・こ・でぇ~。ワタシとヘレナが、『NIGHT RAVEN』に入って一緒に討伐任務に当たってあげようってこと。それを飲んでくれたら、留学生とウルカちゃんに特別に校外活動許可を与えてあげまーす」
「……あの。モニカさんは一緒じゃないんですか? 生徒会でいつも一緒の」
「ああ、モニカね」
リーゼロッテは紅茶を啜り、静かにソーサーに戻した。
「あの子は関係ない。ヘレナとワタシを楽団に入れて欲しいのは、生徒会じゃなくてワタシたちの個人的な要望だから」
「その要望に応えたら特別許可を与えるなんて、職権乱用もいいとこね」
普通に考えれば、断る理由はない。ヘレナのレイピア捌きをサチは知っているし、リーゼロッテは魔法を教えてくれた先生でもある。二人の実力は折り紙付きだ。
さらに、校外任務にライラと瓜花も出られるようになれば、非常に心強い。しかし――――
「役に立つよぉー、ヘレナもワタシもさ」
にししと笑うリーゼロッテは、ギルドハウスの入り口を指差す。
何事かと振り返ったサチの目の前で、突然入口がバーンと勢いよく左右に開かれた。
「あのッ! ここ、『NIGHT RAVEN』のギルドハウスになったんですよねッ!」
興奮した様子でずかずか入ってきた女子生徒。サチはその顔と、両腕に装備された魔奏器には見覚えがあった。
金属製のガントレット――――左右一対の魔奏器『天国と地獄』。そこに立っているのは、下級魔奏士試験でサチやヴェルナと共に、マウレンを取り込んだ『臓物』と戦った、サチやヴェルナと1学年上の留学生、玲雙虎である。
「シャンさん⁉」素っ頓狂に叫ぶサチ。
「サチ、知り合い?」新顔に困惑するクローディア。
「知り合いも何も。刺激的な体験を共にした仲ですよ!」自慢げに、リンは答えた。
「 」クローディアの瞳から光が消えた。
「く、クローディアさん! 誤解、誤解です! そういうんじゃないです!」サチは慌てて否定する。「下級魔奏士試験で! 一緒の班だったんです!」
「……あ、そう。そういう意味ね」クローディアの瞳に光が戻った。「びっくりしちゃった」
「幸幸、この前の話、考えといてくれたよね?」
「さっさー? 『この前』……?」
「ひどいなあ。シャンも『NIGHT RAVEN』に入りたいって言ったじゃん!」
ああ確かに、とサチは思い出した。リンは下級魔奏士試験の前にサチへ入団の意志を伝えていた。しかしその後の出来事のせいで、サチはそのことをすっかり忘れてしまっていた。
「入団テストとか、あるの?」肩を回して準備体操を始めるリン。「何でもやっちゃうよー?」
「そういうのはないわよ」クローディアが代わりに答える。「たしかあのとき、サチとヴェルナと一緒に『臓物』を討伐して、一緒に下級魔奏士の資格を授与された生徒っていうのが、貴女なのよね」
「そっそー。シャンが並み居る『血球』を千切っては投げ千切っては投げ……」
あの森の中での出来事を身振り手振りでクローディアに自慢しようとするリン。
それを見ながら、リーゼロッテはくすくす笑っている。
「なら実力は十分なようね。サチ、私はこの子に入ってもらってもいいと思うわ」
「クローディアさんがいいなら、おっけーです」
「ほんと⁉ やったー!」
両手を挙げて喜ぶリン。それを見ながら、リーゼロッテは「ほらね」と自慢げな顔をサチへ向けてきた。
「ね。ワタシ、役立つでしょ?」
ドヤ顔のリーゼロッテだが、サチには彼女の言わんとしていることが分からない。
この場にリンが現れたことと、リーゼロッテの存在にどんな因果関係があるというのだろうか。
「ん、その顔は分かってない顔だね。ワタシの特殊能力が」
「特殊能力?」
「ワタシにはね、遠く離れた場所とか壁に囲まれた密室の中とか、目の届かないところを見る魔法の力があるんだよ。それを使って、あの子がここに近づいているのを察知したってワケ。
術式とかそういうんじゃない、生まれついて持っている力だよ」
紅茶のおかわりもらえる?と問うたリーゼロッテは、返事を待たずにサチの紅茶を奪って口を付けた。
「『祝福の子』、ワタシたちはそう呼んでる」
「セレブラント?」
「セナもそうだった。それに、リリアもそう。普通の人には使えない、生まれついて持った魔法の力。セナは魔力融合、ワタシは遠隔視。そんで、リリアは未来予知。
ほかにもロアノールにはいっぱいいるよ。透明化とか壁抜けとか……珍しいのだと、人狼化ってのもいる」
サチの紅茶を煽ったリーゼロッテは、カップをかちゃりとソーサーに戻した。
「ごちそーさま。で、どうかな。ワタシとヘレナを、楽団に入れてくれない?」
「……すみませんが」サチは重く口を開いた。「少し、考えさせてもらえませんか」
「いーけど。あんまり気長には待てないよ? のんびりしてると『血球』が増えすぎちゃうし」
「三日、ください。その間に、みんなと話し合います」
サチはリーゼロッテから三日間の猶予を与えられた。
彼女の言う通り、情勢はサチたちを待ってくれるわけではない。学院近くの森に蔓延る敵を放置すれば、『血球』が増えすぎて手がつけられなくなる恐れがある。
だが――――だが、サチはどうしても二人を楽団に迎え入れる決断を素直に下すことができなかった。
今もなおクローディアのことを「死神」と呼んで憚らないリーゼロッテ。その存在が、クローディアを犠牲にしない、最高の仲間が集う『NIGHT RAVEN』に相応しいとは、サチにはどうしても思えなかったのだ。




