#1 降雪
12月も終わりが近い、雪の降る静かな夜。サチは自室で、窓の外にしんしんと降り続ける雪を眺めていた。
日の出前から一日中降り続いていた雪は深く積もっている。夕方までは外で雪遊びをする学院の生徒たちの姿も見られたが、日が沈むとそんな生徒はもう―――いや、まだいた。ライラと瓜花、そしてクローディアが雪合戦で遊んでいる。
学院の講義が終わった後、最初は戦闘訓練だと言ってサチを誘っていた三人だが……。サチはこの後の予定があったため、断っていた。どうやらヴェルナにも断られたらしい。
今はライラと瓜花が一方的に雪玉をぱかぱかと投げつけている。わーわーきゃんきゃん、クローディアの騒ぐ声が微かに聞こえてくる―――そのとき、サチの部屋の扉がキィと音を立てて開いた。
「サチ」
振り返ると、ムツミが立っていた。手足や失っていた人工皮膚を、元に戻した状態で。
晴れて、損傷個所の修理を受けることができたムツミ。元の仕事、ユーレンのメイドに戻っても良かったのだが。ムツミは、サチの部屋に転がり込むほうを選んだのだった。
気恥ずかしそうに立っているムツミに、サチは「待ってたよ」と声をかけて部屋へ招き入れる。サチのベッドとは反対側――――今日からムツミのスペースになるベッドに、二人はきしりと軋む音も気にせず並んで腰を下ろした。
「治してもらえたんだね」
「はい。お嬢様は全身の換装を提案して下さいましたが……どうしても、この右手は残しておきたくて。極力、元のパーツを維持するように直してもらいました」
サチの前に、ムツミは右手を出す。
「覚えていますか。地下室でサチやヘレナ会長と一緒に戦ったとき。私は右腕を捨てたのです」
「覚えてるよ。そのおかげで隙が出来た」
「それまで、私はルイスの真意を掴もうと必死になっていました。人間的であるとはどういうことか……でも、どんなに思考を重ねても、やはり私は魔導人形なのです。
私の根底にある、人間を守るための至上命令には変更を加えられません。もし私が『人間的』になってしまえば、私は自分を守るために自分を投げ出さなければならなくなってしまう。ひどい矛盾です」
その矛盾に、ムツミはどう対応したのか。
「もし私が人間だったなら。右腕を捨てて勝機を掴む判断はできなかったかもしれません。だからこの、新しく付け直した右腕は。私が魔導人形である証であると同時に、私が魔導人形として、サチたちの勝利を助けられたことの勲章でもあるのです」
ムツミは右腕を引っ込めた。
「そうすると新たな疑問が生まれます。大量生産されたモデル623の1個体であった私。『私にしかないもの』を持つことは、大量生産の魔導人形には相応しくないのではないか。他のモデル623と異なる部品を持つことは、魔導人形のコンセプトに似つかわしくないのではないか、と。
しかしその答えはサチ、あなたがくれました」
「わたし?」
「『ヘルメス』の出撃の日。サチはわたしにお守りをくれました」
ムツミは自分の前髪に着けられたヘアピンを優しくなぞる。
あの日、出撃するムツミにサチが渡したものだ。ムツミはそれをまだ大事に持っている。
「『臓物』と『血球』に襲われたとき……私は、咄嗟にこのヘアピンを守ってしまいました。理由は今なら分かります。これはサチにもらった、私の宝物だから」
破損したムツミは、頭部はほぼ残っていたものの、左側は人工皮膚が剥がれていたのに対し、右側にはダメージが少なかった。
サチがムツミの右前髪につけたヘアピンを、ムツミが失われまいと守ったからだった。
「それで気づいたのです。私は魔導人形。大量生産されたモデル623の一体に過ぎず、私は人を守る魔導人形であることを誇らしいと思っています。
でもそれと同時に、私は『ムツミ』であってモデル623の姉妹たちとは違う……私は、彼女たちとは異なる時間を歩んできた。私をモデル623ではなく『ムツミ』にしてくれるのは、共に時間を過ごすサチやお嬢様たちなのです」
本来は個性のない「モノ」でも、触れ合う時間が長ければ個体は「特別」になる。それはちょうど、このサチたちのいる寮の部屋のようなものだ。
学院の寮にはいくつもの部屋がある。二台のベッドと書き物机、二人分のクローゼットに簡易シャワー1基。どの部屋もほぼ同じ間取り、ほぼ同じつくりになっているが。そこで毎日寝起きしているうちに、その部屋は「自分の部屋」となって他の部屋とは区別される。
個性のない「モノ」に注がれた愛着。刻まれていく思い出が、「モノ」を「唯一無二のモノ」へと昇華させるのだ。
「サチ、あなたは言ってくれましたね。私はたくさんいるモデル623の一体だけれど、私は私、あなたの大切な友だちだと。
私は、私という存在が失われることを恐れてしまいました。魔導人形にあるまじき行動です。自己の保存欲求と魔導人形としての使命、その矛盾に私は苦しみました。
でも、今ではその苦しみさえ、感じられたことがとても嬉しいんです」
「嬉しい?」
「はい。ルイスは私に『人の心を知れ』と言いました。
でも、私は魔導人形。人ではありません。人の心を持つことなどできないから、それを知ることなど不可能だ、そう決めつけていました。
自己の喪失を恐れること。それは人の持つ心の一面であると言えましょう。私はそれを感じることができた。サチ、あなたがくれた、このお守りのお陰で」
「喜んでくれたなら、わたしも……ふぇくしゅッ!」
サチは思い切りくしゃみをした。
「へへ……ちょっと寒くなってきちゃったかな」
「入りましょうか、布団に」
「そうだね」
自分のベッドに戻ろうとしたサチ。だが、立ち上がった瞬間に、ムツミに腕を掴まれてしまった。
「サチ。私にはサバイバル時の機能として、帯同する魔奏士の体温保護機能があるんです」
「うん。うん……?」
「試して、みませんか?」
ぐい、と引っ張るムツミの力は強い。魔導人形は、得てして人間より怪力である。
抵抗する間もなく、サチはムツミのベッドの中へと引きずり込まれてしまった。ムツミに搭載された体温保護機能―――その神髄を、サチは体の芯まで思い知らされることとなった。




