#9 ようこそ
「あの魔導人形を遠ざけたのも、あの子が大事だったからか」
瓜花がライラとの痴話喧嘩を中断して会話に加わる。
「戦地に行かなければ、破損する危険もないからね」
「ええ……ムツミはどこまでも任務に忠実な子。あれだけ体が残ったのも奇跡みたいなものなのに……もう一度でも私を守ろうとすれば、次は修復不可能なダメージを負ってしまうかもしれない。
それが怖かった。ムツミを永遠に失うくらいなら、どこか遠くで、穏やかに生きて欲しかった。貴女の元なら、穏やかに暮らせるだろうと信じていましたの」
「キミは馬鹿だな。本当に馬鹿だ」
瓜花が一歩前に出る。
背の低い瓜花だが、623を膝枕して座るユーレンよりも目線が高い。見下ろす瓜花の視線は鋭く、冷ややかだ。
「大切だから、傷つけたくないから遠ざける……そんな一方的な愛情じゃ、かえって恋しさが増すだけだ。募る寂しさは、いつか取り返しのつかない悲劇を呼ぶことになるぞ。
大切に思うなら、愛しているなら、ちゃんと言葉にして伝えるべきだ。ムツミには自分の口で言ってやれ。『もう貴女が傷つく姿を見たくないから、側においてやることはできない』と」
「ですが……」俯いて言葉を失うユーレン。「私はハルクスス社の人間。魔導人形にそのような感情を抱くなど―――」
―――お嬢様。
訓練室の入口から響いた声に、一同が振り向いた。
そこには、床に下ろされた半壊状態のムツミと、それを運んできたために息も絶え絶えのクローディアがいた。床にへたり込んだクローディアを、ヴェルナと、なぜか一緒に来ていたリーゼロッテが介抱している。
「ムツミ……!」
「……すみません。決闘の様子、見させて頂いておりました」
「ムツミ、私は……」
「大丈夫です、お嬢様。お嬢様はハルクスス社のご令嬢。ただの魔導人形である私にそのようなお言葉をかけるべきではない立場のお方……そのことは私も理解しています。お嬢様のお気持ちを知ることができただけで、私には身に余る光栄です。
ですが……ですが、私には夢があります。お嬢様や人類を守る『完璧な兵器』になるという夢が。その夢を、お嬢様の元で叶えるチャンスをもう一度下さい。
決闘ではサチたちが勝利しました。約束です。また私を、お嬢様の元で働かせてください」
「……ダメです」
膝にのせていた623を下ろし、ユーレンは立ち上がってムツミの側まで近づいた。
「ムツミ、貴女が私の楽団に戻ることは、認めません」
「ユーレンさん⁉」サチは慌ててユーレンに詰め寄った。「約束が違うじゃないですか! わたしたちが決闘に勝ったら、ムツミを楽団に戻してくれるって!」
「ボディは無償で修理します。でも、楽団はうちじゃなくて、『NIGHT RAVEN』へ行きなさい」
「……え?」ムツミも困惑しているようだ。「サチの楽団、に?」
「ええ。私のところより、きっと貴女のためになる。
ムツミ。私は貴女が嫌いだからこんなことを言っているわけじゃありません。私の元では、貴女の望む成長は得られない……貴女の夢は、人と共に高みを目指すこと。『ヘルメス・ワルキューレ』にいたら、私としか歩めませんもの。
たくさんの人と共に戦う道が、貴女の夢を叶える助けになるでしょう。かつてルイスが、その選択をしたように。『NIGHT RAVEN』なら、ルイスが見つけたものを、貴女も見つけられるかもしれない。
サチ・ホシノ。いいかしら。うちのムツミを、貴女のところに預けても」
「もちろん、私はいいですけど」
サチが振り返ると、ライラも瓜花も頷いた。床にへばっているクローディアも、弱々しく親指を立てて応える。ヴェルナも微笑みを浮かべていた。皆がムツミの加入を受け入れている。
「サチ」
ムツミが唯一残っている右手を差し出し、サチに問いかけた。
「魔導人形の私には選択の自由なんてありませんが……こういうことは、ちゃんと自分の言葉で伝えるべきだと思うので。
『NIGHT RAVEN』に……あなたの楽団に、私も加えていただけますか?」
「もちろん、大歓迎だよ。ようこそ、『NIGHT RAVEN』へ」
サチはムツミの手を握った。
体温はない。外見だけ、人間を模しているだけのムツミの右手には、内部に魔導プラズマキャノンの冷却機構が組み込まれている。そのため、人肌のように柔らかいのに氷のように冷たいという、不思議な感触をもたらしている。
ムツミは人間ではない。人間に仕えるために作られた魔導人形。どれほど精巧に作られていようとも、人間と同じではない――――冷たく、体温を持たないムツミの手が、それを物語っている。
それでも。
そこに手があるなら、握ることはできる。サチはそう思った。相手が人間でなかったとしても、人と同じ体と心を持って、手を差し出す意志があるのなら。ムツミが人工物であっても、人と同じように友情を育むことはできるはずだ。




