#7 降参
「NIGHT RAVEN」が決闘の舞台に森林を選んだ理由は二つある。
一つは隠れられる場所が多く、モデル623のプラズマキャノンの射線を遮ることができるから。そしてもう一つは、ユーレンが頭上への注意を払う可能性が低いと見抜いたからだ。
ユーレンたちが森の中で出会い、ムツミが修復困難なダメージを負った『臓物』――――『筋肉』との戦闘データを分析した瓜花は、ユーレンを自信家で負けず嫌いとプロファイリングした。その上で、多くの被害を出した『筋肉』との戦闘後なら、同じ過ちを繰り返さないように、ユーレンは二次元的で密な包囲網を敷くと予測したのだ。
地を這い圧倒的な怪力でモデル623を蹂躙した『筋肉』。ユーレンはモデル623を散開させていたために、『筋肉』の一撃を防げない623たちは各個撃破されてしまっていた。
瓜花の予測は的中した。クローディアとサチがユーレンと同じく極めて二次元的な作戦を展開したことで、ユーレンは頭上の警戒を怠ってしまったのである。ライラが遠距離から大技を放つことを警戒しすぎたあまり、直接切り結んでくることを全く想定していなかった。
「623!」
地面に倒れた623に、ユーレンが駆け寄った。
サチとライラ、そしてライラの背から下りた瓜花に取り囲まれても、ユーレンは無防備に背を見せ、623の肩を抱き起こしている。
一方の623は、体をわなわなと痙攣させていた。シミュレータ内では実際に斬られることはなく「斬られた感触」のみを感じる。人間であればそれは「痛み」として認識されるが、魔導人形には痛覚がない。彼女の頭脳が導き出した「体の損傷」という推論と、実際には損傷していない現実との間で、自己診断プログラムがエラーを起こしているのだ。
「ユーレンさん」
「……っ!」
サチの問いかけに、ユーレンが振り返った。
サチと目を合わせた後、ユーレンは俯く。その顔には悲痛の色が浮かんでいる。一瞬の間を置いて、ユーレンは再びサチと目を合わせた。
「……降参します」
「え?」
「決闘は終わりです。私の負けですわ」
あまりにもあっさりとユーレンが降参したため、『剣の舞』を握っていたサチも呆気にとられた。
4人の周囲の風景が溶け始める。シミュレーションされた森が消え、訓練室の無機質な壁が露になった。
『NIGHT RAVEN』対『ヘルメス・ワルキューレ』。その決闘は、サチたち『NIGHT RAVEN』の勝利で幕を閉じた。
「……あの森の中。相手が頭上に潜むことも想定するべきでした。私の作戦負けです」
「ウチのライラは野生児でね」瓜花が自慢げに話す。「あんな木くらい、するする登っちゃうんだ」
「きゅーやんの魔法で音を消してくれたんが良かったんよ」
「おい、『きゅーやん』ってそれ、ボクのことか」
「モチヅキウルカ。だから、きゅーやん」
「なぜそうなる! あだ名ならもっとつけようがあっただろ!」
「えー、かわええやん。『きゅーやん』って」
「イヤに決まってるだろ! そんな、首絞める音みたいなあだ名!」
ユーレンを放置して、痴話喧嘩を始めるライラと瓜花。
二人を見ながら、ユーレンは静かに呟く。
「楽しそうな楽団ですわね」
「はい」サチが答える。「みんな、私の大切な友だちです」
「……あの人、セナ・カラスバも、今の貴女みたいな顔をしていましたわ。
613……ルイスを、預けたとき」
遠くを見つめるように、天井を見上げるユーレン。
「クランフィールドさん。ヴァレンタインさん。二人とも、学院では曲者として有名でしたわ。いくつもの楽団を壊滅させてきた『死神』。温室に引きこもって研究ばかりしている魔法薬マニア。きっとセナさんという人は、おかしなものが好きなんだ、ルイスもその一つなんだと思っていましたもの。
それなのに、聞いたらあの人『みんな、大切な友だちだよ』って」
その場に居なくても、サチはまるでセナの声が聞こえたような気がした。
きっとセナさんならそう言った。サチは思った。彼女が求めた最高の仲間とは、打算で集めたものではない。ルイスを仲間に加えたときも、おそらく彼女の戦闘力だけを見てそうしたのではない。
セナはルイスに、何かを感じていたのだろう。魔導人形、機械仕掛けの体でありながら、人と共に生きることができる、彼女の資質を。
「最初は意味が分かりませんでした。魔導人形を友だちと呼ぶなんて。人と同等に扱うなんて。
魔導人形は人とは違う。人に奉仕する存在でなければいけない。そう、信じていましたもの。だからこそ、人間的になっていくルイスを見て、彼女は間違った成長をしていると思いました。魔導人形は、姿は人間のようでも人間とは異なる存在。
でも――――」
623を膝枕するユーレン。彼女の膝の上で、623はまどろみ始めた。
自己診断プログラムのエラーは、何かしらの方法で解消したらしい。
「でも、この6か月ほど、ムツミと過ごして……思ってしまいました。魔導人形は、人の『友』たりうるのではないかと。
ムツミには人と同じ『心』があるのではないかと。体は機械で出来ていて、思考はプログラムされたものであっても。彼女自身の『魂』のようなものが、あるのではないかと」
623の髪を撫でつけるユーレン。
「もちろん、何度も自分の中で否定しました。ムツミは機械。彼女に感じる親愛は、ただの製造者が被造物に感じる愛着でしかないのだと。ムツミが私に優しいのは、魔導人形がヒトに奉仕するようにしたプログラムのせいなんだと。
魔導人形は、人と同じ扱いにしてはいけない。明確に線引きをしなければ。だから――――」
「……だから、ムツミに機密保持なんて命令した」ユーレンの詰まった言葉を、サチが繋いだ。
「ええ。私はハルクスス社の人間として、ムツミをただの魔導人形として扱わなければいけなかった。ムツミを、特別扱いしてはいけないのです。
修復するより、再建造のほうが容易な魔導人形は廃棄する――――論理的な結論です。だから私は命じた。ムツミに、自決を。私自身の心を捨てて。
けれど、それじゃまるで機械のようじゃありませんか。心の声を消し去って、ルールに厳格な行動をとる。これでは、魔導人形と同じです。人間と魔導人形を分けるために、人間的な感情を捨ててしまっては。どっちが機械でどっちが人間だか、もう分かりませんわ」
ユーレンがムツミを大切にしていることは、彼女の言動を見れば明らかだった。
夏休みの一件だけではない。ムツミは学院内で起きた様々なことをユーレンに問うている。人間はなぜ非論理的な行動を取るのか。人の心とは。ユーレンはそれに曖昧な答えしか示せなかった。
ユーレン自身も、分からなくなっていたのかもしれない。人間と魔導人形を区分するには、明確な基準が必要だ。だがその基準を厳格に運用するには、おおよそ人間的でない、ともすれば機械的な判断が必要になる。
何をもって人であるとし、何をもって人でないとするのか。それを追求するあまり、ユーレンは人間性を失いかけていたのかもしれない。




