#6 伏兵
サチがモデル623の一体を倒す。ここまではクローディアの立てた作戦通りだ。
決闘が始まったら、ユーレンに制御されたモデル623の隊列、その先頭を崩し、クローディアとサチがその中心に飛び込む。
限界までユーレンに接近した後、サチが後方から飛び出してユーレンを強襲。護衛のモデル623を引き剥がし、最後はライラの『白夜極彩星』で無防備になったユーレンを遠距離から仕留める――――これがクローディアが立てた作戦である。
計算外の要素があるとすれば、想定以上にモデル623の数が多かったことだ。直掩機も一機だけの想定だったが、二機に増えている。そのせいで、サチがユーレンと対峙したとき、一機のモデル623が彼女の側にまだ残っていた。
これではライラが魔砲を放っても、防がれてしまうかもしれない。抜け目ないユーレンのことである。必殺の威力を持つライラの『竜の詞』には、何らかの対策を講じているはずである。
直掩の一機を倒したばかりのサチが木の陰から顔を出すと、ユーレンは隠れているライラと瓜花の捜索に集中しているのか、瞼を閉じて『ワルキューレの騎行』を握り、まったく動かない。サチの方をじっと凝視しているモデル623は、単分子カッターを展開して構えたまま、こちらも全く動かなかった。どうやら、積極的にサチを倒すより、ユーレンを守ることに集中しているらしい。
「ユーレンさん」
サチの問いかけに、ユーレンの眉がぴくりと震える。
言葉は返さない。だが、聞こえてはいるようだ。
「聞きたいです。ユーレンさんが、ムツミのことをどう思っているのか」
「私達は兵器ですよ」何も答えないユーレンの代わりに、モデル623が答える。「敵を倒し、人類を守る。最強の矛であり最強の盾。それが私達、自律魔導人形」
「兵器だから、使い捨てにしてもいいって言うんですか」
「使い捨てではありません。
人の尊い命を守るためならば、私達魔導人形は修復不可能な破壊――――『死』を恐れない。私達はそのために、存在しているのですから」
「……623」ユーレンが静かに瞼を開く。「いいわ。この子とは私が話をします」
『ワルキューレの騎行』を下ろし、サチに体を向けるユーレン。
モデル623が、彼女を背に守るように、サチとユーレンの間に立っている。まるで、暗殺者に対峙する女王と、それを守る近衛兵だ。
「ホシノさん。ムツミの目指す『完璧な兵器』に必要なものは、何だと思ってらっしゃるのかしら。
私は二つの要素が必要だと思いますの。一つは敵を確実に殲滅しうる武器。そしてもう一つは、人類への愛」
「愛?」
「そう。私たち人間はこの子たち魔導人形に様々な武器を与えることができる。でも、それだけでは『完璧な兵器』には足りません。
以前にもこんなお話をしましたわね。魔導人形には、人命の尊さを知ってもらう必要があった。さもないと、魔導人形はいつか人類に牙を剥くことになる。623たちは、私たち人類を容易く屠れる兵器をいくつも搭載していますものね。
もし人類に反抗する魔導人形が現れて戦争にでもなったら、我々に勝ち目はない。それは、この決闘で貴女も十分に思い知ったのではないかしら。
クランフィールドさん。あの方は実戦経験だけはロアノール随一ですものね、そのクランフィールドさんでも、623に包囲されれば討たれてしまう」
自身の持つ魔奏器『葬送曲』の能力で何度も死を経験してきたクローディアは、文字通り死と隣り合わせの戦場をいくつも渡り歩いている。セナのような特異な力も、才能もないが、努力と経験だけで上級魔奏士になった女である。
そのクローディアが討たれた。自ら囮を買って出ていたとはいえ。それは、モデル623に搭載された兵器と実行される戦術が、人間の戦闘力を超えていることの証である。
「人類を守る究極の『盾』は、一歩間違えば人類を殲滅する『矛』にもなる。それを防ぐには、兵器を完全に人間のコントロール下に置くか、兵器そのものに人類を守る意志を持たせるしかない。
我々ハルクスス社は、623に敵を確実に倒す武器を与えることはできても、人類を守る意志を与えることはできません。精々、『人命の保護を優先せよ』と最上位命令を組み込むくらいしか」
ユーレンは、目の前にいる623の頭に後ろから手を載せて、さすさすと優しく撫でた。
「これも前にお話ししましたわね。私は貴女に感謝していると。
ムツミに……623たちに、人の尊さを学ぶ機会を与えて下さった。そのおかげで、こうして623たちは私たちに無私の奉公をしてくれる。人への『愛』を手にしたのです。
そのおかげで623たちは『盾』となり戦うことを、自ら望んでくれている」
「……ユーレンさん」サチは『剣の舞』を構えた。「ユーレンさんは、それでいいんですか。
本当はユーレンさんだって、魔導人形たちのこと、大切に思ってるんじゃないんですか。愛しているんじゃないんですか!」
8月。損傷したムツミの修理のためにロアノールの新学期開始より早く帰ってきたユーレン。サチにはどうしても、その慌てぶりが、ただの「自社の製品」に対する態度には思えなかった。
まるで、娘の危機に駆け付ける母親のような―――
「貴女を守ったムツミを見て、何も感じなかったんですか!」
「……感謝は、しました」ユーレンは、623を撫でていた手を引っ込めた。「あの子が庇ってくれなかったら、あのとき私は死んでいました。
でもそれは、魔導人形としては正常な動作の範囲内です。ムツミは、私を守ってくれたわけじゃない……ただ、人の命を守っただけです。私ではなく。あの場にいたのが私ではなく貴女でも、きっとムツミは同じことをしたでしょう。
それでいいのです。魔導人形はただの機械。ただの兵器。替えのきく、ただのモノ。個人的な感情を抱くことなど―――」
「強情な人!」
ユーレンはムツミのことを大切に思っているのは明白だ。でも、それを頑なに認めようとしない。
ハルクスス社令嬢としての立場がそうさせるのだろうか。どんなに愛情を注ごうが、所詮は自社の製品。消耗品。人と魔導人形の間に、明確に線を引いている。ユーレンは、魔導人形に特別な感情を抱かないよう、自分を抑えているようにサチには見えた。
「素直になればいいのに! ムツミのことを、大切に想ってるって! 言ってあげればいいのに!」
「いけませんわ、そんなの! 魔導人形を人のように扱うなど! 魔導人形は人ではない……人に奉仕し、人に殉じるべき存在。特別な感情は、戦場で判断を鈍らせてしまう!」
「……いい加減にしろ!」これまで黙っていた623が単分子カッターを展開し、サチに向かってきた。「これ以上、お嬢様を惑わせるな!」
サチの握る『剣の舞』は、モデル623の単分子カッターに強度で負けている。まともに斬り合えば、『剣の舞』は切断されてしまうのだ。サチは623の攻撃を避けるしかない。
距離を詰めてくる623と、木々の中を右へ左へ、ひらひらと隙を狙いながら躱していくサチ。相手が人間ならば、油断や疲労で隙も生まれるが。魔導人形の623には疲労がないので隙はなく、サチは追い詰められていった。
脛を見れば、サチと向かい合っているこの623も「ヴルダヴァ」を装備している。自分から加速を使ってこないのは、サチが加速を発動するのを待っているからだ。サチが最高速を抜ける一瞬の隙を突くつもりのようである。
ムツミと同じ姿で、鋭い視線を向けてくる623。でも、この子はムツミじゃない―――漠然と、サチは感じていた。機体を構成するパーツも、インストールされたデータも。まるっきり同じはずなのに、量産されたモデル623とムツミは、何かが決定的に違っている。
一体何が……。振り下ろされる単分子ブレード、その一瞬に揺れる、623の前髪。それを見て、サチはようやく気が付いた。
目の前の623は、サチがムツミに贈ったヘアピンをしていない。
当たり前である。サチが贈ったのはムツミであって、この623ではないからだ。だが、サチがつけたその「違い」が、623とムツミを明確に別なものにしている。
外見上の差異など瑣末なことである。重要なことは、サチが接してきたムツミは、大量生産品であっても、その中の特定の一個体であるということだ。ムツミ自体は他のモデル623と同質な存在であっても、彼女と接してきたルイスが、サチが、そしてユーレンが。ムツミを「ムツミ」という存在にしている。
同じ魔奏器でも、セナが握っていたときとサチが握るときでは『剣の舞』も違うように。同じモノであっても、そこに刻まれていくものは違って、人はそれを見極められる。
人はそれを、大切にしている。
「貴女の剣術では、私の単分子カッターは防げない。さらに、私の加速は最高速こそ及びませんが、より長時間、貴女の最高速の80%の速度を維持できます。
加えて、先ほど貴女に敗れた機体からのデータも同期しました。次は負けません」
「知ってるよ。そもそもわたしは、あなたに勝ちたいわけじゃない」
「うおおおおおッ!!」
頭上から響く雄たけび。
ぱきぱき、と枝を折りながら降ってくる重量物。それに気づいた623が、サチから離れてユーレンの元へ急ぐ。
「もらったああああっ!」
ライラだ。
ひそかに木の上を移動していたライラが、『万物劈開』を振り上げ、真上からユーレンに襲い掛かる。
「お嬢様っ!」
ずん、と振り下ろされる大剣。ユーレンを突き飛ばし、代わりにその一太刀を受ける623。623の前腕部に格納された超硬度を誇る単分子カッターブレードは、大抵の武器を逆に切り裂いてしまうが―――何でも切り裂く623の剣と、何でも切り裂くライラの『万物劈開』。最強の矛と矛のぶつかり合いは、竜剣士の非常識が勝った。
623は組んだ腕ごとばっさりと、両腕ごと肩を深く斬りつけられた。




