#4 激闘
木々の間をジグザグに駆け抜けるサチ。その動きを察知したモデル623の一体が、プラズマキャノンを向けようとする。
しかしサチの方が早く接近し、モデル623のプラズマキャノンを搭載した両腕を、上腕からスパッと斬り飛ばした。
このモデル623は量産品で、ムツミとは違う―――とはいえ、見た目にはほとんど差異がない。刀を振るその瞬間、サチの判断は一瞬揺らぎかけたものの。ムツミのアドバイス通り単分子カッターを搭載した前腕を避け、上腕を狙った一閃は、正確に623を無力化した。
両腕を失い、ふらつくモデル623の肩を踏み台にして、サチはユーレンに飛び掛かる。
残る距離はわずか2メートル。ユーレンはサチに気づいたものの、加速世界にいない彼女にはサチの攻撃に対応する術がない。ゆっくりと、ユーレンの瞳がサチの姿を捉えるのを見届けながら、サチは『剣の舞』を振り下ろした―――
がきん。
だが、ユーレンはそう容易く勝てる女ではない。当然、サチの加速の魔奏にも対策を講じている。
疑似魔奏器「ヴルダヴァ」でサチと同じく加速したモデル623の一体が、ユーレンとサチの間に割り込み、『1812年』のバレルで『剣の舞』を受け止めたのだ。
鍔迫り合いの後、何度か切りつけたサチだが。ムツミとの訓練のデータを反映しているのか、ユーレンを直掩するモデル623は、サチの太刀筋を完全に読んでいて、完璧な防御をした。
「ユーレンさん!」加速が途切れたサチは、少し距離を取って刀を正眼に構えながらモデル623、そしてその背後にいるユーレンを睨みつける。「ムツミに、謝ってください!」
「なぜです?」ユーレンの声には少し怒気が含まれている。「どうして私が、あの子に謝らなければならないのでしょう?」
「ムツミは……ムツミは今でも、ユーレンさんのことを想ってるんです! それなのにあなたは……! ムツミを追い出して、ムツミの仕事を、勝手に他の子にやらせて!」
「それが魔導人形の運用というものですわ。
壊れたら、別の機体が仕事を引き継ぐ。その入れ替えがスムーズなのも、記憶並列化を実装した量産モデルの特長でもあります」
「同じ記憶があっても、その子はムツミじゃない」
「どうかしら。その強さは今貴女が感じている通りのはず。
貴女の癖や戦い方は、ムツミを通してモデル623たちに行き渡っている。だからこそ、この子は加速の魔奏も人並み以上に使えますし、貴女の攻撃を完全に防げた」
モデル623がサチに『1812年』の銃口を向けて、引き金を引いた。
サチは再び加速を発動し、放たれた銃弾を切り払ったが、続く二発のうち一発を防ぎきれなかった。左肩に被弾し、血が飛び散る―――ように感じる。
訓練室の中では銃弾の傷は受けない。だが、痛みだけは確かに感じる。サチは唇を噛んだ。
「……っ!」
「623、次は心臓を狙いなさい」
モデル623はユーレンに答えなかったが、サチには分かった。
表情を一切変えないモデル623。先ほど肩を撃ったのは単なる脅しだ。いつでもお前の隙を狙って撃つことができる―――そういうメッセージだ。日々の訓練によって、ムツミの精密な動作性はサチもよく理解している。
ぞろぞろと、サチを包囲するように集まるモデル623たち。プラズマキャノンの砲口が向いたのを見て、サチは加速の魔奏を発動し包囲から脱出した。
音を置き去りにしたサチの加速の世界に、『1812年』を構えたモデル623が飛び込んでくる。木々の間を縫い走り抜けるサチを追ってきていた。
加速の魔奏を発動して追跡してくるモデル623は一体だけだ。「ヴルダヴァ」はおそらく、限られた機体にしか装備されていないのだろう。それを横目に見たサチは素早く方向転換し、モデル623に向かって突進した。
間合いを詰めようと前に踏み込むサチと、刀が届かない拳銃の射程を維持しようと後退するモデル623の攻防が続く。静かな森の中でガキン、パキンと魔奏器同士がぶつかり、加速の魔奏が不協和音を響かせて相殺された。
加速の魔奏が解除された瞬間、サチは上段に高く構えた『剣の舞』を打ち下ろす。サチの全力を受け止めるために、モデル623は『1812年』の二丁を駆使し、バレルで防御した。
「あなたの手の内は、知っていますよ。何を考えそうか、ということも」
「ムツミの顔と声で、言わないで!」
ぐぐぐ、と擦れ合ったお互いの魔奏器が揺れる。
「あなたは今、こう考えている。『こうして時間を稼いでいる間に、クローディアさんがユーレンさんを攻略しているはずだ』と。
でももう、手遅れです。クローディア・クランフィールドは、既に討ち取りました」
一瞬、サチの手が緩む。
汗ばんだ手で握っていた『剣の舞』が、今にも滑り落ちそうになる。
クローディアが討たれた。
ここは訓練場。本当に命を落としたわけではないが――――もしこれが本物の戦場だったら。サチは一瞬、瞼を閉じて大きく息を吐き、逸りかけた呼吸を整える。
モデル623は、それを焦りと判断したらしい。追撃を加えるように、サチに不愉快な情報を与える。
「ヴェルナ・ハンニネンもです。あと残っているのはトロイライト・ベルーシュ、望月瓜花、そしてあなた。あの雲の罠は見事でしたが、次はありません。残りの二人を倒すのも時間の問題でしょう」
「……甘く見ないでね。クローディアさんが負けるのは、計画のうちだよ」
モデル623が一瞬たじろいだ瞬間を、サチは見逃さなかった。素早く指で『剣の舞』の背をなぞり、加速の魔奏を発動させる。それにモデル623が反応するよりも早く、サチはモデル623の両手首をすっぱり斬り落とした。
勝負は一瞬だった。モデル623は自分から加速を使わない――――加速の魔奏に関しては、サチが一日の長があることを理解しているからだ。サチの本気の加速には、モデル623は到底追いつけない。
しかし、才能がないのに無理やり使っているサチの加速の魔奏では、最高速を長時間維持できない。モデル623が狙うのはその隙だ。だから、サチが最高速に達した後、速度が落ちた瞬間にモデル623は加速を発動する。
自分からは決して、加速勝負を挑まないのだ。
「……!」
モデル623に背を向けるサチ。その後ろで静かに動くプラズマトーチの駆動音を、サチは聞き逃さなかった。
体勢を低く、全身のひねりを加えて『剣の舞』が横薙ぎに振るわれる。サチの頭の上を、背後を狙った麻痺パルスがかすめていく。一方で、サチの一閃は、確実にモデル623の胴体を捉えていた。
ざしゅっ。
生木を斬り倒すような、鋭く、そしてしなやかな一閃。腰の辺りを真横に切り裂かれ、モデル623はその場に倒れた。
本当に切れているわけではない。訓練室の中では、魔奏器を振るっても本当に斬れるわけではない―――が、モデル623はそのダメージが致命的なものであると判断した。
「そんな……。私は、貴女のことを……」
「知っているなら、分かるはずだよ。わたしは絶対に勝つ。ユーレンさんに、ムツミを認めさせなきゃいけないんだから」
倒れたままのモデル623に背を向けて、サチはユーレンとの一騎討ちに向かう。




