#2 絶望
宣戦布告を受けた次の日、温室に集まった「NIGHT RAVEN」のメンバーに、サチはユーレンとのやりとりについて話した。ユーレンがムツミの代わりを立てて、ムツミを用済みにしたこと。それに腹を立てたサチが、思わず紅茶をぶちまけてしまったこと。
この後者の話を聞いたクローディアは、思わず頭を抱えてしまった。
「もう、サチったら……仕方のない子」
「すみません……でも、これはチャンスだと思うんです。決闘に勝てれば、ユーレンさんの本音を聞き出せるかも。
ただ、あくまで個人的な理由で決まった決闘なので、強制はできません。誰が出るかは各自で決めたほうがいいと思います」
「ウチはやったるけぇ」ライラは即座に手を挙げた。「今のままじゃ、ムッちゃんが可哀想じゃけん」
「ボクもやるよ」瓜花も続いて手を挙げた。「サチやクローディアのいない楽団に入るなんて御免被る。それに、ボクの与り知らないところで所属を決められるなんて不愉快だ」
「ありがとう。ライラ、瓜花ちゃん」
「私もやるわ」クローディアが手を挙げた。「ヴェルナはどうする?」
「あたしもやりますよ、先輩」ヴェルナも手を挙げた。「サチには助けてもらった恩があるしね。あんまり戦闘は得意じゃないから、何の役に立てるか分からないけど」
「ありがとう、みんな」
「懸念事項は」クローディアが腕組みしながら言う。「ユーレンが戦術の達人ってところね。彼女の魔奏器『ワルキューレの騎行』は魔導人形に完璧な連携を取らせることができるけれど、『ヘルメス』の強さはそれだけじゃない」
ユーレンの強みは、彼女が立てたプランを魔導人形たちが正確かつ迅速に、不確定要素を排除して実行できる点にある。
通常、戦闘指揮では指揮官が情報を受け取り、それに基づいた指示を出すまでにタイムラグが生じる。そこをユーレンは『ワルキューレの騎行』の能力で思考を同調させることによって、魔導人形が得た情報を自分の目で見たかのように把握し、さらに自分自身の身体を動かすように指示を伝えることができる。
「ヘルメス」の強みはそれだけに留まらない。ユーレンが立案する戦術にも目を見張るものがあるのだ。彼女の知略がどれほどのものかサチにはわからないが、彼女がただの縦ロールお嬢様ではないことは、重々思い知らされている。
「だが無敵じゃない」瓜花はクローディアに意見を述べる。「この前の『臓物』戦でユーレンは魔導人形を多数失っている。彼女の戦略は、無敵じゃない。必ず付け入る隙がある」
「隙を突くっていっても簡単にはいかないわ。『ワルキューレの騎行』の思考同調から分離して、直掩している魔導人形がいるのも厄介ね……分担して、対策を進めましょう。
私は『ヘルメス』の戦闘記録を漁ってみる。ヴェルナ、それと瓜花。手伝ってもらえる?
それとサチ、貴女にこれを頼むのは酷かもしれないんだけど」
「何ですか?」
「ムツミから、何か情報が引き出せないかしら。ユーレンの癖とか、思考パターンとか。
戦術を立てる上で、重要になるかもしれない」
「わかりました。やってみます」
「ウチは~? ねークロちゃん、ウチは~?」体を左右にゆすり、ライラが問う。
「ライラは……。そうね、素振りでもしてて」
「おっけー」
かくして「NIGHT RAVEN」の面々は決闘に向けた準備を開始した。
サチに与えられた任務は、ムツミからユーレンに不利になる情報を得ること。だが、ユーレンの元に帰りたがっていたムツミが、そう簡単に教えてくれるだろうか?
* * *
「魔導プラズマキャノンは3段階にチャージできます」
サチはムツミの右腕に搭載された武装を見せてもらっていた。
枕をクッションにしてゆったりと壁にもたれながら、ムツミは唯一残る右腕を変形させ、サチに披露する。以前サチが見たときには淡く光っていたプラズマキャノンの共振チェンバーは、今は消灯している。電源はあっても魔導炉がない今のムツミには、搭載兵器を稼働させることができない。
「決闘に向けて、モデル623に搭載されている武器について教えて欲しい」――――サチのその願いに、ムツミは快く応じた。だが、サチは肝心の「ユーレンの戦術について」はまだ聞けずにいる。
「第1段階は速射モード用で、最充填時間は0.13秒です。第2段階は通常モードで、最充填時間は0.97秒になります。魔導炉をフル稼働させれば両腕で同時に射撃が可能ですが、オーバーヒートを防ぐため、通常は片腕のキャノンのみを使用しています。」
「そうなんだ」
「第3段階のチャージには17秒かかります。以前はチャージ7秒の高出力モードでしたが、ライラ様の『白夜極彩星』を見て、お嬢様が極大魔導砲に仕様変更しました。ただし、ライラ様の魔砲の1/4程度の威力しかなく、一度発射すると共振チェンバーが熱暴走するため、使用は制限されています」
ムツミは展開していた魔導プラズマキャノンのチェンバーを回転させて格納し、その代わりにしゃこっと音を立てて現れた小刀をサチに見せつけた。
砲口から伸びた姿はまるで銃剣だ。刃はムツミの前腕より少し短いが、手首から先に伸びているためリーチは1メートルより少し長いほどか。幅は10センチにも満たないようで、刀としてはどこか頼りなく見える。
「単分子カッターは強度7までの防御魔法陣や刀剣類を切断できます」
「強度7ってどのくらい?」
「『竜の詞』を発動したライラ様の『万物劈開』が強度12、瓜花様の多重防御魔法陣が強度17、クランフィールド様の防御魔法陣が強度8で、『NIGHT RAVEN』で強度7を上回るものはこの3つだけです。
斬撃の魔奏なしの『剣の舞』は強度5なので、サチの腕では、切り結べばいとも容易く『剣の舞』を折り斬られてしまうでしょう」
「えーっ⁉」
「モデル623と戦うときは、上腕から切り落とすのをオススメします。格納状態でも、単分子カッターの強度は変わりませんから」
「さ、参考にするね」
しゅっ、と単分子カッターがムツミの前腕に収まると、今度は肘の付け根あたりから、三つの小さなユニットがせり出してきた。
形状は手のひら大のスピーカーに似ている。中央には赤く発光する発振装置があり、それを囲むように光沢のあるすり鉢状の反射拡散機構が配置されていた。
「拡散レーザー防楯システムは、低出力のパルスレーザーを照射して、敵の魔法弾や投擲物を迎撃することが可能です。同一のユニットが両上腕部に5機、両大腿部にそれぞれ7機、背中には5対10機が搭載されています。
パルスレーザーの出力は低く、至近距離で浴びても軽い火傷を負う程度なので、特に警戒の必要はないかと」
レーザー防楯が格納されると、今度はムツミの鎖骨が合成皮膚を突き破り、くるりと頭を前に向けた。
よく見ると、先端には8の字を描くように縦に並んだ2つの砲口が開いている。ムツミの鎖骨は銃のバレル状になっていた。
「低出力イオンプラズマトーチは、対人用に設計されています」
「対人用⁉」
「はい。要人警護にはこういった装備も必要なのです。
プラズマトーチは、相手に低致死性の電気ショックを与え、気絶または麻痺状態にできます。射程は約3メートル。発射後の最充填時間は4秒。収束率を変更することで、着火装置としても使用可能です」
「全身武器だらけ、なんだね……」
「はい。しかし魔導炉なしの今の私では、このプラズマトーチ以外に使用できる武器はありませんね」
しゅん、と素早くプラズマトーチのバレルが収納される。
綺麗に修復されたムツミの人工皮膚には、突き破られたような痕跡はなく、鎖骨が武器になっていることも外見からは全く分からない。サチが不思議そうに鎖骨を指でなぞると、ムツミはくすぐったそうに鼻を鳴らした。どうやらこの人工皮膚には、何のためか触覚まで搭載されているらしい。
「兵装以外の機能としては、バイタルジェネレータがあります。これは腹部に搭載された水と空気の浄化装置で、帯同する魔奏士のサバイバルを支援するための機能ですね。現在の私はその機能が破損しているため、実演することはできませんが」
結局、サチはムツミの決定的な弱点を聞き出すことができなかった。
当たり前である。ムツミ自身がその致命的な弱点を認識しているのなら、ユーレンが既に改良を加えて克服しているだろう。強いて言えば、全武装を同時に使用した際に魔導炉がオーバーヒートし、一時的に武装が使えなくなることくらいだが。しかし、ムツミの動力はバッテリーと魔導炉のハイブリッドのため、オーバーヒート状態になってもバッテリー駆動に切り替わるだけで、完全に機能停止することはない。
「……サチ。サチが知りたいのは、私のことよりもお嬢様の弱点ではありませんか?」
「バレてたか」
「決闘に挑むなら、あらゆる手を尽くして相手を分析し、対策を練るのは当然のことです」
ムツミは斜め上の天井を見上げる。サチも彼女の横に座り、同じ方向を見上げた。
その方角は、バラ棟の13階――――かつてムツミやルイスが使い、今はユーレンがいる寮室のある方向だが。サチがそれに気づくことはない。
「迷っています、サチ。『NIGHT RAVEN』の勝利に協力するべきかどうか。
サチが勝てば、私は『ヘルメス』に戻れます。体も修理してもらえて、再び『究極の兵器』を目指すことができるでしょう。
でも、私はハルクスス社の魔導人形。本来なら、お嬢様の勝利を願うべき立場です。そしてお嬢様を護る私の役目は、新しいモデル623が引き継いでくれました。魔奏士との合奏で『究極の兵器』を目指すという、私の夢も。
私は戦うために作られた魔導人形。戦えなくなったら、用済みなんです。私の中には、今も残っています……お嬢様からいただいた、機密保持処理命令が」
「だめだよ、ムツミ」
「サチ、私は怖いのです。
これまで、自分の判断を疑ったことはありませんでした。いつも私は合理的で、その場で最も的確な判断ができていると信じていました。
しかし、今は怖いのです。私はお嬢様の命令に背いてしまいました。動けない魔導人形は廃棄処分されるのが妥当なのに、私はそれを拒否してしまいました。間違った判断でした」
「間違ってなんか、ないよ……!」
サチはムツミの肩を掴んで向き直った。
真っすぐ見つめるサチの目を、ムツミは避けるように目を反らす。
「怖いです。もう二度と、判断を誤るわけにはいきません。
どうして私はあんな愚かなことをしてしまったのか……あの時、帰還不可能なダメージを負った時、お嬢様の命令に従って自爆していれば、こんな苦しみを味わうことはなかったのです」
ムツミが人間だったら、今頃涙を流していたかもしれない。
しかし、人間ではないムツミには、表情や肌の色を微調整する機能はあっても、涙腺は装備されていなかった。
「絶望とは、こういうものなんですね。
究極の兵器を目指す。人類を守る。その存在意義を奪われた私には、もう未来がありません。ただこうして、ベッドで横になっていることしかできないのです。もし、いつか私が修理されることがあったとしても……私は、元の私には戻れません。私の居た場所には、もう別のモデル623がいるのですから」
今のムツミは、あの時のサチにそっくり――――サチの中で、クローディアの言葉が反芻される。
家族を失い、魔奏士を目指しても才能がない現実を突きつけられたサチと、自分の役目も夢も、すべてを奪われたムツミ。どんなに努力しても、自分の望む未来は決して訪れない……。その悲観が、心の全てを覆ってしまう。
自分を大切にする気持ちさえ、すり減ってしまう。
こんなときセナさんなら。サチは思い返した。かつてセナがサチに掛けた言葉は「生きて欲しい」だった。同じ言葉を口にしようとしたサチだったが、思いとどまってぎゅっと口を噤んだ。
わたしは、セナさんみたいにはなれない。クローディアが言っていた。今のムツミを救えるのは、サチにしかできないことだと。
「生きて欲しい」という言葉が呪いになることを、今のサチは知っている。
「……希望は、あるよ」
サチがムツミの肩を強く握りしめると、ムツミは視線をサチに移した。
「わたしは決闘に勝つよ。ムツミは……ムツミは代わりのきくただの道具なんかじゃないって、ユーレンさんにも分かってもらいたい」
「ですが……」
「わたしの友だちはムツミだよ。たくさんいる、モデル623の一体なんかじゃない。
確かにムツミはたくさん作られた魔導人形の一体かもしれないけど。それでも、ムツミはムツミだよ。世界に一人しかいない、わたしの一番の友だち」
「サチ……」
「ねえ、ムツミ。わたしもね、魔奏士の才能がないって言われて、絶望したことがあるんだ。そのとき助けてくれたのが、セナさんやルイスさんだったんだよ。
みんなのおかげで、わたしは今生きてる。戦える。ムツミの夢を、応援できるんだ。一人じゃどうしても越えられない壁だって、みんなと一緒なら乗り越えられる。
わたしはムツミと、一緒に夢を叶えたいって思ってるんだ」
出会いは、ルイスの遺志によるものだった。
ただ一言、妹をよろしくと言い残し、自爆して果てたルイス。彼女のやり残した「ムツミを人間的にする」という願いを引き継いだサチだったが、最初は「人間的」とは何なのかもわからなかった。
居場所を失い、夢を砕かれ、絶望に沈む――――今のムツミは、以前の彼女と比べるとずっと「人間的」だ。二人が出会ったころのムツミなら、自分の仕事を引き継ぐ機体が現れるのを、当然のことだと認めただろう。魔導人形は、人間と違って替えがきく……そんなことを言って。
ルイスの遺志に沿うのは、きっと現状維持だ。ムツミをユーレンの元から離し、人間的な感情を持った今のままにしておくこと。
だが、それでもサチは決闘に勝利し、ムツミをユーレンの元へ返すことを選んだ。それがムツミの夢、『究極の兵器』となることにつながると考えたからだ。夢が破れる絶望を知っているサチには、今のムツミをこのままにしておくことなど、出来るはずがなかった。




