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NIGHTMARE RAVENS  作者: 96500C/mol
Chapter. 11 自我 -What am I-
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#6 想起

 サチとクローディアは、2人きりの調理実習室で、味付けがいまひとつのクッキーを一緒にかじりながら、目を合わせて笑い合った。


「ねぇサチ。あの遊覧船でのこと、覚えてるかしら」

「忘れるわけないじゃないですか。わたしを、救ってくれた皆さんのこと。セナさんのこと、ユリーカさんのこと、ルイスさんのこと」

「私が入ってないようだけど?」

「も、もちろん! クローディアさんのことだって、忘れてないです!

 一緒に遊覧船の中を走って、『胃』に遭遇したときのこと……クローディアさんが、わたしを逃がしてくれたんですよね。そのせいで……」

「それはもういいから。その時私が言ったこと、覚えてる? 『誰かみたいになりたいなんて思うものじゃない』って」

「そんなこと……言ってましたっけ」

「やっぱり忘れてるじゃない」


 クローディアは、サチの頭を優しく小突いた。


「私はずっと……セナみたいになりたいと思ってた。どんなピンチでも前に立って進んで、道を切り開ける人。後ろをついてくる仲間に、勇気を与えられる人。

 でも無理だった。私は弱くて、いつも頼りっぱなしで……セナがいなくなって、新しい仲間ができて。上級生として、実戦経験者としてあなたたちを指導する立場になった今でもそう。私は、セナみたいにはなれない」


 クローディアは、手の中でクッキーを遊ばせていた。

 ユリーカのレシピを真似て作ったクッキー。まだ完全再現にはほど遠いけれど、これはこれで十分美味しい。

 目先のことばかりに囚われて、大切なことを見失っていたのだ。大事なのはユリーカのクッキーを完璧に再現することではない。サチとクローディアがユリーカのクッキーを再現しようとしたのは、ヴェルナのためだった。

 ヴェルナが本当に喜ぶクッキーは、きっとユリーカの味をそのまま再現したものではない。


「……今のムツミは、あの時のサチにそっくりよ」

「あの時?」

「魔奏士になる夢を絶たれて、自殺を図ったサチ。人類を守る『兵器』になりたくても、手足を失って修理の見込みもないムツミ。夢を叶える道を閉ざされ、絶望に沈んで。あの子の気持ちを本当に分かってあげられるのはあなただけ。あの子を救えるのは、きっとあなただけなのよ、サチ。

 セナやユリーカ、ルイスの代わりなんかじゃない。サチ、あなた自身の言葉と、行動でしか」

「わたし、自身の……」

「ずっと後悔していたの。私がサチに『剣の舞』を託したのは、間違いだったんじゃないかって。セナの代わりになることを、サチに無理強いしていたんじゃないかって思ってた。セナみたいにはなれないって、私が一番分かっていたのに、他人にそれを求めてしまっていたの。

 嬉しかったの。心の底から。サチが『クローディアさんの居場所を作る』って言ってくれたとき、『NIGHT RAVEN』を一緒にやろうって言ってくれたとき。

 でも、それがあなたの生き方を歪めてしまった。『NIGHT RAVEN』をやる。死んだみんなの遺志を受け継ぐ。そんな重荷を、サチ。あなたが背負う必要なんてないのよ。

 もっと自由でいいの。あなたがどうしたいのか、どうありたいのか。それがセナの、本当の望みだった。誰よりも自由だったセナが、誰かの人生を自分のために歪めるなんて、望むはずがない」


 サチは黙って聞いていた。

 思い出したのだ。クローディアが「誰かみたいになりたいなんて思うものじゃない」の後に言った言葉――――「分からないままのほうが、幸せだから」。


 クローディアは知っていた。自分がどんなに努力しても、セナにはなれないということを。セナ・カラスバという女は才気にあふれ、人望も厚く、どんな時でもその背中で人々に勇気を与えていた。セナに魅せられた者は多く、救われた人も数知れず。クローディアやサチでは、到底届かない世界にいる存在だった。

 セナのようになりたい――――そう夢見る者は多い。しかし、どれだけ努力を重ねても誰もセナには勝てない。敵わない。その圧倒的な才能の差に打ちのめされる。夢が破れる。それは時に、人が死をも選びうる絶望となる。

 だから、誰かみたいになりたくてもなれないなんて、分からないままの方が幸せなのだ。


 なら、どうすればいい?

 セナの『剣の舞』を託されたサチは、セナのようにはなれないと気づいたとき、どうすればいいのか?


 ただそれを受け入れて、前に進むしかない。

 わたしはセナさんじゃない――――当たり前すぎて手元にあるのに、永遠にたどり着けないこともある、そんな答え。

 クッキーにかけたユリーカの隠し味のように、どんな試行錯誤よりも近くに、答えはすでにあったのだ。


「クローディアさん。わたし、やってみます。

 セナさんみたいには出来ないですけど……わたしに出来ることを、わたしなりに」

「ええ、頑張ってね。サチ」


 クローディアに見送られ、サチは調理実習室を飛び出した。

 セナの魔奏器を受け継いだ者として、やるべきことは変わらない。『血球』を倒す。最高の仲間を集める。後悔しないように、鍛錬を積む。

 けれど、それは「セナのように」でなくていい。ユリーカのようでもルイスのようでもない。サチはサチ、サチ・ホシノでしかない――――それは決して、悲劇ではない。

 他人になろうとするから苦しむのだ。どんなに頑張っても、他人にはなれないのだから。自分らしいやり方で、一つ一つ、前に進めばいい。


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