#3 自我
サチが予定していたムツミとの訓練が、急遽中止になった。
学院の近くに出現した『血球』の群れ。その討伐に、ユーレンの楽団「ヘルメス・ワルキューレ」が名乗りを上げたのだ。
サチはユーレンとムツミを見送るために、早起きをして校門前で待っていた。まだ薄暗い、山際から漏れる朝日だけが空を照らす朝。吐く息白く、優雅に歩くユーレンと、それに付き従う息をしていないムツミ。その後ろには、軍隊のパレードのような一糸乱れぬ動きで、たくさんの魔導人形モデル623がぞろぞろと続いている。
「ユーレンさん」
「あらホシノさん。こんな朝早く、どうされたのかしら?」
「『血球』を倒しに行くって聞いて。見送りに来たんです」
「ありがとう。それとも本当は、うちのムツミに会いに来たのかしら」
「えへへ。バレてましたか」
ユーレンは顎でムツミに合図する。
ムツミはとことこ、ユーレンたちの列から歩み出てサチの前に立った。
「サチ。見送りに来てくれてありがとうございます」
「ムツミ。気をつけてね」
「はい。お嬢様は必ず、この私がお守りします」
「それもそう、なんだけど。わたしはムツミにもちゃんと帰ってきて欲しいんだ。
せっかく、合奏も形に出来てきたしさ」
「その心配はいりません。私の学習データは随時同型機にも適用されています。もし私が損壊しても、後続のモデル623が合奏を作り上げてくれるでしょう」
「そうじゃないよ」
サチはムツミの両肘を掴んで顔を近づけた。
「わたしは、ムツミに無事に帰ってきてほしいんだ。自律魔導人形モデル623じゃなくて、ムツミに」
サチはヘアピンを取り出し、ムツミの右前髪につけた。
紺色のシンプルなものだ。何のマジックアイテムでも、特別な魔法が掛けられているでもない。何の変哲もない、ただのヘアピンである。
ムツミはサチに付けられたヘアピンを、不思議そうに左手で弄っている。
「何です? 何かの防御魔法の発動キーでしょうか?」
「違うよ。お守り……みたいなものかな。無事に帰ってくるための」
「ありがとうございます、サチ。大切にします」
「そろそろいいかしら。日が暮れる前に戻ってきたいのだけれど」
ユーレンに促され、サチとムツミは別れた。
主人に付き従い、去っていくムツミ。その背中が見えなくなるのを、サチはしばらくその場で見つめていた。
☆ ☆ ☆
宣言通り、ユーレンは日が暮れる前に戻ってきた。
出迎えに行ったサチは、驚愕の光景を目の当たりにする。あれだけたくさんいたはずのモデル623たちが、ほんの数体にまで減っていたからだ。しかも、いつもユーレンの隣にいたムツミの姿がない。
「ユーレンさん!」
駆け寄ったサチに気づき、ユーレンは立ち止まった。
「ムツミは⁉」
「破損しました」ユーレンは淡々と答えた。「下半身と左腕、それから顔の左半分」
ぞくっ、と背筋が冷たくなる。
見てみれば、ユーレンに付き従うモデル623たちも、ほとんど無事ではない。歩行機能には支障ないようだが、人工皮膚が剥がれていたり、腕を欠損している機体もいる。
ユーレンも怪我をしている。頬や腕には切り傷がいくつか刻まれていた。
「『臓物』が出ましてね。今度は『筋肉』。何とか討伐には成功したのだけれど。
こちらの魔導人形も、結構な数をやられてしまいました」
「ムツミはどうしたんですか!」
「持って帰ってきましてよ」
ユーレンが体を退けると、一体のモデル623が歩み出た。
背中には、ムツミが背負われている――――機能停止していたが、右前髪にはサチのつけたヘアピンが残っていた。
「ムツミ!」モデル623から上半身だけになって大分軽くなったムツミを受け取った。「ムツミ! 大丈夫⁉」
「機密保持処理を命じたのですが。『這ってでも帰る』って言って聞かなくて」
機密保持処理―――つまり、自爆である。
魔導人形の体はハルクスス社の技術の粋を集めて作られている。その部品一つ一つが、敵対企業に対しては絶対の企業秘密だ。
ゆえに、ユーレンは戦場に魔導人形のパーツを残さない。破損が酷く帰れなかった機体にはすべて自爆を命じ、行動可能な機体だけを連れて帰ってきたのである。
「魔奏器は回収しました。『1812年』。捨て置くには勿体ないものです」
「治るんですか、ムツミは!」
「直すのは後回し。今は行動可能な機体から修理しないと―――ホシノさん。何かしら、その目は。
ああ、もう。分かりましたわ。今は予備電源だから休止が必要なだけで、電源を繋げば再起動できますから」
「すぐにお願いします」
「いいですけれど、電源だけ。破損部位の修理は後回し。決定事項です」
背を向けて、去って行こうとするユーレン。サチは機能停止して瞳孔まで開ききったムツミを抱きかかえながら叫ぶ。
「ユーレンさん!」
「何かしら。私、忙しいのですけれど」
「酷いです……ムツミは、こんなにボロボロなのに! 心配じゃないんですか! 助けてあげたいとは思わないんですか!」
「どうして?」ユーレンは背を向けたまま答える。「ムツミは、自分の仕事を全うしただけでしょう」
「仕事って……こんなボロボロになって、壊されることがですか!」
「ええ、そうです」
「ユーレンさんにとって……ユーレンさんにとって、ムツミは何なんですか!」
「兵器」
ユーレンは何の逡巡する様子もなく、振り返ってサチの問いに即答した。
「前にも言ったでしょう。魔導人形は兵器。人間に取って代わるものでは決してない。
人のために作られ、人のために戦い、そして人を守ってその稼働期間を終える。ムツミは立派に、魔導人形としての役目を果たしました」
「仕事とか、役目とか……!」
「ホシノさん。私がその子に自我を与えていたのは、何故だと思いますの?」
思えば、ユーレンの言動は矛盾している。
魔導人形は兵器であると言いながら、ムツミに聖ロアノール音楽学院の生徒という身分を与え、学生生活を送ることを許可している。たくさんのモデル623は普段休眠状態にあるのに、ムツミだけはメイドのような格好をさせていつも付き従わせている。
聞けば「人との交流が新しいデータになる」とか「護衛機としての実証試験」とか言うユーレンであるが、それならば何機かのモデル623に自我を与えて、業務をローテーションさせてもよさそうである。
一体なぜ、ユーレンはムツミ一体にだけ自我を持つことを許したのだろうか。
「私の魔奏器『ワルキューレの騎行』は、たくさんの魔導人形と共鳴して思考を並列化できる魔奏器ですの。いわば、モデル623すべてに私と同じ思考、判断をさせることで完璧な連携を取ることができる。
でも、私一人では絶対に死角が出来るでしょう。そこを守るのが、その子の役割」
「え……?」
「私と思考を分離し、私の想定外の事態に対処する。いざというときには、身を挺して守る――――それが、私がその子に与えた仕事。ムツミは、立派にその仕事を果たしたのです。
完全に想定外だった……あの、『筋肉』からの強襲。そこから私を守ってくれた」
「だったら! もっとないんですか! 感謝とかっ、かける言葉があるでしょう!」
「ありません。当たり前でしょう」ユーレンはサチに背を向けた。「私を守るのはその子の仕事だもの。ムツミは与えられた仕事をしただけに過ぎない。魔導人形として、人の代わりに犠牲になる、盾としての仕事をね」
たくさんのモデル623を引き連れ、去っていくユーレン。
「……欲しければその子は差し上げますわ、ホシノさん」
「……ッ」
「お代も結構。電源くらいはこっちで面倒見てあげても宜しくてよ。それ以上の修理はオプションってことで」
「ムツミは……ムツミはモノじゃない……!」
唇を噛みしめながら呟いたサチの言葉は、ユーレンには届かなかった。
怒りが沸いてくる。少しは分かり合えるかと思ったのに。やはりユーレンは、ムツミのことを一個人としては全く見ていなかったのだ。
サチはただ、無残に破壊された「友人」の残骸を抱いて、ぽろぽろ泣くしかなかった。




