#1 相対
ムツミがサチをロアノールの訓練室に招いたのは、11月も半ばのころだった。
下級魔奏士試験の一件以来、毎日欠かさず鍛錬を続けているサチであるが。一人での練習では限界があった。そこに舞い込んだムツミの提案は、サチにとってまさしく、渡りに舟だった。
シミュレーテッドリアリティを作り出すロアノールの訓練室は、今日はまだ何も投影されていない。ただ殺風景な、機械がごちゃごちゃと壁や天井、床までむき出しになった広い部屋になっているだけである。
ムツミとサチはその部屋の中央に立ち、お互いに真剣な眼差しで相手を見つめていた。
「サチ。私の提案を聞いてくださってありがとうございます」
「大丈夫だよ。ちょうど一人の訓練だと行き詰ってたとこだし」
夏休み、サチとムツミはこの訓練室に籠って魔奏の鍛錬をした。
自立魔導人形であるムツミの観察眼と頭脳は正確無比で、サチの体の動きを細かく分析し、膨大なデータをもとに的確なアドバイスができる。お陰で、サチは加速の魔奏を極めることができたのだ。
当時はサチが魔奏器を振るい、ムツミは後ろから見ているだけだったが。今日のムツミは、サチの前にいる。
「先日、ようやく申請が通ったのです」
ムツミは腰後ろのホルスターから、二丁の拳銃を抜いた。
武骨で、大きくて。銀色に光る対のオートマチック拳銃型魔奏器『1812年』。ルイスの遺品であり、ムツミが一旦は学院に返却するも、再度取得したものだ。
「私がこれを手にした理由。サチ、覚えていますか」
「たしか……人は弱いから群れる、とかなんとか……。そういえば、それと魔奏器を持つことと、何の関係があるの?」
「サチとヘレナ会長はあのとき、合奏を見せてくださいましたね。私はあの時、合奏に可能性を見ました。私が究極の兵器へと至る、次の一歩を踏み出すための。
人を守る……私は自律魔導人形として、それを存在意義としています。尊い人の命を守るために、時には自らをも犠牲にする。それを私は求められています」
ムツミは拳銃を握った右手を、心臓――機械人形のムツミの場合、心臓の代わりに陽電子リアクターが収まっている――の上に重ねた。
あの時。学院の地下、リリアの寝室での戦闘で。ムツミは右腕を自爆させて、パトリックの隙を作った。自分を犠牲にしてでも勝利を得る。そんな芸当は、自立魔導人形にしかできないことだ。
「ですが、私は最近自分の存在意義に疑問を感じ始めました。
人を守るための魔導人形が、なぜ人の形をしていなければならないのか。どうして今、私がしているように言葉を話し、ものを考える力を与えられているのか。人を守るだけならば、武器と引き金を引く指さえあれば、事足りるはずなのです。
お嬢様にそれを問うと、こう仰いました。私が人の形をしているのは、人の社会に紛れるためである、と。兵器がそこにあれば、人は迫りくる戦火に、死に恐怖を覚えてしまう。だから人の形をし、言葉を話す魔導人形はあるのだと。普段は人にそれと意識されず、有事の際にだけ力を発揮するように、と。
ですがそれだけでは説明がつきません。
なぜ私は『ムツミ』なのでしょうか。大量生産されたモデル623たち……姉妹機たちとは何が違うのでしょう。私だけお嬢様に自由行動を許され、ロアノールの学籍までいただいている。私はなぜ、『私』なのか……。その、私を最も悩ましている疑問に、お嬢様は答えをくださいませんでした」
ムツミのいうお嬢様、すなわちユーレンの楽団「ヘルメス・ワルキューレ」。サチはそのギルドハウスに並んだ無数のモデル623のことを思い返していた。
ロアノールの制服を着せられた大量生産品たち。顔も背格好も全く一緒なのに、普段は『ムツミ』だけが彼女らとは異なり、エプロンを身に着けている。ロアノールの授業にも出席している。
ルイスと共同生活していた機体だからだろうか? ルイスがムツミに何か細工をした結果、唯一無二の個体になった?
だがそれでは、ユーレンがいまだにムツミに自由行動を許している理由が分からない。機械と人間の境界をハッキリつけているユーレンなら、個性を持った「ムツミ」など初期化してもおかしくはないのだ。
「姉……ルイスは私に人間と友好関係を結ぶことを望んでいました。
ですが当時の私にはそれが理解できなかった。私は魔導人形。人を守ることが仕事。そのために人の言葉を話し、人を理解する知性を与えられているのに過ぎないのです。ですが――――」
「ですが?」
「今はそれが分かる気がするのです。私は自分を『完璧な兵器』と考えていました。事実、私の搭載火器は魔奏器の補助なしでも『血球』や『臓物』との戦闘が可能です。平均的な上級魔奏士レベルよりも、モデル623の戦闘能力は秀でていると評価を頂いています。
でもまだ私は完璧ではない……人を守るのではなく、人と共に戦う。それが、ルイスが私に求めていたことなのではないかと」
ムツミは『1812年』のバレルを見下ろして、瞼を閉じた。
まるで、姉と死に別れた妹が、遺品にその遺志を感じようとするかのように――――
「サチ。私と『合奏』していただけませんか」
「ムツミと?」
「はい。『合奏』とは魔奏と魔奏の協調。その和音はお互いを高め合う。それこそが、ルイスの求めた、私の姿だと思うのです」
サチにとって、それは天啓にも近い申し出だった。
自分ひとりの鍛錬では行き詰っている。だったら、協力すればいい。一人の限界も、二人なら越えられるかもしれない――――
「うん。ムツミ、やろう!」
サチにも合奏をものにしたい理由がある。
『臓物』に取り込まれ、救えなかったマウレン。あの時、サチが満足に合奏を使えていれば。
同じような状況が、二度と起こらないとは思えない。今度こそ、後悔しないために。サチは鞘から『剣の舞』を抜き、構えた。




