↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
NIGHTMARE RAVENS  作者: 96500C/mol
Chapter. 10 試練 -Dead or Alive-
50/104

#6 懺悔


 第二チェックポイントでは保健医のシェーヴォラが待ち構えていた。

 ぼろぼろのリン、へとへとのサチ、そしてシェーヴォラを見るなり涙を零したヴェルナ。さらにその場にいないマウレン―――チームの顔を順番に見て何があったのかを大まかに察したらしいシェーヴォラは、何も言わずにヴェルナを胸の中に迎え入れた。

 シェーヴォラのニットのセーターが、ヴェルナの涙でぐしょぐしょになる。


 上級生たちが第二チェックポイントのテントから出たり入ったりする中、サチとヴェルナは外に置かれた長椅子に並んで腰を下ろし、出された紅茶を啜った。まだ9月であるが、日は最高度からだいぶ傾いていて、山間のこの場は大分気温も低くなっている。湯気を立たせる紅茶が、二人の体を芯から温めた。


「さっき、聞いた。シャン先輩の怪我は、どうってことないって」

「そっか」


 ヴェルナは静かに瞼を閉じ、サチの肩に頭を預けてきた。


「……付き合ってたの、マウレンと」

「そうなんだ」

「最初に会ったのは一年生のとき。あたしが師匠に弟子入りして、温室で一緒に薬草の世話を初めてすぐのころ―――突然、温室を訪ねてきたの。『ユリーカさんの大ファンなんです! 付き合ってください!』って。

 バラなんか持ってきてね。すぐ追い出されたんだけど」


 ロアノールの温室で育てられている草花は、どれも外の環境では生きられない植物ばかりだ。

 単に元の生育環境から移植されて気温や土壌、湿度が合わないだけのものもあるが、極めて生存競争に弱いものもいる。そんな環境に外から生花を持ち込むのは厳禁である。


「その後も何度か、ストーカーみたいにしつこく温室にきてね。でも師匠が婚約指輪をしてるのを見て、相手がセナ先輩だって知ったらようやく諦めたみたい。

 師匠が死んだって聞かされたときは、一緒に泣いてくれた。一晩中、わんわん泣いて、泣いて、泣いて……。マウレンは何も言わずに、抱きしめてくれた」


 ヴェルナは、マウレンも『剣の舞』を欲しがっていたことを明かした。

 セナの死後、その魔奏器は、遺志は、誰が受け継ぐのか。マウレンもひそかにその座を狙っていた。それを横から掠め取っていったのは、劣等生のはずのサチ・ホシノである。


「マウレンは最初あんたのこと、キライだったわ。『なんであんなやつに』っていつも言ってた。

 でも、あんたたちが仲間を増やして、決闘に勝っていくから……だんだんマウレンも、あんたのことを認めるようになった。マウレンったら『いつか僕も魔奏器を使いこなして、NIGHT RAVENに負けない楽団を作りたい!』って。

 サチ、あんたが認められていくのをいつも見せられて……あたしはもっと自分が嫌になった。それであんなに酷いことして……」

「気にしてない。大丈夫だよ」

「サチは優しいなぁ……」


 ヴェルナは大きく、ため息をついた。

 安らいでいる。肩に感じるヴェルナの体温。ほのかなヴェルナの髪の香りに、サチは心臓が高鳴った。


「マウレンはね、孤児だったの。小さいころに『臓物』に故郷の村を焼かれて、マウレンは地下室で見つかったんだって。地下室の扉に、覆いかぶさるように人の影が焼き付いてたらしいよ。おそらく家族の誰かが、最期までマウレンのことを守ろうとして扉の前で、亡くなったんだろうって聞かされたみたい。

 だからマウレンは人一倍、誰かの『盾』になることを望んでた。『カルメン』を貰ってからのマウレンは、ホントに嬉しそうでさ。『いつかサチとも手合わせしてみたいね』なんて。

 いつからかな……あたし、マウレンのこと好きになってた」


 マウレンのことを話すヴェルナは、温室で見るときよりずっと楽しそうだ。


「約束もした。いつか、結婚しようって」

「けッ……⁉」

「今はお互いやるべきことも、やりたいこともあっていっぱいいっぱいだけど、いつか、一緒になろうよって。セナさんと師匠、本当に幸せそうだったから。あたしたちもそんな風になれたらいいねって……『臓物』に殺されることまで、同じじゃなくていいのにさ」

「ヴェルナ……」


 サチはおそるおそる、ヴェルナの肩に手を回した。

 ヴェルナはサチにより体重を預けて、密着してくる。サチはそれを、優しく受け止めた。


「シャン先輩に言われて、気づいたんだ。あのまま放置したら、自分を取り込んだ『臓物』が人を殺すのを、マウレンはその目で見て、耳で聞かされるんだって。そんなの、マウレンが耐えられるわけがない……マウレンは、人を救う魔奏士になりたかったんだもん」


 自分の右手に巻かれた包帯を見つめるヴェルナ。

 先ほど、シェーヴォラが凍傷の治療を施した痕だ。


「だから死なせた。あたしが。あの毒薬は、致死の神経毒。痛みも苦しみも感じない――――『臓物』の一部にされたマウレンに、あたしは何にもしてあげられなかった……。ただ、苦しまずに死なせてあげることしか。上手く出来たかどうかは、自信ないけど」

「きっと、ヴェルナは上手く出来たよ。ヴェルナの想い、きっと届いてる」

「……サチはさ、なんであたしに優しくしてくれるの? 師匠がいなくなっちゃったから? セナ先輩ならそうすると思うから? それとも、あたしがマウレンを喪ったから?」

「違うよ。さっき言ったじゃん」


 サチも、ヴェルナの頭に自分の頭を載せた。


「ヴェルナは、わたしのたった一人の親友だから」


 マウレンに「ヴェルナを頼む」って言われたしね、とサチは心の中で呟いた。

 だが口にはしない。それを言ったら、余計にヴェルナを悲しませてしまうかもしれない。サチがヴェルナを大切に想うのは、マウレンにそう頼まれたからではない。それもマウレンは分かっていて、ヴェルナを託したんだろう――――そうサチは思った。


「……ねぇサチ」

「なに?」

「あたしも『NIGHT RAVEN』、入れてもらえないかな」

「もちろん。大歓迎だよ」


 ヴェルナはぎゅっと、髪に結んだリボンを握った。

 マウレンから貰った、深紅のリボン。「カルメシ・デ・エスペランサ」のメンバーの証。


「マウレンの夢……あたしが叶えたい。セナ先輩や、師匠の『NIGHT RAVEN』に負けない楽団を作りたい。サチと一緒に」

「うん。これからもよろしくね、ヴェルナ」


 空が暗くなっていく。


 過ぎた時間は戻らない。太陽が逆に動かないのと同じように。

 愛する人を喪った少女たち―――それでも、いつまでも美しい過去の回想に耽っているわけにはいかない。夜は明け、日は落ちる。時間は無情にも前にしか進まず、サチたちを前へ前へと急かすのだった。



   *   *   *



 下級魔奏士試験は中止となり、全生徒はロアノールに戻った。だが、帰らなかった者もいる―――マウレン他数名の、3年生と4年生の試験受験生、さらに『血球』討伐のために山に入っていた上級魔奏士2人。

 棺のない葬儀は静かに行われた。マウレンは他の犠牲者と共に弔われた。同じように棺はなく、同じように「仲間」として。


 マウレンがいかにして死んだか―――『臓物』に取り込まれていたことは、誰にも話してはならない機密事項となったが。学院は『臓物』と戦闘し討伐、生還したサチ、ヴェルナ、リンの三人に、特別に試験の合格を出した。

 割を食ったのはライラである。

 試験が途中で中断され、ライラは試験通過できなかったのだ。さらに当面の間、試験の実施が白紙にされたことで、下級魔奏士試験合格の道が絶たれてしまっている。


「いいなー! いいなー!」


 温室で行われているサチとヴェルナの合格お祝いパーティに参加するライラは、机に突っ伏してぶーぶー、不満そうに転がっていた。

 隣に座る瓜花は紅茶を啜りながらライラを慰めていた。


「いいじゃないか、ライラ。キミはチームのメンバーを守りきったんだろう?」

「せやけどーぅ!」


 ライラの入っていたチームも『血球』に遭遇していた。第二チェックポイントを通過していたライラのチームは、最終関門の、山を徘徊していたリーゼロッテと交戦中に『血球』の襲撃を受けた。

 実戦経験など皆無のチームメンバー3人は完全に怯えきってしまい、ライラはリーゼロッテと協力して『血球』からメンバーを守りつつ、山を脱出したという。


 ……かくして、その時のチームメンバー3人が、新たにライラの熱狂的ファンに名を連ねることとなった。瓜花はそれが気に入らないようで、いつも以上にライラにくっついている。


「次の試験はボクも受けるつもりだからね。一緒に合格すればいいさ」

「でもうーちゃん、次の試験は当分やらんっちゅー話やん?」

「何が困るんだ。十分に時間が取れるだろ」

「学院の近くに『臓物』がおるじゃけ。ウチらも外出て戦えたほうがええやろ。

 せや! ウチも外で『臓物』を倒せば!」

「めったなこと言うな。『臓物』がその辺をうろちょろしててたまるか」


 瓜花は小さな手でライラの頭を叩いた。

 一方、サチとヴェルナはクローディア手製のケーキを振舞われていた。ヴェルナの隣に空席がある。手つかずのケーキが置かれたそこは、マウレンのための席。ヴェルナが温室で祝いの会を開くのを認めた引き換えに、マウレンの席を要求したものだ。


「……マウレンのことは、残念だったわね」

「はい……」

「月並だけど……死んだ仲間のことは、いつまでも引きずっていてはいけないわ、ヴェルナ。魔奏士として生きることを決めた以上、避けられないことなのよ」

「はい、先輩」


 不死の能力を持つ魔奏器『葬送曲』によって、たくさんの仲間の死を看取ってきたクローディア。サチもヴェルナも、クローディアに言われるとどんな言葉も言い返せなくなってしまう。


「今はただ、祝いましょう。明日にも迫ってきているかもしれない死や悲劇を恐れるより、今日一日を大切に生きるのよ。そう、セナもよく言っていたわ。

 合格おめでとう。ヴェルナ、それにサチ」

「ありがとうございます、クローディアさん」

「先輩。サチは山の中で、あたしを助けてくれたんです。ケンカして、酷いことを言ったあたしのために、一人で敵陣を突っ切って。

 あたしが帰ってこれたのは、サチのお陰なんです」

「でも、ヴェルナが作ってくれた魔法薬のお陰で『臓物』を倒せたんですよ。ヴェルナがいなかったら、わたしだけじゃ逃げることしかできなかった。

 あの時だって」

「あの時?」

「シャン先輩が地面をアリジゴクみたいにして、『臓物』の足を取ったんです。その時わたしもそこに落ちそうになって、それで―――」


 『臓物』に取り込まれていたマウレンに助けられたんです。サチはそう言いかけて、口を噤んだ。

 ヴェルナもサチの脇腹を小突く。生徒会からも、マウレンのことは話すなと厳命されたばかりだ。


「それで?」

「……マウレンに、助けられたんです」


 サチは、『臓物』のことは何も言わずにクローディアに答えた。


「結局、わたし一人じゃ戦えなかったんです。いつもいつも、みんなに助けられてばっかり。もっと、強くならなきゃ。

 そうじゃないと、セナさんの『剣の舞』を使う資格、ないです」


 サチは制服のスカートの裾をぎゅっと握り込んだ。

 今のサチの力では、マウレンを救うことはできなかった。もしあの時、サチがセナのように『剣の舞』を使いこなせていたら。

 ヘレナはサチに、セナなら誰とでも合わせられたと言った。合奏――――もしあの場、ヴェルナに接近している『血球』を見つけたときに、サチが合奏を提案していたら。加速の魔奏を、二人にも分けられていたら。


 きっと三人でヴェルナを助けに行けた。マウレンは『臓物』の強襲を受けずに済んだ。ヴェルナは、マウレンと死別せずに済んだ――――時間は無情である。過去の後悔をも許さず、ただサチの背中を押すだけだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。