#3 疾走
第一チェックポイントと第二チェックポイントの間は、鬱蒼と茂った森の中を進む道である。
林床に繁茂する低木をかき分けながら、サチたち三人は進む。運の悪いことに、チームに一枚配られている地図はヴェルナが持っていた。そもそもヴェルナとの合流を目指しているサチたちには無用の長物ではあるが。一体どこへ進んでいるのか分からないのは、不安になる。
この視界もかなり制限された薄暗い森の中で、唯一頼りになるのはリンであった。彼女のいう「気功術」は、ヴェルナの位置を正確に捉えているというのだが。
「地脈が通っているからね」しゃがんで土を手で撫でながら、リンは呟く。「命あるものは、すべて地脈と繋がっているんだよ。もうすぐ追いつく」
「信用していいんですよね?」戸惑うサチ。
「今は先輩を信じるしかないだろう」腕組みをするマウレン。
「マウレンが言うならいいけど。でもなんか……なんか。なんだろう、何か空気が気持ち悪い」
「気持ち悪い?」
「こう、背筋をぞぞっとなぞられるような……。前にもどこかで、こんな感覚に襲われた気がするんだけど」
「サチ、それはキミの何かしらの『勘』というヤツじゃないか?」
「そうなのかなぁ……」
リンが大地を撫でる手を止める。
「……二人とも。戦闘準備して」
「先輩? どうしたんですか?」
「いる。血球が。ざっと十七体……10時方向」
べちゃり。
何かの粘液が、滴り落ちる音。サチとマウレンも、その音を聞いた。
『魔女の血球』だ。
あの、赤黒い粘性スライムのような怪物が、この茂みの奥にいる。
「まだ向こうはこっちに気づいてないみたい……動かず、留まってる」
「ヴェルナの居場所はわかりますか、先輩?」
「……2時方向。『血球』からは離れていってる」
「よかった。サチ、どう思う?」
「数が多すぎる……気がする。先にヴェルナと合流したほうがいいと思う。警戒しつつ、第二チェックポイントを目指そうよ。生徒会にこのことを知らせないと」
「僕も同じ意見だ」
息をひそめ、音を立てないように注意しながら茂みの中を進む。
『魔女の血球』、十七体。今のサチならば戦えない相手ではないが――――今この場にいるのは、魔奏器と持つとはいえ実戦経験のないマウレンとリンだけである。二人を庇いながらでは戦えない。
マウレンは『カルメン』の剣を展開したが、その切っ先は震えていた。
怖いのだ。
どんなに平静を装っていても、絶対的な武器を手にしていても。『魔女の血球』への恐怖は今を生きる人々の体に染みついていて、それと対峙した者の心を惑わし判断を鈍らせる。
「……まずい! 血球がヴェルナに気が付いたみたい!」土に触れたリンが叫ぶ。
「ヴェルナは血球がこの森にいることを知らないぞ! サチ、先行してくれ!」マウレンがサチの肩に右手を置いた。
「え⁉」サチはマウレンを振り返る。
「キミの加速の魔奏なら、確実にヴェルナを助けられる! ヴェルナを連れて森を突っ切り、第二チェックポイントへ向かうんだ! 生徒会に助けを求めろ!」
「マウレンたちはどうするの⁉」
「僕らも逃げるさ。大丈夫、こっちは向こうの動きを知れる先輩がいるし、魔奏器だって使える!」
「……わかった」
サチは『剣の舞』を鞘から抜き、刀身の背で近くの木を擦った。
刀身が震え、加速の魔奏が発動する。
茂みが揺れる。加速された世界に入ったサチには、その揺れもコマ送りのようにゆっくりに見えた。
木々の隙間を吹く風も、それに煽られる木の葉も。すべてがスローモーションになる。サチはその低木の茂みの中を、風よりも速く駆け抜けていった。
「ヴェルナ……!」
木々を通り抜ける間にも、幹を擦って重ね掛けした加速の魔奏によって、サチは音速を超えた。呟いた言葉すらも後ろに置いていき、ヴェルナの元へ急ぐ。
ふと、サチの頭を不安がよぎる。リンの気功術は信用できるのだろうか?
地脈がどうのとか言ってたけど……。もし、この先にヴェルナがいなかったら……。一瞬足が止まり掛けたサチだったが、その不安は杞憂に終わった。
茂みを蠢く赤黒い物体。『血球』である。
それも十数体――――リンの察知した血球たちは、我先にぐよぐよ体を揺らしながら、森を進んでいる。
サチは加速したまま近づき、『血球』を切り裂く。弾けた『血球』は、腐食性の体液をそこらにまき散らした。
血球たちは、明らかに一方向に向かっている。サチは血球を排除しながら、それらが向かう方向へと急いだ。
「ヴェルナ!」
音速を超えた今のサチは、音を背に置き去りにしている。ゆえにサチが呼びかけた声は、前には届かない。だが、そこに確かにヴェルナはいた。
背中のケースは無くなり、手には『新世界より』が握られている。迫ってくる『血球』に対抗しようと、魔法を放って応戦しているところだった。
「『風よ! 風よ! かぜ……』ごほっ」
咳をするヴェルナ。魔法詠唱の連続使用で、喉を傷めたようだ。
ヴェルナに襲い掛かろうとする、三体の『血球』。粘性の体を大きく広げ、恐怖のあまりに尻もちをついたヴェルナに覆いかぶさらんと――――
「やめろッ!」
サチの一閃が、一瞬早く『血球』たちを切り裂いた。
「サチ⁉」
「ヴェルナ、掴まって!」
腕を伸ばしたヴェルナを拾い上げ、サチはそのまま『血球』の群れを背にして走り出す。
ヴェルナを抱えたままでは加速の魔奏が満足に使えない。森を駆け抜けたサチは途中で魔奏の効果が切れてしまったが、十分に『血球』からは距離を取ることができた。




