#2 親友
夏が過ぎたばかりの山道は、悪路で疲れはするものの、気温は快適なものだった。
風に乗って、青い葉の香りが漂っている。何度も行われている魔奏士試験のせいか、山中には道が出来ていた。動物が通る山に獣道ができるのと同じ原理だ。
そんな道の前を歩くマウレンとリン、その後ろを歩くヴェルナとサチ。他愛ない会話に花を咲かせる前二人に対して、後ろの二人はずっと黙ったまま、言葉一つも交わせなかった。
「そうだ。一応チームのリーダーを決めておいたほうがいいと思うんだけど」マウレンが振り返る。「誰がいいかな」
「マウレンがいいと思う」サチが答えた。「なんか一番リーダーっぽいし」
「そうね」ヴェルナも賛成した。「なんかシャンさんは……リーダーっぽくない」
「そうかなぁ……? この中では、シャンが一番お姉さんなんだけど」
「確かに。シャンさんはどっちかっていうと、ムードメーカーって感じだね」マウレンもヴェルナに同意した。「チームを率いる人っていうより、精神的支柱って感じだ。いつも元気で、明るく、みんなを笑顔にしてくれる」
「はは。シャンを褒めても何も出ないぞー?」きゃははと、リンは明るく笑いながらマウレンの肩をつつく。
「サチ、キミはどうなんだい?」マウレンが問う。「一応、『NIGHT RAVEN』では司令塔の役割だって聞いたけど」
「いや、わたしはそんな……まだまだだもん。マウレンのほうがリーダーに向いてると思うよ」
「そうかな。じゃあリーダーは僕がやらせてもらうね。
でもサチ、この中で一番戦闘経験が豊富なのはキミだ。何か気づいたときは、遠慮なくすぐに言ってほしい」
そういうとこだぞ! とサチは心の中で叫ぶ。メンバーをまとめる力に、マウレンは長けている。サチにはないもの―――いくらセナのようにやろうとしても、サチには絶対に出来ないこと。
きっと、マウレンの「カルメシ・デ・エスペランサ」はいい楽団になる。サチは何となく、そう思った。
第一のチェックポイントは川辺にあった。
簡素なテントが建てられ、生徒会の腕章をしたロアノール制服の生徒たちが、魔奏士試験受験生を待ち受けている。
「お疲れさま。何かトラブルはなかったかな?」
「いえ、大丈夫です。それにしても今日はいい天気ですね」
上級生とマウレンが話している間、ヴェルナは大きめの石に腰を下ろして足をぶらぶら、暇を持て余していた。
それを見つけたサチが近づき「隣、いい?」と聞くと、ヴェルナも「別にいいわよ」と答える。
「ヴェルナ……ごめん」
「なんで謝るの。あんたが謝ることじゃないでしょ」
「でもわたし、ヴェルナのこと傷つけちゃったし……」
「……マウレンなら、そういうときは絶対謝らない」
隣に座るのは許したものの、ヴェルナはずっとサチに素っ気ない態度を取り続けている。
「悪いのはあたしのほうじゃん。サチとあたしは全然違うのにさ、勝手に同じだと思い込んで。嫉妬して。ホント、バカみたい」
「そんなことないよ」
「はぁ……。サチ、あんたってホント適当よね。そういうとこがイヤ」
こちらも暇を持て余したのか、リンは逆立ちをして歩いている。
制服のスカートが重力に逆らい続けているのは、彼女のいう「気功術」のなせる業なのだろうか。
「マウレンなら絶対に謝らない。悪いのはあたしなんだから。あんたは何も、謝るようなことしてないでしょ。マウレンは、あたしのことを叱ってくれた。あんたにひどい態度を取ったこと。
他人の才能を羨んで、いつまでも燻ってるより。自分の出来ることを精一杯やるべきだって。だからあたしは今日ここにいる。ここにいられる。あんたと同じチームでも、なんとかやっていけてる」
「じゃ、じゃあ……!」
「でもそれ以上は無理」
サチが手を繋ごうと伸ばした腕は、するりとかわされた。
「仲直りはできない。やっぱあたしは、あんたといるとみじめになる。その気持ちは、ずっと変わらないから。
協力はする。チームだしね。でも、友だちにはなれない」
すっ、とヴェルナは立ち上がって、ぷいとサチに背を向けてしまった。
「ヴェルナ」サチはめげずになおも声をかける。「図書館で……ヴェルナがわたしのこと『親友』って言ってくれたときさ、本当に嬉しかったんだよ。わたし、ずっと友だちいなかったから。ロアノールで最初に出来た友だちが、ヴェルナなんだ。
クローディアさんも、ライラも、瓜花ちゃんも。今はたくさん友だちが出来たけど……。でも、みんなわたしが『剣の舞』を持ってるから、使えてるから友だちになってくれた人なんだよ。
みんなといるのは楽しいけど……結局わたしは、いなくなったセナさんの代わりなんじゃないかって。ちょっと、思っちゃうんだ」
サチも立ち上がり、ヴェルナの背後に立った。
「だから……だから、嬉しかった。ヴェルナが親友になってくれたこと。ヴェルナは、わたしが『剣の舞』を持つ前から話してくれて、友だちになってくれた。
ヴェルナはわたしの大切な、トクベツな友だちなんだ。だから……だから、仲直りしたい。ヴェルナ、ごめん」
「……。だからさぁ……ッ!」
振り向いたヴェルナ。
憤怒の顔のヴェルナは、振り向きざまにサチにビンタをかました。
「謝るなって言ってるでしょ! あんたは、どうしてそうなのよ! そういうところが、あたしをみじめにするんだってば!」
「ヴェルナ……?」頬をぶたれて河原に倒れ込んだサチは、ヴェルナを見上げる。
「あたし、イヤなヤツでしょ。友だちをひっぱたいて、ひどいこと言って。
キライになってよ、あたしのこと。そうしたらすっぱり、友だちも辞められる。あんたも仲直りしようとして、悪くもないことに謝らなくてもよくなる!」
「そんなの……そんなの、無理だよ! だってヴェルナだって……ヴェルナだって何にも、悪くないじゃん! 魔奏器が使えるように、いつも頑張ってた! だって、わたしずっと見てたもん!」
「頑張ったって、どうしようもないこともあるのよ!
あんたとあたしは違う……あんたはちょっとの練習で上手くなっても、あたしには無理なの! あんたといると、それを思い知らされる!
だから、一緒にいたくないんだってば!」
歩き去って行くヴェルナ。何事かと戻ってきたマウレンに引き起こされ、サチは震える足でなんとか立ち上がった。
「うぅ……」
「思ったより拗れてるね、キミたちの喧嘩」
「ごめん、マウレン……試験中なのに」
「構わないさ。ホント、踏んだり蹴ったりだね。それよりさっき生徒会から、嫌なことを聞いてしまったよ」
「いやなこと?」
「山の中に『血球』が出ているらしい。生徒会が対処できるくらいの数だから心配いらないって言われたけど……ヴェルナ一人にするのは、やっぱり危険かな」
「じゃあ早く追いかけないと」
サチは制服についた砂埃を払い、マウレン、リンと一緒にヴェルナの去っていった方向へ歩き出した。




